夜な夜なイケナイことをするロウリンの話。途中ちょっと無理やりに見える場面があるかもしれませんのでご注意。ハッピーエンド。(約6,600字)

☆ギブミ-アンサー(1)


 ――隠し事でもあるのか?
 その時のリンウェルを見て、俺はなんとなくそう思った。
 俺は昔から隠し事をするのが苦手だった。親父のためにおふくろと贈り物を用意した時も勘付かれてしまったし、物を壊してしまってそれを素知らぬふりでやり過ごそうとした時も何故か自分の仕業だと暴かれこっぴどくしぼられた。親父やその仲間によく言われた。「考えていることが全部顔に出ているぞ」と。
 その言葉に、幼いながらに心当たりがあった。何か嘘をつく時や隠し事がある時は頬がひくつく。それを知られまいとつい視線を逸らせる。声が上ずる。そうして怪しまれた結果、自分の行いが明らかになりあまり良くない思いをする。まったく損な性質(たち)だと何度思ったことか。
 一方で、それを自覚すると他人に応用もできた。話している相手が嘘や隠し事をしているのがなんとなく分かるようになった。
 何かを隠している人間は皆同様に目線を逸らしたがる。そのためにフードを深く被る者や、前髪を伸ばす人間だっている。それほどに目はものを言う。
 今のリンウェルはそれに近い。いつもはあれだけ真っ直ぐにこちらを見据えてくる瞳もどこか伏せがちだし、言葉もなんだか途切れ途切れだ。「ちょっといい?」なんてわざわざ声を掛けてきたのだから、何か特別な用でもあるのかと思ったのに。
 キサラから今夜はここで野営だと高らかに宣言があったのはついさっきのことだ。詳しいことは何も言わなかったが、どうやら財布の中身が寒々しいことになっているらしかった。加えてここは水辺も近く、食料を調達するにも丁度良いと考えたのだろう。果たしてそれが本当に節約のためだけであるのかは疑問だが。
 夕飯の支度が始まる中、ふとリンウェルから声を掛けられた。桶を手にしたリンウェルは、料理担当のキサラから水汲みを任されたようだった。
「なんだ、手伝いがいるのか?」
「うん、まあ、そんな感じ」
 なあなあに返事をするリンウェルの後に付いていき、水辺で水を汲んだ。重たそうにしているリンウェルに代わり水桶を持ち上げると、リンウェルが「あのさ」と口を開いた。
「……今日って、ロウが見張りだったよね」
「ん? ああ、そうだな」
 こうした野営の際は見張りが付くことになっていた。荷物の中には金品の他に遺物などの貴重品もある。それを失くすことは世界の損失だと声を揃えたのはリンウェルと大将だった。それに加えて「食料を盗られるのは命に関わるわね」とシオンも同調したことで当番制の見張りが採用されたのだ。途中で一度交代を挟むので、一度の野営につき二人の見張りがいることになる。今夜は前半は自分が、後半は大将がそれを任された。
「えっと、そのときにちょっとお願いがあって……」
「お願い?」
 歯切れの悪い言葉に少し違和感を覚えながらも、俺は次の瞬間には「わかった」と返事をしていた。断る理由が見つからないとかそういうわけではなく、端から断ることなんてこれっぽっちも考えていなかった。
「ほんと?」
「ああ。でも何だよ、試したいことって」
「そ、それは、その時に言うから。じゃあ夜、皆が寝静まったらそっちに行くね」
「おう」
 その時、向こうからリンウェルを探すシオンの声が聞こえてきた。行かなきゃ、とそちらに足を向けたリンウェルが、一瞬こちらに振り返る。
「このこと、皆には内緒だからね」
 そう言ってリンウェルは俺から水桶を奪うと、「またね」と跳ねるようにしてその場を去って行った。その後ろ姿を眺めながら、俺はそこでようやくあの白い使い魔の姿が無いことに気づいたのだった。
 夕食を食べている時も、その後で軽めの鍛錬をしている時も、俺はリンウェルと交わした約束のことを考えていた。正確に言えば、その場で二つ返事で了承したことを少し後悔していた。
