もしロウがカラグリアを出奔していなかったら、という本編ifのお話。全部捏造/強めの幻覚/何でも許せる人向け

赫く夜空は君のため

 とうとうアルフェンが目を覚ましたと聞いたのは、それから数日後のことだった。本当の意味での英雄の帰還にウルベゼクはにわかに沸き立ったが、当の本人はというと自身の功績をひけらかすわけでもなく、起き上がって早々あちこちへ出歩いては知人に顔を出したり、住民からの頼まれ事を聞いたりしているようだった。
 そんなアルフェンのまさに英雄然とした行動は、ロウの胸を強く打った。いまだ何度か後ろ姿を見かけたくらいで直接話したことはなかったが、ますます興味は募るばかりだ。いったいどんな人物なのだろう。今度拠点で見かけたら話しかけてみようか。
 機会はすぐに訪れた。周辺の見回りを終えてウルベゼクに戻ってくると、組織のメンバーに「ジルファが呼んでるぞ」と声を掛けられた。ロウが拠点の建物に向かうと、そこにはアルフェンとシオン、そしてジルファが自分を待ち受けていた。
「紹介しよう。倅のロウだ」
 その言葉に、アルフェンがえっと声を上げた。
「あんた、息子がいたのか!」
「おや、言わなかったか。まあいい、重要なのはそこじゃない」
 ジルファはちらりとロウを一瞥した後で、「こいつを、稽古相手にする気はないか」と言った。
「稽古相手?」
「1週間も寝たきりだったんだ。身体も随分なまっただろう。まさかそのまま街の外に出るわけにもいかないだろうと思ってな」
「確かに、まだあちこち動きが鈍い気もするが、でも……」
 今度はアルフェンがこちらに視線を寄越す。
「なあに、心配するな。こいつには昔からいろいろと仕込んである。レナの装甲兵ともそれなりにやり合えるくらいにはな」
「そうなのか?」
 訊ねられて、ロウは戸惑うまま「まあ、多少は」と答えた。
「そういうわけだ。いきなりズーグルを相手にするのも勇気が要るだろう。これからはこいつをサンドバッグにしてくれていい」
「サンドバッグって……。でも、もし相手をしてくれるのなら助かる」
 噂に違わず爽やかな声色でアルフェンは言った。
「ロウ……だったか。稽古に付き合ってくれるか?」
 真摯な瞳に見つめられては頷くしかなかった。アルフェンは、ロウの返答を聞いてこれまたすがすがしく笑って「よろしくな」と言ったのだった。
 その後は早速アルフェンと手合わせをすることになった。街中で武器を振るうわけにもいかないと荒地まで出て行き、砂の舞う中で剣と拳を交わし合う。だだっ広い荒野に金属同士が激しくぶつかり合う音が響き渡った。
 アルフェンの剣捌きは、これまで戦ったどんなレナの兵士よりも鋭かった。速さと重さの使い分けが上手く、見極めなければ懐に潜り込むことはできない。いまだ顔の半分を覆っている仮面も妨げになっているとは言い難く、死角から虚をつくこともかなわなかった。一言で言えば、アルフェンにはほとんど隙がないのだ。
 力を込めた一撃は片手では受けきれないほどで、これが病み上がりの状態であるとは到底思えなかった。刃を受けた手甲から一瞬火花が散って、続けて骨にまで響くような衝撃が走る。少しでも気を抜けばケガどころでは済まされない。今度は自分がベッドに寝たきりになる可能性だって充分考えられる。
 そう思うと、自然と己の拳も鋭くなっていった。一振り一振りが速く、重みを増すのがわかる。相手がそう簡単に倒れないという一種の信頼もあっただろう。ロウはこれまでにないほどの集中力と緊張感を持って、アルフェンとの激しい打ち合いを繰り広げた。
「いやあ、思った以上にロウはすごいな」
 一息ついたところで、アルフェンは言った。
「やっぱり、その技はジルファに教わったのか?」
「ああ、まあな。小さい時から稽古つけてもらってたんだ。自分の身は自分で守れってな」
 なるほどな、とアルフェンは頬の汗を拭った。
「あんたは……いや、鉄仮面は」
「アルフェンでいい」
「じゃあ……アルフェンは、剣はどこで習ったんだ? レナもそうだけど、ダナのものとも違うよな」
