ED後、ヴィスキントにて偶然再会したシオンとロウが思い出話に花を咲かせる話。少しだけアルシオ、ロウリン要素あり。と言いつつ、メインはジルファの話です。全部捏造(約6,600字)

あなたに贈る風景

 宿屋の一室から眺める、大きな窓。陽も落ちたばかりの空に、ぽつぽつと光が灯り始める。
 シオンは部屋の片隅にある木製のベッドに腰かけながら、その星の行方を追っていた。大きな光から小さな光へ。徐々に視線を移していけば、なぜかそれらは視界の中で明滅するように輝く。ただひとつを見つめているなら、光は真っすぐ届くだけなのに。
 不思議だな、と思う。この世は不思議だらけだと、そう気づいたのは、こうして旅をするようになってからだ。自分の足で歩いて、見て、聞いたものにこそ、疑問に思うことがたくさんあった。
 世界の仕組み。争いの理由。生きることの過酷さ。
 同時に心を大きく揺さぶられることもあった。世界は自分が思っていたよりずっと強く、美しかった。
 今となっては、その感動こそこうして旅を続けることの原動力なのかもしれない。2人で同じ道を歩んで、同じ景色を見る。同じ火に手を翳して、同じ星を指さす。たまに、屋根のついた寝床が恋しくなることもあるけれど。
 もう少し夜を浴びたくなって、シオンは隣のベッドの主に問いかけた。
「外に出てきてもいいかしら」
 主――アルフェンはうたた寝をしていたようだが、その声を聞いてこちらにごろりと寝返りを打った。
「ああ……構わないが、何か用事か?」
 ついていこうか、と起き上がろうとしたところをシオンは慌てて制す。
「いいえ、それこそ結構よ。別に用があるわけじゃないの」
 ただ夜風に当たりたいだけだから、と念を押すと、アルフェンはわかった、気を付けて、と言って再び目を閉じた。間もなく聞こえてきた寝息はすぐに深いものへと変わった。
 彼に疲労が溜まっていることはよく知っていた。このところ歩き詰めだっただけでなく、ズーグル討伐の依頼もこなさなければならない一方で、夜は野営が多かった。重たい剣を振るうのは、たとえ苦戦する相手でなくとも体力を消耗するのに、その疲れを癒しきれないまま数日を過ごしていたのだ。
 そんな中立ち寄ったヴィスキントは、砂漠の中のオアシスにも思えた。すぐさま宿屋に部屋を取り、一休みしたところで一緒に食事へと出かけた。巷で評判となっているレストランでの夕食は声を上げてしまいそうなほど美味しくて、胃も心もすっかり満たされた。そうして宿の部屋に戻ってきて早々、再び眠りに入ったアルフェンはまだまだ休み足りないらしい。とはいえ明日は何か予定があるわけでもないし、自分も今夜はゆっくり過ごそうかとシオンは静かに部屋を出た。
 宿屋のロビーを抜けて外へ出ると、通りには多くの人の姿があった。繁華街の方からだろうか、がやがやとした喧騒までが耳に届く。もうすっかり陽も落ちたというのに、まるで昼間のような賑やかさだ。
 無理もない。今やヴィスキントは世界の中心地なのだ。元より大きな争いもなく、ダナとレナが共存していたこの街は、〈世界合一〉の後も各地の手本となるべく発展を遂げている。きっかけを与えたのは元領将テュオハリムだが、これほどまでに栄えているのはその意志を継いだ人々の努力の賜物だろう。いくら豊穣の国とはいえ、住民の奮闘なくしてこれだけの繁栄はあり得ない。
 通りに立ち並ぶ屋台からはスパイスのいい香りが漂ってきていた。そこで酒を酌み交わし、笑う人々の声。皆が皆明るい話題とはならないにしろ、そこには悲壮感もない。それこそこの街の住民が前を向いている証拠であり、この姿勢もまた世界の手本となる所以なのだろう。
 いつ来てもいい街だなと思う。ただこうして辺りを眺めながら歩いているだけでも勇気と希望が湧いてくる。この世界はきっともっと良くなると、そう信じさせてくれる。
 あの人にも、見てもらいたかった。
この国を初めて訪れる前のことだ。厳しい寒さに人々の心までも凍り付いた街で、自分たちは大切な人をうしなった。自分やアルフェンに進むべき道を示してくれた、尊敬できる人物だった。
