ロウに髪を愛でられるリンウェルの話。現代パロ。

髪をすく夜

仕事の帰りに寄った本屋でたまたま目についた一冊の本。これがなかなか面白いもので夕食を終えてからリンウェルはそれにずっと夢中だった。早く風呂入っちまえよ、というロウの声を何度か聞き流してようやく重い腰を上げたのが三十分ほど前のこと。パジャマ姿になったリンウェルが今度は頭にタオルを雑に巻いたまま本を開いたのを見て、呆れたロウが櫛とドライヤーを持って現れ、今こうしてリンウェルの髪に風を当ててくれているというわけだ。
「せめて髪くらい乾かせよ」
ドライヤーの音でロウの小言は聞こえなかったことにして、リンウェルは読書を続ける。
そもそもリンウェルはドライヤーが嫌いなのだ。うるさいし、使っている間は両手が塞がってしまう。ただ髪を乾かすことにしか時間を使えないだなんて勿体ない。もっと簡単に髪を乾かせる家電が発明されたらいいのにといつも思っている。
「いたっ」
「悪い」
「大事に扱ってよ」
「お前よりはそうしてる」
確かに、とリンウェルは思いながら髪を梳かれる感覚にどこか懐かしさを覚えていた。
小さい頃は親に髪を結んでもらっていたが、痛いから嫌だと駄々をこねていた記憶がある。それが影響したのかはわからないが、物心ついたときには髪の毛を結ばなくてもいい程度の長さに切り揃えていた。
学生の時も友人たちに「きれいな髪だね」と褒めてもらったことはあったがどうも髪を触られるのは苦手で、それでもやめてと言うこともできず苦笑いで誤魔化していたこともあった。こうしてロウが今自分の髪を触ることに何の抵抗も無いだなんて自分でも驚いているくらいで、彼女たちとロウは一体何が違うのかと考えてしまう。
「あ、枝毛」
「毛先痛んでんな。今度ちゃんと切ってもらえよ」
いいシャンプーも買ってやるから、なんて言うロウの声は少し楽しそうにも聞こえる。
「別に要らないよ」
「もう少し大事にしろって。せっかく綺麗なんだから」
「もう、私のなんだから別にいいでしょ」
「だからだよ。つまり俺のもんだろ」
終わったぞ、と聞こえてそちらを振り向けば満足そうなロウの顔が目に入る。
「いい髪だよな」
何度も指通りを確認する仕草にやや気恥ずかしくもなるが、こんな髪の毛一つでロウを喜ばすことができるなら高いシャンプーを購入してもいいかもしれない。
そういえばついぞ聞いたことがなかった。
「髪長いのと短いの、どっちが好きなの?」
「そうだな……」
これは考えているふりだなとリンウェルは思った。目線はとうに合わず、指はいつの間にか頬を撫でている。
こうなったらもう読書は続けられそうにないなと栞をページに挟むとリンウェルは目を閉じた。ロウの前髪が瞼を掠めると使い慣れたシャンプーの香りがした。

終わり