「しばらくエッチはしないから」
突然、リンウェルがそんなことを言った。
「は、なんで」
「……なんでも!」
具体的な理由も言わず、リンウェルはそのまま毛布の中へと潜り込むと、こちらに背を向けてしまった。拒否。完膚なきまでの完全拒否だ。
おいおいまじかよ。そんなことってあるのか。
さすがにショックを隠せず、俺は途方に暮れる。せっかく休暇を取って泊まりにきたっていうのに。しかもしばらくとか言ってなかったか。これから1週間どうすりゃいいんだ。
勿論休みを取ったのはそれだけが目的ではない。朝から夜までリンウェルと一緒に過ごせるのは嬉しいし、心が弾む。
それでも一緒にいればそういうことをしたくなるのは恋人として、男として当然とも言えて、前回会った時からやや間が空いている今夜は特に期待をしていた。さっきも念入りに身体を洗ってきたし、歯もよく磨いておいた。
そこであの一言だ。俺の心はちょっと傷ついた。いや正直、結構辛い。
俺、何かしたっけ。前会った時もこうしてリンウェルの部屋に泊まりに来て、一緒に飯食って話をして、夜もそのままお楽しみって感じで。
俺も楽しんでいたが、リンウェルだって結構良さそうにしていた、と思う。必死で声を抑えて、それでも抑えられなくて、「キスして」なんて可愛い声で言いだして。やべ、思い出したら勃ちそう。
何も悪いことなんてなかったはずだ。小さなケンカもすることなく、またねと言って別れた。
今日だってそうだ。街中で待ち合わせをして、買い物に行って二人で帰ってきた。言い合いにもならなかったし、リンウェルも機嫌が良さそうだった。途中で買ったアイスクリームを蕩けるような笑顔で食べるものだから、俺がアイスクリームになりたいと思ったほどだ。
家に帰って夕食を二人で作って食べて、いざ寝るとなったらこうなっていた。一体何があったんだ。俺がシャワーを浴びている間、あるいはリンウェルがそうしている間に何かあったのか。
何をどう考えても思い当たるものはなかった。成果は得られず、ただ無情に夜の時間が流れていくだけ。すぐ隣からはリンウェルの寝息が聞こえてくる。すうすうと、とても可愛い寝息だ。
明日になればリンウェルの気も変わっているかもしれない。昨日はあんなこと言ったけど、なんて恥ずかしそうに言うかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、俺は今夜は全部諦めることにした。原因を考えることも、リンウェルとの甘い夜も。
朝になっても、リンウェルは何も変わらなかった。
「なあ」
「何?」
「昨日のあれ」
「うん」
「本気か?」
「本気だよ。しばらくエッチはしないから」
俺は絶望した。絶望とはまさにこのことかと思った。
「なんでだよ。理由は」
「なんでも。したくないから」
だからそれは結構心に来るんだって。「したくない」とか言われてしまってはもうかなり凹んでしまう。
「俺何かしたか? 前の時、痛かったとか」
「そ、そういうのはないけど」
そういうのはないのか。少しだけ安堵する。同時にますます訳が分からない。どうしてしたくないんだ?
「とにかく、しばらくはしないから!」
話を断ち切られてしまってはもうどうしようもない。俺はその場は諦めて、出掛ける準備をした。
俺は休みでもリンウェルはそうでない。今日も宮殿に用事があるというので、そこまで送ってから自分は闘技場に行くことにした。
以前はよく通ったヴィスキントの闘技場も、ここしばらくは行けていなかった。とはいえ人の賑わいは相変わらずで、いかにも猛者っぽい屈強な男や、身軽そうな女性剣士などいろいろな人がいた。
俺は大将が直々に監修したという難易度に挑戦した。クリア自体は出来たものの、まだまだ改善すべきところがたくさん見つかった。こういった気づきを得られるのも闘技場の良いところだ。
呼吸を整えながら参加者の戦闘を眺めていると、後ろの方から声が聞こえてきた。
「なかなかうまくいかねえな」
「そりゃあすぐに強くなるってわけでもないさ。積み重ねが大事なんだよ」
先ほど闘技場の訓練に参加していた剣士たちのようだった。汗をぬぐいながら、各々の戦法について話している。
「ガードが堅い敵だとどうにもな。やはり一瞬の隙をつくしかないのか」
「真正面からだけじゃどうにもならないこともある。戦い方を変えなきゃな」
真正面だけじゃどうにもならない。戦い方を変える。
