その日のリンウェルはずっと機嫌が良かった。街を歩いている間も、店を回っているときも。屋台でアイスを買おうとした際、お気に入りのバニラが売り切れてしまっていても、変わらず機嫌が良かった。
何かいいことでもあったのかと聞いても、「そう? いつも通りだよ」と笑うだけで、その理由を口にしようとはしなかった。
俺は分かっていた。リンウェルが何かに心を躍らせていることくらい、とっくに気が付いていたのだ。
それがまさかこんなモノだったとは思いもしていなかったが。怪しげな紫色の小瓶を指の間で揺らしながら、リンウェルはどこか満足そうに笑っている。
「な、なんだよ、それ……っ」
「友達から貰ったの。主導権握りたいなら試してみれば? って」
ウワサは本当だったんだね、なんて目を輝かせているリンウェルは、どうやらその中身を俺の食事に混ぜたようだった。熱い、身体が。ふつふつと湧き上がるような感覚は知っているようでまるで知らない。ただ、目の前にいるリンウェルが愛おしくて堪らない。今すぐにこの胸に掻き抱きたくて仕方無いのに、身体に力が入らない。頽れそうになる膝を堪えるのに必死で、それどころではないのだ。
「ほら、ベッド行こ? もう限界でしょ?」
腕を引かれるまま寝室へとなだれ込む。いつもならベッドに倒れ込んだリンウェルに覆いかぶさるはずが、今日はまるで逆だった。顔の横に手を突かれ、逃げ場はないと言わんばかりだ。
「ロウは大人しくしててね」
リンウェルはどこからか紐のようなものを取り出すと、俺の両手を頭の上で縛り上げた。謎の薬の効果に加えて膝の上に乗られては身動きも取れない。それがたとえリンウェルのような軽々としたものであっても。
「今日は私に全部任せて」
小さな唇を弧を描いて歪ませた後でリンウェルはこちらの下半身へと手を伸ばした。既に硬くなり始めているそれを穿いているものの上からやんわりと撫で、微かに息を漏らす。
「もうこんなにしちゃってる」
かわいい、と囁きながら体重を掛けてきたと思うと、唇同士が重なった。柔らかいそれで俺の上唇を弄び、ちゅ、と音を立てて吸い上げる。指は相変わらず股間のそれを擦り上げていて、ただそれだけの刺激でまた一つ熱が大きくなるのが分かった。
「直接触るね」
断りを入れたのかと思いきや、リンウェルは有無を言わさず下履きに手を掛けた。腰を浮かせた瞬間下着ごとそれを摺り下ろし、露わになった陰茎に躊躇うことなく口を付ける。
「う、あ……」
「いっぱい出していいから」
何を、と問う前にリンウェルの咥内に迎え入れられたそれがぬるい粘膜で覆われる。たまらず喉の奥から情けない声が漏れ、腰が震えた。いつもよりはるかに敏くなったそれがあっという間に限界まで膨れ上がる。
「一回出しとこっか」
まるで独り言のように呟きながら、リンウェルは先端を口に含んだまま陰茎を根元から扱き上げた。絶妙な力加減とリズムに、いつの間にこんな上達したのかと感心する間もなく、俺はあっけなく精を吐き出してしまった。
割と勢いが付いていたと思う。それでもリンウェルは一瞬だけ僅かに反応を見せただけで、あとは何事も無かったかのようにそれをその小さな口の中に全て受け止めた。こくん、と鳴った喉に思わず視線を奪われていると、「ごちそうさま」と微笑んだリンウェルの口端からピンク色の舌が覗いた。
「ほら、続きしようね」
ノリにノったリンウェルがこれで終わるはずもない。こちらに見せつけるようにブラウスのボタンをひとつずつ外し、下着を指でずらすと尖った先端をこちらへと近づけてくる。
「好きにしていいよ」
鼻先にあるそれに思わずしゃぶりつくと、リンウェルが甘く啼いた。その反応があまりにも可愛いので、ついもっともっとと夢中でそれを嬲る。吸って、突いて、舌で転がせばリンウェルは身を捩って快感に身悶えていた。上体を支える腕は今にも崩れそうだ。
すっかり力を取り戻した自分の下半身も、先ほどと同じくらいに昂っていた。期待に膨らんだそれが求めるのは、この期に及んでは一つしかない。
「なあ、リンウェル……」
実に情けない。まさか自分の方から強請ってしまうなんて。
それでももう耐えられない。耐えたくない。目の前のお前が欲しくてたまらないのだと目で訴えれば、リンウェルはこの日一番の笑顔で頷いた。
「いいよ。ロウの、ここに挿入れさせてあげるね」
