部屋のドアが閉まったのと唇が重なったのはほとんど同時だった。壁際に追い込んだリンウェルに何度も口づけ、舌を絡める。
ドアの向こうからは街の喧騒が聞こえてきていた。ちょうど月に一度の市が開かれているとあって、賑やかな売り子の声が飛んでいる。それもまだ幕開けに過ぎない。これから日が高く昇れば、人足はますます増えるだろう。
ささやかとはいえ、この非日常は自分たちを世界から隔絶するのに都合がいい。壁一枚を隔てたあちら側とこちら側では、まるで空気が違う。ひたすらにお互いの吐息を貪り、唾液を交換し合う音だけが響いているこの空間は、どうしたって外の麗らかな陽気に似つかわしくない。
3ヶ月。
それだけ間が空けば、理由としては充分。
「市を見て回るか」などというそれらしい提案をしたのは自分の方だったが、今思えばそんなものは必要無かった。触れた手の柔らかさ、纏う甘い香り、自分だけに向けられる緩み切った頬にそれまで堪えていたものはあっさり崩壊し、ものの数十分で街歩きを終えた。
入り組んだ路地の先にあるリンウェルの部屋は、この時間はあまり陽が入らない。それもこうした逢瀬には好都合で、何もせずとも雰囲気を醸してくれる。
カーテン越しの光でリンウェルの紅潮した頬が浮かび上がる。それを親指でなぞると、そこは確かに熱を持っていた。
「もう、急ぎすぎ」
呼吸を荒くしたリンウェルが呆れたように言う。それでも首に回した腕を解くことはなくて、また引き寄せられるように唇が合わさる。
「……シャワーは?」
「無理。待てねー」
すっかり熱くなってしまった下半身をリンウェルへと押し付けると、その細い腰がびくりと震えた。反らせた喉に容赦なく噛みつけば、口端から甘い声が漏れる。首筋に顔を埋めると、石鹸のいい香りがした。まだ鮮明に残るそれはおそらく今朝体を流してきたのだろう。こうなることを予期してのことだというなら、ますます胸が熱くなる。
耳を食み、唇で曲線をなぞる。描いた唾液の標に吐息を吹きかけると、ひと際高い声が上がった。相変わらずリンウェルはここが弱い。
ベッドが良い、と零したリンウェルを寝室まで運び、ついでに自分も上着を脱いですぐさま上から覆いかぶさった。ブラウスのボタンを外し、下着をずらしてまみえた突起にしゃぶりつくと、リンウェルがはあっと吐息を漏らす。むせかえるような甘い香り。吸い付くような柔い肌はまさしく今自分だけのものだ。
脇腹を指で軽くなぞっただけで、リンウェルの体は大きく震えた。今日の感度も申し分ない。いや、いつもよりも数段高いかもしれない。
スカートに手を掛けると、リンウェルの腰が浮いた。それをするりと引き下げて、ベッドの下に放る。
ついでに穿いている下着も取り払ってしまおうと指を掛けたときだった。
視界の端に映ったリンウェルの口が小さく尖っている。見るからに不満そうなその視線はこちらの指先へと向けられたものだ。
「なんだよ」
そう問えばリンウェルはますます口をへの字に曲げた。見てわからないの? とでも言いたげだ。
「せっかく可愛いの買ったのに……」
「可愛いの?」
「下着」
軽く身を捩るリンウェルの身体全体に視野を広げてみると、乱された上の下着が下のものと同じ色をしていることに気が付いた。なるほど上と下で揃いのものになっているのか。装飾もいつもよりどことなく派手めで、可愛らしいリンウェルの雰囲気とは少し似つかわしくない気もする。
それでもこういうとき、返す言葉は一つしかない。
「かわいい」
「嘘つき。今の今まで気付かなかったでしょ」
「気付いてたって。見たことねえなって思ってた」
普段は言えない出まかせも、こんな時にはするすると言えてしまうものだから、本当に男とは情けなく、信用ならない生き物だ。
とはいえリンウェルの自己申告があってからはそれも段々違って見えてくる。似合っているかはよく分からなくても、かわいいと心の底から思う。何より自分のために用意してくれたというのであれば、それはもう本当に究極にかわいい。