俺はハッとした。そうか、そうだよな。
新たに気づきを得て、俺は闘技場での訓練を終えたのだった。
その夜、俺はリンウェルに問うた。
「しないってのは、変わらねーのか」
「変わんないよ。絶対、しないったらしない」
そう言って頑なに口を閉ざすと、リンウェルは再びそっぽを向く。
「じゃあキスは?」
「……え?」
「セックスしないってのは分かったけど、キスもダメなのか?」
「そ、それは……」
リンウェルとそういうことができなくとも、せめて触れることは許してほしい。キスもハグもできないってんじゃ、俺は本格的にどうにかなってしまう。
「キスは……いいよ」
「ほんとか!」
「で、でもそれ以上はダメだからね!」
分かった、と言って、俺はリンウェルの頬に触れた。髪からは相変わらずいい匂いがする。さらりとその感触を確かめて、俺はリンウェルにゆっくりとキスをした。
唇を数秒押し付けて離す。角度を変えてもう一度。それを繰り返して何度もリンウェルを味わった。
「ん……っ」
可愛い声が聞こえて、俺は堪らずその身体を抱き締めた。柔らかくて温かい。その肩は、折れやしないかと不安になるほど細い。
「くるしいよ」
「悪ぃ」
「でも、あったかい」
リンウェルの穏やかな声が聞こえて、俺はほっとしていた。こうして肌を触れ合わせることが嫌になったわけではないらしい。
「なあリンウェル」
「なに?」
「今日はこのまま寝てもいいか?」
「いいよ」
腕が痺れるまでね、とリンウェルは笑ってくれた。そうしてその夜、俺はリンウェルを腕に抱いたまま眠った。
朝は甘い香りで目が覚めた。ぴたりと胸に張り付いたままのリンウェルが愛おしくて、俺はまたその小さな額にキスをした。
その後も夜眠る前にはリンウェルにキスをした。何度も何度もキスを繰り返しながら、少しずつ深くもしていった。はじめは舌先でリンウェルの唇を弄ぶだけ。次の日は歯列をなぞって、その次は奥まで、というふうに。
リンウェルは拒まなかった。いやきっと拒めなかったのだろう。先端の侵入を許しておきながら奥はダメというのは合理的でないと、真面目なリンウェルはそう考えたに違いない。
それこそが俺の作戦だった。真正面からでなく戦い方を変えた。セックスをしたくないというなら、したくなるよう仕向ければいいのだ。
効果はあったと思う。キスを終えて眠る前のリンウェルといえば、日に日に目をとろんとさせていった。濡れた唇で呼吸を乱して、頬は赤く染まっていた。以前の俺なら迷わず覆い被さっていたところだろう。
それでも俺は心を鬼にして耐えた。
「じゃ、おやすみ」
それだけ言って、リンウェルを胸に抱く。目を閉じ、甘い香りの中で朝が来るのをひたすら待った。
迎えた最後の夜、俺は同じ手順を踏んだ。優しいキスから始まり、徐々にそれを深くしていく。互いの唾液が混じり合う音が部屋に響く。
「なあ」
キスの合間に耳元で囁くと、リンウェルがこちらを見上げた。
「そろそろ教えてくんねーか」
リンウェルは、俺の言葉に小さく俯く。その表情は戸惑っているようにも見えた。
「結構我慢してんだけど」
そう言って猛った自身をリンウェルの大腿に押し付けると、その身体がびくりと震えた。
「…………だもん……」
今にも消え入りそうな声で、リンウェルが何かを呟くのが聞こえた。
「……なんだって?」
「~~っだから、気持ち良すぎるんだもん!」
今までに見たことないくらい顔を赤くして、リンウェルが吐き捨てる。
「ロウとエッチすると気持ち良くて、おかしくなっちゃいそうなの! 抑えたいのに声も出ちゃうし、恥ずかしいのに、気持ち良いからもっとしてほしいって思っちゃうの!」
「ロウと居るとそういうことばかり考えちゃって、なんか身体が熱くなっちゃうの! そんなはしたない子イヤでしょ!? そんなこと知られたくなくて、だからエッチしたくなかったの!」
ひと息にまくし立てられて、俺は面食らった。と同時に思う。何言ってんだこいつは。
「ロウに嫌われたくなくて、だから我慢してたのに……」
こんなキスされたら、とリンウェルの目に涙が浮かぶ。それを親指で拭って俺は――その頬を抓ってやった。
「嫌うか馬鹿! むしろエロい彼女とか大好物だっての! 最高かよ!」
俺の心は怒りなのか安堵なのか喜びなのか分からない感情でいっぱいだ。
