セフレのロウリンの話。ハッピーエンド。かっこいいロウはいません。嫉妬に狂う微乱暴ヤロウ(無自覚)。
※軽めのスパンキング、強制フェ○などの描写アリ。捏造幻覚名無しモブなどの要素も含まれますのでご注意ください。(約8,200字)

前後不覚の帰着点(2)


 半年ほど前になる。
「わたしと別れて欲しいの」
 付き合っていた彼女にそう言われた時、特に驚かなかった。やっぱりな、とさえ思った。
 街の食堂で働いていた彼女とは互いに惹かれ合って交際に発展した。料理上手で、よく家に食事を作りに来てくれたものだった。
 一方で、自分たちの間に存在する微妙なズレみたいなものにも当初から気が付いていた。それは好みや金銭感覚の相違でもなく、正体はよく分からなかった。よく分からないまま、見て見ぬふりをした。いずれ時間が解決してくれると思ったのだ。
 今思えばそれはただの怠惰だった。小さなズレは大きな亀裂となって、間には冷たい風が吹くようになった。
 ただそうして別れたのならもう少し傷は浅かった。後で知ったことだが、彼女は浮気していた。自分と会わないうちにどこかから訪れていた旅商人と恋に落ちたらしい。
 その旅商人がカラグリアを離れる際、彼女はそれに付いていくことを選んだ。つまり自分は彼女と合わなかった、という絶対的な理由だけでなく、浮気相手と比較された上で切り捨てられたのだった。
 その事実は結構心にキた。男としても、人間としても自信が無くなった。しばらくは寝付けなくなったほどだ。
 だから浮気される側の気持ちは痛いほど分かる。浮気をする奴なんて最低だ。そう思っていたのに――。
「ひっ、あっ、ああっ、あんっ――!」
 眼前ではベッドに這いつくばったリンウェルが声を上げていた。背を反らし、下半身を突き出すような形で腰を揺らしている。
 いや、これは浮気ではない。自分に彼女はいないのだから。とはいえリンウェルの彼氏からしたら自分もリンウェルも等しく罪人だ。浮気されていたと知った時、自分は彼女もそれを奪っていった男も憎かった。
 でもこちら側になってみて思う。浮気する方も悪いが、放っておく方も悪いのだ。大切ならきちんと繋ぎとめておかないと。繋ぎとめておかないから、リンウェルは自分と繋がってしまったのだ。
 視線を落とすと結合部がよく見えた。今この瞬間、リンウェルとセックスしているんだなと実感する。声が上がるたび強く求められているのだと分かる。
 戯れに尻を張ってやれば、リンウェルはひと際大きい声を出した。ナカがきゅうと締まり、白い肌にはたちまち赤みがさしていく。
 言わないでも分かる。リンウェルは感じている。何度もそうしてやりたい気持ちはあったが、それはできなかった。痕が残るようなことがあってはならないのだ。
 代わりにストロークを大きくした。最奥を抉るように穿つと、リンウェルの腕が今にも頽れそうになる。
「あ、あ、あああっ――……!」
 最後の一押しでリンウェルは達した。声にならない声を上げて、自身から精を搾り上げていく。秘部からどろりと溢れ出た体液はもうどちらのものとも区別がつかない。
 これだけ交わり合ってもまだ重ならない。リンウェルは自分のものでない。
 どことなく気分が悪くなった。心の中で舌打ちをして、まとわりついた体液を拭う。
「どうしたの?」
「……別に」
 虫の居所が悪いのを知られたくなくて、口数が減る。それだけでも機嫌が悪いと言ってしまっているようなものだ。
「何かあった?」
「いや、」視線を背けたまま訊ねた。「お前は彼氏と上手くいってんのか」
「……え?」
 突然そんなことを聞かれて、リンウェルは驚いたようだった。
「……まあ、それなりに」
「普段はどこに行くんだ?」
「何よ急に」
「いいから」
 再び口調を強めた自分に、リンウェルは少し考えて答える。
「一緒にご飯行ったり、本屋に行ったりとか」
「話題は」
「研究のこととか? 友達の話とか悩みとか、聞いてもらったり」
「……そうか」
 自分で聞いておきながら、無性に腹が立った。リンウェルはありのまま事実を述べただけだったのに、自分の頭の中には随分と親しげに話す二人の光景がありありと浮かんできた。親しいのは当然だ、恋人同士なのだから。