 するとアルフェンは、
「俺にもわからないんだ」
 と言った。
「わからない?」
「記憶がないんだ。自分が何者で、どこから来たのかも覚えていない。ようやく名前は思い出せたんだが……」
「そ、そうだったのか」
「どうして剣を扱えるのかも知らないんだ。覚えていたのは、剣の振るい方だけさ」
 どこか自嘲気味に言って、アルフェンは手元の剣を見つめた。「今の俺には、これしかないんだ」
 そんなアルフェンを見て、
「……すげえな」
 思わず声が漏れた。
「すごい? 何がだ?」
「いや、だって、全部忘れちまったのに剣だけは体が覚えてたってことだろ。それくらい努力したとか、鍛えてたってことじゃないか」
 名前も出身も思い出せなくとも、剣の握り方だけは思い出せる。どう構えて、どう動けば効果的なのか考えるよりも早く体が動く。そうなるまでに、きっと過去のアルフェンは相当な努力をしたに違いない。
 興奮したようなロウの言葉に、アルフェンは一瞬呆気に取られていたが、すぐに表情を崩して言った。
「確かにそうかもしれないな」
「だろ?」
「ああ。それに、そのおかげでカラグリアを解放できたんだ。もしそうだったとしたら、記憶をなくす前の自分に感謝しないとな」
 そんなふうに談笑していると、
「あなたたち、いつまでおしゃべりしてるつもり?」
 近くの柱に背を持たれていたシオンが、不機嫌を隠さずに言い放った。
「時間は有限なのよ。稽古しないのなら、さっさと街に戻ったらどう?」
「そんな言い方はないだろう、シオン」
 半ば呆れ半分でアルフェンがたしなめる。
「悪いな、ロウ。シオンはああいう物言いしかできないんだ」
「聞こえてるわよ」
 低い声を出したシオンは腕組みをしたまま、ふんと鼻を鳴らした。
 ロウたちが稽古をすると言った時、シオンも当然のようについてきた。曰く「ケガをされたら困る」のだそうだ。
 はじめこそ「軽く手合わせするだけでケガなんかするもんか」と思っていたが、実際に始まるとみるみる白熱してしまって、ロウもアルフェンも腕や足によく傷を作った。こと戦闘に関しては、ロウもアルフェンもかなり熱しやすい性格だったのだ。
 傷が増えてくると、シオンはため息を吐きつつ治癒術をかけてくれた。てっきりそれはアルフェンだけのものと思っていたが、そんなことはなかった。シオンは冷たい視線とは裏腹に、まるで陽の光のようなあたたかい力でロウのケガも癒してくれた。
「いやあ、治癒術ってすげえんだな。助かったぜ」
「別に、こうした方が早く目的に近づけるってだけよ」
 露骨にそっけない態度でシオンは言った。
「目的って?」
「すべての領将を倒すことよ。聞いていないの?」
 心底面倒くさそうな表情だ。それでいてロウとは視線をちらりとも交わそうとしない。
「私たちは一刻も早く次の国へ向かわないといけないの。あなたとの稽古を許したのだって、アルフェンにさっさと感覚を取り戻してもらうためよ。そうでなきゃこんな厄介なくらい暑くて砂まみれの国に留まっている理由はないわ」
「シオン」
 アルフェンの呼びかけに、シオンは再び鼻を鳴らして顔を背けた。やれやれ、とアルフェンが隣で息を吐く。
「いやまあ、暑いのも砂まみれなのも認めるけどよ。それにしたってなんでそんなに急いでるんだ?」
「あなたには関係のないことよ」
 シオンはぴしゃりと言い放った。
「いいこと? あなたのケガを治すのはあなたがアルフェンの稽古相手だからよ。付き合ってもらっているという立場上、放っておくのは礼儀に欠けるわ」 
「礼儀をわきまえてその態度なのか……」
 ロウは思わず苦笑した。シオンの態度は自分がダナ人だからかと思っていたが、そういうわけでもなさそうだ。レナ人ならレナ人同士で仲良くするのかと思っていたが、シオンにある意味で人種の壁は存在しないらしい。
「この間、ケガ人の治療をしてた時は、また違ったように見えたんだけどな」
