ロウリンデートの話。

その理由は

「今昼食か?」
レストランのテラスでハンバーガーにかぶりつくロウに、そう声を掛けたのは遅れた昼食をとりに来たキサラだった。
「任務ご苦労だったな。今朝着いたばかりなのだろう?」
「ああ、まあな」
予定よりも早く着いたのは良かったが、疲れて宿屋で仮眠をとるうちにいつの間にか昼を過ぎてしまった。午後に予定がなくて良かったと思いつつも、部屋でじっとしているのも苦手なロウはこうして食事をとるついでに街へ出てきたというわけだ。
「大体二週間ぶりくらいか?さすがにそのくらいじゃヴィスキントも変わらねえか」
「街の様子はそうかもしれないが、釣り堀はかなり完成に近づいているぞ!」
「お、じゃあ今度見に行かねえとな」
楽しみにしていてくれ!とキサラは言うが、その様子が誰よりも胸を弾ませているように見えてロウは思わず笑ってしまった。
「しばらくはゆっくりするのか?」
「まあ二、三日はな。つっても、明日はリンウェルと買い物だけどよ」
ロウが任務でヴィスキントを離れる前に「帰ってきたら買い物に付き合って」とリンウェルの方から頼まれたのだ。欲しいものがたくさんある、とは言っていたがどうせ大半は本なのだろうと察しはついている。
「ほう、デートか。仲良くしているようで安心したよ」
「そんなんじゃねえよ。俺はただの荷物持ち」
「そう思っているのはお前の方だけかもしれないぞ」
そう口にしたキサラの表情は読めなかったが、まさかリンウェルに限ってそんなことはあるまいとロウは軽く流していた。
今となっては本人以外に隠すこともなくなってしまったこの気持ちに、ロウは過度な期待もしていない。勿論何か少しでも進展があればと思わなくもないが、慌ただしく過ぎていく毎日の中で元気な顔を見られるならそれでいいと思う自分もいる。
ただの買い物の荷物持ちにだって自分を必要としてくれるなら付いていくし、きっとまた両手いっぱいにあらゆるものを持たされるだろうなとか、そんなことしか考えていなかった。

「……おはよ」
「……!」
翌日、約束した場所に向かったロウを待っていたのは見慣れない格好をしたリンウェルだった。白いニットにひらひらとしたスカートのようなものを履いていて、一言でいうならものすごく可愛い。
「おま……その、スカート」
「こ、これはスカートじゃなくて!」
キュロットスカートっていうズボンなの!となんだか焦った様子でリンウェルは主張していたが、ロウにはよくわからなかった。
ただその姿はロウをときめかせるには充分で、胸に詰まった想いがなかなか次の言葉を紡がせてはくれない。ようやく出たロウの「似合ってる」の一言にリンウェルは小さく俯いてはにかむと「ありがとう」とだけ口にしたのだった。

二人で出かけることはこれまでにも何度だってあったはずだが今日に限っては何かが違う。ただ通りを並んで歩くことにも緊張してしまっている。
「次はあっちのお店見たいなー」
「……」
「ちょっとロウ、聞いてる?」
「あ、ああ。わかった」
「聞いてなかったでしょ! もう、しっかりしてよね!」
口を尖らせた後でリンウェルは笑顔を覗かせる。そんな何気ないことにすら今のロウはドキリと心臓を跳ねさせてしまっていた。
今になって昨日のキサラの言葉がよみがえってくる。
これはデートなのかもしれない。そう思うとますます鼓動は激しくなってくる。
だが決して不快ではない。寧ろいつまででも味わっていたいほどだ。
にやけそうになる口元を手で隠しながらロウはリンウェルの後を追った。今日はどんな退屈な店にだって付いていこうと心に決めた。

二人が休憩がてら屋台でアイスクリームを買って食べていると意外な人物と出くわした。
「テュオハリム、とキサラ?」
「息災かね」
ロウは昨日キサラと顔を合わせたばかりだが、テュオハリムとは久々の再会になる。リンウェルも似たようなものだろう。
レナ人の住む街が落ち着くまではと主にそちらに滞在するテュオハリムだが、たまにヴィスキントにも顔を見せる。本人は息抜きのために訪れているはずが、執務室から出してもらえないことも多いのでこうして街を歩いている姿はなかなかに珍しい。
「これから例の釣り堀を案内してもらおうと思ってね」
「それでキサラも一緒なんだ」
「ああ、まだ釣りができないのが残念だ」
今釣りができたらキサラが全部釣り上げてしまいそうだなと思いながら、ロウは溶けかけのアイスクリームを舐めた。
談笑しているとテュオハリムが何かを思い出したように目を見開く。
「ロウ、釣り堀の方で手伝ってほしいことがあるのだが」
「テュオ!」
「なに、そう時間はかからない」
そういう問題ではなくて、と制するキサラの横でリンウェルがこちらの様子を伺っているのが見えたが、視線が合った途端すぐに目を逸らされてしまった。
どうする、と問いかけながらもロウの答えは決まっていた。今この瞬間だけは、どうしても手放せそうにない。
「……悪い、テュオハリム。今デ、デートの最中だからよ」
「!」
「今日は他の奴に頼んでくれると、助かる」
若干震えてしまった声が情けなくてロウは頭を掻くが、テュオハリムは「そうか」と笑うとそのまま大きな通りをキサラと歩いていった。

人波に消えた二人の背中を見送って、残されたロウとリンウェルにはなんとなく気まずい空気だけが残る。この間にもアイスクリームは溶け続けるが、二人ともなかなか口をつけることができないでいた。
「……勝手なこと言って悪かった」
顔見知りどころか親しい友人相手に何を言ってしまったのだろう。気持ちを知られている自分はともかく、リンウェルがこの後どんな恥ずかしい思いをすることか。
 これは裁きを受けても仕方ないと項垂れて覚悟を決めるロウだったが、一向にそれはやってこない。代わりに目端に覗いたのはリンウェルがぷいっと背中を見せる仕草で、やはり怒っているのかとロウは思ったが、聞こえてきた声は意外にも穏やかなものだった。
「少し、恥ずかしかった。……けど、断ってくれたのは嬉しかった」
私の方が先に約束してたし、とリンウェルが付け加えたのはその赤くなった耳をごまかすためかもしれない。そんな風にロウは都合のいい考えを頭の片隅に浮かべながら、残ったアイスクリームにようやく手を付けたのだった。

おわり