 顔も知らないそいつがリンウェルに向かって微笑みかける。リンウェルも嬉しそうにそれに応える。ただそれだけのことにイライラした。ぐちゃぐちゃに壊してやりたくなった。
「優しい人、なんだっけ?」
「そ、そうだけど……本当にどうしたの」
 リンウェルが心配そうに覗き込んでくる。それがなぜか、同情されているかのように思えた。
 かっと腹の底が燃え上がったのが分かった。リンウェルの手首を掴んで自分の股間へと導き、強引にそれを握らせると、リンウェルの瞳が揺らいだ。
「何をしてほしいか、言わなくても分かるだろ」
 その言葉にリンウェルは何も言わず、おずおずと脚の間に顔を埋めた。
 細い指が自身に絡みついたと思うと、ゆっくりと下から扱き上げられる。何度かそうした後で、リンウェルは竿の根元へと舌を這わせた。
「……っ……」
 唾液をたっぷり含んだ舌にはそれだけで声が出そうになった。平たい部分で竿を舐め上げられ、先端で出口を掘り起こされる。それだけでも腰が揺れるのに、リンウェルの視線がいちいち情欲をそそる。初めて体を重ねた頃は口淫自体経験が無かったのに、今では技術に加えて随分といやらしい目つきをするようになったものだ。
「リンウェル……」
 名を呼んでやればリンウェルは嬉しそうに目を細めた。その瞬間、頭を掴んで股間へと押し付ける。それまで穏やかだったリンウェルの目が大きく見開かれた。
「優しい彼氏はこういうことしねえんだろうな」
 喉の奥で笑みを漏らすと、その狭い咥内に向かって腰を振った。自身が舌よりもずっと分厚い粘膜に擦り上げられていく。
 それに追いつこうとするリンウェルは時折苦しさに顔を歪ませていた。瞳に涙を浮かべながらも、なおも必死に舌を動かそうと顎を上げる。健気で愛おしい。それはもう、憎らしくなるほど。
「出すぞ……っ……」
 言うのとほとんど間を置かず、リンウェルの喉奥目がけてそれを解き放った。緩く腰を打ちつけながら最後の一滴まで押し込んでやる。
 火照った体にシーツの冷たい感触が心地良かった。

 メナンシアの夜は心地良い。穏やかな風が肌を撫ぜる。
「約束」通りリンウェルと会って、部屋を出たのは日付が変わってからだ。泊まっていってもいいとリンウェルは言ったが、そういう気分にはなれなくて、もともと取ってあった宿の部屋に戻ることにした。
 今夜はどうにも心が落ち着かない。いつまでもざわざわと波打ったままで、凪いではくれない。昔のことを思い出してしまったからだろうか、それともリンウェルに変なことを聞いてしまったからか。
 リンウェルが彼氏と円満であるのは悪いことではない。優しい彼氏に愛されているというのは幸せなことであるし、裏を返せば自分との関係がバレていないということでもある。浮気相手がいると知ってなお穏やかに彼女を愛することができる奴がこの世に存在するだろうか。
 つまり今のところは順調満帆。この関係を自分から終わらせるつもりはないし、リンウェルの方が断ち切らない限りもうしばらくは続くのだろう。
 一方で、本当にこのままでいいのかと思わないこともない。彼氏のいるリンウェルはともかく、自分は実際には彼女もおらずただ仕事に励み、休日は怠惰な日々を過ごすだけだ。街の復興・発展にやりがいを感じてはいても、それ以外、リンウェルとの逢瀬以外に楽しみも何もない。
 そしていずれこの関係は終わる。リンウェルが結婚する時か、あるいは飽きた時かは分からないが、切り捨てられる日は間違いなくやって来る。そうした先に残るものは何だ。仕事とちょっとの給金、あとは一人の時間くらいか。
 それにもの寂しさを感じてしまうのは、自分の隣には今誰もいないからなのだろうか。リンウェルに誘われるまま同じベッドに入っていれば、こんな考え方はしなかったのだろうか。
 自分もこの辺が転換期なのかもしれない。リンウェルとの関係が終わる云々よりも、その先のことを考え始める時期に来ている気がする。何かしら生活の根本を変えるようなものが必要なのかもしれない。
 何かしらの変化。――例えば、嘘をまことにしてしまう、とか。
