「君こそ花なれば」の続き。テュオキサの初夜話。

☆君こそ花なれば2(テュオキサ)

それは優しい雨のように降り注ぐ。
ひとつ、またひとつとキサラの至る所に口づけをするテュオハリムは一向にその手を止める気はない。
「あ、あの」
くすぐったいのですが、と制してみても夢中な彼の耳には入れないようでまるで甘えた子猫のように柔らかい赤毛を擦り寄せる。
こんなときはどうするのが正解なのだろうか。それを導くにはキサラには余りにもそういった経験が足りない。幼子相手には幾度となく触れ合ってきたがこれは全くの別物だ。こんないつまでも心臓が跳ねている状況では、とても保たない。
つと、テュオハリムの瞳がキサラを捕らえる。
「寝室はどこかね」
「しっ」
しんしつ、とその音を繰り返せばキサラの頬には今日何度目かわからない熱が籠る。その言葉の意味を察せないほど子供ではない。

ーーキッチンの奥の扉。
あっちですと口にするのは恥ずかしくて目線をそちらに向ければテュオハリムは全てを理解したというように立ち上がる。次の瞬間、キサラの体がふわりと浮いたと思うと横抱きのままあっという間にその扉の中へと連れ去られてしまった。
それからはもう、風の如く。ベッドへと降ろされると靴を脱がされ、扉を閉められ。サイドテーブルのランプに火を点すとテュオハリムがキサラの上に覆い被さる形となる。
「……そんな風に手際良く出来るようになったのですね」
「教えたのは君だろう」
首筋に顔を埋められるとぞくぞくとした感触が身体に沸き上がってくる。
そんな淫猥なことは教えていないと思いながらもキサラは短い悲鳴を挙げることしかできなかった。
両手を捕らえられ、顔を隠すことも許されない。今自分はさぞ情けない表情をしているのだろう。

「この服は」
ところがテュオハリムの関心は別のものに向けられていた。ようやく気付いたのかそうでないのか、その視線はキサラの全身ーーその装いに向けられている。彼にとっては初めて目にするものだ。
「えと、以前シオンと街で……」
どんな答えを正解とするかは分からなかったが、キサラはとりあえずそう答える。
「変、でしょうか」
ーー姿見の前ではとても良いものに思えていたのだけれど。
改めて指摘されるとその自信は無くなっていく。鎧ばかり身につけていた自分にはとても着こなせるものではなかったのかもしれない。
「良いな」
そう口にしたテュオハリムの表情はいつか旅の途中で見たことがある。古代の遺物を見るような、あるいは物珍しい骨董を見るような。
「珍しい生地だ。色も良い。とてもよく似合っている」
スカートの裾、ブラウスの袖口、とテュオハリムは一つ一つ手触りを確かめる。
「ありがとう、ございます」
服を褒められたというよりは、新しい見識を得ることができて大変有意義だった、という風にも取れる。それでもキサラには充分で"似合っている"の一言で満たされてしまうのだ。
テュオハリムの手が首元のリボンに手を掛かる。あっと思った時にはもう遅かった。引き抜かれたそれはしゅるしゅると音を立てて形を崩していく。開かれた胸元を隠そうとする腕はあえなく捕らえられ、2人の視線がその上で交わった。

黒のブラウスは既にキサラの元を離れ、今となっては指先でそれを遊ぶことしかできない。スカートの中で擦り寄せていた脚も既に暴かれてしまい、もう逃げ場を失っている。
恥ずかしい。
こんな姿になって、自分でも聞いたことないような甘い声を出して。恥ずかしくて、穴があったら入りたい。
それなのに、続けて欲しいとも思っている。もっともっと触れて欲しいと思うし、続くこの先を期待してしまっている。
乳房の先端を吸われると腰が大きく跳ねた。キサラの口からもとびきりの甘い声が上がると、テュオハリムは味をしめたかのようにさらに舌でそこを責め立てる。
口を塞いでしまいたかったが、テュオハリムの手がそれを許してくれない。頭の上でひとまとめにされたそれはただ宙をもがくだけだ。
すると突然、その手が緩められた。片方の手はそのまま指を絡められベッドへと縫い止められる。テュオハリムはもう片方の手を自身の下の方へと導くと、「触れて欲しい」と囁いた。
手のひらに熱が伝わる。その熱の正体に気づくとキサラの鼓動は一層速くなった。
既に充分硬くなったそれは窮屈そうに布を押し上げていて、キサラはぎこちない手つきでそれを少しずつ解放していく。
制限するものが取り払われたそれはさっきまで感じていたものよりもずっと熱くて大きい。と同時にたまらなく愛おしいものにも思えて、キサラはその手のひら全体でそれを撫でつける。
「あまりそうされると困るのだが」
テュオハリムの予想外の声にすみません、とキサラは手を引っ込めるが言い終わらないうちにまた唇を塞がれてしまった。


