「お前、あんま良くないみたいだし」
捨て台詞にそんな言葉を吐かれ、別れたのがつい先日。25日の日付をまたいでほんの数時間後のことだった。イベントを過ごすには都合の良い相手だと思われていたのだろう、会って、食事して、セックスして、サヨナラ。積み重ねてきた1年は、気まぐれに降った南国の雪のように音もなく消え去っていった。
ひとり夜行バスに揺られながら、隣の席が空いていて良かったと心から思った。あんな男を家族に会わせなくて済んだ。こんなやさぐれた顔を他人に晒さなくて済んだ。
ドリンクホルダーの酎ハイを一気に煽って窓の外を眺めると、丁度トンネルに入ったところだった。瞬時に掻き消された景色をどこか恨めしく思いながら、私は通り過ぎていくライトをただぼんやり見つめていた。
一年ぶりの地元には前回訪れたときのように雪が積もっていた。ここは変わらない、昔からずっと。
年末の帰省をさも当然のように扱う家族は、私が家に居たところでその習慣を変えることなく日常を過ごしている。変化があるとするならば、ちょっと豪勢な食事の量がやや増えるくらいのものだ。
「リンウェル、ご飯は冷蔵庫のもの温めて食べてね」
鍋用のカニ以外でね、と念を押す母は化粧台で身なりを整えている。
「え、どこか行くの?」
「言ったでしょ。町内の集まりだって。お父さんも一緒に行くから、今夜は一人でご飯済ませてちょうだい」
「それ今日だったの……」
失念していたのは自分の方だが、どうにも急だなと思った。何せ今夜はおもしろい番組が何もない。田舎での唯一の娯楽が奪われてしまっては、手持ちの読み飽きた漫画を漁ることくらいしか思いつかなかった。もう少し早く知っていれば車を出してもらって、映画でも借りて観ていたかったのに。
「時間があるならお隣のロウくんに挨拶でもしてきたら? 今年は帰ってきてるみたいよ」
ロウ。懐かしい響きだと思った。
家が隣で親同士も仲が良く、年も近い幼馴染であるロウとはよく一緒に遊んだり、家族ぐるみで旅行したりしたものだった。小学校までは一緒に登校もしたし、中学、高校に入ってからもそれなりに話をしていた。
「へえ、ロウが。珍しいね」
高校を卒業してからは就職で都市部の方へ出たと聞いていたが、地元に姿を見せることは少なくなっていた。去年の年末も帰ってきていなかったはずだ。
「きっと退屈してるんじゃないかしら。都市と違って何もないとこだもの」
ちらりと向けられた我ら若者への皮肉をかわして、2階へと戻る。確かに、久々に昔話に花を咲かすのも悪くないかもしれない。我ながら歳をとったなと独り言ちて、とりあえず夜まで惰眠を貪ることにした。
突然訪ねてきた私を見て、ロウは驚き半分、呆れ半分の複雑な表情を見せた。
「連絡くらいしろよ」
「だって連絡先知らないんだもん」
いずれにしたって訪ねるのが一番早いと、冷蔵庫の中身を適当に持ち出して隣のインターホンを押したのだ。
「ご飯は適当にこれ食べよ。お酒もあるし」
年末特権のちょっと豪勢な食事を見せつけるとロウはあっさり折れた。ロウの父親も不在にしているようで、今夜は一人カップ麺をすするつもりだったらしい。
部屋に招き入れるなりロウは私が持参した袋を漁る。既に充分空腹だったようだ。
「にしても久しぶりだな。何年ぶりだ?」
「3年くらい? ロウ全然帰ってこないから」
とはいえ目の前で缶を開けるロウはあまり昔と変わっていないように思えた。太っても痩せてもいないということは、過度のストレスを抱えることもなく、それなりに元気に暮らしているのだろう。元々悩み事を抱えるようなタイプでもないため、その辺はあまり心配していない。
「お前は? 元気でやってんのか?」
「あー……まあ、そこそこ」
プライベート以外は、と言いかけて口をつぐむ。
実際仕事の方は特にこれといった問題はない。上司の嫌味にはらわたを煮えくりかえらせることもあるが、同僚に愚痴ったり趣味に没頭したりして上手く発散は出来ている。
本当に不満はない、プライベート以外には。
「でもこの歳になると段々周りがうるさくなってくるよな。恋人はいないのかー、とか、結婚相手は見つかる環境なのかー、とか」
再びぎくりとした肩を震わせるわけにはいかない。
抑えつけるように缶に口を付けるが、ロウにその動揺は伝わっていないようだ。それが余計にタチが悪い。
「親父はそういうの口には出さねえけど、親戚がなー。まだそこまで歳食ってねえんだけど」
溜息をついたロウの苦労はわかる。こういった田舎、それも年配の住民であればこそ、将来の安泰を早く見出せと喚くのだ。それが結婚や所帯を持つことにしか目がいかないのは世代の違いというか、生きる時代の価値観の違いなのだろう。
