みんなで食事会をする話。ロウリンですが、ロウ+シオとアル+リン。ほんのりアルシオとテュオキサ。(約6,600字)

アライズ3cpの話

 

 この時期の日は長い。昼を回ってそれなりの時間が経つはずなのに、日は一向に傾く様子を見せない。
 まだ半袖でも良かったかしら。
 薄手のブラウスの袖を軽く捲り上げて、シオンは額の汗を拭う。
 料理をするとなるとただでさえ火元に晒されるのだから、もっとそれに配慮すればよかったかもしれない。それでも油が飛んでは火傷の可能性もあるし、できるだけ肌の露出は控えたいという気持ちもある。暑い時期に長時間キッチンに立つというのはなかなか難儀なものだ。
 ふと隣を見やると、そこには自分よりも数段難しい顔をした青年が一人。黙々とタマネギの皮を剥きながら、その眉間には皺が寄っている。口もへの字に曲がって、今にも不満を漏らしそうだ。
「何か言いたげね」
「なんで俺がこっちなんだよ!」
 漏らすというよりも思い切り吐き出されたその言葉は、ロウの今の率直な思いなのだろう。
「普通俺があっちでリンウェルがこっちだろ!」
「仕方ないでしょう、リンウェルが菜園に行きたいって言ったんだから」
 事の発端は今から十数分前に遡る。今夜の食事会の料理を作るにあたって、外の菜園から野菜をいくつか収穫してくるよう私がアルフェンに頼んだのだ。それを聞いたリンウェルが「私も行く!」と言い出し、それならロウはこっちの手伝いね、とそれぞれの担当が決まった。「待ってくれ」というロウ本人の意見は聞かれないままで。
「料理あんまり得意じゃねーのに! こういうのは向いてる奴がやるもんだろ!」
「そうかしら。アルフェンはよく手伝ってくれるわよ。そういえばジルファも、料理の手際が良かったわね」
「ぐっ……」
 身近な例を出してやれば途端に口ごもってしまうあたりロウは扱いやすい。
「タマネギはハンバーグにするからみじん切りね。スープのニンジンはさいの目がいいかしら」
「みじん切り苦手なんだよな……」
「適当でいいわよ。炒めて混ぜちゃえば分からないでしょう」
 渋々とはいえ、「分かった」とロウが素直に頷くのを見るとやはりいい子だなと思う。不平をならべながらも途中で投げ出したり手を抜いたりしないのは、心根の良さが出ているからなのだろう。
「他に分からないことがあったら聞いてちょうだい」
 そう言って鍋の用意をしていると、ふとロウが口を開いた。
「シオンはアルフェンと言い争いになったりしねえの?」
 急な言葉に、私は思わず「え?」と聞き返してしまった。
「何を突然言い出すのよ」
「なんでも聞いていいって言ったろ」
 目線はタマネギに向けたまま、口元だけでロウが笑う。まったく、どこでそんな揚げ足を取るようなことを覚えたのだろう。
「旅してる時は結構見かけたし、俺らもまたかよって思ってたけど、途中からあまりそういうのしなくなったよな。今はどうなんだ?」
「あるわよ。一緒に暮らしてるんだもの、あって当然でしょ」
「マジかよ。どんなことでそうなるんだ?」
 どんなこと、と言われると少し難しい。
 基本はアルフェンが私に対して少々過保護であることに起因する。以前、街に買い出しに行くにあたって「本当に一人で大丈夫か」などと家を出る直前まで言ってくるものだから、「子供じゃないのだからそんなに心配しないでちょうだい」と言ったことがあった。その”子供”という言葉は私自身を指したつもりだったのだが、アルフェンには違うように捉えられてしまったらしい。認識の擦り合わせと誤解を解くのに小一時間かかり、結局その日の買い出しは諦めざるを得なかった。
「アルフェンの気持ち、俺にはちょっと分かる気がするぜ」
「あら、あなたもそうなのね」
 リンウェルもこの先苦労するかもしれない。誰より自由を愛する彼女ならなおさら。
「ところでどうしてそんなこと聞いたの? リンウェルとケンカでもしたのかしら」
 うっと声を詰まらせたロウは、本当に分かりやすい。むしろ気付いてほしくてそうしたのでは、と思うほどだが、きっとロウにそんなつもりは毛頭ないのだろう。
「ケンカ、とまではいかねえと思うけど。よく言い合いになるっていうか」
「どんなことで言い合いになるの?」
「こないだは、あいつが重たそうな荷物持ってたから代わってやるって言ったんだよ。危なっかしいからって。そしたら機嫌悪くして」
「なるほどね」
 その光景が目に浮かぶようだ。ロウの言い方もあっただろうが、きっとリンウェルもつい反射的に言葉を返してしまったに違いない。
「俺、そんな気に障るようなこと言ったのか?」
「なら聞くけど、あなたの言いたいことは本当にそれだったの?」
「へ?」
 ぽかんと口を開けたロウが顔を上げる。
「言い方が良くなかったのよ。あなただって、包丁を握る手が危なっかしいからあっちに行っててって言われたら腹が立たない?」
「いや、あんまり……」
 どうやらこの例えはあまり伝わらなかったらしい。ロウは元々ストレートな言葉を選ぶ傾向がある。それを言われる側に立ってもさほど気にならないようだ。
「リンウェルは気にしてしまうということよ。リンウェルが重たい荷物を持つことであなたがどう感じるか、それを伝えてみたら?」
「俺がどう感じるか……」
「まあ、好きな子には頼られたいという気持ちは分かるわ」
 すっ、と息を呑んで、ロウが呟く。
「……ひ、否定はしねえけど」
 あらあら。
 これは少しロウの成長が垣間見えたかもしれない。料理の方はもうちょっと成長しなければならないみたいだけど。
 ロウの手元に並んだちょっと不格好な野菜たち。それが今夜のスープに浮かぶのを想像して、シオンは小さく笑った。

