数日もすれば、リンウェルはまた元気な姿を見せるようになった。
朝早くから便利屋を訪れては書類とにらめっこし、時折入ってくる自分宛の依頼をこなしたり、あるいは気分が乗った時はこちらの仕事も手伝ってくれたりもする。ころころ変わる表情の豊かさも元通りで、すっかり完全復活を果たしたようだ。
ひとつ変わったことがあるとすれば、リンウェルが定期的に休暇を取るようになったことだろう。便利屋を始めた当初はそんな発想さえなかったが、今ではある程度運営にも慣れてきて、そういったことを考える余裕も出てきた。リンウェルが体調を崩したことは不幸で不運な事件だったが、改めて体調管理の大切さを考えるいい機会となったのかもしれない。
リンウェルが初めて〈休暇〉を使った日、ロウはたまたまその姿を宮殿で見かけていた。倉庫の片付けを手伝ってほしいという依頼があり、無駄に装飾の派手な部屋と部屋の間をあちこち行き来していたのだ。
中庭の水辺のそば、あの目を引くブルーの上着を纏ったリンウェルの隣には、これまたひと際目立つ格好をしたキサラの姿があった。訓練の途中だったのだろうか、その身体にはいかめしい鎧を纏ったまま、それでいて無防備に開いた背中は当然廊下を通り過ぎる人々の注目の的となっていたが、その右手には麗しい後ろ姿には到底似つかわしくないメイスが握られていた。
2人の間には終始笑顔が絶えなかった。いつものように楽しげに会話を交わした後で、リンウェルがキサラに何か訊ねるような素振りを見せていた。というのも、その場でリンウェルが手帳を取り出し、メモを取っていたのだ。
また何か家事のコツでも聞いているのだろうか。あるいは料理のレシピとか? 大将が生ける遺物図鑑なら、キサラは歩く料理事典だからなあ。
そんなふうにぼんやり考えつつ、一方で手はきちんと動かしながら、ロウはその日の依頼を黙々とこなしたのだった。
それがまさかあんな形で回収されようとは。
数日後、ロウはいつものように依頼先に出向いていた。午前の仕事を終え、昼食がてら一旦便利屋に戻る。途中で買ったパンを食べながら午後の動向をリンウェルに確認することは、もはや昼の便利屋お馴染みの光景でもあった。
「それで、午後イチは買い出しの代行だっけ?」
「うん、大通りの宿屋のね。買い出し用のメモがあるから、最初に取りに来てほしいって」
「了解。そんで、その後は?」
「その後は……」
リンウェルは一瞬言葉を詰まらせた後で「広場で依頼人と待ち合わせ」と言った。
「待ち合わせ?」
「うん。内容は、直接会って話すって。時間に遅れないようにね」
リンウェルは手元の手帳に視線を落としたまま、淡々と口にした。
そういう依頼の流れは初めてのことだったが、リンウェルが言うのなら間違いはないだろう。ロウは「わかった」と頷いて、残りのパンを口の中へと放り込んだ。
午後、宿屋の依頼を終えた後で広場へ行ってみて驚いた。そこに立っていたのは依頼人ではなく、リンウェルだったからだ。
「なんでお前がここに?」
依頼人の都合がつかなくなったか、あるいは体調でも悪くなったのかと思いきや、そうではなかった。
「今回の依頼人だけどね、実は私なの」
へ? と思わず素っ頓狂な声が出る。
「あ、お金は払ってるから。料金分、私の給料から引いてあるし」
「おお、そうか……って、そうじゃなくて」
なんでわざわざ、と聞こうとして、先に動いたのはリンウェルだった。押し付けられたのは1枚のメモで、中を開いてみるとそこには何やら簡単な地図が描かれている。
「早速だけど、ここの建物に行ってほしいの。ちょっと奥まってるから、わかりにくいかもしれないけど」
「行くって、何しに」
「それは着いたらわかるよ。名前を言ってくれれば伝わるはずだから」
そう言ったリンウェルの口調は企みを隠しているような、あるいは密かにこちらの反応を窺っているようにも思えた。
訝しい気持ちは拭えなかったが、料金まで支払ったと言われたら断るわけにもいかない。ロウはそれをリンウェルからの正式な〈依頼〉として受け取ることにした。
「話はわかった。けど、お前はどうすんだ? ついてこねえのかよ」
「私はこれからやることがあるから。それが終わったらまた後で落ち合おう」
いつ、どこで、などと訊ねる間もなかった。リンウェルは「じゃあよろしくね」と朗らかに笑った後で、風のように颯爽と広場を去って行ってしまった。
ひとりその場に残されたロウは、渡されたメモをじっと見つめた。そして僅かに首を傾げる。勢いに押されるまま引き受けてしまったが、これはいったい何の依頼なのだろう。行けばわかるって、どういうことなんだ?