自分もいずれ言われるかもしれないと思うと、心がひどく重たくなる。結婚が嫌とかそういうわけではないが、相手がいない今はほんの数センチ先も未来が見えない。真っ暗闇しかないそこに果たして希望なんてあるのだろうか。
「おい、どうした」
自分は思いの外ダメージを受けていたらしい。それに加えてハイペースでアルコールを摂ったのも良くなかった。気が付けば、ロウの前でぽろぽろと涙を零してしまっていた。
「わたしが、わるかったのかなあ……」
一緒に溢れた言葉を止めることは出来ない。
「けっこう、がんばってきたのになあ……」
取引先で出会った元彼とは、あちらからアプローチを受ける形で交際が始まった。ぐいぐいと引っ張っていってくれるのが頼もしくて、色んな場所に連れて行ってもらえるのが楽しかった。インドアな自分を変えてみようと思ったのも、元彼の影響だった。人見知りな部分もあったが、大人数で海に行ったりキャンプしたりもした。
置いて行かれたくなかった。呆れられるのが怖かった。だから努力をした。
でも、セックスだけはどうしても気持ち良くなれなかった。感じているふりをすれば、関係を壊さなくて済むと思った。でもそれも、気づかれていたらしい。
「お前、あんま良くないみたいだし」
元彼がそう口にした時の表情は、私が一番恐れていたものだった。
呆れた顔。心底つまらなそうで、幻滅した顔だった。
「なにがだめだったんだろう……」
駄目ものなら、たくさん、全て。あの男も、それを信じた私も。ついでに運も無かった。それだけのこと。
「セックスが気持ち良くないって? じゃあ試すか?」
俺と、と口にしたロウに思わず顔を上げる。かあっと上った熱は酒のせいではない。
「か、からかわないでよ」
「からかってねえよ。お前が本当に良くなれないのか、気になるだけだ」
瞳にこうも真っ直ぐ自分を映されてしまうと何も言えなくなる。それを肯定ととったのか、ロウは指と視線で選択肢を示すとこちらに問いかけた。
「ベッドとソファ、どっちがいい?」
まるで拒否権などない。いや、拒否などしないと最初から分かっているみたいだった。
ベッド、と情けなく出た声はロウに確かに届き、「了解」と腰を上げさせる。その背中を追って二階に上がると、いつか入ったロウの自室に招かれた。あの頃壁に貼ってあったポスターや写真はそのほとんどが剥がされ、今は何枚かの賞状だけが残っている。
「懐かしい……」
ロウがファンヒーターの電源を押すと独特の香りが部屋に漂う。込み上げてきた郷愁とそれに似つかわしくない異様な雰囲気にどうも心が落ち着かない。
「ほら、こっち」
二人で並んでベッドに腰掛けると、ロウの手が肩へと回った。
びくりと身体を震わせた瞬間、顎に手が掛かりそのまま唇を重ねられる。
「……ん……っ」
上唇を食むようなそれからはほのかに酒の香りがする。導かれるまま薄く開いた隙間からロウの舌を招き入れると、必死でそれにしがみついた。
「可愛い顔してる」
耳元で囁かれてまた顔に火がつく。そのまま首筋をなぞる舌に背中がぞくりと震えを立てた。
「あ……っ……! ひゃあ……っ!」
「ここ、弱いんだな」
吐息が掛かるだけでも危ない。逃れようと身を捩っても、ロウの腕がそれを許さない。
「だめ……っ、そこ、だめ……!」
「わかったわかった」
意地悪そうに笑うロウはその場をようやく離れてくれたが、今度は手を胸へと這わせ始める。下から押し上げるようないやらしい手つきは、それなりに行為に慣れているようにも思えた。
「ロウは、今彼女いるの?」
ついて出た言葉にロウが大きく目を見開くのが見える。
「それはマナー違反だな」
「え、」
ごめん、と口にした瞬間、着ていたセーターをぐいとたくし上げられ下着を露わにされる。ロウは器用に後ろのホックを外し、緩んだそれを首元に追いやると膨らみの先端を口に含んだ。
「あんっ、あ、あっ、やあ、っ」
「まあ、いねえけど」
今は、と漏らしたロウは、心底楽しそうにそれを嬲っていた。
ベッドへと改めて押し倒されるとシーツのひんやりとした感触が背中に広がる。上着を脱いで覆いかぶさってきたロウの身体は見事に引き締まっていて、つい見惚れてしまう。
「腰、上げろ」
惚けた頭で意味を把握したのはそれに従ってからだ。下着ごと穿いていたものを取り払われ、秘部が外気に晒される。伸びてきた手を制することも叶わず、接触を許してしまえば、ロウはナカの具合に満足そうに目を細めた。
「結構濡れてるけど、一応、な」
そう言って指を2本、中へと挿し入れる。