 カラグリアで戦い続けた彼は、外の世界を見てみたいと誰より願っていた。高い壁の向こうに何があるのか、それをこれまで肩を並べてきた仲間たちと眺め、味わい、分かち合いたいと言っていた。
 そんな彼の夢もシスロディアで途絶えてしまった。彼らしく最後まで戦い続けた末の、それでいて彼に似つかわしくない不運な死だった。
 もし彼が生きていたなら。ふとそんなことを思ってしまう。あの時彼が助かっていたなら、このメナンシアの豊かな自然や、ミハグサールの先に広がる大海原を一緒に見ることができたかもしれないのに。
 そんな光景を目の当たりにして、果たして彼はどんな感想を述べただろう。自分たちと同様、世界の広さにただただ驚き、その雄大さ、美しさに言葉を失っただろうか。
 生まれ変わったこの世界に関しても同様だ。ダナとレナどころか、根本の仕組みまで変わってしまったこの世界を見て、彼は何と口にしただろう。さすがに変わりすぎ、変えすぎだと皮肉の1つも言うかもしれない。願わくば、それらも軽く笑い飛ばしてくれたならと思う。
 こうしてアルフェンと2人で世界を旅をするようになってしばらく経った今も、いまだに時々迷うことがある。自分たちは正しい方向に向かって進めているのか、自分たちの行いは間違っていないか、悩むことがある。
 誰かが行先を示してくれたら、と思ってしまう。向かう先に待っているものが果たして自分たちの望むものなのかどうか、どこかの誰かが教えてくれたらいいのに。
 でも、そんな人はいない。進んでいる道が正しいかどうかを知っている人もいないし、そもそも正しい道などない。
 あるのはただ進むべき道だけ。いつか自分たちが振り返った時、それが【正しい道】になるよう進んでいくだけなのだ。
 誰かの言いなりじゃなく、自分が自分の主であること。そうでなければ、いつまでだって奴隷のまま。いつか彼が言っていたことを思い出す。長い道のりの節々でそうすることこそ、彼の教えが自分たちの中で生き続けている何よりの証拠でもあった。
 
 歩いているうち、いつの間にか通りの端まで来てしまっていた。そろそろ戻ろうかと道を引き返し、宿の前まで来たところで声が掛かった。
「もしかして、シオンか?」
 振り返ると、そこにはあの人懐こい笑みを浮かべたロウが立っていた。
「偶然だな。こっちに来てたのか」
「ええ、今日着いたのよ。あなたは? 〈紅の鴉〉の仕事?」
「あ、ああ、まあ、そんなところだ」
ロウは苦笑いを交えて言った。その反応はおそらく、それだけが目的ではないのだろう。商人やら商隊の護衛やらに引っ張りだことは聞いていたが、特に深い意味もなく・・・・・・・・・この街に通い詰めているのは相変わらずらしい。
「アルフェンはどうしたんだよ。一緒じゃねえのか」
「部屋で先に休んでるわ。最近忙しかったのよ。食事を摂ったらすぐに寝てしまったわ」
 宿での無防備な寝顔を思い出す。途切れることのない深い寝息と、ぴくりとも動かない身体。髪を撫でても目を覚まさないあたり、今夜は宿を取って正解だった。あのまま野営を続けていたら、ズーグルの奇襲にも気付けずにいたかもしれない。
「それなのに、私が散歩に行くって言ったらついて来ようとしたのよ。今にも崩れ落ちそうなのに。慌ててベッドに押し戻したわ」
「そんくらい、シオンが大事で心配なんだろ。つーかそれだけ疲れてて散歩って……そういうとこはシオンの方がタフなんだよな」
 シオンっつーか、女子? とロウは呆れたように息を吐いた。何か思い当たる節でもあるのだろうか。シオンが小さく視線を送ると、ロウは再び苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「それにしても驚いたわ。ちょうどさっきまでジルファのことを思い出していたのよ」
「親父のこと?」
「ええ。この街に来ると、つい考えてしまうのよね。ジルファが見たらどんな反応するかしらって」
 感傷に浸っていたわけではない。そのことはロウにも充分伝わったはずだ。
 シオンは通りの向こうのレストランを示しながら言った。
「さっきアルフェンと行ったお店、とても良かったの。美味しくて、盛り付けも美しくて……ジルファを連れて行ったらどう思うかしら、なんて」
 みるみる口元が緩んでいくのがわかる。
