セフレのロウリンの話。ハッピーエンド。かっこいいロウはいません。嫉妬に狂う微乱暴ヤロウ(無自覚)。
※軽めのスパンキング、強制フェ○などの描写アリ。捏造幻覚名無しモブなどの要素も含まれますのでご注意ください。(約6,700字)

前後不覚の帰着点(1)


  今夜は風が強い。
 窓に砂が当たってチリチリと音がしている。加えてここは夜でも気温があまり下がらない。外を歩くのには一苦労だろうな、とロウは思った。
 日が沈み、夜が深くなってから数時間が経つ。あいつが来るならそろそろだろうか。
 どこか落ち着かない気持ちで足の爪先で床を叩いていると、部屋の扉がノックされた。まずは2回。一呼吸おいてから、続けてもう3回。そこまで聞いてようやく鍵を開ける。
「もう」
 開いた扉の隙間から滑り込んできた影はつかつかと部屋に立ち入ると、被っていたフードを下ろして頭を揺すった。
「これ、毎回必要?」
 怪訝そうに首を傾げたリンウェルは、髪の表面をなぜて土埃を払った。部屋に唯一灯されたベッド際の明かりが、その影をぼんやりと壁に映し出している。
「必要に決まってんだろ。お前だっていう合図なんだから」
「こんな風の日にこんなところまで来る人が他にいるとは思えないけど」
 確かに、という言葉は飲み込んで、扉にもう一度きちんと鍵をかけた。そうしたところで邪魔など入らないと分かっている。あくまでこれは一種のパフォーマンスに過ぎない。
「シャワーは?」
「俺はいい」
 さっき浴びたし、と言うと、リンウェルは「あんたじゃなくて」と軽く吐き捨てた。
「シャワー借りていいかって聞いたの。結構砂被っちゃったし」
 羽織っていた外套を脱ぎながら、リンウェルは浴室の方へと向かおうとした。その肩を掴んで、半ば強引にこちらへと振り向かせる。
「ダメに決まってんだろ」
 そのままリンウェルを壁へと押し付けて、首筋へと顔を埋めた。外の空気とリンウェルの甘い香りが混ざったような匂いがする。
「ちょ、ちょっと……、まっ……あっ――……!」
 耳に舌を這わせてやれば、高い声が上がった。外郭を先端でなぞりながら合間に吐息を吹きかけてやると、リンウェルの肩がびくりと跳ね上がる。
「待てねー」
 噛みつくようにキスをしてその唇を貪った。情を重ね合わせるような、そんな甘いやり取りではない。ただ入り口をこじ開けるだけの手荒いキスだ。
 舌で咥内を探り合ううち、リンウェルの腕が背に回るのが分かった。と思うや否や、今度は自分から身体を摺り寄せてくるような仕草をし始める。
「その気になったか」
「……別に」
 唇の隙間にそんなことを呟いて、リンウェルの手が動いた。左手が這うように上ってきたかと思うと、その指が俺の上衣の合わせを解いていく。
「最初からその気で来てるんだから」
 たまらずまた唇を強く重ね合わせ、自分もリンウェルの服へと手を伸ばした。隙間から捲り上げるように指を挿し入れると、その柔い肌には既に汗が滲んでいた。

