ED後、ネアズがシオンに過去の暴言を謝罪する話。(約4,200字)

いばらの人

 友人と飲むのは楽しい。
 日々を慌ただしく過ごしている中の酒は、特に沁みるものがある。くだらない話や、翌日には忘れているようなどうでもいい出来事などを語らいながら美味い酒や料理を楽しんでいれば、不思議と活力も湧いてくるというものだ。
 それは誰しもが持つ共通認識であろうということはわかっていた。少なくとも、自分の周りの人間は皆そうだ。
 だからってここまでやるとはなあ。目の前に広がる光景に、ネアズは思わず頭を掻いた。ウルベゼクの拠点が、こんな立食パーティー会場になるとは。
 誰かの婚姻の儀でもあるまいし。思い出したのは、昨年招待されたメナンシアでの友人のそれだ。あの時は世界中から彼らの知人が集められて、盛大な式典のようになったのだった。
 とはいえ今日は何か祝い事があるわけでもない。ただ、その式を開いた友人夫妻が久々にウルベゼクを訪れるというだけだ。それだけのことでこの街の人間はわあっと歓声を上げ、今朝採れたばかりの野菜を「ぜひ食べてもらってくれ」と押し付けてくる。まあ、あいつらが成し遂げた偉業を考えれば、そうしたくなる気持ちもわからなくはないが。
 そんなこんなで〈紅の鴉〉の拠点は数日前から大幅に改造され、メンバーはあちこち準備に奔走していた。それはもう皆がはつらつとした様子で、仕事もそれくらい張り切ってやってくれればなと思うほどだった。
「いい機会だし、ネアズもちょっと休んだら?」
 そう言ってくれたティルザの厚意を、ネアズは素直に受け取った。組織の仕事に加えてさらに作業が増えるとしたら、こちらとしてもさすがに手が回らない。他の連中もどうせそわそわとして仕事にならないだろうし、調整するにしたっていつもよりは楽が出来そうだ。
 それが建前であったと知ったのは、当日になってからだった。実際は、パーティーの準備に役立ちそうにない人間は軒並みメンバーから外れているらしい。その理由は、狭い建物内では料理をするにしても飾りつけをするにしても、少数精鋭の方が効率が良くなるから、だそうだ。
 確かにその理論でいけば、自分は料理もできないし装飾のセンスもない。外で草むしりでもした方が多少貢献できそうなものだが、その一方でロウが料理の補助役に選ばれているのは少し納得がいかない気もした。「だってロウはあなたよりはるかに野菜の皮剥きが上手いのよ」とティルザは言ったが、いったいどこでそんな術を身に着けたのだろう。もしかして頻繁にメナンシアに通っているのは会いたい人がいるからじゃなく、料理を習いに行っているからなのかもしれない。
 同じくメンバーを外されたガナルと注文してあった飲み物を受け取りに出かけ、拠点に戻ってみて驚いた。テーブルの上には、それは豪勢な料理の数々が並んでいた。肉や魚だけじゃなく、この地では珍しい野菜もふんだんに使われている。なんでも、この日のために他領からわざわざ取り寄せたのだそうだ。
 辺りを見回せば棚や壁、窓の枠まで飾られていて、驚愕と同時に困惑もした。こんな拠点は見たことがない。何より集った人々がこんなに楽しそうにしているのは、記憶力にはそこそこ自信のある自分にもほとんど覚えのないことだった。
 ウルベゼクの街がにわかに騒がしくなる。その様子を窓から覗かなくとも理由は容易に想像がついた。主賓たちが到着したのだ。
 訪れた2人は飾られた拠点を見るなり、わあっと歓声を上げた。やがて始まった宴は、たちまち大きな盛り上がりを見せた。
 酒盛りが好きなここの連中は普段から酒場に集まっては飲んだくれていたが、今回はどうもそれとは違う雰囲気だった。皆が皆、愉快そうで、嬉しそうだ。それはその表情だけでなく、漂う雰囲気からも充分伝わってきた。
 ネアズは壁際に佇みながら、その様子をぼうっと眺めていた。左手には先ほどロウが取り分けてくれた料理の皿がある。「どれがいい?」と訊ねてきたロウに対して「なんでもいい」と言ったのはこちらだが、まさかこれほど肉だらけにされるとは思わなかった。まだ油分が辛い年齢ではないにしろ、なんだか試されているような気分だ。いやまだまだ俺だって。ネアズは密かに意気込むと、皿の肉を片っ端から口に運んだ。
 そうして最後にソースのかかったローストビーフを飲み下した時だ。隣にふと立つ影があった。
「今日はお招きありがとう」
 笑顔でこちらを覗き込んだのは、シオンだった。
 思わず息を呑む。胸につかえそうになったローストビーフをグラスの酒で流し込んで、ネアズは呼吸を整えた。
「……お招きって、俺がか?」
「違うの?」
 とシオンは目を見開いて首を傾げる。
「この美味しい料理も飲み物も、部屋の飾りつけも、あなたが用意させたのだと思っていたのだけど」
 いいや、とネアズは首を振った。
「俺はそんな気は利かない。大体はティルザやほかの連中が準備したんだ」
「あら、そうだったのね。でも、あなたもその一人には変わりないでしょう?」
 もう一度、ありがとう、と言ってシオンは微笑んだ。「料理も全部美味しいわ」
 左手に持った皿には、これでもかというほど料理が盛られていた。
 それで終わりかと思ったのに、シオンがその場を離れる様子はなかった。どうやら挨拶だけでなく、本当に談笑するつもりで話しかけてきたらしい。シオンはこまめに皿の上の料理を摘まみながら続けた。