これまでかろうじてキサラを隠していた最後の布に手を掛けられると、キサラの体が強張る。
「あ……」
足首まで下ろされたそれはもう何の役にも立たない。
代わりにテュオハリムの視線が注がれていて、キサラの瞳は羞恥で滲んでしまう。
部屋を照らすのはランプの灯だけではあるが、覆うものがあるのとないのとでは違う。身体を捩ってみても、そばにあったシーツを引き寄せてみても当然逃がしてはもらえない。
「嫌か」
そう問われてキサラは抵抗を諦める。
そんな訳はないのだ。知っていて聞いてくるのだから、どこまでもずるい。
キサラはシーツから手を離す。代わりにその腕を伸ばして口づけを強請った。


痛みがあれば言ってくれとテュオハリムの優しい声がしたことは覚えている。
指が引き抜かれて間もなく、熱いものがキサラに押し当てられた。
「あっ……」
テュオハリムの腰が押し進められると同時に、自分の中がそれを飲み込んでいくのを感じる。たまらない感覚に背筋を震わせながらキサラの口からは声が漏れる。
「大丈夫かね」
そう口にしたテュオハリムもやや苦しそうだ。
「だい、じょうぶ、です……それより……」
動いて欲しい、と強請ったのはテュオハリムを気遣ってのことではない。なによりもキサラ自身がそうして欲しいと思ったのだ。
「あまりそう煽るな」
「…っあ……!」
脚を持ち上げられ、ぐんとそれを引き寄せられるとぱん、と乾いた音が部屋に響く。
テュオハリムの律動に合わせてキサラが揺れる。ベッドの軋む音が隣の部屋まで聞こえてしまわないかと思ったが今更だ。
普段はあんなにゆったりとしたテュオハリムにもこんな衝動があることにキサラは驚いていた。戦闘でさえも軽やかにこなしてみせる彼が今はこんなにも激しく、汗を散らしている。
それをもたらしているのが紛れもない自分であることに気づいてキサラの胸は昂った。
もっと、と腰を浮かせて強請るとテュオハリムはさらに強く腰を打ち付ける。その度に彼の汗の香を感じて背筋が粟立つ感じがした。テュオハリムの顔に張り付いた前髪をそっと指で払うと、キサラは自分から口づけをする。上も下も体液が混ざり合ってぐちゃぐちゃだ。それがひどく気持ちよかった。
キサラが身体を震わせたのに続いてテュオハリムもまた精を吐き出した。ベッドに半ば倒れ込むようにしてテュオハリムが身体を埋める。
「無理をさせたか」
こちらを顔だけで覗き込むようにしてテュオハリムが言う。
「いえ、そんなことは」
多少なりとも下半身に違和感だったり疲労感を感じてはいたが、キサラは気にも留めずそう答える。
「流石近衛だ。私の方が精進せねば」
「それはどういう……」
「無論君に付き合ってもらうが」
その意味するところが分かると、キサラはまた顔を赤くする。
額に口づけを落とされると、先ほどまでしていた行為が思い出されて急に恥ずかしくなってきた。
なかなか大胆なことも言ってしまった気がする。はしたない声も上げてしまった。思い返せばきりがない。
どうしよう、と慌てているキサラの横でテュオハリムは既に寝息を立てつつあった。
まるでさっきとは違う純真無垢な寝顔に、キサラは少し笑ってしまう。
不意にキサラ自身も睡魔に襲われる。もう抗うことはできないと思うと、薄手の毛布を2人で被るためそっとテュオハリムの方へと寄り添うのだった。


カーテンの隙間から入る光でキサラは目を覚ます。鳥の鳴く声から察するにまだ早朝だろう。
背中に温さを感じて振り返れば、美しい赤髪の彼がこちらをじっと見つめていた。
「お、起きていたんですか」
「ああ、可愛い恋人の寝顔を見たいと思ってね」
「か、かわっ……!」
可愛い、というのは自分のことで合っているだろうか。頬を挟んでその熱を奪おうとするも、一向に冷めやらない。
「ふむ。抱き心地は最高だ。柔らかさもそうだが、吸い付いてくるようなこの肌。筆舌に尽くし難い」
いつの間にか回された腕に抱き竦められながらキサラはますます顔を赤くする。
「もう、わかりましたから!」
それでもキサラはその腕からもう逃げようとはしなかった。もう少しだけ、せめてこの心臓が落ち着くまではこの腕の中にいたいとそう思った。

おわり