今思い返せば、出会った頃のリンウェルも謎が多かった。どうして一人で組織にいたのか、家族や兄弟などはいないのか。どうしてアルフェンたちに付いていこうと決めたのか。述べた理由はもっともらしいものだったが、その裏に何かが見え隠れしていることくらい皆気づいていただろう。もちろん言いたくない過去や秘密の一つや二つ、誰の腹にだってある。それを敢えて問いただすようなことはしなかったが、それよりも俺が気になったのはリンウェルのレナに対する心持ちだった。
その頃のリンウェルはレナをひどく憎んでいて、シオンに対する当たりが強かった。自分と話すようにしてシオンに話しかけるアルフェンにも腹を立てていた。なぜそんな普通にしていられるの、と。
そんなリンウェルの様子を見て、ちょっと昔の自分に似ているなと思った。何に対しても反発して、何も信じられないでいる。まるで、誰かを信頼すること自体を恐れているようだった。そんな危うさを抱えたリンウェルのことは歳の近い自分が気にかけてやらないと、なんて勝手に思っていた。
「それはお前がいつも無意識に、リンウェルがどこにいるか気にしてるってことじゃないか?」
アルフェンにそう指摘されるまでもなく、俺はリンウェルのことを目端のどこかで捉えていた。〈気にかけるべき存在〉から〈気になる存在〉へと変わったのはいつの頃からだったか。何故か俺はリンウェルのことを放っておけなかった、目を離したくなかった。だからといってこんな爛(ただ)れた関係になりたいと願っていたわけじゃない。
「ね、ロウ。またお願いできる?」
そんなふうに乞われて断ることができる奴などいるだろうか。それも、いつも視界に入れておきたいと思っている女子に、だ。
あれからリンウェルとは幾度か深夜の逢瀬を重ねた。俺が見張りの時に、あるいはリンウェルが見張りの時に。皆の目をかいくぐるためにも毎回というわけにはいかなかったが、それは確かに増していったように思う。頻度も、その不埒さも。
リンウェルは隙を見て俺をどこか人目のつかない場所へと連れ出し、甘く囁く。「今日も試したいことがあるの」
試されているのは自分の方なのではないかと思うこともある。どこまで行けばその理性の壁が崩壊するのか。果たしてその時、築き上げてきた関係を犠牲に出来るのか。実は試したいことというのは口実に過ぎず、自分と似たような想いをリンウェルも秘めているのではないか。そんな浅はかな幻想に浸っていられたらどんなに良かっただろう。リンウェルにそんな気などないと端から分かっていた。リンウェルはただ己の好奇心を満たすためだけに俺を誘っている。ロウならきっと望みを聞いてくれる、そんなふうに信じているのだ。
リンウェルは知らない。俺に「信頼」という枷を掛けていることも、それが俺にとってどんなに重たく苦しいものであるのかも。そしてまた、俺にはそれを外す勇気も覚悟もないのだった。縋ってくる甘い誘惑を振りほどけるほど強くはない。それを窘(たしな)められるほど大人でもなく、ただひたすら一緒に溺れることしかできなかった。
俺にとって、隠し事が苦手であるのは今も昔も変わらない。それでもアルフェンやほかの仲間たちに気づかずにいられたのは、他でもない自分が一番この〈秘密〉を現実のものとして捉えられていなかったからだと思う。
俺は夢を見ている。あまりに甘すぎて、抜け出せない夢だ。そうでなければリンウェルがあんなことを許すはずがない。今こうしてシオンやキサラと無邪気に笑い合うリンウェルが、俺に身体を触って欲しいなどと強請るはずがないだろう。
なんだ、夢なら何も問題はない。
そうしてまた俺は誘(いざな)われていく。現実との境界が分からぬままリンウェルに手を引かれ、深い夢に沈んでいくのだった。
「嫌なら断ってくれていいんだけど……」
珍しくそう前置きをして、リンウェルは俯きがちに言った。いつものように野営の見張りを抜け出し、二人で隠れるように入った洞窟でのことだ。
「胸、舐めてみて欲しいの……」
外から僅かに注ぐ星明りの中で、リンウェルはインナーを小さくたくし上げてみせた。初めて二人で〈秘密〉を作ったあの夜からリンウェルは上着どころかあの短冊状の服すら着てこない。あまりに無防備で無警戒な装いは俺への「信頼」の証なのだろう。
「大丈夫なのか」
「ちゃんと夕飯前に身体洗ったし、さっきも少し拭いたから」
そうじゃない、と言いかけて口をつぐんだ。もうこれ以上何を言ったって、俺がこれからする行為に変わりはない。
「……後悔すんなよ」
一言呟いて、リンウェルのインナーに手を掛ける。下着ごとそれを上に押しのけ、そこに覗いたリンウェルの身体は率直に言ってきれいだった。白い肌にいかにも柔らかそうな膨らみをたたえ、その中心にピンク色の飾りが付いている。激しくなった自分の心臓の音が、すぐ耳元で聞こえた。
