あれから何度もリンウェルと顔を合わせたが、リンウェルは何事もなかったかのような態度でロウに話しかけてきた。それはいつもの他愛もない会話で、小テスト面倒だなあとか、バイト先に遊びに行ってもいい? とかそんな内容だったが、ロウの頭にはあまり入って来ず、ああとかうんとか適当な返事をするだけだった。
実はあれは全部自分が見た夢か妄想で、実際には何も起きていなかったんじゃないかとさえロウは思った。自分の知っているリンウェルがあんなことを言うわけがないし、いつも近くにいるのだから変化を見過ごすわけがないと変な自信すら持っていた。だがロウが財布を開くたびに一つ減ったコンドームがあの日の出来事が嘘でも夢でもなかったことを告げていて、それと同時にやけに生々しい光景が蘇ってきてはロウの自信をバキバキにへし折っていく。もうあの幼気な少女の姿はどこにもない。ただの”女”になってしまったのだと悪魔が囁いているようだった。
ロウの通う高校では月に一度の委員会の日はほとんどの部活動が休みになる。部活動を優先したい生徒が他の生徒に役割を押し付けてしまうからという理由らしいが、結局自主練習をする人間が多いのであまりその意味を為していない気もする。ロウはと言えば練習がある日は基本的に部活動は休まないが、休みの日はとことん休むというスタンスだ。大会前になれば嫌というほど練習するのだし、しばらくその予定もないこの時期くらいはのんびりやらせてくれと最近はアルバイトに力を入れている。
今日はそのアルバイトも19時からで急ぐ必要もない。終わりはいつもより1時間遅い22時だが、まかないも出ると考えれば悪い気もしなかった。
ロウが昇降口に向かう途中の階段で、委員会を終えたリンウェルと鉢合わせた。
「あ、ロウ。今帰り?」
「ん、ああ、まあな」
一緒に帰ろうよ、と言うリンウェルにこれといった言い訳も思いつかず、その場の流れでロウはつい頷いてしまった。これまでだったら当然の流れではあったが、あんなことがあった後では気まずくもなるだろうに、リンウェルはそんな様子をおくびにも出さない。
「鞄取ってくるから待ってて!」
言いながらリンウェルは教室のある三階へと階段を駆けて行ったが、こんな中途半端なところで待つのもあれだとロウもその背を追って階段を上っていく。
三階には生徒が何人かいたが、ほとんどは委員会に出ているか自主練に行っているかで、残っている数はかなり少ないように見えた。
「下で待っててくれてもよかったのに」
リンウェルの言葉に、確かにそうだと思いながら口では「別にいいだろ」とロウは小さく呟く。
昇降口に向かおうと再び階段を降りようとしたとき、ふと上に続く方のそれが目に入った。
この学校では教室は三階までだが階段はもう少し続いており、その先に屋上へ通じる扉がある。鍵が壊れていて開かないことから『開かずの屋上』として有名だ。
「なに? 屋上気になるの?」
「いや、気になるってほどじゃねえけど。鍵が開かないってのはなんかこう、そそられるっていうか」
「気になってるじゃん」
「でも開かないんだろ? じゃあどうしようも――」
リンウェルはにやりと笑うと、ロウの手を引いて階段をさらに上に上り始めた。
「え、おい」
「いいからいいから」
リンウェルは強引にロウを連れて屋上の入口のドアまでやってくると、辺りを一応見回した後でそのドアノブに手を掛けた。
「これをね、こっちに捻って……」
リンウェルがガチャガチャとそれをこねくり回すとドアがギッと音を立て始めた。
「おお……」
「うーん、もう少し!ロウ手伝って」
そう言われてリンウェルのしていたような感じでロウもドアノブを捻ってみる。少し力を入れて回してやればつっかえていたドアが勢いよく開いて、前に体重を掛けていたロウは思わず転びそうになるがなんとか右足で踏みとどまった。
「開いた~!」
大きな声を出してしまいリンウェルはハッとして口を覆うが、三階にいた人も少なくおそらく誰も気づいていないだろう。
屋上からはぼんやりとした夕焼けが見えてきれいだった。少し残る雲が空の紫やオレンジのグラデーションに映えていて、写真に残したら良さそうだと思った。
ロウがそんなことを思っている一方でリンウェルはもうそれを端末で撮り終えていて、待ち受けにしようかななどと呟いているのが聞こえた。
「なんで開け方知ってんだよ」
「友達に聞いたの。ほんとに開くとは思わなかったけど」
ロウの問いにリンウェルは事も無げに答えた。