「この街もそうよ。この光景を見たらどう思うかしら、何て言うかしらってね。ついつい気分が良くなって、お店で一緒にお酒を酌み交わしていたかもしれないわね」
「どうだかな」
 ロウは穏やかに笑って言った。
「案外ビビるかもしれないぜ。俺は場違いだとかなんとか言ってな。どっちかっつったら、その辺の屋台で一杯ひっかけてる方がしっくりくるんじゃねえか?」
 ロウがしゃくった先にその後ろ姿を想像する。大きな背中に、不釣り合いなほど小さなグラス。
「デカい背中丸めてよ、金がねえからって野菜の串焼き片手にちびちび呑んでそうだよな」
 記憶の中の彼は豪快なのに、なぜかそうしている様が容易に想像できてしまって、シオンは思わず吹き出した。道行く人が不思議そうにこちらに視線を投げかける。まさか今話題に上がっている人物がすでに故人となっているだなんて、夢にも思わないだろう。
「まったく、可笑しいわね」
 こんな私たちは不謹慎だろうか。いや、そんなことはない。そんなふうに思ってみる。
 何よりジルファ自身が嫌がるに違いないのだ。涙声を滲ませたところで、「湿っぽいのは苦手なんだ。何せカラグリア生まれだからな」なんて冗談のひとつもどこかからか聞こえてきそうな気がした。
「そういや、」ロウが突然言った。
「俺もひとつ、思い出した」
「何を?」
 訊ねると、ロウはちょっと悪戯っぽく笑ってみせた。
「初めてメナンシアに来てすぐだったと思うんだけど、俺、シオンにすげえ叱られたことあったよな」
 思わずぎくりとする。「そ、そんなこと、あったかしら」
 よく覚えていないわ、と言って、シオンは顔を背けた。背後でロウがくつくつと笑う声がする。
 本当は、全部覚えている。その日がどんな夜だったかも、その時自分がロウに吐いた言葉も。
 メナンシアにたどり着いた直後、街道にて野営をした時のことだ。火の番をしていると、寝床から起き上がってきたロウが焚火の前に腰を下ろした。「眠れないの?」と訊ねると、ロウは「ああ、まあな」と頷いた。
 それきりロウは何も言わなかった。ただ昏い表情のまま、ぼうっと火を見つめるだけ。
 おそらくその時のロウは、ジルファのことを胸に重たく抱え込んでいたに違いない。アルフェンに誘われたことで気持ちは救われつつも、いまだ底にこびりついた染みは落ちていなかった。
 そんなロウに、自分ははっきり口にした。
「自惚れるのは、やめた方がいいわよ」
 え、とロウが初めて顔を上げる。
「自分がジルファを殺した」
「……!」
「自分のせいでジルファは死んだのだと、まさか本気で思っていないわよね」
 ロウはあからさまに狼狽えた。
「だ、だってそうだろ。俺が親父を捕まえなきゃ、シスロデンまで連れて行かなきゃ、あんなことには……!」
「それが自惚れているっていうの」言葉を遮って、強い口調で言い放つ。
「ジルファほどの男が、あなたの手によって捕まったからといって、処刑台に送られたからといって、それくらいで死ぬはずがない。彼はいろんな不幸が重なって、運悪く命を落としたの」
 怒りとも悲しみとも取れぬ目をするロウを前に、自分は続けた。
「確かに、その原因の一部にはあなたの行動があったかもしれない。でもそれだけじゃないわ。毒を完全に排除できなかった私のせいでもある。あるいは周囲の人間がガナベルトという男の不審な動きに気付いていたら、防げたことかもしれない」
「そうして色々な要因が積み重なった結果、彼は死んだ。それらが全部自分一人のせい? それこそ彼を軽んじていると私は思うわ。傲慢よ。何をするにも迷ってばかり、下を見てばかりのあなたに、人一人を殺す力なんてあるはずないもの」
 今になって思えば、なかなかに空気の読めない発言をしたなと思う。後悔に苛まれ、夜も眠れなくなっている人間に対して思いやりに欠ける言動だった。
 それでも、その時は本気でそう思っていたのだ。このまま引きずって足手まといになるようなら、途中で切り捨てようとさえ思っていた。
 それこそ自分の見当違いだった。あの彼の息子がいつまでも立ち上がれないほど弱いはずがない。
「あれは正直効いたな。なんでレナの奴にそんなこといわれなきゃいけねえんだって腹も立ったけど、よく考えてみりゃ、あれはシオンなりの落ち込むなっていう励ましだったんだよな」