リンウェルの身体を目の当たりにするのは、実はこの時が初めてだった。あの夜以降、エスカレートしていくリンウェルの要求に応え続けた俺はいつしか直接リンウェルの素肌に触れるようになっていたが、それも後ろから抱きかかえるような体勢ばかりで、こうして正面に向き合うことはまず無かった。
だからというわけではないが、ついそれを食い入るようにじっと見つめてしまった。今まで触れてきたものがこうも眼前に晒されては、視線も意識も奪われてしまうというものだ。
「あまり見ないでよ」
リンウェルは頬を真っ赤に染め上げたまま、こちらを軽く睨んでいた。顰めた眉はきっと怒りからくるものではない。恥ずかしがっているのだ。それがまた一段と胸の鼓動を大きくさせる。自分も耳まですっかり熱い。それを誤魔化すようにしてリンウェルの身体に顔を近づけると、石鹸の香りがした。
「んんっ……あっ……!」
口に突起を含むと、リンウェルの声が上がった。外気に触れたせいか、やや硬くなっていたそれを解すようにして舌で転がしてやる。
「やあっ……、あんっ、だめっ……!」
頽れそうなリンウェルの身体を支えながら、必死で口を動かした。余計なことはあまり考えたくなかった。
ほんの数分ですっかり立てなくなってしまったリンウェルをどうしようかと考えて、俺は洞窟の片隅に腰を下した。大腿に跨らせるような形でリンウェルを導くと、その背に腕を回す。
「肩、掴んでくれていいぜ」
「でも……服はどうしたら」
「裾でも咥えててくれよ」
声も抑えられるしな、と言った俺の言葉をリンウェルは素直に受け取ったようだった。その小さな口でインナーの端を咥え、潤んだ瞳をこちらに向ける。昼間の態度からは想像がつかないほど従順だ。やっぱりこれは夢なのだ。
「……っ……、ふ……っ」
舌に加えて指でも刺激を与えてやると、リンウェルの背が震えた。口端から漏れる吐息に熱が籠る。
リンウェルの細い腰が揺れ動いていることにも俺は気づいていた。いつの間にかその手は俺の首に回っている。まるで自らの方へ引き寄せるような仕草を免罪符に、俺は夢中でリンウェルの胸を貪った。口も鼻もリンウェルの香りでいっぱいになる。おまけに耳までリンウェルの声で満たされて今にも頭の中が蕩けそうだ。
「ロ、ウ……っ」
不意に、嬌声に自分の名が混じるのが聞こえた。
「ロウに、触られると……なんかここが、ヘンなの……」
リンウェルがおずおずと示したのは、揺れる下半身の中心部だった。お腹の下あたりを撫でながらその続きを言い渋るリンウェルはただこちらを見つめ、その目で何かを訴えていた。
「……触って欲しいのか?」
敢えてそう口にしたのは、あくまでリンウェルの意志であることを確認させるためだ。俺だって人のことを言えるクチではない、狡い人間というわけだ。
リンウェルが頷くのを見て、俺はそのショートパンツに手を掛けた。それをずり下ろし、その場に膝立ちの格好にさせる。
「脚、痛くないか」
ふるふると首を横に振るリンウェルににじり寄ると、俺はその脚の間に手を伸ばした。
リンウェルの下着は既にその役目を果たせてはいなかった。冷たくなったそれに手を這わせると、思った以上に粘度が高いのか、ぬるりと指が滑る。
「すっげ濡れてる……」
性行為において、女性の身体はそうなるものだとなんとなく聞いたことがあった。だが聞くのと実際目の当たりにするのとではまったく違う。それもあのリンウェルが、だ。いつもは憎まれ口を叩いてくるリンウェルが、こうしてあられもない姿を自分に晒している。そう思って胸がどくんと鳴った。ここは夢の中であるはずなのに、何故か心臓が痛い。
興奮のままに下着をずらし、覆われていた部分に指をあてがう。やんわりと表面を撫でると、リンウェルが小さく反応を見せた。声を出すまいと口を手で覆い、必死にそれを堪えている。手を少し動かしただけで俺の指は愛液で塗れた。夜風に晒されているにも関わらず、触れた部分がひどく熱かった。
もっと奥へ、と思ったが、はて目的地はどこだろう。俺にはそういった性行為の経験はない。情けなくも女性の秘部がどこにあるかも分からないし、見当もつかない。ただでさえこの暗い中で「もっとよく見せてくれ」なんて言ってみても判断がつくとは到底思えなかった。
その時、リンウェルが俺の腕を掴んだ。
「もっと、こっち」
それを手繰り寄せ、自らの深部へと導いていく。
「ここ、ここが熱いの……」
言われるままその部分に触れればリンウェルは大きく体を震わせた。腰を揺らして快楽に溺れるさまは淫ら以外の何物でもない。
辿り着いた先で指を曲げてみると、先端が内部に食い込んだ。いや、もはや飲み込まれたと言っていい。ぐちゅ、といやらしい水音を立てて俺の指はリンウェルのナカに取り込まれてしまった。そう思ってしまうくらいリンウェルの身体の内部は大きくうねっていて、まるで未知の領域だった。
「あっ、あ、ん、ああっ、はあっ……!」