(けどまあ、依頼は依頼だしな)
一度引き受けると決めた以上、放棄は許されない。それは自分が決めたルールであり、決心でもあった。
それにあのリンウェルのすることだ、悪いようにはならないだろう。命の危険があるなら初めからそう警告するだろうし、何か準備が要るにしても同様のはず。笑って送り出してくれたことを考えれば、気楽な気持ちで臨んでも大丈夫ということだろう、たぶん。
心の中で自分を納得させると、ロウはようやく広場を歩き出した。リンウェルのメモに導かれるまま広場を抜けて、人の賑わう大通りを進んでいった。
目的の建物はリンウェルの忠告通り、なかなかわかりづらい場所にあった。通りから細い路地に入り、さらに角を何度も曲がらされた。ヴィスキントには便利屋を始める前から何度も通ってはいたが、まさかこんな入り組んだ路地が存在しているとは。
やがて辿り着いた建物は一見するとごく普通の住居に見えたが、どうも漂う雰囲気が異なっているように思えた。言葉では上手く表せないが、何かただならぬオーラが溢れているような気がしたのだ。
ロウは意を決してそのドアをノックしてみた。「便利屋です」と言った語尾が情けなく震える。こんなに緊張しているのはこの街に来て初めてのことじゃないだろうか。
「はい」
返ってきた声は思いのほか野太かった。呆気に取られる間もなく開いた扉の向こうでは、いかにも屈強そうな男が2人、にこやかな笑顔を浮かべながら佇んでいた。
「やあやあ、待ってたよ」
右の白いタンクトップ姿の男が微笑みかけてくる。中にメロンでも入っていそうなその逞しすぎる二の腕には、何かに引き裂かれたかのような大きな傷跡が残されていた。
「間違えましたすみません」
「いやいや間違ってないよ。便利屋のロウくんだよね。話は聞いてるよ」
左の黒いタンクトップ姿の男に腕を掴まれ、ロウは軽く悲鳴を上げそうになった。何だこのパワーは。まるで一歩たりとも動くことができない。
「ふむふむ、話に聞いた通りなかなかいい身体をしているね。筋肉のつき方もバランスが良いし、無駄もない」
男たちはぺたぺたとロウの身体を触りながら、あちこちを舐めるように眺めまわした。時折ひそひそと小声で何かを報告し合い、あるいはうんうんとそれに同意したり、意見を交わし合ったりしている。その間も黒タンクトップの男の腕がロウの肩をしっかりと掴んだままなので、ロウはその場から逃げ出すことも、男たちから距離を取ることさえできなかった。
どういうことなんだ? ロウはその場に立ち尽くしたまま、頭の中はすっかり混乱していた。
いったい何が起きている? 俺はリンウェルに言われて訪ねただけなのに、どうしてこんな男たちに品定めのようなことをされているんだ。
ほとんど絶望しているロウに気付いたのか、男たちはまるで幼子を宥めるかのように言った。
「まあまあ落ち着いて。キサラ教官から君のことを頼まれているんだよ」
「キサラから?」
ああ、と男たちはその風貌からはとても想像がつかないような穏やかな調子で頷いた。
「頼まれてるって、何を」
「それは、味わってからのお楽しみだ」
2人は意味深に笑うと、ロウを部屋の真ん中に引かれたカーテンの中へといざなう。目に飛び込んできたのは、淡いピンク色のシーツが敷かれたベッドのような寝台だった。
「はい、じゃあそこに寝転がって」
「え、寝転がる?」
この時既にロウの頭の中には身の危険を知らせる警報が鳴り響いていたが、この状況で逃げ出せる者など果たしてこの世に存在するだろうか。
半ば強制的に寝かされたロウは、かつて食堂で働いていた時に厨房で見た光景を思い出していた。まな板の上で死んだような眼をしながらただひたすらその時を待つ魚と、嬉々として包丁を握りそれをどう調理してやろうか愉快そうに眺める店主。