 ふと思い出したのは、ティルザのところで手伝いをしている姿を見かけた時のことだ。あの時のシオンは今のように仏頂面をしていたとはいえ、その額にはうっすら汗まで滲んでいるように見えた。
 笑顔も見せない代わりに誰を拒みもしない。黙々と目の前の患者に向き合う横顔は、その目立った服装と光り輝く瞳さえなければ、誰もレナ人であるとは疑わなかっただろう。それくらい、あの時のシオンはひたむきに、かつ懸命に治療に当たっているように見えた。
「てっきり、善意からああしてるものと思ったけど」
「……そんなはずないでしょう」
 シオンは言い切ったが、その声にさっきまでの勢いはない。逸らされた視線も、どちらかと言えば気まずさから来るもののようにも思えた。
「なら、あれも礼儀がどうのって理由か?」
「そ、そうよ。街に滞在している間は、宿を借りているわけだし」
 シオンの指がぱたぱたとせわしなく動く。
「あるいは時間潰しね。アルフェンが目を覚ますまで手持ち無沙汰だったのよ。手伝う義理はないけれど、ただ黙っているというわけにもいかないでしょう」
「けど、ティルザはすげえありがたがってたぜ。すごい治癒術だって、ベタ褒めしてたな」
 ロウがそう口にした途端、シオンはあからさまに動揺し始めた。
「だ、だから何だっていうの? これはれっきとした星霊術だからあなたたちダナには教えることもできないし、そもそもそんなつもりもないわ。ティルザには悪いけれど、私に媚びを売っても何にもならないと伝えてくれるかしら」
 ここまでくるといよいよ唖然とする。人を寄せ付けない性格であるとは話に聞いていたが、まさかこれほどとは。
 呆気に取られつつあるロウの肩を叩いたのは、隣に立っていたアルフェンだった。
「悪いな、ロウ。さっきも言ったが、シオンはこういう言い方しかできないんだ」
 苦笑いを浮かべたアルフェンは、ちらりとシオンに視線を向けながら言った。
「俺が思うに、シオンは人に感謝され慣れていないんだ。それで、どういう態度を取ったらいいかわからないんだと思う」
「そうみたいだな。おまけに礼儀の意味もわかってるか怪しいぜ」
「あなたたち……いろいろと勝手に失礼ね」
 シオンが怪訝そうに目を細め、大げさに腕を組み直す。
「なら、いったいどういう態度を取ったらいいというの」
 ふんぞり返ってそう訊ねるシオンに、ロウは迷わず答えた。
「そんなの、『どういたしまして』でいいだろ。感謝の言葉の意味なんかいちいち考える必要もねえし、それで充分だ」
「そう……」
 ロウの言葉にシオンは少し考えるような素振りを見せた後で、「わかったわ」と小さく頷いた。
「完全に納得したわけではないけれど、一応頭に入れておくことにするわ」
「ああ、それでいい。ついでに、少しくらい笑ったらもっと良いと思うけどな」
「それは必要ないわね」
「そうかよ」
 小さく息を吐いて、ロウは肩をすくめた。一日のほとんどをシオンと一緒に過ごしているアルフェンの気持ちが少しだけ理解できた気がした。
 休憩がてら食事を摂ったところで稽古は再開された。燃料を得た分、身体は自然と重たくなる。先ほどとはまた違った感覚に頭を慣れさせながら、ロウはアルフェンとの打ち合いに勤しんだ。
 シオンはと言えば、午前よりもいくらか態度が柔和になった気がした。この状況に慣れてきたからか、あるいは腹が膨れたからか、こちらに対する接し方にも少し刺々しさが薄まったようだ。
 腕の擦り傷に治癒術をかけてもらう。シオンの手のひらから放たれるそれは、身体の内側の方からぽかぽかとしてきて、どこか安心するような感覚にもなる不思議な力だった。と思うとみるみる傷口は塞がっていき、もはや跡形もない。顔を近づけて観察してみても、どこにどう傷があったのかわからない。
「どうかした? まだ痛むの?」
 そんな様子のロウを見て、シオンは首を傾げた。いいや、と咄嗟に首を振る。
 そこで初めてシオンと目が合った。よく見ると、その瞳は明け方の空のように深い青色をしている。あの時見た〈宝石〉とも異なれば、氷のような〈光り眼〉とも違う気がした。