リンウェルの声や表情を確認しながら指を動かしていく。規則的に動かすより、よりでたらめで適当に指を暴れさせた方がその反応は良くなった。ダメ、と口では言いながらも俺に腰を擦り付けてくるのだ。
その中でリンウェルが違った反応を見せる部分を見つけた。その部分を俺の指が掠めると、表情が変わるより先に腰ががくんと揺れる。
「ここがイイのか?」
「わ、わかんない……」
わからない、と言いながらも拒まない。それだけでもう答えを言っているようなものだ。
俺はその部分を執拗に責めた。本気で嫌なら本気で抵抗してくれないと。お前が止めないからこうなったんだぞ。どこまでも自分勝手なことを考えながら指でリンウェルのナカを掻き回す。
一層激しくなった水音の中でリンウェルの声も荒くなっていった。イヤとかダメとかそんな言葉を口にしてしまうのももはやほとんど反射なのだろう。どこにこんないやらしい顔をして行為を拒否する人間がいる。いやらしすぎて、永遠に見ていたいくらいだ。
「も……だめっ、なんか、キちゃ……っ!」
肩に掛かるリンウェルの手に力が入った。その瞬間にも絶えず刺激を続ける俺の指にリンウェルの粘膜が一斉に絡みつく。
「……~~っ!」
がくがくと身体を震わせたかと思うと、リンウェルは声にならない声を上げてその場で脱力した。収縮したナカは俺の指を追い出し、大腿には溢れた体液が伝っている。
すっかり腰の抜けたリンウェルはもはや自力では立っていられないようだった。上半身を俺に預けつつ激しく肩を上下させるその姿を見て、これがウワサに聞く「イく」ってやつなのかと得心した。
「おい、大丈夫か?」
俺の問いかけにリンウェルはゆっくりと頷いた。続いて大きく息を吐いたと思うとキッとこちらを鋭く睨みつけ、口を尖らせる。
「私ばっかり、ずるい」
次の瞬間、突然掛けられた体重に対応できず、俺は後ろに軽く尻もちをついた。咄嗟に着いた手の土埃を払う間も無かった。俺が体勢を崩したとみるや否や、すかさずリンウェルが上に跨ってきたからだ。
「ちょっ、まっ、リンウェル……!」
「こうしないとフェアじゃないでしょ」
その視線は既に俺に向いていなかった。正確に言えば、リンウェルの視線は俺の顔でなく、膨れ上がった下半身の方へと注がれていた。
「小説にはこういうのも書いてあったよ。女の人が舐めてあげるんだよね」
お前は一体どんな本を読んでるんだ。
そう咎める間もなく、リンウェルが自身に手を伸ばす。布の上からそれをやんわりと撫で上げ、それはそれは得意そうに微笑んでいた。
穿いているものを下着ごと摺り下ろされ、晒された自身はすっかり天を仰ぐどころか汁まで零してしまっていた。それを物珍しそうに眺めるリンウェルの視線が実にいたたまれない。
「こんなふうになってるんだ……」
一通り観察した後で、リンウェルがそっとそれに触れる。
「う、あ……」
自分以外の手に触れられたのは初めてだった。たどたどしい手つきで先端をなぞられると、その微妙な刺激に腰が情けなく震える。
「どうしたら気持ちいいの?」
輝かせた目は好奇心がそのまま宿ったような色をしていた。これもどうやら「お試し」の一つらしい。
「握って……下の方から、上に扱いて、そんで……」
「こう?」
言い終わらないうち動かされた手に、思わず声が出た。
「……はっ……、もっと、強くしていい……っ」
「このくらい?」
「く……あ、……っ」
せり上がってきたものを必死に押しとどめる。駄目だこんなの。堪えられるわけがない。
誰かにしてもらうってのはこんなに気持ちいいことだったのか。いや、それにはちょっと語弊がある。俺が思うに、こうしているのがリンウェルだからというのが大きい気がする。快感に占める興奮の割合が大きい気がするのだ。ほらまた、それを自覚しただけだというのに自身が硬さを増していく。
「舐めてみてもいい?」
待て、と言う前にそれがリンウェルの粘膜で覆われた。
「うあ……っ!」
先ほど指で感じていたものによく似た、ぬるりとした感覚だった。だが全然違う。それはリンウェルの口の中だ。ロウ、と自分の名前を紡ぐ口が、今はこんなことに使われてしまっている。甘い物を欲しがる唇が、俺のそれを柔く挟みこんでいる。
ひとつひとつが刺激の波みたいに押し寄せてきて、俺はもう飲み込まれるしかなかった。伏せた瞳に掛かる睫毛、時折覗く舌、前髪を耳に掛ける仕草にすら欲情した。
「だめだ、でる……っ!」
それまで堪えていたものがひと息に爆ぜた。離せ、とリンウェルに告げる間も無かった。
それでもリンウェルはその口を先端から離すことはなかった。放たれたそれの勢いに僅かに目を見開くと、あとはただ注がれるものを咥内で受け止めるだけだった。
「わ、悪い……」
顔を上げ、リンウェルはううんと首を振った。その口端からは白濁が零れている。覗いた笑みからは幼さはもう微塵も感じられなかった。