その友人とやらが何度も試すうちに開ける方法を見つけたのか、あるいは知っている先輩から聞いたのか。それは定かではないが『開かずの屋上』は実は開けられると知り、ロウはなんだか拍子抜けしてしまった。同時にこの学校の秘密を一つ暴いてやった気にもなり、だからといって誰にも自慢することはできないのだがこの密かな達成感は心地よくもあった。
「ねえ、なんでだと思う? なんで友達はここに来たんだろうね?」
突然何を言い出すかと思えば、ロウには全く予想も心当たりもつかないことだった。
「知るかよ。ほんの好奇心とかだろ」
「違うよ」
ロウの言葉に被せるようにしてリンウェルが笑う。
リンウェルはロウの右手を取ると、自分の胸へと押し付けた。
「こういうこと、しに来たの」
その魔性の笑みはあの日見たものと同じだった。その瞳はロウを捕らえて離さない。
頭の中でダメだとわかっていてもロウの手はついその膨らみを意識してしまう。一気に高まる熱が思考をぼやけさせてロウを冷静ではいられなくした。
右手は誘われるまま、左手は制服の隙間から背中の素肌へと回す。背徳的なそれを楽しんだところでロウは唇のやり場を求めてリンウェルのワイシャツをセーターごと捲った。
「んっ…あぁ……」
突起に吸い付くとリンウェルの甘い声が上がる。先端が徐々に硬くなっていくのがわかって、舌先でそれを何度も弾いてやるとその度に吐息が漏れた。
リンウェルの胸が唾液で塗れる頃にはすっかりその腰は砕けてしまっていて、何か支えを求めて屋上を囲うフェンスの方へと寄った。下に見える校庭にはサッカー部の連中が練習をしているのが見える。
「手ぇつけ」
リンウェルを後ろに向かせそのキュロットと下着を足首まで下ろす。露になった双丘は小振りながらもきゅっとしまっていて全部が丸見えになった中央のラインにロウは酷く興奮した。
思った通り既に愛液で濡れそぼったそこは夕日に照らされて光っていて、ひくつく恥肉ははやく挿入れてほしいと強請っているようにも見えた。
「下の人に見られちゃう、」
そう言っている割にはリンウェルは中から蜜を次々と溢れさせていて、今にも大腿を伝わりそうな勢いだ。
「ひうっ……っ!」
ロウが挿し入れた2本もの指を咥えこんだそこは、こないだの具合とは全然違う。狭いことには変わりないがロウが関節を曲げればぐちゅと音を立てて収縮する。初めは緊張した感じもあったが、暫くそうしているうちに段々とロウの指を締め付ける力が弱くなっていくのが分かった。
今がタイミングかとロウはコンドームを取り出して自身に装着する。痛いほどに猛った自身もそう簡単には萎えそうもなかったし、二度目とはいえ今回は焦りもなかった。根元までゴムが被さるのを確認してリンウェルの濡れた秘部に先端を押し当てる。腰を進めるとみるみるそこが自分のを咥えこんでいき、その様子は一層ロウを昂らせた。
「あ……ぁっ……」
「あー……締まる……」
リンウェルの中がきゅうきゅうとロウのそれを締め付ける。脚が閉じられているからか後ろからしているからか、それともこの状況に興奮しているからなのか。ギリギリまで引き抜いて奥まで一気に突いてやるとリンウェルはフェンスに手を付いたまま背中を震わせた。声を出すまいと耐えているのかもしれなかったが、口端から漏れ出た嬌声はしっかりとロウの耳に届いていた。
ロウが果てるまでそう時間はかからなかった。この状況に興奮していたのは自分も同じだったのだ。
荒い呼吸の中で身なりを整えながら二人の中に沈黙が落ちる。リンウェルが誘ったのだ、自分は悪くないと思う一方で、こんな空気の中でどうやって一緒に帰ればいいのだろうとも思う。
「あー……その、大丈夫かよ」
ロウがようやく発したのはその体を気遣っての言葉だったのだが、リンウェルにはすぐには伝わらなかったようだった。少し考えてから、リンウェルは「ちょっと手は痛いけど大丈夫だよ」と言って自分の手を見た。リンウェルが確認した手のひらにはフェンスの跡がくっきりと残っていて、その罪悪感にロウは頭を抱えたい気分になる。
屋上を出るときは誰かいるのではないかと緊張したが、さっきまで残っていた生徒もほとんど帰ってしまったようで階段を降りきるまで誰ともすれ違わなかった。
「そうだ、ロウ。屋上のこと、誰にも言わないでね」
昇降口に辿り着くとリンウェルはそう言ってロウに口止めをした。きっとそれは先生にバレたら大変だとかそういう意味だったのだろう。
「わかってる。誰にも言わねえよ」
当然だろというふうに返したロウだったが、屋上の扉を開けたことよりもその後にした行為のことの方がよほど重大なのではないだろうかと小さく頭を掻いた。
おわり