「べ、別にそうは言っていないでしょう」
 否定してみたところで答えは変わらない。長く落ち込んでいられても困るというのは結局のところ、早く元気になって欲しいというのと同じなのだから。
「今でもたまに思い出すんだよ。そういえばシオンに叱られたなって」
 どこか遠い目をしてロウは言った。
「元気出せって励まされて、ついでに親父のことも褒めてもらって、言葉はキツかったけどありがたかったなってさ」
 そこではたと思う。
「……褒める?」
 首を傾げたシオンに、ロウはきょとんとした顔で言った。
「だってそうだろ。お前の親父はそんなヤワな男じゃないって、褒めてくれたんじゃねえの?」
「そ、それは……」
 思わず頭を抱えそうになった。決してそういうつもりで言ったわけではなかったはずだが、振り返ってみれば、あの時の自分も既にジルファを高く評価していたのかもしれない。
 いや、きっとしていた。彼が命を落とす前から、出会ってすぐの時から一目置いていたのだ。視野が広いとか、懐が深いとか思い当たる部分はたくさんあるし、アルフェンやロウが彼を目標にしたいという気持ちも頷けた。そう考えれば確かにジルファは偉大な男だけれど――。
 でもそれをこうして彼の実の息子に告げるのは、ちょっと……。
 否定も肯定もできないまま言い淀んでいると、
「あーっ!」
 聞き慣れた声が響いた。声のした方へ視線を向けると、そこには眉を吊り上げたリンウェルがこちら――いや、どちらかというと自分でない方に指をさしていた。
「なんでロウがここにいるの!」
 リンウェルは開口一番そう口にして、ロウへと詰め寄った。
「ずるいよロウ! 今日は私が一番にシオンに会いたかったのに!」
 可愛らしい文句を、これまた可愛らしい膨れっ面をしてリンウェルが言う。その手をごく自然にこちらの腕に巻きつけながら。
 リンウェルは会うたびいつもこうだ。感情を隠さず、前面に押し出して自分に触れてくれる。気持ちを素直にぶつけてくれる。
 そのたび愛されているなあと思える。この年まで誰かの温もりに触れられなかった自分としては、その気持ちが尊くて愛おしくてならない。せっかく彼女に会いにヴィスキントを訪れながら、今こうして詰られているロウには少し悪い気もするけれど。
「どうして私がヴィスキントにいるって知っているの?」
 訊ねると、リンウェルは「えっと……」と頬を掻いた。どうやらリンウェルは知人から自分たちがこの街に着いたことを聞いたらしい。さらにレストランで食事しているところを見たという目撃情報を聞いて、宿泊先まで当たりを付けたようだった。
「こっそり会いに行って驚かせようと思ったの。それなのにまさかロウに先を越されるなんて……!」
「ったく、何と戦ってんだよお前は」
「だって久しぶりだったのに! シオンに会うのは私が一番がいいのに!」
 リンウェルはまるで駄々をこねる幼子のように小さく頬を膨らませた。
「ねえねえ2人で何話してたの? なんか美味しいものの話?」
「違うっての。お前、俺とシオンの共通の話題が食いもんしかないと思ったら大間違いだからな」
「え、じゃあなんだろ、アルフェンの話?」
「それも極端すぎんだろ……」
 そんな2人のやり取りを見て、シオンは自分の頬が徐々に緩んでいくのを感じた。口端からはふふっと笑い声が漏れる。
「どうしたの、何かおかしい?」
 リンウェルが首を傾げたので、咄嗟にううんと首を振った。
「どちらかというと、嬉しい、かしらね」
 言いながら、感情を押し隠していたあの頃を懐かしく思った。素直に笑うことすらできなかったあの日々。
 変わったきっかけはあの旅であり、アルフェンとの出会いであり、ダナに降りてきたことでもある。すべてが今に繋がって、こうして笑えている。
 世界が変わったのと同じくして、自分も変わった。それこそ生まれ変わったみたいに、新しい自分になった。
 やっぱり、見てもらいたかったなと思う。この街も、世界も、この先に起こる新たな変化も。
 そしてこうして笑えるようになった自分のことも、見てもらいたかったなと思った。
 
 終わり