 そういえば、と思う。星霊術使いとこんなふうに間近で接するのは初めてだ。相手のほとんどは剣を振るう兵士たちで、遠くから援護射撃のように炎や氷の雨をちくちく降らせてくる輩はいたが、その目や術の放たれる手のひらをまじまじと見つめたことはなかった。
 一見すると、自分の手とシオンの手に何か違いがあるようには思えない。外見だってそう大きく異なる部分もないし、敢えて言うなら星霊術が使えるか、そしてその時に目が光るかどうかくらいだ。
 だったらその星霊術はどんな仕組みになっているのだろう。どうしてレナだけが使えるのか。あるいは自分たちはその使い方を知らないだけで、訓練を積めば使えるようになったりしないのか。
「なあ、もう1回術を使ってみてくれないか?」
 ロウが訊ねると、シオンはあからさまに眉をひそめた。
「はあ? どうしてそんなこと……」
「いや、少し気になってさ。星霊術ってどうやってんのかなって。その手に何か仕掛けでもあんのか?」
 ロウがシオンの手を取ろうと、腕を伸ばした時だった。
「駄目……!」
 シオンが凄まじい勢いで後ろへ飛び退いた。その瞬間バチバチと音を立て、シオンに何か棘のようなものがまとわりつくのが見える。
「な、なんだ、今の……?」
「あなた、〈荊〉のことを聞いていないの……!?」
「い、いばら……?」
 慌ててアルフェンが間に割って入る。
「すまない、説明してなかったな。とうに知っているものだと思って……」
 申し訳なさそうに言うと、アルフェンはシオンの〈荊〉について教えてくれた。シオンが〈呪い〉と称するそれは、自分の意思とは関係なく、触れた相手に激痛を与えてしまうものらしい。
「そういえば、誰かが言ってたな。近づいたら痛い思いをするだとかなんとか」
「それでいてこの手に触れようとしたの? 命知らずにもほどがあるわ」
「忘れてたんだよ。それにそんな直接的なものだとも思ってなかったし……」
 まったく、とシオンは苛立ったように言った。
「これで懲りたでしょう。わかったら、今後金輪際私には近づかないことね」
「でも近づかなかったら、治療してもらえなくないか?」
「そ、そこは上手くやるわよ。あなたはむやみに動かないでって言ってるの」
 わかった、と頷いたロウに、シオンは呆れたように息を吐く。
「この分なら、もしかしてあなたが痛みを感じないことも知らないんじゃない?」
「えっ」
 声を上げたのはロウもアルフェンもほとんど同時だった。
「痛みを感じないって、どういうことだ?」
「なんだ、本当に知らなかったのか。〈紅の鴉〉は口が堅いんだな」
 可笑しそうに言って、アルフェンは今度は自分の体質について語った。
 その話を聞きながら、ロウはまたくらくら目眩のする思いがした。英雄には何か特別な資質があるんじゃないかと思っていたが、これは予想の範囲外だ。記憶も痛みもない半仮面の剣士と、触ると痛いが治癒術に長けた銃使い。どちらもまるでお伽話の登場人物のようだ。
 逆にそうでもなければ英雄になどなれないのかもしれない。英雄が語り継がれるのは、それだけの何かを持っているからだ。ただぼうっと戦場を眺めるだけの人物が物語の主人公になれるだろうか。いや、そんなことはあり得ない。ロウはあの日見上げた煙たい空を思った。
「それしても、シオンのことはともかく、俺のことまで聞かされてなかったとはな。別に口止めしたわけでもないんだが」
 不思議そうに笑いながらアルフェンは言った。
「ジルファとは話さなかったのか? 親子なんだろう?」
「いや、特には。親父も家にはほとんど帰ってこねえし」
「……そうなのか」
「もうずっと前からだけどな。抵抗組織なんかやってれば、それも当然だろ」
 組織を運営する上での忙しさは想像もつかないし、家に帰る時間さえ取れないという日もあるだろう。それが数十人もの人員を抱えているというのならなおさら。
 誰の助言があったか知らないが、ロウの暮らす家は長らく隠されてきた。その所在を知らされていたのはジルファにごく近しい部下たちだけで、しばらくは息子の存在さえ伏せられていたくらいだ。当然レナから認知もされないどころか、ダナの人間にもほとんど知られることなく、ロウはひっそりと日々を送ってきた。