 正直、独りを寂しいと思うことはあまりない。職場は男だらけだが、それはそれで楽しくやれている。気楽にいられる一人行動も嫌いではない。
 とはいえたまに一緒に食事や会話を楽しめる相手がいればなと思うこともある。自分に足りないものは彼女とかそういったものでなく、単純に出会いそのものなのかもしれない。
 友人が少ないとは思わないが、カラグリアに閉じこもってばかりいては増えるものも増えない。もう少し外に出て、人との繋がりを感じてみるのもいいだろう。リンウェルとの物理的な繋がりではなく。
 そうして街を歩いているうち、騒がしかった心も幾分落ち着いてきたような気がした。夜明けまではまだ遠い。今からベッドに転がれば充分休息になるはずだ。
 早めた足に風が通り過ぎていく。さらりとしたそれはやはり故郷のものとはまるで違った。

 二日目の「約束」を翌日に控えて、宮殿で顔を合わせたリンウェルは申し訳なさそうに言った。
「明日なんだけど、ちょっと無理そう」
「なんでだよ」
 今までそんなことが無かっただけに驚いた。動揺が出たのか、声がやや大きくなる。
「ほかに予定でも入ったのか」
「うんまあ、そんなとこ」
 彼氏か、と言いかけて言葉を呑んだ。また腹の下の方がふっと熱くなるような気がしたが、堪えて「分かった」と言った。
「ごめんね。ほかに空いた日あったら教えるから」
 その場はそれで別れて、宮殿を後にした。仕事の現場に向かうため、ヴィスキントの城門を出る。
 仕事の最中もリンウェルとのことを考えていた。まさか「約束」が無くなるなんて。
 とはいえ何度も会っていればそういうこともあるだろう。むしろ今まで一度も予定が延期されなかったことの方が奇跡に近い。
 そう思いつつ、心はどこかざわついている。自分との約束は先月交わしたものだ。それより優先されるなんて、そんなの一つしかない。
 急遽彼氏と会うことになったのだろうか。夜に時間が取れないということは、彼氏と食事をしたり、どこかに出かけたりするのだろうか。
 そうしてその後、セックスをするのだろうか。リンウェルは自分とのセックスでなく、そちらを選んだということなのか。
 ふつ、と熱いものが沸く。それは自分よりいいものなのか。あれだけ乱れている自分とのセックスよりも、彼氏とのセックスの方がいいものなのか。
 どろりと何かが零れ落ちそうになったところで、それをなんとか押し留める。ダメだ、最近の自分はちょっとおかしい。リンウェルに対して執着が過ぎる気がする。リンウェルに彼氏がいることなんて初めから分かりきっていたことだ。この関係に進展はない、求めてもいけない。
 このままではいけない。何か、ほかに気持ちを分散させないと。このままではまた、眠れない夜がやってきてしまう。
 
 仕事を終えて宿に向かうと、部屋には同僚の一人が先に戻ってきていた。
「お疲れ様」
「お疲れ」
 軽く挨拶を交わして自分のベッドへと寝転がる。安い宿の安い部屋なので、二段ベッドである上に布団自体も固い。
「そっちはどうだった? 上手くいきそう?」
「特に問題はねえな。物品の数についてはある程度すり合わせが必要かもしれねーけど」
「そういうのは僕が得意だから。脳まで筋肉のロウは力仕事に専念してもらって」
「流石の俺もまだそこまでいってねえよ」
 静かに笑うこの同僚は自分で言うだけあって交渉が上手い。本人曰く「悩むのが苦手」という選択の速さと正確さにはあのネアズも信頼を置いている。
「でも仕事が上手くいくと、終わった後のお酒も美味しくなるね。メナンシアには良いお酒がたくさんあるから楽しみだ」
 そして引いてしまうくらい酒に強い。その童顔に似合わず水のように酒を流し込むものだから、見ている周囲が心配してしまうほどだ。
 自分もまあまあ酒は飲める方だが、こいつには全く敵わない。どれだけ飲んでも顔色一つ変えず、にこにことしている様には羨望さえ覚える。とはいえ全く酔えないのも、それはそれで辛いのではないかと思う。酔って忘れたいことも忘れられないのだから。
 酔って忘れたいこと。
「あー……」