 自分とリンウェルは付き合っているわけではない。ただセックスをするだけの関係。いわばセックスフレンドなのだろうが、フレンドというにはあまりにも互いを知りすぎた仲だ。元は一緒に旅をして、世界を救った仲間の一人であったはずが、ほんの一晩でその関係がこうも変わってしまうとは思ってもみなかった。
 ダナとレナが融合し、世界がひとつに生まれ変わった後で、俺は自分の拠点をカラグリアに定めた。それはここが元々の故郷で見知った顔が多いというのはもちろん、他領よりも復興の遅れた土地であるというのも要因だった。新たな生活基盤を整えつつ街の発展に手を貸せたら、少しくらいは過去の罪滅ぼしになるんじゃないかと考えたのだ。
 一方でリンウェルはメナンシアのヴィスキントに居を構えた。旅の道中でも話していた通り今後は古代ダナの研究をするつもりだということで、それならばとテュオハリムが支援を申し出たらしい。
 そうして始まった新しい毎日の中で、はじめこそリンウェルに会う機会も多くあった。メナンシアは物流の要であり、交易の交渉などでヴィスキントを訪ねることも多かったからだ。
 だが徐々にカラグリアの復興が進み仕事が忙しくなってくると、メナンシアに行く回数も減っていった。交渉の仕事は仲間に任せ、現場での指揮を執ることが増えたのだ。それに合わせてリンウェルやほかの仲間に会う機会もぐんと減ってしまった。
 再会したのは互いに酒が飲める歳になってからだ。ちょうどその頃からカラグリアで発見された遺跡の調査が本格的に始まり、それに自分も参加するのだと報告がてらリンウェルが会いに来たのだった。
 顔を合わせること自体が久々だったというのもあって気分も盛り上がり、二人で盛大に食べて、飲んだ。空白の時間を埋めるようにして、それはそれは話に花が咲いた。
 そうして気が付いたら朝だった。目覚めてみると俺は自分の家のベッドの上にいて、裸だった。隣では同じく服を着ていないリンウェルが気持ちよさそうにすやすやと眠っていた。
 俺は一瞬にして青ざめた。嘘だろ、と思いつつ、昨晩のことを思い出す。
 記憶は――あった。酔い潰れたリンウェルを介抱するつもりで家に連れて来たはいいものの、ベッドに寝かせようとした際、首に手を回された。待て、と制止する間もなかった。とろんとした瞳に見上げられて、「ロウ……」なんて甘く名前を囁かれた日にはもう、理性の糸はぶちっと音を立てて切れるしかなかった。
 そのあとは男女の夜の流れの通り。どんな行為をどんなふうにしたのかは覚えていないが、とにかく良かった。それだけははっきりと頭に残っている。
 リンウェルには散々罵倒された。「酔った女の子を襲うなんてサイテー!」「最初からそのつもりだったの!? 信じらんない!」などと痛すぎる言葉を頂戴した。半泣きで枕を投げつけられては話し合いの余地もなく、きっかけはお前が煽ったからだ、と言ってみたところで火に油を注ぐだけだっただろう。
 それに俺はリンウェルの言葉を完全には否定できなかった。初恋の相手を前に下心を忘れられるほど紳士でもなかったのだ。
 それがどうしてこんな爛れた関係になってしまったのか。
 理由は簡単で、自分たちは体の相性が良すぎた。朝を迎えても昨晩のことに身を焦がし、余韻に浸っていられるくらいには。
 どうやらリンウェルも同じだったらしい。あれほどこっぴどく罵っておきながら、再び会う約束を取り付けようとした俺にリンウェルは何も言わなかった。ただ一言「その気で来るの?」と聞いただけ。
 その場で俺が頷いて、交渉は成立。交易のあれやこれやよりもずっと簡単に自分たちの逢瀬は始まってしまった。
 頻度にしたら月に数回。リンウェルが遺跡調査でカラグリアを訪れた時は俺の家に。俺が仕事でメナンシアに赴いた際はリンウェルの家にそれぞれ会いに行く。そんな生活がもうかれこれ半年ほどだろうか、続いてしまっている。

 服を脱がし合い、ベッドになだれ込むと、それがぎしりと軋んだ。腕の下でリンウェルの瞳が僅かに歪む。
「ランプ、消して」
 視線だけでそれを指しながら、リンウェルが小さく呟いた。
「嫌だって言ったら?」
「……させてあげない」
 俺はふっと笑って、その灯を吹き消した。あげない、だなんて随分と上から目線だ。
 それもある意味間違っていないのかもしれない。リンウェルが拒否すれば、俺はすごすごと引き下がって大人しく服を着るだろう。
 そんなことはあり得ないとも分かってはいるが。シーツの上に投げ出されたリンウェルの腕は力なくその上を泳いでいる。抵抗する素振りなんて微塵も見せない。
 胸の突起を唇で挟むと、ひと際高い声が上がった。舌先で突起を転がしてみれば、あっという間にそれが硬さを増していく。
「やあっ、あんっあっ、あっ、はあっ」
 背中を反らせて快感に溺れるリンウェルの声が、部屋中の壁をでたらめに跳ね返って耳に届いた。気分がいい。もっと良くしてやろうと反対側の突起にも吸い付き、散々にねぶってやった。
 合間を見計らって下半身へ手を伸ばすと、そこは下着の上からでも分かるほどに溢れていた。あてがわれた布の隙間から挿し入れた指がなんなく受け入れられる。
「すげえ濡れてる」
 その数を2本、3本と増やしてみてもナカは抵抗するどころか、まるっとそれらを全部飲み込んでしまいそうな勢いだ。
 正直、もう挿入れてしまいたい。ここ最近はご無沙汰だったというのもあって、溜まるものも溜まりっぱなしだ。自身は刺激を与えずともひとりでにたち上がり、その時を今か今かと待ち望んでいる。
 ふとリンウェルと目が合った。余裕のなさに気付かれまいと、取り繕って言う。
「薬、飲んできたんだろうな」
 巷にはそういった避妊用の経口薬があるらしい。レネギスで開発されたというそれは、メナンシアではごく一般的に流通しているものなのだとリンウェルは言っていた。
「のんでる」
 小さく、それでいてはっきりと口にしたリンウェルは自ら膝を割りながら言った。
「だから、いいから、はやく」
 きて、と上気した頬で強請られて、熱は一層高まった。下穿きを脱ぎ捨て、潤ったそこ目がけて自身を押し当てる。
 腰を進めると強烈な快感に襲われた。とろとろと流れ出る愛液が先端に絡みついて、それだけでも結構マズい。
「もっと動いてよ」
 俺の下で物足りなそうにリンウェルが呟いた。
「もしかしてもうイきそう? ソーロウくん?」
「……言ったな」
 煽られてしまっては仕方ない。リンウェルの最奥を思い切り突くと、悲鳴にも似た甲高い声が上がった。その隙を見てリンウェルの膝を抱え込むと、真上から楔を激しく打ち付ける。
「ああっ、だめっ、それ、ふかいっ、やああっ――……!」
 ぱちゅぱちゅと水音が結合部で弾ける。伝った愛液が脚を汚していく。リンウェルの内腿が震える。
 とどめに押し付けるようなキスをして、リンウェルの中に精を放った。時間でいえばたったの数秒、それでもこの上ない解放感に満ち溢れる今夜一度目の吐精だった。