うつ伏せになったロウの背後に男たちの近づく気配がした。
もう、ダメかもしれない――。
そうして瞼を閉じたロウの脳内には、これまで生きてきた十数年間の軌跡が次々思い起こされたのだった。
結果から言えば、ロウの身には何も起こらなかった。むしろもたらされたのは、言い方はアレだが、快楽にも近い感覚だった。
というのも、彼らの指は人間の筋肉を解すことに長けていた。いわば2人は整体のエキスパートで、現在は兵士専門に施術を行っているのだという。
「もともとは僕たちも兵士だったんだけどね。ケガで戦えなくなってからも何か貢献できないかってことで、こういうのを始めたんだ」
「今でこそ人は増えたけど、当時はなかなか少数精鋭だったからね。一人当たりの負担が大きかったんだ」
そこで2人は人体の仕組みや、当時まだまだ知られていなかった整体についての知識を学び始めた。それは日頃の食生活や筋肉のつき方によっても変化してくるということで、栄養学を学んだり、さらに知識を深めるため医者の元に通ったりもしたそうだ。
「それこそなかなか大変な毎日だったけどね。訓練で身についた体力がなかったら到底挫折してただろうと思うよ」
「そうだったのか。どうりで2人とも、いい体してると思ったぜ」
「お褒めにあずかり光栄だよ。君も若いのに、よくここまで鍛え上げたね」
2人は元兵士かつ現整体師として、ロウに様々なアドバイスをくれた。効果的なトレーニングの仕方や食事の摂り方、その後のストレッチの方法まで、彼らの話すことはとてもわかりやすく、参考になることばかりだった。
早速帰って試したい、とうずうずしたが、そこでふと思った。あれ、俺ここに何しに来たんだっけ。
そういえば、リンウェルの〈依頼〉でここを訪れたんじゃなかったか。それなのにどうして自分は整体の施術を受けて、トレーニングのアドバイスまで受けているのだろう。
「そういやさっき、キサラに頼まれたって」
「実はそうなんだ。教官から直々に君の身体を一度診てやってくれとお願いされてね。僕たちの施術は結構ハードだから、兵士相手にしかやらないことにしているんだけど、『あいつなら大丈夫だ』って太鼓判を押されたものだから」
兵士以外にそんなタフな男がいるのか。それがどんな相手なのかつい好奇心が高まり、引き受けることにしたのだという。
「君は確かに、思った以上に頑丈だったよ。また機会があればいろいろ試させてほしいくらいだ」
「依頼としてならいつでも引き受けるぜ。けど、今日みたいなのは毎日されるとさすがにしんどいな……」
つい十数分前のことを思い出した途端、ロウは背中に冷たいものが流れていくのを感じた。次回こそは是非ともあんな情けない悲鳴は上げないようにしたいところだ。
「つーかなんでキサラがそんなこと言ったんだろうな。最近はほとんど連絡も取ってなかったのに」
「そもそも教官の方も、誰か友人に頼まれたみたいだよ」
白いタンクトップの男が、思い出したように言った。
「効率よく疲れを取る方法はないか、兵士だけの秘伝の方法があるんでしょって詰められたらしいけど、なかなかひっそりやってる僕らのこと、どこから漏れたのかなあ」
それに関してはロウ同様、屈強な男たちも首を傾げるばかりだった。
2人にはこのことは口外しないようにと念を押された。自分たちが貢献したいのはあくまでこの街を守る兵士たちであり、それ以上を望むつもりもない。2人の技術をもってすれば整体師として充分に名を上げられるに違いないが、目的を違えることはしたくないのだという。