   ◇

 地にできた影はまだ随分と濃い。いまだ弱まらない午後の日差しの強さにアルフェンは壁に掛かっていた麦わら帽子を手に取ると、そのうち一つをリンウェルに手渡した。
「少しの間とはいえ、油断はできないからな」
「ありがとう。水分も取らなくちゃね」
 履き替えた長靴がやや暑苦しいが、リンウェルはそんなことお構いなしに駆けていく。二人で向かった先は、自宅の庭にある家庭菜園だ。
「すごーい! たくさん生ってる!」
 小部屋一つ分ほどの大きさの土地には青々とした緑が生い茂っている。その葉の間に覗くのは育った野菜たちで、気候のおかげもあってか今年の実りは多い。本業の農家と比べれば微々たる量ではあるが、二人暮らしにはこれくらいでも充分な量の野菜が取れる。
「ここまで育てるの、結構大変だったんじゃない?」
「そうだな。最初は今よりもっと種類が少なかったんだが、それでも最初の年はあまり収穫できなかった。野菜作りってのは難しいんだって痛感したよ」
 自宅の隣にぽっかり空いた土地をどう活用するか、提案してくれたのはシオンだった。「花畑も素敵だけど、二人で家庭菜園でもできたら楽しいんじゃないかしら」と言われて、なるほどとその案に乗ったのだ。幸いこの近くには農業をしている家も多く、話を聞きに行くと皆親身になって相談に乗ってくれた。野菜の苗や種も彼らから分けてもらったものだ。
「今でも分からないことがあったら話を聞きに行くんだ」
 彼らは野菜のことなら知らないことはないんじゃないかと思うほど何でも知っている。プロがプロと言われる所以だろう。
「いいなあ、アルフェン楽しそう」
 実際、今は勧めてくれたシオンよりも自分の方が夢中になっている自覚はある。根が凝り性なのもあって、一度ハマってしまうとその道を極めたくなるのだ。
「私も自分の菜園欲しいなあ」
 ぽつりと呟くように、リンウェルが言った。
「どこかいいところないかな」
「ロウの牧場から借りればいいんじゃないか?」
 旅の後、牧場の管理を引き受けたのはロウだった。あそこなら土地も広いし、周りに農家もたくさんいる。何も問題はないはずだ。
 ところがリンウェルは口をへの字に曲げて、首を横に振った。
「やだよ。そんなの、ロウに甘えてるじゃん」
「ロウに何か言われたのか?」
「ううん。まだ何も話してないけど、ロウにお願いするのはなんか違う気がして」
 なるほど。これはあれだ、なんとなくロウに頼むのは気が乗らないというやつだ。単にロウの力を借りたくないのか、あるいは自分がしたいことにロウを巻き込むのは気が引けるのか。いずれにしたってロウに問題があるわけではないのだろう。
 それにリンウェルはちょっと思い違いをしているような気がする。
「リンウェルは菜園の管理も野菜の世話もロウに任せようとしてるのか?」
「ち、違うよ。やるなら自分できちんと見るつもり。勉強しながらにはなると思うけど」
「なら、それは甘えてるのとは違うだろ」
 え、とリンウェルが顔を上げる。
「基本は自分でやるけど、どうしても足りない部分は手伝ってもらうとか、協力してもらうとか、そういうのは頼るっていうんだ」
 俺が近くの農家を訪ねて回ったように。
「甘えるのと頼るのは違うぞ」
 少し考え込んだ後でリンウェルは「そっか」と言って口元を緩めた。
「自分でどうにもならないなら、ちょっとくらい人に頼ってもいいんだよね」
「ああ、むしろリンウェルはもっと人を頼るべきだ。なんでも自分でやろうと頑張りすぎるからな」
「もう、そんなことないよ。でもありがと。ロウに話してみようかな」
「いいと思うぞ。あいつも理由を聞けば協力してくれるだろう」
 二人で牧場に向かう姿が目に浮かぶ。ああでもないこうでもないと揃って頭を悩ませながら、ロウがリンウェルを不意に怒らせて平謝りしているような、そんな光景だ。
 それでもきっとロウがリンウェルの頼みを断ることはないのだろう。リンウェルからの頼みと甘え、ロウならそのどちらでも喜んで受けてしまいそうな気はする。