 シャワーを浴びて部屋に戻ると、リンウェルはベッドに寝転がったままだった。どこからか取り出した本を広げ、ペンを片手に脚を宙に泳がせている。
「お前、シャワーは?」
「いい。朝借りる」
 大方面倒になったのだろう。あるいは体の怠さがそうさせているのかもしれない。リンウェルは行為の後に疲れてそのまま眠ってしまうこともままある。後処理に苦労するというのは自らがまいた種ということで敢えて口にすることはない。
「今回は何日くらいこっちにいるんだ?」
「明後日まで。いや、もう明日か。でも帰りの馬車が朝早いから今夜は無理」
 事務連絡のようにつらつらとそう並べて、リンウェルは本をペン先でとんとんと叩いた。どうやら本と思っていたものは本ではなく、リンウェルの予定を書き留めておくための手帳だったようだ。
「次メナンシアに来るのはいつ?」
「まだ詳しくは決まってねえけど、多分来月の頭とかそんくらい」
 こういった関係を続けていて一番厄介なのは日程の擦り合わせだ。カラグリアとメナンシアでは距離がある上に交易も他領ほど盛んではない。そもそも手紙を送るにも自分は文字を書くのが苦手だというのもあって、顔を合わせているうちに決めてしまうのが手っ取り早い。
「交渉と実際の物資の確認もあって、何人かで行くことになってる。5日とか、1週間くらいは居られるんじゃねえかな」
「結構長いね。彼女も寂しがるんじゃない?」
「あー……そうかもな」
 不意打ちでそんなことを言われて、思わず視線を逸らした。
「けどまあ、こういうのには慣れてるだろ」
「薄情者だなあ」
「うるせー」
 小さく頭を掻いて、吐き捨てた。
「お前に言われたかねーよ」
「ふふ、それもそうだね」
 リンウェルは手帳に視線を落として、静かに笑った。