「君もそれだけ鍛えてるってことは、守りたいものがあるんだろう? それのために拳を振るっていたのに、いつの間にか違う目的に上書きされた、なんてことはあっちゃいけないと思うんだ」
すべてを守れるならそれでもいい。けどそれができる人はそれほど多くない。だから自分たちは手の届く範囲で自分たちの出来ることをする。
それが兵士の基本だとも思うんだ、と言った2人はとても誇らしげだった。その卓越した技術が表に出ないのはやや勿体ない気もしたが、そういった志を貫ける2人をロウは改めて尊敬した。
建物を後にする際、ロウは再びメモを受け取った。施術が終わったら渡すよう頼まれていたらしい。
メモを開くと、上部には〈買ってきてほしいもの〉と題されており、その下にはいくつか箇条書きでパンや食材名が記されていた。
一番下には〈買い終わったら、私の家に集合!〉の一言。見慣れた文字とその口調で確信する。間違いない、これはリンウェルからのメモだ。
まったく、〈私〉だけでわかるかよ。ロウは呆れ半分に息を吐きつつ、小さく口元を歪める。
そうはいっても実際、わかってしまったわけだが。自分のことは何でも、心の中もすべて含めて見透かされたような気持ちになって、ちょっと面白くなく感じたのはここだけの話だ。
ロウは言われた通りに買い物を進めると、通りを抜けてリンウェルの家に向かった。途中一旦便利屋に寄ったのは、出しっぱなしになっていた看板をしまうためだ。時刻はとうに夕方を過ぎ、便利屋の営業時間も終えていた。
空がオレンジ色に染まる中、ロウはリンウェルの家のドアを叩いた。間を置かず「はーい」と聞き慣れた声が聞こえてきて、ガチャ、と錠の回る音がした。
「おかえり。思ったより早かったね」
エプロン姿で出迎えてくれたリンウェルは、昼間顔を合わせた時と何ら変わらない様子だった。何かをこっそり企んでいるような、それを押し隠しているような、そしてそれを疑うこちらの様子を面白がっているような、そんな様子だった。
奥のコンロには何やら湯気の立つ鍋が掛かっているのが見えた。玄関まで漂ってくるスパイスの香りにそそられながらも、ロウはできるだけ平然なふりして「お邪魔します」と部屋に上がり込んだ。
「ほら。言われた通りのもの、買ってきたぜ」
ロウが紙袋を引き渡すと、リンウェルはぱあっと表情を明るくして「ありがとう」と袋の中を覗き込んだ。その満足げな顔を見る限り、どうやら不備はなかったようだ。
だがリンウェルの反応といえばそれだけだった。その後は何も言わず紙袋の中身を保存庫にしまい込むだけで、こちらに何かを問いかけてくることもなかった。
しびれを切らしたのはロウの方だ。ロウは少し考えた後で、意を決して「午後のことだけど」と切り出してみた。
「あれ、いったい何だったんだよ」
「あれって?」
リンウェルは素知らぬ顔を作りつつ、口元にはちょっと笑みを浮かべている。
「もういいだろ。なんで俺をあそこに向かわせたんだよ」
しかもそれを〈依頼〉と称してまで。ただベッドに寝転がって全身を揉み解されて、おまけに有益な筋トレ情報までいただいたことの何が〈依頼〉だというのだろう。
「金払うってんなら俺の方だろ。なんでお前が〈依頼〉してまであんなこと……」
ロウがそう言うと、リンウェルは少しほっとしたように笑った。
「その様子だと、例の整体はちゃんと効果あったようだね」
改めて「どうだった?」と聞かれ、ロウは「そりゃあ、まあ、」と頭を掻いた。ほんの少し照れくさかったが、あの2人の名誉のためにも、ここはきちんと答えておくべきだろう。「すげえ良かった。すげえ効いた」
「なら良かった。キサラに頼んでお願いしてもらったかいがあったね」
