「ちょっと休憩していかない?」
海洞を抜けたところでそう切り出したのはリンウェルの方だった。
いつもならズーグルの横を通ってさっさと抜けてしまう道だが、今日に限って群れがあちこちで声を荒げていたのだ。戦闘になったところで大した脅威でもないのだが、気が休まらないことには変わらない。出口に近い野営地がズーグルに占領されているのを見て、休憩は諦め早々に国境を越えてきたというわけだ。
「はぁ〜、空気が美味しい〜」
近くの水辺にはズーグルの影もなく、爽やかな陽気が漂っていた。掠める風は花の香りを運んでいて、日差しも随分とあたたかい。やはりメナンシアは恵まれている、なんてどこかで聞いた台詞をリンウェルはそれらしく口にしてみる。
リンウェルが水分補給と気分転換を終えると、ちょうどロウもこちらへやってきたところだった。
「お水、冷たくて美味しいよ。ロウも少し飲んでいきなよ」
「おう、そうするわ。……って、その辺気をつけろよ」
ぬかるんでるぞ、というロウの声は少しだけ遅かった。
上機嫌で跳ねるようなリンウェルの足取りは見事なまでに掬われ、ずるりと滑ってバランスを崩す。
そのまま前のめりになったリンウェルの眼前に迫ったのは、水分で黒く染まった土――ではなく、ロウの両腕だった。
「ほら、言わんこっちゃねえ」
すっぽりとその胸に埋まるように収まり、見上げるとロウが呆れたような顔で小さく笑っている。
「ありがと」
ふふ、と笑ってリンウェルが小さく頰に口づけると、ロウの腕に一層力が込められた。
「……今のはお前が悪い」
戸惑う隙も与えられず奪われた唇はやや強引で身勝手だ。驚いて胸を叩いて訴えてはみるもののロウはびくともしない。結局押し負けたのはリンウェルの方で、受け入れることに専心しているとますますロウの情熱は昂ってくる。
何度も唇を重ね合ううちに宿った熱は行き場なく内側に籠っていく。その逃げ場所を探そうにもロウは腕を離してはくれない。寧ろ一方的に注がれるばかりで、今にも溢れ出しそうなそれを留めておくことで必死だ。
「久々に会ってから、ずっと我慢してたんだぜ」
普段仕事であちこちを飛び回っているロウがリンウェルの元へと戻ってきたのはつい先日のことだった。シスロディアでの再会も束の間、今度はメナンシアのテュオハリムから呼び出され、今は二人でヴィスキントへと向かっている途中だ。
「だ、だって仕方ないじゃん…」
タイミングが悪かったのだ。まさか緊急に呼び出しがかかるとは思っていなかった。それでも二人ともに声が掛かったのは幸いだったともいうべきだろう。また互いを見送るだけにならなくて本当に良かった。
「私だって寂しかったよ……」
ロウの首に手を回せば、また自然と唇が重なる。木の陰となったそこは恋人たちの甘い睦言を隠すには丁度いい。
空白の時間を埋めるようにそんなことを繰り返していると、ロウの手が服の隙間からリンウェルの腹をなぞった。
咄嗟に唇を離しリンウェルはロウの目を見つめる。
「……い、今するの?」
リンウェルの問いにロウは答えなかった。
ただひたすらに熱烈な舌をもってリンウェルの咥内を掻き回し、その瞳には純粋な欲だけを宿していた。今この瞬間、それが自分に向けられていると理解すればこそ、リンウェルももう何も言えなかった。
せめてもと脱がしてもらった上着は今は枝の上で揺れている。インナー一枚となった格好はひどく頼りないものの、誰かに見られてしまえば同じことだ。
「ここ、立ってる」
ロウの指先で転がされている胸の突起は今や両方ともはっきりとその所在を明らかにしていた。
寒いから、なんて言い訳はこの陽気では通用しない。布越しに与えられる刺激で反応してしまったことは明白で、それでもロウは飽きもせずそこを爪で擦り上げる。
「いや…っ、あんっ、だめ…っ」
「ダメじゃねえだろ、こんな濡らしてよく言うぜ」
くちゅくちゅと厭らしい音を立てているのは紛れもなく自分の下半身だ。ロウの指を二本も受け入れてなお、埋まりきらない隙間をもどかしいと蠢かせている。
「ねえ……、」
早々に下ろされてしまった下着を足首に引っ掛けたままで、リンウェルは身を捩らせた。支えとする木の幹にほとんど体を預けてはいるが、その膝は今にも崩れ落ちそうだ。
ところがリンウェルの期待はさらりと躱される。
「久しぶりだからな」
そう言って笑ったロウはナカから指を引き抜くと、リンウェルの脚の間へと跪いた。
「え…や、やあっ、だめ…っ!」
ロウはリンウェルの大腿に手を添えると、茂みの奥の秘部へと温い舌を這わせ始める。