「はいはいウソウソ」
それでもリンウェルの機嫌は直らない。この心の底から可愛い彼女において、一度損ねてしまったものはそう簡単に戻らないのだ。
「悪かったって。今から全部可愛がってやるから」
ならばその損ねた機嫌ごと愛してやるしかない。リンウェルの脚を大きく開かせると、俺はその中心に体を差し入れ、顔を埋めた。
「えっ、やだ、ちょっ……!」
秘部を覆う下着はそのままに舌を這わせる。すでに湿り始めていたそれに唾液が伝って、さらに大きな染みを作っていく。
「やだやだ、なにそれ、まって……っ!」
待たない、と舌を強く布の上から押し付ける。先端に感じるのはおそらく腫れ上がった陰核だと予想が付いた。
それを執拗に、何度も先端で擦り上げる。内側から染み出した愛液で下着がみるみる汚れていく。
「ひあっ、や、あっ……! だめ、そこ……っ!」
浮き上がる腰も逃さない。暴れる大腿を腕で押さえてやれば、リンウェルの背が小刻みに跳ねた。震える足先はすでに限界が近い証だ。
最後くらいは、と下着を軽くめくり上げ、直接そこに口をつける。唇で柔く食み、タイミングを見計らって吸い上げてやると、リンウェルは腰を大きく跳ねさせて達した。
「良かったか?」
「バカ……」
そんな憎まれ口も可愛いの一部でしかない。思わず唇を合わせに行くと、リンウェルの腕が首に回る。
余韻というにはまだ早い。リンウェルの下着を脱がし、ついでに自身の下着も下ろし、自身に避妊具を装着すると、俺は間を置かず濡れそぼったそこへと押し当てた。
リンウェルの目が僅かに潤む。そんな目をせずとも、これならすぐにくれてやるのに。
腰を押し進めると、リンウェルから甘い吐息が漏れた。達したばかりのナカは締め付けがすさまじい。少しでも気を抜けば、抜いた瞬間抜かれてしまう。
快感に耐えながら腰を揺する。視線を落とせば自分の真下ではリンウェルがあられもない声を出して喘いでいる。律動に合わせて揺れる乳房はたわわに実った果実みたいだ。上も下も絶景で困る。
「ロウ、キス」
いざなわれるまま重なった唇からは、花のような蜜のような甘い香りがした。俺は虫。甘い香りに誘われて、そのまま罠にかかる愚かな虫だ。
それでもいいと思えるほどに、リンウェルは甘い。唇も肌も秘部も、どこもかしこも甘くって、離れることなど考えられない。
惚けた頭は色香のせいか、はたまた熱のせいか。どっちにしたって制御がきくはずもなく、うっかり腰の速度を速めてしまった俺はそこであっけなく果てた。あっけなくといえど、最高に気持ちよかったが。
リンウェルの目が何かを訴えていることにももちろん気付いている。おそらくそれは自分と同じ気持ちなのだろうが、ぜひ口にしてくれると嬉しい。と思っていると、
「……もう一回したい」
なんて声が聞こえてきて、気分は最高潮に達した。最高に可愛い彼女は、自分を最高にさせるのが最高に上手い。
そうして俺たちは、まだ日も高い真昼間だということもすっかり忘れて行為に勤しんだ。当然3か月もの空白をたった1日で埋められようとは思っていない。それでも繋がらないでいることもできずに、時折砂の吐くような甘い睦言を交えつつ、体中を使った会話を心ゆくまで愉しんだのだった。
例の下着はといえば、翌日には洗われ、部屋に干されていた。もう少しちゃんと見ておこうかとそれを手に取ろうとしたが、リンウェルに見つかり「何してんの!」と叱られてしまった。行為の最中はあれだけ見て欲しそうにしていたのに、まったく女心とは分からない。
「勝負下着っていうでしょ! これは装備品なの!」
なるほど。これはつまり戦いのための道具ということか。
「けどどうせ最後には外すだろ。いざってときに外れる装備品とか大丈夫なのか?」
余計な一言には3か月ぶりの雷が落ちたことは言うまでもない。
終わり