   ◇

 日が傾いてきたと思ったら、急に空がオレンジ色に染まりだした。正面にはぬうっと伸びた影が二つ並んでいる。
「お前って結構強引だよな」
「そう?」
 こいつがとぼけているのか本気なのか、俺には分からない。
 
「そういえば、飲み物の用意が出来てないわ」
 シオンが思い出したように口にしたのは、完成した料理たちをテーブルに並べ終えてからだ。
 なら俺が、というアルフェンの言葉を遮って手を挙げたのはリンウェルだった。もう片方の手で俺の腕を掴みながら。
「私たちが買ってくるよ。お酒はテュオハリムが持ってくるんだよね?」
「ええ、そうよ。だから基本はあなたたちが飲みたい物を選んでくれればいいわ」
 了解! と返事をして、揚々と家を出たリンウェルはようやくそこで俺の手を離した。そんなことしなくたって逃げやしないのに。
「ちょっとくらい二人きりにさせてあげようよ」
 そう言ってリンウェルは小さく笑う。
 ああやっぱり、そういう方向の気遣いだったわけだ。俺を巻き込んだのも納得がいく。
「それに、私もロウと話したいことがあったから」
 不意打ちでそんなことを言われて思わずどきりとした。なんだ、話したいことって。小さく俯いたリンウェルに心臓が早鐘を打ち始める。
「あのね……」
 ほんの少し開いた間に、時間が止まったような気がした。それなのに。
「牧場、貸して欲しいの!」
 ――え、牧場?
 予想外の言葉に面食らうと同時に、俺は拍子抜けしてしまう。
「……なんだよ、そんなことか」
「そんなことって何よ。何だと思ったの」
「別に、なんでもねえよ」
 何を期待したかなんて、そんなこと言えるわけないだろ。
 誤魔化すようにひとつ咳払いをして呼吸を整える。まったく、こいつの挙動は心臓に悪い。
「それで、牧場だっけ。そんなのいくらでも貸してやるよ」
 どうして牧場なのかは知らないが、動物の世話以外、土地を持て余してしまっている状態だ。辺り一面を焼け野原にするとかそんなんじゃなければ、いくらだって貸してやる。
 ところがリンウェルは、「それじゃダメ」などと言う。俺は訳が分からなくなって首を傾げた。
 リンウェルの話はこうだ。菜園を始めたいが、初めてのことで上手く行くかは分からない。自分でも色々調べてはみるつもりだが、俺からも意見があったら言ってほしい。あとは野菜の世話をサボり始めたら喝を入れてほしい、なんてことも言われた。
「美味しく出来たらロウにもおすそわけするから」
「いや、野菜は貰ってもそんな嬉しくないっつうか」
「何?」
「いいえ、何でもないです。ありがたくいただきます」
 変なところでリンウェルはシオンやキサラに似てきたような気がする。こういうところでの圧の掛け方、みたいなものが。
「それにしても気合入ってんな」
 アルフェンの菜園に感化でもされたのだろうか。
「新しいこと始めるのってわくわくするでしょ? それに二人でやればもっと楽しいと思うし」
 二人。リンウェルから転がり出たその言葉が、胸の中をじわりと温かくしていく。
「今度、一緒に農家の人に話聞きに行こうよ。勉強になるってアルフェンも言ってたし」
 約束ね、と笑ってリンウェルは言った。
 一緒、約束。それも良い響きだと思った。