 穏やかな毎日だったと思う。霊石の埋め込まれた奴隷たちとは違って、ロウはそういう労働とは無縁の世界で生きてきた。限られた範囲とはいえ、外を歩き回ることも許されていたし、食事にもほとんど困らなかった。父親が帰ってくる足音を聞けば外に飛んでいき、稽古をつけてくれと縋ってはやかましく喚いたこともあった。今思えば、昔の自分はこの国で誰より自由であったに違いない。
 それもほんの短い間だけだった。
 2年前、ロウは母親を病で亡くした。別に珍しいことでもない。栄養面でも医療面でも乏しいこの国ではよくあることだ。
 病に伏した母親に、ロウは精いっぱい寄り添った。拙いながらも食事を用意し、床で声をかけ続けた。
「父さんはきっと帰ってくる」
「必ず薬を持ってくる」
 まるで自分に言い聞かせるかのように、ロウは何度も繰り返しそう口にした。だがロウがどれだけ待っても、その足音が聞こえてくることはなかった。
 ようやくジルファが帰ったのは母親が息を引き取ってからだ。亡骸の前に膝をつき、涙を流し続けるロウの腕を取ってジルファは言った。
「立て」
 薬の1つも握られていないその手に、どれだけ絶望したかわからない。その日からロウの父親への憧憬は、深く昏い疑念へと移り変わっていった。
 以降、ジルファの帰宅する機会はいっそう減った。前回この部屋でその姿を見たのはいつだったかと思い出すことも難しいくらいだったが、むしろロウにはそれがありがたかった。四六時中親父と顔を合わせていたら何を口走ってしまうかわからない。それより先に手が出てしまうかもしれないし、そもそもそうまでして何を訴えたいのかもわからない。ロウは自分の気持ちを見失うのと同時に、血の繋がった親であるジルファとどう接していいのかもわからなくなってしまっていた。
 そんなふうにただいたずらに日々を送るロウに、わざわざ家まで出向いてまで声を掛けてくれたのがガナルたちだった。当時は人手が足りないからと強引に組織に入れられたが、あれは奴らなりの気遣いだったのだろう。戸惑うばかりのロウに、奴らはこれでもかと山ほどの仕事を押し付けてきた。
 はじめこそ文句を垂れていたものの、慣れてくるとロウも張り切って仕事に出かけた。何のための依頼かはわからなくとも、ただ一人で鍛錬を続けるよりずっとやりがいがある。何より、外に出て荷運びや見回りをしているうちは余計なことを考えずに済んだ。やっぱり自分は悶々と頭を悩ますより、身体を動かすことに向いているようだ。
 これまであまり知る機会のなかったレナの横暴な弾圧についても、近くで実情を目の当たりにすることで意識は徐々に変わっていった。ただ生きているだけで痛めつけられるのはおかしい。理不尽な搾取を無くしたい。レナの支配から必ず脱してやろうという思いは日に日に強くなっていった。
 アルフェンたちが現れたのは、そういう時だったのだ。
「いやあ、生きてれば何があるかわからないって、本当だよな」
 怒涛の展開は、かえって何かに導かれているかのようにも思えた。
 あれよあれよという間にカラグリアは解放された。それを達成したのが記憶のない男と、触れると痛いレナの女の2人組だなんて誰が聞いても驚くだろう。
 当時は自分もそうだったが、今となってはそんなことは関係ないと思う。
「ずっとこの日を願ってたんだ。そりゃあ、できれば自分が成し遂げたかったって気持ちがないわけじゃないけど、結果的にそうなりゃ、誰が解放したっていい」
 ダナ人だろうがレナ人だろうが、抵抗組織に入っていようがいまいが。
 英雄だから成し遂げるんじゃない。成し遂げた誰かが英雄になるのだ。
「だからさ、2人にはすげえ感謝してるんだぜ」
 ロウは向き直って言った。
「改めて、カラグリアを解放してくれてありがとな」
「ああ」とアルフェンは頷き、
「……どういたしまして」とシオンは蚊の鳴くような声で言ったのだった。