異物感に身体がこわばるのを感じたが、それも時間が経つと徐々に解れてきた。
「痛かったら言えよ」
「んう……っ、あ……、はあっ、」
痛みはない。むしろ湧き上がってくる快感に恐怖すら感じる。
ふと、ロウの指が内側の一点を掠めた。
「ああっ……!」
ひと際大きい声が出て、咄嗟に口元を覆う。
「ここだな?」
ロウがそれを逃すはずもない。指先で何度も何度もそこを擦られ、電流が迸るみたいに身体が跳ねる。
「やあッ、だめ、だめ……っ! そこ、なんか、おかし……っ!」
がくがくと震える下半身を止めることができない。
恥ずかしさと興奮で身体中が熱くなり、視界が滲む。
「すげえかわいい……」
太腿に手が掛かり脚をぐいと開かされる。
「な……なに?」
ロウがその間に顔を埋めたと思うと、生ぬるい吐息が秘部に降りかかった。
「やああっ、やだ、なに、それ、」
「クンニ初めてか?」
「なに、しらな、やだっ……!」
唇と思わしきものが敏感になった肉芽を食み、やわくそれを弄ぶ。
「やあっ、やだ、あんっ、あっ……!」
嫌だと言いながら逸らせた背でもっともっとと快感を貪っているのは他でもない自分だった。その浅ましい姿を思い知らせるかのように、自分の声が部屋の壁に反響している。
その間もロウは指で内部を擦り上げ、舌先で膨れ上がった突起を嬲っていた。ぐちゅぐちゅと淫猥な水音が自分のナカから零れている。
「やだあっ、イっちゃう、イっちゃうから……っ!」
途端に湧き上がってきたそれを抑えることは出来なかった。
「イ、イクッ! あ、あ、ああぁ――っ!」
目の前で火花が弾けたように視界が明滅する。
今まで感じたことのない解放感。下半身が麻痺したみたいに言うことを聞かない。
その余韻が残る身体には、些細なベッドの振動さえ敏くなる。
「挿入れていいか?」
ロウの言葉にこくんと頷き、再びその身体を晒す。
近くの棚から避妊具を取り出した背中を見て、ああやっぱりあの男とは違うのだとぼんやり思った。
「痛いなら我慢すんなよ」
先ほどと同じことを口にして、ロウがそれをあてがう。
まだ甘く痺れの残る秘部にロウが押し入ってきて、思わず息が漏れた。
「あ……はあっ……!」
「すげ……きつ……」
達したばかりのそこは侵入者を押しやろうと一気にロウに絡みつく。あるいは逃がすまいとそうしているのかもしれない。
「あっ、あ、あ、ああっ、んっ!」
腰を打ちつけられるたびあられもない声が出た。それを隠す余裕もなく、ただひたすら揺れる景色にロウだけが映っている。
気持ちいい。セックスってこんなにいいものなんだ。
ナカだけでなく、上半身も脚も背中も全部全部満たされているような感覚。
それをもたらしている目の前のロウが、愛おしくてたまらない。単純で軽薄だと罵られてもいい。胸に宿るこの気持ちだけが今本物なのだと思った。
「ロウ……」
首に手を回し、その唇に自分のを重ね合わせる。
今夜初めて自分から求めたそれの温かさを確かめると、またきゅうとナカが熱くなった。
「……っ、出る……っ」
いいよ、と口にする代わりにロウの頭を胸に抱く。
昂る鼓動が再び込み上げて来たものを解放すると、びくびくと内側が痙攣するのが分かった。
◇
「ゴム無しクソ男なんざ別れて正解だろ」
後始末をしながら、ロウはなぜか私よりも腹を立てた様子でそんなことを言った。
「相性以前の問題だぞ」
確かに、と呟いてはみるが、今まで誰かに指摘されるまで気づかなかった自分にも責任があるような気はする。
でもそんな過去の男のことはどうだっていい。
相性、と言われて気になるのは目の前にいるロウのことだ。
「じゃあ、私とロウは相性が良かったってこと?」
「……まあ、そうなるんじゃねえか」
急に声のトーンを落としたロウがそっぽを向いた。
「なんで照れてるの」
「いや、なんか正直、めっちゃ興奮したし、良かったから」
気持ち良くさせるつもりが、と口にするロウは気まずそうに頭を掻いた。そんな些細な仕草でさえ可愛いと思えてしまう自分は、どうやら今夜魔法にかけられているらしい。その魔法を利用しない手はない。
「……付き合う?」
彼女いないんでしょ? と問えば、ロウは勢いよくこちらに振り向いた後で、視線をぼんやり宙に投げた。
「親には何て説明すんだよ。セックスの相性が良かったから、なんて言えねえだろ」
「それはほら、幼馴染特権で。昔から好きだったけど近すぎて気づかなかった、みたいな」
「余計恥ずいな!」
「じゃあもうなんでもいいよ」
ロウと付き合いたい、とその腰に抱き着いてせがむ。あの頃のように。
もうそれだけでは済まされないことも分かっていて、私は再びロウをベッドへと連れ込んだ。
終わり