結構大変だったんだから、と言ったリンウェルは小さく笑いながら肩をすくめて見せた。やっぱりあの整体師が言っていたキサラの友人とはリンウェルのことだったらしく、曰く「ちょっと小耳に挟んだから、カマかけてみたんだ」とのことだった。便利屋の家具を得た倉庫といい、兵士しか知らない整体師といい、リンウェルの情報網はいったいどうなっているのだろう。リンウェルがこの街で把握できていないことなど何ひとつ存在しないのではないかとも思えて、ロウは軽く恐ろしささえ覚えた。
とはいえ今はそんなことを考えている場合ではない。ロウが気になっているのは、ひとえにリンウェルがどうしてこういう〈依頼〉をするに至ったのかということだった。
身近にそういう人物がいて伝手があったとはいえ、自ら代金を支払ってまでそれに向かわせる意味とは。迷惑だとかそういうことでなく、ただリンウェルがこういった行動に走った理由が知りたかった。
「だって、こうでもしないとロウは休んでくれないでしょ?」
「……え?」
予想外の言葉に思わず間の抜けた声が出る。リンウェルはそんなロウに構わず、真剣な様子で続けた。
「ほら、私この間体調崩したじゃない? その時思ったんだ。私もだけど、ロウにもちゃんと休みが必要だなって」
「でもきっとロウのことだから『俺は大丈夫だ』とか『体力だけはある』とか言って聞いてくれないと思ったから。無理やり〈依頼〉にしちゃえば、聞いてくれると思ったの」
思惑は大成功。部屋に戻ってきていろいろ訊ねてくるところまで、すべてが予想通りだったとリンウェルは言った。
「騙してるみたいでちょっとドキドキしたけどね。でも、悪くない体験だったでしょ?」
それを聞いたロウはなんだか気の抜ける思いだった。思わず「なんだ、そんなことか」と言おうとして、やめた。
すべてはリンウェルの自分に対する気遣いだったわけだ。それを〈そんなこと〉などと言うのは失礼極まりないし、あまりにもデリカシーがなさすぎる。自身の体調は自分にとってはそう気にかけるものでもないかもしれないが、リンウェルにとっては違う。自分がリンウェルの体調を心配するように。
今はただ、こういう機会を与えてくれたリンウェルに感謝すべきだと思った。今度こそロウがその謝意を口にしようとしたのに、またもや先手を取ったのはリンウェルの方だった。
「あ、それとね、これはお礼も兼ねてるんだよ」
「へ? お礼?」
うん、とリンウェルは頷く。
「あの日、私を看病してくれたお礼。お医者さん呼んでもらって、さらに買い出しに料理まで作ってもらっちゃって、本当に助かったから」
改めてありがとね。だから今日はロウの好きなもの多めに作ったの。
たくさん食べても大丈夫だから。そんなふうに言って笑ったリンウェルの腕は、今夜自分のために振るわれたらしい。秘密の整体+お腹いっぱいの夕食が、今日のリンウェルの〈依頼〉の全貌、ということのようだ。
リンウェルは上機嫌そうにコンロの前に立ったと思うと、こちらを振り返って言った。
「もう少し待ってて。もうちょっとでできるから」
「ああ」
「あ、ちょうどいいや。待つ間にパン切って焼いておいて。シチューの付け合わせにするんだ」
「ああ、わかった」
保存庫から取り出したパンを切りながら、ロウはリンウェルの横顔を盗み見た。鍋をリズムよくかき混ぜながら中身を覗き込むその表情は、今にも鼻歌が聞こえてきそうだった。
そんな様子を見て、つい小さく笑みが零れそうになる。まったく、こいつは。俺を休ませるためだとか、この間の看病のお礼だとか言うくせに、なんで俺より嬉しそうにしてるんだか。
こうなっては自分も負けていられない。今夜は必ずやすべての皿も鍋も空っぽにしてしてやろうと意気込み、ロウは燃える闘志と共にパンを焼いたのだった。
つづく