そうしてリンウェルが穿いていたスカートを捲り上げる。眼前に晒されたのはなめらかで白い大腿と、その中心にあるリンウェルの下腹部だった。身に着けているはずの下着も無く、うっすらとした茂みがそこを覆っているだけで、あまりの淫靡さに頭がくらくらしてくる。一体いつからそうだったのだろう。
だが今は咎めたい気持ちより興奮が勝ってしまっているのも事実だった。それに気づいた瞬間、心臓から熱い血潮が全身に送り出される感覚がする。
「今日は大丈夫な日だから。でもロウは何もしちゃだめだよ。動いちゃだめ」
念を押したリンウェルはこちらの下半身に跨ると、覚束ない動きで秘部にそれを押し当てた。
「ここ、かな? それとも、こっち?」
溢れた愛液で先端が滑る。俺は今すぐにでも押し込んでしまいたい気持ちを必死でこらえ、ただリンウェルを見つめた。
「あ、あっ、」
腰を沈めた瞬間、リンウェルの背が反った。先ほどとは比べ物にならないほど重厚な粘膜で包まれた陰茎がまた硬さを増す。
「あっ、あっ、すごい、おっきい……」
リンウェルが上下に腰を揺らすたび、とてつもない快感が身体に伝わっていく。押しとどめようにも不測の動きに翻弄され、吐息が漏れてしまう。
「あ、は、ロウ、かわいい、そんなカオするんだね」
もっとよく見せて、と両手で頬を包まれてしまえばもう逃れようもない。そういえば今日は初めから逃げ場はなかったのだった。
「リンウェル、リンウェル……!」
柔い唇を求め、その舌先を吸い上げていてもリンウェルの瞳は揺らがない。ただこちらをじっと見つめ、その反応を愉しんでいるようだ。
「リンウェル、も、イくから……」
「いいよ、ロウがイくところ、見せて」
大きく開脚したリンウェルがその動きを急速に早めていった。直接的な刺激と視覚的な刺激の二方向から責められてしまえば、どんな抵抗も意味をなさない。
「く、あ……っ、……イく……っ!」
堰き止めていたものが一気に外に溢れ出すと、もうその勢いは止まらなかった。一度目よりもずっと長く感じられる射精の間、リンウェルはじっとこちらを見つめていた。
「ふふ、ロウかわいい。イく時ってあんな顔になるんだね」
陰茎を引き抜いたリンウェルの秘部から、自分が吐き出したものが溢れ出していた。それを拭おうとしたのだろう、リンウェルが枕元のちり紙に手を伸ばした時だった。
身を起こしてその細い腕を掴むとリンウェルの軽い身体を転がす。すぐさまその背中をベッドへと押し付けて、腰の上に跨った。
「満足したか?」
「な、なんで……?」
はじめに結ばれた紐は行為の中で緩んでいたらしい。手首を締め付けていたそれが軽くなったのに気づいて、こうして反撃に出たのだ。
「随分楽しそうだったな」
怯えともとれる表情を見せるリンウェルの首筋に顔を埋めると、高い声が上がった。そのまま舌を滑らせ、耳を唇で弄ぶ。
「い、あっ、やだ、やあっ」
こちらに伝わるほどに身体を震わせるリンウェルだったが、もう遠慮なんてしない。リンウェルだってさっきまでそうしていたのだから、こっちがそうしたって文句は言えないはずだ。
背中に回した手で下着のホックを外し、緩んだ隙間から胸の膨らみに手を掛ける。硬くなった先端を手のひらで転がしてやると、リンウェルは喉を反らせて声を上げた。
そうした反応を前に、自分の下半身もまた首をもたげ始める。ぐりぐりとリンウェルの大腿にそれを押し付け、純粋で率直な欲情を示した。
「に、2回も出したじゃない……!」
リンウェルは明らかに戸惑っていた。この先のことは何もかも予定外だったのだろう。
「お前がこんなふうにしたんだろ」
だがもう遅い。すっかり昂ってしまったこの身体は、もうしばらく熱を鎮められそうにない。
リンウェルの脚を大きく開かせると、その中心に自らの陰茎を押し当てる。どちらのものか分からない体液を潤滑油にぬるりとそれを押し込むと、ひと息に最奥まで貫いた。
「あッ、あああっ――!!」
衝撃に耐えられず、大きな声を上げたリンウェルの口を自分のそれで塞いで吐息ごと呑み込んでやる。すぐさま腰を引き、続けて二度三度強く奥を穿つと、重なった唇の隙間から互いの甘い声が漏れた。
あっという間に馴染んだナカは相変わらず締まりが良い。戯れに胸の尖りを弄ってやれば、そこは素直に反応を見せる。
そういえばリンウェルはまだ達していなかった。こちらを好きなように弄んで随分と愉しんでいたようだが、身体は満足していないはずだ。
