「お願い!ついてきて!」
珍しく両手を合わせて頼み込んでくるリンウェルに、ロウは仕方ないかと承諾した。
事の発端は宿屋でもらった一枚のチラシだ。
もともとはトラスリーダ街道で暴れているズーグルたちを討伐するためにメナンシアを訪れたのだが、せっかく近くまで来たからということで首府ヴィスキントにも立ち寄ることになったのだ。それにここではテュオハリムやキサラの顔が利く。宿屋を多少値切ることに成功した一行は夕飯の時間までそれぞれ自由行動をとることにした。
「近くのフルーツパーラーで催しをやっているみたいですよ」
「催し?」
宿屋の主人からチラシを受け取るなりリンウェルの目が大きく見開かれる。
「これは!!」
「ぱーらー?なんだそれ」
フルーツはフルーツだろうけどそのあとに続く言葉の意味がロウにはわからない。
だがそのチラシの絵を見るなり、リンウェルの興奮のわけが理解できた。
「……行かなきゃ!!」
「おいおい、まさかそれ食べんのか?」
描かれていたのは巨大なフルーツパフェだ。色とりどりのフルーツの上に大きなアイスクリームが鎮座している。
「これは重大案件だよ!ロウお願い!ついてきて!」
「な、なんで俺が」
ロウは助けを求めるように周りを見渡すが、もうそこにいつもの仲間の姿はない。
アルフェンとシオンは買出しに行くと早々に宿を出て行ってしまったし、キサラはおそらく〈金砂の猫〉のラギルのところだろう。テュオハリムに関しては見当もつかないがキサラと交渉していた所を見るとまた気に入った骨董を見つけたのかもしれない。
「ロウしかいないの……」
上目遣いにそんなことを言われてはロウも断ることができなかった。
そして冒頭に至るというわけだ。
「やったー!パフェだよ!」
噂のパーラーに向かうリンウェルの足取りはいつになく軽く、ほとんど跳ねているといってもいい。
「なんで俺が……一人じゃダメだったのかよ」
ロウはあまり乗り気ではないように見せているが、本当は気持ちが少し浮き立っていた。街に来てもこうして二人で過ごすことなんかほとんどないからだ。
「ダメなの!ほら、ここに二名様以上って書いてあるでしょ!」
リンウェルがいつになく熱く主張する。チラシの端には確かにそう書かれてはいるが。
「これって」
リンウェルが握っている部分になにか重要な事が書かれている気がする。
ロウがその指からチラシを奪い取ろうとした時、通りに響く声が聞こえてきた。
「こちらのフルーツパーラー!カップルフェアやってまあーす!!」
「か、カップル……?」
まさかこれのことじゃないよな、と思って手にしたチラシを見れば右上に見逃すスキがない程に大きく『カップルフェア』と書かれている。
二名様以上、というのはそれ以上でもそれ以下でもなくただその二人のことを指していたらしい。
マジかよ、と小さく声を漏らしたロウの声に反応するようにリンウェルの体がびくりと揺れる。
リンウェルはこれを知っていたのか?という疑問にはその真っ赤な顔ですべて答えが出ていた。
「今気づいたのかよ……」
「ごめん、だって。そんなの見てなくて」
さっきまでのテンションはどこへやら、というようなか細い声にロウはなんだか可笑しくなって笑えてきた。
「お前、甘いもののことになるとほんと周りが見えなくなるのな」
「う、うるさいな!だって最近食べてなかったし」
これは本当だ。最近は食後のデザートと称したリンウェルの好物はあまり出てきていなかった。食事のバランスを考えるキサラの影響か、それとも単に食材が不足していたか。リンウェルが不満を言わなかったのを見ると後者が有力そうだ。
「あー、じゃあ早いとこ入ろうぜ」
「え?」
「い、いやお前が食べたいってんなら少しくらい、その、なんだ」
我慢、というのも違うと思ってロウは言葉を止める。
「それに、俺たちがほ、本物かどうかなんてわかんねえだろ?」
見え見えの言い訳に自分で情けなくなりながらもロウはなんとか笑って見せる。何をこんなに必死になっているのかと、誰かに笑われてしまいそうだ。
「まあお前が嫌だってんなら、別に」
「嫌、じゃないよ」
「へ?」
「っ、パフェが食べたいって言ったの!」
絶対そんなこと言ってないだろ、という主張はリンウェルに引っ張られて消えていく。
でもまあなんとか壁は超えられたらしい。何にほっとしているのかもわからなかったがロウはとりあえず胸を撫でおろしたのだった。