 先ほどまでのもやもやを思い出し、枕に顔を埋める。酒だ、今すぐ酒が飲みたい。嫌なこと、気に食わないことを全部忘れたい。
「どうしたの? そんな上手くいってない?」
「仕事じゃねえよ。ちょっと色々あって」
「へえ。脳みそが筋肉でも悩むんだ」
「その筋肉でいためつけてやろうか」
「わあ怖い」
 まるでそんなことを思っていない様子で同僚が言う。
「悩むのは良くないよ。そんなことしても問題は解決しないから」
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
「食事と酒だね。美味しいに勝るものはないよ」
 なかなかの極論だ。どうして自分の同僚はこうも曲者揃いなのだろう。
「お前、晩飯はどうするんだ?」
「ヴィスキントの知り合いと食べることになってるよ」
 そういえばこいつは交友関係も広いのだった。交渉役としてそういう場に行くことが多いせいか、どこかに出かけるたび新たな伝手を作ってくる。仲間としては頼もしいことこの上ないが、敵に居たら一番厄介になるタイプだ。
「じゃあ明日の夜は? 空いてたりしねえか? 一緒に飯行く相手探してんだけど」
「あれ、予定があるんじゃなかった?」
「急にダメになってよ」
 それだけ言うと、同僚は間を置かずに「いいよ」と言った。
「ちょうど良かった。食事会があるんだけど、メンバーをもう一人探してたんだ」
「食事会?」
 首を傾げた俺に、同僚は意味ありげに笑った。

 翌日の夜、指定された酒場にはよく見知った顔――先ほどまで一緒に仕事をしていた男連中が集結していた。皆が皆そわそわとしていて、平然としているのは例の同僚だけだった。
「あ、ちゃんと来てくれたね。逃げるかと思ってた」
「あのな、お前は俺を何だと思ってるんだよ」
 逃げたりはしない。むしろ今の自分にはおあつらえ向きだ。――出会いのための食事会だなんて。
 男女が同じ空間に集まって一緒に食事や会話を楽しむ。その中で自分と気が合う人を探して、さらに仲が深まれば交際へと発展することもある。そのきっかけとなるこういった食事会が今、メナンシアを中心に流行っているらしい。パーティーと違って形式ばったものでもないことから気軽に楽しめると人気になったのだそうだ。領や種族を越え、自由に恋愛を楽しめるようになったのもまた一つの要因なのだろう。
「僕の友人がメナンシアで研究員をしててね。出会いが少なくて困ってるって言うから、セッティングしてあげたんだ」
 直前になって女性側で人数が一人増えると連絡があったらしい。それでこちらも人数を合わせようかと人を探していたところ、都合よく自分が現れたというわけだ。
「ロウのことだから乗り気じゃないかと思ってたんだけど。前のこともあったし」
「いい加減忘れてくれよな。俺だってずっと引き摺ってるわけじゃねえよ」
「それにしてはあまりこういう話に加わってこなかっただろ? いろいろ勘繰っちゃうよ」
 それは興味が無かったというか、それに近い存在を得てそちらに夢中だったからだ。決して未練があるわけじゃない。
「どっちにしても嬉しいよ。ロウはお酒も強いから、潰れる心配もないし」
 掃除要員は多い方がいいからね、と同僚は静かに笑った。
 やって来た女性陣は皆可愛らしい子ばかりだった。とても出会いに困っているようには見えない。
 料理の並ぶ大きなテーブルを皆で囲うと、食事会が始まった。それぞれ自己紹介をしよう、となったところで一人の女の子が手を挙げた。
「あの、一人着くの遅れちゃってて、その子が来てからでもいい?」
 よく見ると向こう側の席が一つ空いている。人数で言えばこちらが5人、向こうが4人。
「もうすぐ着くと思うから、それまで皆で軽くおしゃべりするっていうのはどうかな」
 そんな提案に文句が出るはずもなく、皆で食事を交えながらの談笑タイムが始まった。
 初対面が多いとどうしても会話が続かないのではと思っていたが、そんな心配はいらなかった。思いの外会話は盛り上がり、テーブルは良い雰囲気に包まれた。