 互いに他に恋人がいる。それはこの関係が始まった当初からの暗黙の了解だった。
 リンウェルは俺に彼女がいたことを知っていた。直接伝えたことはなかったはずだが、風のうわさは遠くメナンシアまで運ばれたらしい。
 リンウェルは会うたびどこか不安げな表情を見せていた。この家に来ては他に訪問者がいないかと外の気配に気を張り巡らせていた。
 それで作ったのがノックの合図だ。決まった回数、秒数で扉が開けば「安全」、そうでなければ「都合が悪い」として取り決めた。とはいえこれまで一度も「都合が悪」くなったことはない。
 ここを訪れる人間はそういない。リンウェルもそれを理解してきたのか、今となってはこの合図は果たして本当に必要なのかとごねる始末だ。
 一方でリンウェルにも恋人がいた。態度でなんとなく察してはいたが、手帳に貼り付けられたメモや予定からその存在が確信へと変わっていった。
 リンウェルも否定しなかった。興味本位でどんな人かと問えば一言、優しい人だよと返ってきた。
 今ではもうそれらを隠すこともなくなった。やれ薄情だの、やれ浮気者だの言って相手をからかうと同時に、自分に跳ね返ってくる言葉に罪の所在を知る。会う日ごと、回数ごとに積み重なっていく罪の重さを自覚しながら、それを引き摺って次の約束を取り付ける。
 逢瀬はここまで続いてしまった。言い換えれば、それが抑止力とはならなかったのだ。むしろそういう関係だからこそ燃え上がってしまったのかもしれない。
 だからといって進展を望んでいるかといえば、そうではない。自分もリンウェルも新しい恋人が欲しいわけではなく、ふと感じた渇きを潤してくれる、それでいて後腐れのない都合の良い相手が欲しいだけなのだ。
 まさしく共犯といっていいこの関係は甘くて深い。それはもう、ぞっとするほどに。
 全てを背負う覚悟もないのに、それを手放す勇気も覚悟もない。頭のてっぺんまでどっぷり浸かって溺れていくだけだ。罪悪感という錘をつけたまま。
 とはいえ自分とリンウェルでは、その重さは少しだけ違っていたかもしれないが。

 翌朝は仕事に向かうため、いつも通りの時刻に家を出た。リンウェルはベッドで静かに寝息を立てたままだった。
 テーブルには簡素ながらも朝食を用意しておいた。朝に弱くものぐさなあいつは、放っておけば何も口にしないまま一日を過ごすことがあるからだ。これはもうほとんどリンウェルがこちらに来た際の習慣というか、定番となっている。
 家の鍵もリンウェルに預けてきた。正確には、テーブルの端に置いてきた。こうしておくとリンウェルが家を出た際に鍵をかけ、郵便受けの中に戻しておいてくれる。この一連のやりとりのおかげで自分は時間を気にせず家を出られるし、リンウェルの方も早起きせずに済むというわけだ。
 夜を愉しむ一方で、減ってしまうのは睡眠時間だ。加えて今朝はパン一枚に果物を少し齧っただけなので消耗も早い。作業の合間に大きな欠伸をしたところで、
「ぼうっとしてんなあ!」
 突然背を叩かれて、思わず前につんのめった。
「おい、大丈夫か?」
「……心配するくらいなら初めからどつくなよ」
 声を掛けてきたのは、カラグリアでの仕事仲間の一人だった。同い年ながら自分よりもはるかにガタイの良い同僚は、悪かった、と大きな歯を見せて笑った。
「元気なさそうだったからつい、な」
「お前の馬鹿力じゃシャレになんねえよ」
 実際、背中からは軽く変な音がした。打ち所が良ければぎっくり腰でも治ってしまいそうだ。
「それにしても手ごたえがなかったぞ。少し痩せたんじゃないか?」
「あー、たしかに。前よかちょっと筋肉減ったかもな」
「ったく、誰かに飯でも作ってもらえ。ちゃんと食って鍛えないと、すーぐヒョロヒョロになるぞ」
 お前から見たら大抵の奴はヒョロヒョロだろうに。とまあ、そんなことは言わないにしても、誰かに食事を作ってもらうというのはそれほど簡単なことではない。金を払っての雇用関係か、あるいはそれを越えた信頼関係でもないと成り立たないだろう。それがほんの数か月前まで自分の手にあったことが今ではちょっと信じがたい。
「今日は欠伸も多いよな。寝不足か? まだ引き摺ってて、眠れないってんじゃないよな」
「んなわけねえだろ」
「だよなあ。結構時間も経ってるからなあ」
 再び大きく歯を見せて同僚は笑った。
「けど、食事はきちんと摂った方が良いぞ。筋肉には栄養を送ってやらないとな」
「分かってるよ、筋肉バカ」
「筋肉は裏切らないからな!」
 それは遠回しに筋肉以外は裏切ると言いたいのか、なんていうのはさすがに自分の考えすぎなのだろう。
 午後の仕事を終えて家に戻ると、当然ながら部屋には誰もいなかった。鍵は郵便受けに戻されていて、今朝まで自分以外の誰かがいたという痕跡すらない。見事な証拠隠滅だ。
 それはリンウェルなりの気遣いともいえる。嘘も見破られなければ真実となり、浮気相手も見えなければ存在しないことになる。つまりは、この証拠隠滅は自分でなく、自分の隣にいる恋人――もう随分と前にここから姿を消したはずの彼女に向けられたものだ。