 初めこそリンウェルからの〈お願い〉を「時間が潰せるな、ラッキー」程度にしか考えていなかった。何せ見張りは退屈なのだ。俺にはアルフェンや大将のように武器や遺物を眺めたりする趣味はない。だからといって、時間が空いた時にいつもそうするように鍛錬に励むわけにもいかない。少しでも疲れを溜めようものならこの馬鹿正直な体はすぐに怠くなり、眠たくなる。見張りで居眠りをしていたと知られれば翌日の朝食は説教の場へと変貌し、槍玉に挙げられてしまう。それだけは避けたい。リンウェルが居るなら話し相手にもなってくれる。睡魔と戦わずに済む。リンウェルの〈お願い〉とやらを聞いていれば見張りの時間も過ぎて、起きてきた大将と交代になるだろう。これで明日の朝食も気持ち良く食べられるってものだ。そこでふと思った。――リンウェルの〈お願い〉って何だ? その場で詳しく聞かなかった自分が悪いのだが、後になって一つ思い当たるものがあった。
 リンウェルの試したいこと。それは新しい星霊術か何かじゃないのか。実際、これまでにも何度かそういうことはあった。両親から教わったという星霊術の基本的な術を組み合わせたり、星霊力の強度を調節したりしてリンウェルは新たな術技をいくつも生み出していた。それは戦闘の中で思いつくものもあれば、日常のふとした瞬間に閃くものもあって、後者の時は忘れないうちに試したくなるのだそうだ。そうして野営の際に駆り出されるのは大抵自分かアルフェンであり、今回選ばれたのは俺だった。気のせいだと言われたらそうかもしれないが、これまでの傾向では、強力なものほど「お試し」相手に選ばれるのは俺の方であるような気がしていた。リンウェル本人が狙っているのか、あるいはただの偶然か、試し打ちといえど破壊力抜群のそれを受け止めた俺は、一戦闘交えたのかというくらいボロボロになることもある。アウメドラと対峙したあの時とはまるで状況が違っているが、それはなかなか覚悟のいることだ。
 とはいえそれはリンウェルが戦力として頼もしくなっているということでもある。自分だって新たな技を思いついたらアルフェンや大将に相手をしてもらうこともあるし、そういう意味ではお互い様だ。例えケガをしたって治癒術を使える仲間が二人もいる、何も心配することはない。
 そう言い聞かせる一方で、その威力を想像しては身を震わせる自分もいた。情けないこと極まりないがこればっかりは動物としての本能みたいなもので、どうしようもなかった。

 夜も更け、皆が続々と寝床に向かう中、俺はひとり焚火の前にいた。すっかり燻ぶったそれを眺めつつ、辺りの気配に耳を澄ませる。この辺は野生生物の数も少なく、それを餌にするズーグルもあまり見かけない。自分の呼吸音がもっとも騒がしく聞こえるくらいには静かな夜だった。
「起きてる?」
 ふと声が掛かって顔を上げると、寝床から抜け出してきたリンウェルがこちらにやって来たところだった。
「見張りなんだから当然だろ」
「そう? ロウってば、たまに居眠りしてるじゃない」
 なんでもお見通しと言わんばかりにリンウェルは意地悪く笑う。強ち間違っていないからこそそれが憎らしい。なんだよ、星霊力を感じ取れるってのはそんなことまで分かるもんなのか。
「俺のことはいいだろ。それより何だよ、試したいことって」
「ああ、それなんだけどね……」
 ちょっとこっち来て、と手招きをするリンウェルは、俺が立ち上がったのを確認すると野営場所から離れるようにどこかに向かって歩き出した。ああやっぱり。こんなとこじゃ術は使えないもんな、と心の中で思いながら、その後ろを付いていく。
