ヴィスキントで便利屋を始めるロウの話。だいたい1話完結の連作短編。喋るモブがいっぱい/全部捏造/強めの幻覚/何でも許せる人向け(約2,000字)

12.エピローグ

 今日も街には心地よい風が吹いていた。
 混じる甘い香りは花の香りか、あるいは今朝も早くから開いているベーカリーから漂ってくるものか。ぽかぽかとした穏やかな陽気も相まって、その中にただ佇む自分まで気持ちが弾むようだ。
 最後の品を鞄に詰め込むと、思わずふうと息がついて出た。がらんどうになった露店はそれほど立派でないとはいえ、これまでの苦難を共にしてきたと思うとどこか心寂しくも感じられた。雨の日も風の日も、たとえ客がほとんど来ない日だってずっとここで過ごしてきたのだ。もはやこいつは相棒であり、家であり、自分の大切な居場所のひとつでもあった。それと一旦とはいえ、こうして別れることになろうとは……。
 とはいえ感傷に浸っている場合ではなかった。荷車の貸借期間は決まっているのだ。一日、一時間たりとも無駄にするわけにはいかない。
 広場の端に停めてあったそれを露店に寄せ、最後の解体を始めようとした時だった。
「よう。今日も元気そうだな」
 聞き慣れた声に振り返ると、そこには朗らかに笑う青年と、その半歩後ろに控えめに並び立つ女の子の姿があった。
「ロウじゃないか。と、そちらは……」
「リンウェルです。直接会うのは初めてですよね。ロウから話には聞いていたんですけど」
 少女はそう言ってにっこりと笑った。これまたロウのように人懐こく、朗らかな笑みだった。
「ああ、あなたが。こっちも、ロウからいろいろ聞いていました」
「え、そうなんですか?」
「はい。それはもういろいろと」
 そうなんですね、と少女は小さく呟いた後で、ロウに強い視線を向けた。と思うと、何やら「何言ったのよ」「ちゃんと紹介してくれたんでしょうね」などとこそこそ耳打ちをし始める。一方のロウはたじろいではいたが「別に変なことは言ってねえよ」「そもそも紹介ってなんだよ」などと声を潜めていた。その様子を見ているだけでも2人の仲の良さが伝わってくるようだった。
 微笑ましいなと思っていると、こちらの様子に気が付いたのだろう、ロウが、 
「つーかそんなデカい荷車引いて何してんだ? 今日の店の準備か?」と訊ねてきた。
「いいや。どちらかというと、その逆かな。故郷に帰ろうかと思ってね」
「えっ」
「ようやく金が貯まったんだ。この辺で一旦、土産話を聞かせに行くのも悪くないだろう」
「そうか……」
 ロウはあからさまに残念そうな顔をしてみせたが、そんなふうに思ってくれる人がいるのはとても幸せなことだ。
「なあに、話を聞かせて、また仕入れが思わったら戻って来るさ。こんな住むにも商売にもいい土地なんて、他にはないからな」
「ああ、そうだな。戻ってきたら、その時はまた声かけてくれよな」
 ロウはそう言って、露店の解体を手伝ってくれた。女の子も荷車に載った荷物の整理をしてくれて、雑然としていたそれが見違えるようだった。
「じゃあ、またな。道中はきちんと警戒しろよ。こないだみたいに、ズーグルに襲われないようにな」
 って、あんたは運が良いから大丈夫か。ロウはそう言って少女と2人、こちらに何度も手を振りながら通りの向こうに姿を消した。
 その背中を見送って、思わず小さく笑みが零れそうになった。まったく相変わらず世話焼きで、親切なやつだ。手伝いの礼をすると言ったのに、「今は営業時間外だから」とまたしても断られてしまった。
 それともこれは、この間のお返しのつもりなのだろうか。ロウが「贈り物に困っている」と言うから渡した木彫りのペンダント。ダナフクロウをモチーフにしたそれは、シスロディアでは大切な人に気持ちを伝えるものとして古くから言い伝えられているものだった。
 ロウが気恥ずかしそうにしていたからてっきりそういうことなのかと思ったが、果たして結果はどうなったのだろう。相手に――あの女の子にきちんと渡せたのだろうか。
 どちらにしたってきっと問題はない。あの2人の様子を見ていればわかる。互いを信頼し合い、2人でいることに何ら違和感を抱いていない。並んで歩くことがさも当然かのような空気感は、その足元の道が果てなく続いていることを想起させた。
 ロウなら、あの2人なら、大丈夫だろう。この先何があっても乗り越えていけるはずだ。
 荷車を引き、城門の前までたどり着いた。振り返ると宙に風邪を纏った花びらが舞うのが見えた。
 そういえば、ここに初めて訪れた日もこうだったかもしれない。何もかもが新鮮で、この先の日々を祝福してくれているように感じたあの日。
 思えば、自分の最大の幸運はロウに出会えたことだったのだろう。命を助けてもらったことはもちろん、その後この街で上手く商売を続けられたのは、ロウのような親切な人たちに多く出会えたからだ。
 きっかけをありがとう、ロウ。君のことは、故郷での一番の土産話にしよう。
 題名を付けるなら……そうだな、「親切で世界を変えた男の話」なんかどうだろう。
 今は少し大げさかもしれない。でも、それが実話となるのもそう遠くない気がした。

 終わり