先ほど咥内で感じていたものとはまるで違う。無遠慮なのは変わらないのに、確かな目的を持つそれは探し物を求めて深くまで入り込んでくる。指ほど正確でないそれが余計に歯痒く、憎らしい。
ただ敏感なところを擦られて、あられもなく喘ぐ自分はこれ以上なく滑稽だろう。それもここは自分の部屋でも宿でもなく、青天の真下である。
「あぁんっ、やだぁ…こんな…っ、だれかに見られたら…っ」
「誰も来ねえよ、こんなとこ」
ぢゅ、と音を立てて強く肉芽を吸い上げられると腰が骨の髄から震える。ロウの頭を押しのけたいはずなのに、いつのまにか押し付けるような形になっていて己の浅ましさに顔も体も焼けるように熱い。いっそもう溶けてしまえと快感に身を委ねると、身体の中心に何かが集まるような感覚がしたと同時にそれが弾けた。チカチカと視界が明滅してくずおれた両膝に、絶頂を迎えたのだとようやく気がついた。
倦怠感がリンウェルの身体を襲う。それでも自分でわかるほどにビクビクと震える秘部は確かにロウを求めていた。
はやく欲しい。足りない部分をロウのそれで埋めて、深く深く貫いて欲しい。
ところが目の前のロウは様子がおかしかった。その視線の先には二人の鞄が見える。
リンウェルには、ロウが何を躊躇っているのか直感でわかった。
「ねえ、」
そっとその腕を引っ張り、耳元に口を寄せる。
「今日大丈夫な日だから……」
そのままいれて、と小さく呟く。
「でもよ……」
「……もう、わかってよ」
1秒でもはやくロウが欲しいんだよ。
そっと下履き越しにロウのそれに触れると、指先を通して確かな熱が伝わってくる。自分のナカをこれからそれで掻き乱されるのだと思うと、またじわりと何かが溢れだす感覚がした。
これがほしい。
ロウがそうしたように、ただ瞳で訴える。
最後の一押しにとその唇に柔らかく口づければ、ロウもようやくベルトに手を掛けた。
木の幹に手をついて下半身をロウへと差し出すと、腰に手を添えられる。
「挿入れるぞ」
リンウェルがこくんと頷いた瞬間、ロウのそれが肉を割って入ってきた。
「ぁ……」
ゆっくりと空白が埋まっていく感覚に全身を震わせながらリンウェルは息を吐く。
今感じている熱は確かにロウの熱そのものだ。避妊具の一枚も隔てていない。それがこれほど愛おしいことだったなんて、今までずっと知らずにいた。
「っ…やっ、べ……」
ロウの呟きは耳には届かない。ただ荒くなった呼吸だけが聞こえて、次いで感じた背中の熱に心が満ちていく。
それからはもう、快楽の強襲だった。
「ひ…っ、いっ、あっ、あ…ッ…!」
何かがぷつりと切れたかのようにロウは突然腰を掴むと、激しく自身を打ち付け始めた。
「やぁッ、は、げし…っ!」
愛液の溢れるナカはぐちゃぐちゃに掻き回され、大腿まで汚れているのがわかる。
耳を塞ぎたくなるような水音とぶつかる皮膚の乾いた音が同時に同じところから響き、抑えることの出来ない嬌声はそれ以上に反響してこの場をまるごと包んでしまっている。
「きこえちゃ…う…っ! みら、…れちゃ…う、よぉ…!」
誰もいない、誰も来ないと言われたって、そう口にしていないと何かが外れてしまう気がした。
この状況を受け入れてしまったらもう戻れなくなる。いまだ知ることのなかった興奮と快楽の先から抜け出せなくなってしまう。
ロウとずっと繋がっていたいのに、どうか早く自分を引き戻して欲しいと願ってやまないのだ。
「リン…ウェル…っ、リンウェル…!」
耳元で囁かれた声は一瞬にして全身を貫く雷となる。
甘すぎる痺れはリンウェルをあっさりと二度目の絶頂へと導き、それによって引き起こされた収縮によってロウも果てた。直前で引き抜かれたそれは間もなくリンウェルの尻を汚したが、それに気づかないほどにはリンウェルも惚けていた。
「なんかいつもよりよさそうだったな」
ヴィスキントへと続く街道を歩きながら、ロウがそんなことを口にした。
「外で興奮したとか?」
「ち、ちが……っ!」
反射的にそう答えるものの、ロウのニヤついた顔にはこれ以上の否定は逆効果だ。
「ロウだって、随分早かったじゃん。溜まってたの?」
「そ、そりゃ、仕方ねえっつーか」
咄嗟の切り替えしはなかなか効果的で形勢は逆転。ロウはあからさまに動揺している。
「久々だし、ナマだったし……」
「え? 何?」
「なんでもねー」
ぶつぶつと何かを言ったきりでロウはすっかり口ごもってしまった。
ロウには悪いが大人しくなってくれたのならそれでいい。本当のことを打ち明けるにはこの壁はちょっとばかり高すぎる。
口元をぐっと引き絞り、リンウェルは先ほどのことを思い出してはまた心を打ち震わせた。
終わり