 少し前を歩くリンウェルは、いつもの上着を着ていなかった。インナーに短冊状の衣服を身に着けただけの軽装だ。そしていつも俺に訝しげな視線を投げてくるフルルの姿も無い。上着が無くとも星霊術を使うには困らないだろうが、相棒まで寝床に置いてくるとは一体どういう了見だろう。起こすのも気が引けてしまうくらい穏やかに眠っていたのだろうか。フルルの方も、主の脱出にも気づかない眠りとは一体どれほどなのだろう。そんなことを考えていると、やがてリンウェルの足の進みが緩くなった。
 辿り着いたのは夕食前に水を汲みに訪れた水辺の近くだった。確かにこの辺ならある程度大きな音を出しても皆のところまでは届かないだろう。ついでに近くには木の生い茂った林もある。多少の閃光もここで防ぐことができそうだ。
 俺は覚悟を決めた。これは俺らのため、シオンのため、そして世界のため。そのためなら喜んで犠牲になろう。流石に命までは取られないはずだ。リンウェルもその程度の加減は知っている。
 ぐっと拳を握りしめて身構えると、リンウェルが星明かりに何かを取り出した。それはいつも戦闘用に持ち歩いているものよりも一回り小さい本だった。
「これなんだけど……」
 リンウェルが開いてみせたページには、思わずウッと声が出そうなくらい小さな文字が敷き詰められていた。挿絵のひとつもないそれが、俺にはなんだか小さな虫が這い回っているように見えた。これは読めない、読みたくない。
「なんだよそれ。新しいエイショウのジュモンか?」
 眉を顰めながら問うと、リンウェルは少し不機嫌そうに首を振る。
「違うよ、全然違う」
「じゃあなんだよ」
 俺の問いにリンウェルは口ごもった。また先ほどみたいに目線を逸らし、口の中でもごもごと言葉を隠している。
「……い……つ」
「はあ? なんだって?」
「だから、恋愛小説!」
 聞き慣れない言葉だと思った。が、それを分解してみると、「恋愛」と「小説」。ははあ、なるほど、それは恋愛小説か。恋愛は恋愛で、小説はあれだろ、物語の難しいヤツ。
 分かったところでまるで訳が分からない。なんで今そんなものを持っているんだ? そして何故、それを俺に見せる。
「星霊術の新しい技は?」
「何それ」
「お前の試したいことって、思いついた新技じゃねえの?」
「え? 私そんなこと言った?」
 言われてみればそんなことは一つも聞いていない。星霊術のせの字も耳にしていない。
 じゃあ何だ、試したいことって。てっきりサンドバッグにされるとばかり思い込んでいたから、それ以外の用意なんて何もできていない。
 戸惑う俺に追い打ちをかけるようにしてリンウェルは言った。
「あのね、その……胸、触ってみて欲しいの」
 雷が落ちたようだった。リンウェルのサンダーブレードでない鋭い稲光が、その瞬間俺の脳天から足裏までを真っ直ぐに貫いた。
「む、むね……?」
 胸? 俺の? ああ、そうだよな、俺の胸だ。リンウェルの、なんてことあるはずが――。
「そう、私の、胸」
 待て待て待て。今なんて言った? 私の、胸? 胸? リンウェルの?
 本気で待ってくれ。そういう冗談は良くないと思う。いかに俺が単純だからって、そんな釣りに引っ掛かると思うなよ。
 嘘だよ。そんなのあるわけないでしょ。
 そういった言葉を期待していたのに、リンウェルがそれらを放つ気配はない。逆にこんな薄暗さでも分かるくらいに顔を赤くして、震える手でその恋愛小説とやらを抱えている。
 ――本気かよ。
「俺に、胸触って欲しいってことか……?」
 声に出してみて、改めてありえないことだと思った。つい身構えたほどだ。今度こそ本物のサンダーブレードが降ってくると覚悟した。
 次にリンウェルが口にしたのは詠唱ではなく、その腕に抱えた本の内容だった。
「これ、大人向けの小説なの。それで、男の人と女の人が、その……えっちなことしてて」
「胸触られると女の人は気持ちいいって書いてあって、だから、本当なのかなって思って……」
 リンウェルの言葉が右の耳に入って左の耳から抜けていく。まるで何も頭に入って来ない。
 これは現実か? 俺は幻覚でも見ているんじゃないのか? 