店内は既に賑わっていて一組の客が増えたところでそちらに目を向ける人もいなかった。
ただ当然のように周りはカップルだらけで自分たちもそう見られているのかと思うとロウは落ち着くことができない。そわそわとした気持ちをなんとか抑えてリンウェルの向かいに座る。
リンウェルが頼んだのはもちろんあの大きなフルーツパフェだ。チラシを見たときには大きい以外の感想が思い浮かばなかったが、なるほどカップルフェアというだけあって二人で食べることを前提としているらしい。そうとも知らずリンウェルはそれを一人で食べようとしているわけだ。そう思うとまた笑ってしまいそうだった。
「ロウは?何もいらないの?」
「俺はいい、甘いのって気分じゃねーし」
「そっか」
正直に言ったつもりが、リンウェルは少し下を向いてしまった。
「ほしいって言ってもあげられないかも……」
なんだそういうことかよ。
そういえば前も野営で作ったゴージャスパフェをフルルと取り合っていた。
「いいから気にすんな、好きなだけ食えよ」
うん!と笑うリンウェルにロウは咄嗟に手で口を覆う。緩む口元を隠す方法がこれ以外思いつかなかったのだ。
「はーい、お待たせしました!」
想像していたのと目の当たりにするのは全然違う。
二人のテーブルに運ばれてきたフルーツパフェにロウは気圧された。
「すげぇ」
大きいだけじゃなく、フルーツの彩りがとてもきれいだ。
「崩すのがもったいない……!」
リンウェルのその言葉も今なら少しだけ理解できた。
長いパフェ用のスプーンを片手にどこから手をつけようかと悩むリンウェルは間違いなく今日一番輝いている。
「楽しそうだな」
「こんな大きいパフェ、夢みたい」
「夕飯食えんのか?」
「甘いものは別腹!だけどちょっと自信ない……」
そうはいうものの、リンウェルは積み重ねられたフルーツの城を器用に崩していく。
アイスクリームやホイップクリームを絡めながら、どこかに偏ることなくゆっくりと着実に攻略していくのだ。
「ロウ」
見事なまでの進軍っぷりに目を奪われていたからか、反応が少しばかり遅れる。
「ん、なんだよ」
もう限界か?とそれをごまかすように言えば、リンウェルは首を横に振った。
「違う。その、ありがと」
これまた予想外の言葉にロウは面食らう。
「ロウのことだから帰っちゃうと思ってた。そもそも無理やり連れてきちゃったし」
それがさっきの話だと気づくまでには時間はかからなかったが、ロウはその返事に困った。
下手なことを言うとまだ伝えてもいない自分の本心まで否定する言葉を吐きそうだったからだ。
それだけは絶対に嫌だった。
「別に大した事はしてねーよ。お前が食べたかったんだから我慢することねーって思っただけだ」
当たり障りのない言い訳をよく思いついたと思う。それでも、喜んでる顔が見たかったと言えればどんなに良かったか。そんな照れくさい言葉が口に出せるはずもなく、ロウは頭を掻く。
「今日は嬉しかったから、お礼」
リンウェルがそう言って差し出したのはアイスクリームが乗ったスプーン。
「……え?」
これは、と言いかけてロウはリンウェルの顔が再び真っ赤になっているのに気づく。
「か、カップルなんでしょ?」
スプーンの先に乗ったアイスクリームは溶け始めていて、今にも滴り落ちそうだ。
「あっ」
落ちる、とリンウェルの声が届く前にロウはそれを受け入れる。
冷たい感触が口の中に広がって、それがあっという間に喉を通り過ぎていったときリンウェルと目が合った。
「……美味しい?」
「あー……そう、だな」
口元を押さえた指の隙間から「甘い」と答えはしたが、ほとんど味はわからなかった。
おわり
「フルーツパーラーのパフェ、美味しそうだったわ」
「カップルフェアとか書いていたな。シオンなら食べられただろう。アルフェンに付き合ってもらえばよかったんじゃないか」
「そ、そうなんだけど、混んでいたのよ。買出しの荷物も結構多かったし」
「はて、それは広場前の店かね」
「そうですが」
「見間違いでなければ、あれはロウとリンウェルだったと思うのだが」
「!」
「これも青春か。とはいえ多感な時期だ、そっとしておくのがいい」
「そうね、陰から見守りましょう」
「そうですね。アルフェンも――アルフェン?」
「なんだ、みんな戻ってたのか」
「おかえり、ロウ。どこ行ってたんだ?リンウェルも一緒か?」
((アルフェン……!))