久々に会った彼女にエッチは禁止と言われ我慢を重ねた挙句、その原因は「気持ち良すぎるから」ときた。これでは褒められているのか舐められているのか分かったものではない。
「すげえ不安だったんだぞ! 俺の方が嫌われたかと思ったわ! 久々に会っていきなり拒絶とか流石に傷つくぞ!」
理由も聞かず1週間もよく耐えたと思う。俺も大人の男に成長しつつあるのだと実感した。
「お前だっていきなり俺に『1週間触るな』とか言われたらビビるだろ。まず理由を聞かせろってなるだろ」
そこまで言うと、リンウェルは小さくなった。目を伏せて「ごめん」と呟く声は深い反省を示している。
「まあ話は分かったよ。お前の言いたいことも、よく分かった」
よく分かったが、納得はできない。そもそも気持ち良いならそれでいいだろう。何を我慢することがある。
それに、
「はしたないって言うけどな、俺からしたらまだまだ足んねえよ」
そう言ってリンウェルの服の中に手を差し入れる。下着の上から胸の突起を弾けば、リンウェルが小さく声を上げた。
「声だってもっと出していい。お前の声、すげえ興奮する。もっと聞かしてくれよ」
服を捲り上げて下着をずらす。露わになった突起を口に含んだ瞬間、ひと際高い嬌声が部屋に響いた。
「やあっ、や、やだ……っ、あっ、あ、あんっ、あっ……!」
そうだ、抑えなくていい。余すことなく聞かせてほしい。
リンウェルの腕を自分の頭へと回させて逃れられないようにしておく。隙を見て下半身の方へと手を伸ばせば、そこはぐっしょりと濡れそぼっていた。
「キスの時からこうだったんだろ」
やや意地悪な問いにも、今日のリンウェルは素直に頷く。恥ずかしそうに俯く姿がまた堪らない。
「可愛い」
「ひあ、ああっ……!」
ナカに指を挿し入れ、イイところを探る。次第に解れてきた内部にざらついた箇所を見つけると、俺はそこを執拗に責めた。
「い、あっ、や、やだ、そこ、」
「や、じゃないだろ」
明らかに反応を変えたリンウェルを見て正解だと確信する。
「やだ、おかしくなっちゃうから、だめ、おねがい」
首を振って懇願するリンウェルはがくがくと腰を震わせていた。枕に食い込ませた指が徐々に深くなっていく。
そんなリンウェルを見て俺は微笑む。ごめんな、もう止めてはやれない。
「も、キちゃう、でちゃう……から……っ!」
「いいぜ、思いっきりイっていいからな」
タイミングを見計らってその刺激を一層強めた。リンウェルの内腿が震える。その瞬間、
「あ、あっ、ああっ……――――っ!」
ぷし、と上がった飛沫がシーツを汚す。二度、三度とそれが舞って、リンウェルは脱力した。その身体の下には大きな染みができていた。
「吹いたな」
と、俺は言った。
「やだ……もう……なんで……」
「すげえ可愛い」
だからもう一回、と言うと、リンウェルは俺を拳でぽかぽかと殴りつけてきた。ちっとも痛くないそれを身体で押し返しながら、リンウェルを再びベッドへと押し倒す。
「俺もう限界」
いいか、との問いにリンウェルは小さく頷くと、俺の下穿きを脱がしてくれた。
そして自身をひと撫で。
「待たせてごめんね」
「誰に言ってんだよ」
避妊具を着けてリンウェルの脚を開かせる。伸ばされた腕に身を委ねると、俺は自身をリンウェルのナカへと食い込ませた。
久々だ、と思った。実際の時間以上にそれを感じて、深く息を吐く。
何度か腰を打ち付けただけで達してしまいそうだった。リンウェルが上げる声も相まって限界はすぐそこまで迫っている。
「イってもいいか」
「だめ」
それなのに可愛い恋人はそんなワガママを言う。
「やだ、もっとして」
ついさっきまで「エッチはしない!」とか言っていた口でそんなことを言うのだ。可愛い、可愛いが過ぎる。
安心してほしい。1週間待たされた俺はこんなんじゃ終わらない。今夜は2回、3回でも出来そうな気がする。お前が満足するまで、何度でも付き合おう。
でも、だからこそ今は、最高の気分のままイかせてほしい。お前をこの腕に抱いたまま、一番高い熱を持ったまま達したい。
「リンウェル、好きだ……っ……!」
ついに堪えられなくなって、俺は精を吐いた。自身がリンウェルの最奥でどくどくと脈打っている。
「だめって言ったのに」
口をへの字に曲げながら、リンウェルはそんなことを言った。言いつつ脚は俺の腰に絡んでいる。
「ねえ、もう一回」
キスも、と強請られては仕方ない。後始末よりも先にまずはワガママ姫を宥めてやることにする。
終わり