「この間も、私たちのお祝いに来てくれて嬉しかったわ。決して近くはないのに、わざわざメナンシアまで」
「そんな大仰なことでもないだろう。むしろ呼ばれなかったらどうしようかとガナルとティルザと話していた」
「それこそ無用な心配ね。式の花まで用意してもらったのだから当然よ」
 そんなふうにシオンは言ったが、実際は自分たちは場所を教えただけだ。花の咲く場所にはズーグルが棲みついていて、誰も近寄れないでいたところをアルフェンたちが一掃したのだった。
 身につけると幸せになれる花。これまでほとんど知られていなかったが、その伝承はどうやら本物だったらしい。シオンは料理をまた一口頬張り、「美味しい」と小さく口元を緩めた。
「アルフェンも喜んでいたわ。あんなふうに祝福を受けたのは初めてだって、嬉しそうに言っていたの」
「……そうか」
 ネアズは請け合いつつ、式のことを思い出した。あんなに酒が美味いと感じた日はない。あれほど誰かの幸せを願ったことも。
「式には満足していただけたかしら?」
「ああ。素晴らしかった。料理も酒も、それ以外も」
「残念だけど、2度目はないでしょうね」
「それはそうだろう」
 言いながら、少し迷う。今のは冗談だったのだろうか。それとも本気か。
 どちらにしたってそんな言葉がシオンの口から出てくるとは。ネアズはその横顔を盗み見ながら、目を見張った。
「なあ、その……1ついいか」
 思い切って切り出したのは、今が機会だと思ったからだ。少し酒が入っていたのも助けになったかもしれない。
「あんたに詫びたかったんだ。はじめの頃、酷いことを言った」
 ずっと気になっていた。自分がシオンに対して吐いた暴言の数々は、到底褒められたものじゃない。ジルファにやめろと言われても、相手が憎み続けてきたレナだと思うと止められなかった。
 それで何かが解決するわけじゃない。ただ自分の鬱憤を晴らすための身勝手な行為でしかないとわかっていたのに。
「あんたがレナだからって、何を言ってもいいわけじゃなかった。本当に、すまなかった」
 ネアズはその場で頭を下げた。許さないというのなら、それも甘んじて受け入れる覚悟だった。
 その言葉を聞いたシオンは呆気に取られていた。そしてふと表情を崩したと思うと、
「そうね、そんなこともあったわね」
 と言った。
「覚えているわよ。〈荊〉のことを、相手をただ痛がらせるだけの能力、だったかしら」
「わ、悪かった。あの時はついカッとなって……」
 慌てるネアズに、シオンは首を振った。
「別に、責めるつもりはないの。むしろその逆よ。驚いたわ、レナでは〈荊〉を持つ私はそれこそ怪物扱いだったから」
 青色の視線が下に落ちる。
「当時のあなたたちからしたら、痛みは日常のものだったのよね。鞭で打たれようが、私の〈荊〉に触れようが、それは等しく痛みでしかない。それほどまでに、あなたたちは痛みに慣れてしまっていたのね」
 憐れむでもなく、シオンは言った。どちらかと言えば、その声色には悲しみや申し訳なさの方が滲んでいるようでもあった。
「同時に、自身を特別だと思っていた自分を少し恥じたわ。相手に痛みを与えるだけなら、刃物を持った子供でもできるもの」
 シオンはこちらに向き直ったと思うと、真っすぐこちらの目を見て言った。
「酷いことを言ったのはお互い様よ。ごめんなさい。あの時の私は無知で、無神経だった」
 伏せられた瞳に、長い睫毛がかかる。
 いいや、と言いかけて、ネアズは頷く方を選んだ。ここで互いに謝罪し合っていてはきりがないと思ったのだ。
 シオンもその意図を汲んでか、その件についてはもう何も言わなかった。代わりに朗らかな笑みを見せたと思うと、
「まさかあなたとこんなふうに話せる日が来るとは思わなかったわ」
 と言った。
「あなたは〈紅の鴉〉の中でも、私のことを毛嫌いしていると思っていたから」
「別に、そういうわけじゃない。……多分」
「多分?」
 ええと、とネアズは言い淀んだ。
「どう接していいかわからないんだ。言い争った相手とは、なかなか顔を合わせづらいものだろう」
 するとシオンは大きく目を見開いて、
「……あなたも意外と繊細なところがあるのね」
 と言った。
「繊細とはなんだ」
「いいのよ、私のことをどう思おうが。アルフェンの支えになってくれるなら、それでいいの」
 シオンの小さな口が緩く弧を描く。周りにふんわりと柔らかい雰囲気を纏っていく。
 何度見ても、信じがたい光景だなと思う。あれほど誰も寄せ付けなかった彼女が、まさかこんなふうになるなんて。口論ばかりしていた自分を含め、気軽に他人と話せるようになるなんて。
 ネアズは改めてアルフェンという男の偉大さを知った。シオンが変わったのは、何も〈荊〉がなくなったからだけじゃない。閉じこもった蕾をあたため、花開かせる誰かがいたからこそなのだ。
 思わずつられて笑みが零れた。それにしたって、変わりすぎだろう。
「本当、なんていうか、トゲが取れたよな」
「何それ、皮肉? いい度胸ね」
 あの時〈荊〉の一撃でもお見舞いすればよかったかしら。そんな軽口を叩きながら、シオンは皿に残った最後の一口をすくい上げた。それは勘弁してくれ、とネアズは心の中で独り言ちた。

 終わり