リンウェルがカラグリアにいるロウに会いに行く話。ハッピーエンド。捏造幻覚たくさん。キサラ+リンウェルの会話中心SS「食事と幸せはよく噛むべし」と繋がっています。(約2,100字)

ただいまとおかえり(3)

 街でキサラに会ったのはそんな時だった。〈図書の間〉から家に戻る途中、釣りの帰りだった彼女と偶然出くわしたのだ。
 世間話の最中、盛大にお腹を鳴らした私にキサラは魅力的な提案をしてくれた。それは自宅に昼食を食べに来ないかというあの頃の仲間なら誰だって心躍るものだったが、すぐに頷いたのは少し軽率だったかもしれない。
 何せキサラは忙しいのだ。護民隊の教官としてだけでなく、他にもヴィスキントの街の運営や交易にも携わっていると聞く。貴重な休暇に家を訪ねるどころか料理までさせてしまうなんて、配慮が足りていなかったようにも思う。
 あるいはそれくらい自分の心にも余裕がなかったのかもしれない。ひとりでいるのが寂しくて、話を誰かに聞いてほしくて、ついついキサラに甘えてしまったのかもしれない。
 そんな私にキサラはきちんと気が付いていた。自分でも言われるまで気が付かなかったのに、やっぱりキサラは人をよく見ていると思った。
 私はキサラに素直な心を打ち明けた。最近ロウと会っていないこと。心にぽっかり穴が空いたようであること。
 その穴を寂しさと呼ぶのかは分からない。けれど、確かにこの胸に何か違和感がある。
 キサラはそういうことを思わないのかな。自分たちよりもずっと会える機会は限られているはずだけれど、我慢できているのかな。訊ねてみると、キサラから返ってきたのはやはり「次会う時を楽しみにしている」という大人な答えだった。
 いいなあ。私はまだそんなふうに考えられない。目の前の『今』のことばかりを考えてしまう。
 キサラたちが大人だから前向きでいられるのかな。それとも二人が特殊なだけ? どちらにしたって羨ましい。私もキサラのように心に余裕を持ちたい。
 そんな私にキサラは声を潜めて言った。
「どうしても我慢できなくなったら、こちらから会いに行くというのも一つの手だぞ」
「……!」
 私は衝撃を受けた。それってつまり……!
 口を開きかけた私を制して、キサラが人差し指をそっと口に寄せる。その仕草がとてもきれいで優しくて、私は言おうとした言葉をそっと心の中にしまうことにした。
 家に帰る道を歩きながら、私はキサラからのアドバイスを思い出していた。
『我慢できなくなったら、こちらから会いに行くのも一つの手』
 さっきはキサラの思わぬ告白に驚くばかりだったけれど、よく考えてみればこの方法は目からウロコかもしれない。
 会いに行けばいいのだ、私から。別にロウを待ってばかりいる必要なんかない。いつもとは逆に私がカラグリアに向かえばいい。どうしてこんな単純なことに今まで気が付かなかったのだろう。
 むしろ〈紅の鴉〉みたいな組織に所属していない分、私の方が身動きがとりやすい。〈図書の間〉の本を読めなくなることは寂しいけれど、それも少しの間の辛抱だ。この心のもやを払ったらすぐに戻ってくればいいだけのこと。
 そうと決まったら私の行動は早かった。数日分の着替えや手回り品を鞄に詰め、明日の馬車の出発時刻を調べた。いつかロウから聞いたことがあったような気がしたが、ヴィスキントから直接カラグリアに向かう馬車は少ないようだった。今回はとりあえず一旦シスロデンに向かって、そこからカラグリアのウルベゼクを目指すことにした。
 準備を進めていると、半開きになった窓から風が入ってくるのを感じた。振り向くとフルルがその隙間を押し上げて部屋に入ってきたところだった。
「おかえり、フルル。仲間とのお散歩楽しかった?」
「フル!」
 白い翼をはためかせてフルルが声を上げる。私の「おかえり」に返事をしてくれるのは今はフルルだけだ。
「フゥルル!」
「風が気持ちよかった? そうだね、今日は天気も良かったもんね」
 うんうんと頷いていると、フルルが私の手元に視線を向けた。荷物の詰め込まれた鞄を見て首を傾げている。まるで「どこかに行くの?」とでも言うみたいに。
「そうだ、フルルも行く? 久々に街の外に出ようと思うんだけど」
「フゥル!」
 もちろん! と言わんばかりにフルルが目を細める。そう来なくちゃ、私たちはいつでもどこでも一緒の仲良し家族なんだから。
「行先はカラグリアだよ。ロウに会いに行くんだ」
「フル……!」
 その瞬間、フルルの表情が固まったのを見て「しまった」と思った。
 カラグリア、ロウ。フルルの苦手な場所と、あまり好かない奴の名前が挙がれば当然そういう反応にもなる。
「な、長居するってわけじゃなくて、ちょーっと顔見たら帰ってくるよ。暑いのは私も苦手だしね。でもフルルが辛いなら別に無理しなくても……」
「フル、フル」 
 いや、大丈夫。覚悟を決めた強いまなざしでフルルは言った。
「フルゥル」
 いつまでも目を背けてちゃいけない。この辺で克服しておかないと。その(鳴き)声からは確固たる決意が伝わってくる。
「そっか……なら私もそれに応えないといけないね」
 私も強く決心する。絶対にロウを驚かせてやろう。何も知らせずにいきなり現れて、ロウに一泡吹かせてやるのだ。
 私たちは熱い気持ちを胸に見つめ合い、頷き合った。
 そうこうしているうちに窓の外では日がすっかり傾き始め、もうすぐ夕暮れを迎えようとしていた。