 初めはガチガチだった男連中も酒が入ることでかなり緊張が解れたようだった。何より女性陣が場を盛り立ててくれたのが良かったのだと思う。その話し方は柔らかく、それでいて言葉の端々から賢さが窺えた。皆よく物を知っていて、話題が尽きることはない。
「仕事は何してる人たちなんだっけ?」
 目の前の女子に直接問えばいいものを、なんとなく隣の同僚に向かって耳打ちをする。
「研究員とか、宮殿で働く人だって聞いたけど。僕の友人はさっき話してた、端に座ってる子だよ」
 そちらに視線を向けると、その女子と目が合った。小柄ながらもはきはきと話す、とても感じの良い子だ。にこっと微笑まれて、ついドキリとする。
 研究員ということはリンウェルを知っている人もいるかもしれない。食事会に知り合いがいたよ、なんて告げ口されるかもしれない。
 ――それはちょっとマズいのでは? 俺がここで食事会に参加していたと知られたら、彼女がいないことがバレてしまう。それ自体に不都合はないかもしれないが、知られるのはなんとなく気まずい。今まで隠してきたことに何と説明をつけよう。言うタイミングを逃した? なんとなくフェアじゃないと思った? いずれにしても責められそうではある。
 とはいえ知り合いがいない可能性だってある。研究員はそれなりに数も多いと聞いた。そこに友人の友人が参加している可能性なんて――。
「遅れちゃってごめん!」
 聞き覚えのある声に顔を上げて、俺は呼吸が止まりそうになった。
「ロウ!?」
「リンウェル!?」
 思わず立ち上がってそう叫ぶと、皆の視線がこちらに集まるのが分かった。
「あれ、そういえば知り合いなんだっけ?」
 女子の一人にそう言われ、自分たちは黙って頷いた。知り合いなんてもんじゃない。食べ物の好みから戦闘における弱点、あらゆるところのホクロの位置まで知っている仲だ。
「すごい偶然だね! じゃあメンバーも揃ったことだし、自己紹介始めよっか」
 何事もなかったかのように同僚がそんなことを言って、本格的に食事会が始まった。自分とリンウェルに漂う気まずさは拭えないまま。

「ロウ、です」
 いたたまれない気持ちが声に出る。極力そちらを見ないようにはしているが、それでも分かるほどに刺さってくる視線が痛い。
「仕事はこいつらと同じで、歳も大体一緒。以上」
「おい、盛り下げんなよー!」
 横の席から文句を言われて頭を掻く。そんなこと言ったって、この状況で落ち着いていられるわけがない。
「リンウェル、です……」
 自分とは対角にあたる席から小さな声が聞こえる。
「研究員やってます。年齢は、お酒が飲めるくらいです」
「リンウェルちゃん! カワイー!」
「ロウ、リンウェルちゃんっていくつ?」
「俺の二個下」
「ロウ! 隠した意味ないじゃない!」
「いいだろ別に、それくらい」
 ついそんなことをそっけなく言ってしまう。
「ごめんね、こいつこういうの初めてで」
「多少空気読めないの許してやってー?」
 だれが空気読めないって? 投げた視線はそいつには通じない。
「こいつ昔彼女に浮気されちゃってー」
 指をさされた瞬間、ぎくりと心臓が跳ねた。
「お、おい!」
「それで別れてんだよねー。それから全然女っ気ないから心配してたんだけどー」
 余計なこと言うな! と小突いたのも遅かった。皆まで言われてしまって、身体中の穴という穴から汗が噴き出す。
「俺ら的には安心したっていうかー。ようやく次の彼女でも作る気になったかと思ってー」
「それはこの子も一緒だよー!」
 女子の一人がリンウェルの手を取って言った。
「この子、誘ってもなかなかこういう集まりに来なかったんだよね。でもやっとその気になってくれて」
 リンウェルはあわあわと慌てた様子で口を開けていた。
「もうずーっと彼氏いないんだよ。研究ばっかしてるから心配してたけど、今日はホント来てくれてよかった、って感じ!」
 俺は耳を疑った。彼氏はずっといない? 
 リンウェルの方を見やると、その視線が不自然に逸らされた。――これは。
「だからロウくんもリンウェルも、ちょっと気まずいかもしれないけど、今日は楽しんでね!」
 そう満面の笑みで言われては素直に頷くしかない。悪気がないだけに、その気遣いが痛くて仕方なかった。