「さすがに悪いよな」
「え、あ、なに……?」
細い腰を引き寄せると、親指の腹で陰核をやわやわと押し潰す。すっかり腫れ上がったそこは確かな弾力をもってそれに応えてみせた。
「やああッ! だめ、だめッ、そこはっ」
結合部から溢れた体液を絡めてやると、リンウェルは一層高く啼いた。内腿がびくびくと震え、今にも絶頂が近いことが分かる。
「我慢しないでイっていいからな」
「やあッ、イくッ! イくからぁッ、はなして……ッ!」
当然そうするはずもなく、むしろ押し付けるようにするとリンウェルはがくがくと身体を震わせて達した。収縮するナカがきゅうきゅうとこちらを締め付けている。
「あー……、はぁ……っ」
深い快感に溺れたままのリンウェルに何度も口づけると、自分もようやく陰茎を引き抜いた。体液に塗れたそれがぬらぬらと淫猥に輝いている。
「イったか?」
「う、ん……」
枕に顔を埋めながら恥ずかしそうに頷くリンウェルが愛おしい。身に着けていたブラウスもスカートも今やシワだらけになってしまっているが、自分が乱したものだと思うとひどく興奮してくる。
「身体、怠くないか?」
「たぶん、だいじょぶ」
「そうか」
よかった、と囁いて小さくキスをした。
「なら、もう少し頑張れよ」
「え……?」
身に纏っているものを剝ぐようにして脱がすと、いまだ状況がつかめていないリンウェルの腰を掴む。
「まだ収まんねえって言っただろ」
「やだ、も、むり」
首をぶんぶんと振るリンウェルを転がして、背後から陰茎を押し当てる。入口のあたりは渇き始めていたが、先端で割入るとナカはまだ潤ったままだった。
「あッ、あ、だめッ、もう――っ」
こわれちゃう、と言ったリンウェルの言葉ももう遠い。既に到達してしまった己のそれは言うことを聞かないのだ。
先ほどよりもずっと激しく腰を打ち付けて、ひたすらに快感を貪る。さっきのはリンウェルのため、今は自分のために身体を揺する。
皮膚同士が弾ける音が部屋中を包んでいた。そこに混ざる水音が深い情愛を示している。嫌だ、無理だと言っても、リンウェルは蜜壺を愛液で溢れさせているのだ。
再び正面に向かい合うとその脚を抱えて奥を穿つ。尻を伝って汚れたシーツが冷たい。
リンウェルは髪を振り乱して、与えられる快感に身悶えていた。細い腕で枕に縋り、頬を紅潮させてこれまでみたことも無いほどに乱れていた。
「ああっ、あっ、ろ、ぅ、はぁっ、ゃ、んッ」
口端から漏れる吐息はもはや言葉の体をなしていない。それでも時折混じって聞こえる自分の名が、嬉しくてたまらない。
「好きだ、好きだ、リンウェル」
どうあがいたってその気持ちは変わりようがなかった。寧ろ大きくなるばかりだ。どんなにケンカをしたって、言い争いになったって、食事に薬を盛られたって、結局その根幹は揺るがない。
お前もそうなんだろ?
そんな自惚れを受け止めてくれと言わんばかりに、最後にスパートをかける。腕を伸ばして強請られたキスで、何もかもを許された気がした。
「もうゼッタイあんなことしない」
リンウェルはことあるごとにそんなことを言う。意識を飛ばすほどに乱れたあの日以来、自分を戒めるように呟くのだ。
「俺は別にいいんだけど」
事前に言ってくれれば、と断りは入れる。食事に何かを盛られるのはいい気分はしない。アイスかプリンか何かに目の前でかけたのを、覚悟の上で口にする方がずっといい。
「もう捨てたよ、あんな薬」
「おいおい」
「だって危ないもん。たったの一滴であんなふうになっちゃうんだよ? 間違って二滴も三滴も入れようものなら……」
そこまで言って、リンウェルは顔を青ざめさせた。あの日の出来事は相当こたえたらしい。
「無理って言ってるのに、やめてくれないし」
「悪かったって」
「そのまま気がついたら夜中だし。服も体もぐちゃぐちゃで、シーツもドロドロ」
「それはお前を起こすのは気が引けて……俺も眠くなってきて」
次の日は洗濯と掃除で午前が丸々消えてしまった。買い物に出かけられたのは午後になってからだ。
「もう、あんなのは懲り懲り!」
「わかったって。ほら、あれ買ってやるから」
頬を膨らませたリンウェルの機嫌を取り戻すには屋台のアイスクリームが一番手っ取り早い。今日はバニラが残っていますようにと心の中で祈って、俺はリンウェルの手を引いたのだった。
終わり