 そう疑いながらも、この破裂しそうな胸は確かに何かを期待している。痛いほど腫れあがった心臓がこの夜の静寂を打ち破ってけたたましく鳴り響いている。
「だからね、ちょっと触ってみて欲しくて……」
 消え入りそうに語尾を震わせるリンウェルの瞳は、僅かに潤んでいた。
 ええい、夢ならもうなんとでもなってしまえ。
「本当に、いいんだろうな」
 最後に確認を取ると、リンウェルは小さく頷いて後ろで腕を組んだ。
 そっと差し出された胸に腕を伸ばす。リンウェルはぎゅっと目を閉じていた。
 短冊状の服の間をすり抜けて辿り着いたそこは柔く、それでいて確かな弾力をもってこの指に応えた。インナー越しでも感じるこの心地良さ。他に例えようがない。
「やわらけえ……」
 思わずぐっと指を食い込ませようとして、踏みとどまる。リンウェルは怒ってやしないだろうか。ここで腹を立てられるのは筋違いというものだが、万一ということもある。恐る恐るリンウェルを見やると、その表情は何やら釈然としない。
「ど、どうだ……?」
「ちょっとよくわかんない……」
 なるほど、それでその表情か。
「でも、ちょっと恥ずかしいから、後ろからにしてほしいかも……」
 手を離すと、リンウェルがこちらに背を向けた。これはこれで、かなりクるものがある。
 覗いた項(うなじ)に飲み込んだ唾の音が聞こえないよう咳で誤魔化し、腕を回す。背から感じる体温がやけに生々しい。これは危険だ、と頭の中で警戒音が鳴る。
「触るぞ」
「うん……」
 伸ばした手で今度は下から胸を持ち上げるようにすると、リンウェルから「ひゃっ」と小さく声が上がった。一瞬まさか、と思ったが抵抗はない。そのまま指を食い込ませると、また微かに吐息が聞こえた。
 これはなんというか、非常にまずい。主に俺の方が。リンウェルの反応に加え、この指に感じるものがあまりに心地よすぎてやめられない。女子の胸というのはこれほどまでに扇情的で魅力的なのか。こんなの抗えるわけがない。おまけに鼻先で香る髪が恨めしい。今にも煮えそうな血液が身体中を巡って血管が破裂しそうだ。
 奥歯に力を込めて、なんとか衝動を鎮めようとした時だった。
「っ、あんっ」
 とびきり甘い声がリンウェルから聞こえた。どうやら俺の指が何かを捉えてしまったらしい。敏感な急所とでも言うべきか。有り体に言えばそれは乳首で、本来ならこの上なく興奮する事故のはずだったのだが、その時の俺にそんな余裕などなかった。やってしまった、とあらゆる部分が縮み上がる気持ちがして、咄嗟に目を瞑ったほどだ。
 それなのにリンウェルはというと相変わらずこの腕の中に収まったまま動く気配はない。身を捩りはしても逃げ出そうとしない様子に、俺の中でそれまで堪えていたものが崩れる音がした。
「……ここか?」
 人差し指でもう一度膨らみの中心に触れる。既に硬くなり始めているそこは布越しでもそのカタチが分かるほどだ。
「ひあっ、あっ、あんっ、」
 爪先で引っ掻くように刺激してやると、リンウェルは身体を震わせて啼いた。それを留めようと必死で口を塞いでいるが、口端から声が漏れてしまっている。その様子がどうにもいやらしく、背徳的で昂りが収まらない。ついもっと啼かせてやりたい、なんて疚しいことを考えてしまう。
 自然と腕に力が入り、リンウェルを胸へ引き寄せながら手を動かす。中心を手のひらで転がすようにしてみたり、指で挟んでみたりこの格好で出来ることは何でも試した。その度に嬌声を上げるリンウェルに強く魅入られる。細い腕も揺れる髪も、その全ての色香が俺を捕らえて離さない。ああもう、このままいっそのこと――。
「あんっあっ、やだっ……も、もういいから……っ!」
 そう言って腕を振りほどいたリンウェルを見て、ようやく我に返った。危なかった。もう少しで本当に取り返しのつかないところまで行ってしまうところだった。
 流れる沈黙の中で荒くなった呼吸は隠せない。身なりを整えるふりをしながら、咳に紛らせるようにして胸の鼓動を鎮めてやる。
 リンウェルも同様だった。落ち着いた素振りを店ながら、その小さい肩は激しく上下していた。星明かりに上気した顔が覗くと、その度にまた自分の動悸が激しくなった。
「つ、付き合ってくれてありがと。私寝るね」
「お、おう」
 ぎこちない会話も致し方ない。どんな顔でリンウェルと向き合えばいいか分からない。
 背を向けて去ろうとしたリンウェルがちらりとこちらに振り返った。
「皆には内緒だから。それと」
 ――また、ね。
 小さく呟いてリンウェルは去って行った。昼間見た顔とはまるで違うそれが、目に焼き付いてずっと離れなかった。