 街では少し多めに飲み物を買った。テュオハリムはともかく、シオンやキサラは酒ばかり飲むわけではないからだ。とはいえ選んだのはリンウェルなので、甘めのジュースが大半になった。
 包んでもらった袋はなかなかに大きい。人の胴体ほどもありそうなそれを両手で受け取ると、リンウェルは何食わぬ顔で通りを歩き出した。
「おい、俺が持つって」
「いいよ、行くって言ったの私だし」
 これくらい平気だよ、とリンウェルは言うが、中身はジュースの入った大瓶だ。それも1本や2本ではない。その重さに加えて、そうやって袋を抱え込むような姿勢では足元が見えていないのではないか。
 危ないだろ、と言いかけて、この間の出来事を思い出した。何がリンウェルの癇に障ったのかは分からない。それでもシオンの言う通り、言い方が良くなかったのだろう。
 なら、ここは何て言うべきなんだ。「お前に持たせると危なっかしい」じゃなくて、「転んだら大変」、でもない。
 自分がどう思うか、どうしたいか。
「俺が持つ、持ちたい」
「持ちたい?」
 どういうこと? とリンウェルは首を傾げている。
 違う。そうじゃなくて、俺が言いたいのはつまり、そのなんていうか、
「お、お前がケガすんのは俺が耐えられないっつーか」
「何それ」
 一瞬、また怒らせてしまったのかと思った。でも違った。
「なんで私のケガでロウが傷つくの?」
 変なの、と言ってリンウェルはくすくす笑っていた。
「じゃあこれ」
 はい、と差し出されたのはリンウェルが持っていた大きな袋だ。受け取ると瓶の重さがずしりと腕に来る。
 その中からリンウェルは瓶を2本ほど取り出したと思うと自らの胸に抱えた。
「全部持ってもらうのは悪いから。こうすればロウもちょっとは軽くなるでしょ?」
 大した変わらない、というのはここでは禁句なのだろう。代わりに「ありがとな」と礼を返せば、リンウェルは「どういたしまして」と笑った。
「ロウってば、根っからの荷物持ち気質なんだね」
「別にそういうわけじゃねーけど」
「そう? 自分から持ちたいだなんて人、なかなかいないと思うよ?」
 それは語彙力のせいというか、心の中にある気持ちのせいというか、元を辿ればお前のせいというか。
「……でもちょっと嬉しかった」
「え? なんだって?」
「なんでもない! ほら、早く行こ!」
 リンウェルがちょっと早足で道の先を行く。そうして2,3歩進んだところで不意にこちらを振り返った。
「言っておくけど、これは甘えてるんじゃなくて頼ってるんだからね!」
「お、おう……?」
 足取り軽く進み続けるリンウェルの言葉に疑問符を浮かべながら、俺は歩幅をやや広くしてその背中を追ったのだった。
 
   ◇

「……どうします、声掛けますか?」
 隣にいたキサラが、やや困ったような声色で問うた。見知った少年少女のやり取りを目の当たりにして、些か戸惑っているのだろう。
 その気持ちは分からなくもない。その眩さは、今まさに暮れようとしている見事な夕陽にも並ぶほどだ。
 道すがら彼らに出くわすとは。胸に大瓶を抱えていたあたり、今夜の食事会の飲み物の調達に来たというところだろう。
 ならば向かう先はひとつ。それが一致しているのだから、道を共にするのは何らおかしいことではない。彼らもきっと、私たちの存在に気づいたのなら迷わず声を掛けてきたはずだ。
「いや、」
 それでも私は首を横に振った。 
「少し遠回りしていかないか、キサラ」
 彼らの眩さを口実にさせてもらおう。私は私の眩いものを、今ひとときそばに留めておくことにしよう。

終わり