許して欲しいリンウェルの話。(約6,400字)

あがな

 思えば帰宅した時から、この部屋でロウに会った時から少し思うところはあった。あれだけ忙しそうにしていたのに仕事を早く終わらせて会いに来るとか、今日一日朝から何をしていたか聞きたがるだとか、兆候はあった。
 あまり気に留めていなかったのは、ロウが私の恋人で、私への想いゆえにそうしているのだと疑わなかったからだ。
 おそらくそれは間違っていないのだと思う。ロウは私のことが好きで好きでたまらない。私に触れる指の熱がそれを物語っている。
 でも時折見せるその瞳に宿っているのは、情熱をはるかに超えたものに思えるのは私だけなのだろうか。

 日が暮れると同時に帰宅した私をロウは部屋で待ってくれていた。今夜は会えないと思っていたから、素直に嬉しかった。合鍵を渡しておいて良かったと思った。
 ロウが作ってくれた夕飯を食べながら、今日の出来事を話した。ロウが「お前が朝から何をしていたのか知りたい」と言ったのだ。起きてから家に帰るまでのことをひとつひとつ思い出しながら語ると、ロウはそれを相槌を打ったり頷いたりしながら聞いていた。
 そうして食事を終えて、シャワーを浴びようとした。いつものようにタオルと着替えを携えて脱衣所に向かい、服を脱ぐ。
 ブラウスのボタンを外していると、後ろの戸が開いた音がした。振り返ると、ロウが戸口にもたれかかるようにして立っていた。
「……どうしたの?」
「いや、別に」
 ロウは小さく笑って「見てるだけ」と言った。
 向けられた視線に緊張して少しの間手を止めるが、ロウが立ち去る様子はない。当たり前のようにただこちらを見つめてくるので、恥ずかしがっている自分がおかしいのかなという気すらしてくる。
 ロウがこういったイタズラをしてくるのは今に始まったことではない。毎回、というわけではないけれども、着替えを覗こうとしてくることはままある。不埒極まると言えばそうなのだが、私も本気で怒ったりはしない。あっち行って、と言えば、ロウは大抵冗談交じりに不平を言いながらも、最後にはきちんと引いてくれるからだ。
 でも今夜は違った。違うような気がした。笑みを浮かべているロウの瞳だけが笑っていないように見える。
 あっち行って、といつもの言葉が言えなかった。だからといってこのまま服を脱ぐこともできない。見られているのを分かっていて裸になるなんて、それこそ不埒極まる。
 どうしようかと戸惑っているうち、ロウがこちらへ近づいてきた。肩を掴まれたかと思うと、振り向かされそのまま唇を重ねられる。顎に指が掛かって無理やり口を開かされると、ロウの舌が入ってきた。さっき食べたデザートのアイスクリームの味がする。甘いのに冷たくない。ぬるりとした粘液の中にロウの体温を感じて、顔に熱が上るのが分かった。
「可愛い顔してる」
 ロウの身体が少し横に寄る。ずらされた上半身の向こうに見えたのは、脱衣所にある洗面台の鏡だった。
 肩越しに中の誰かと視線がかち合う。頬を赤く染めて肩を上下させ、ロウの背に腕を回してキスに夢中になっているのは、紛れもなく自分だった。
「やっ……」
 思わず顔を背けるが、ロウはそれを許してくれない。顎を掴んでそちらを向かされる度、いやらしい顔をした自分と目が合う。隙間に覗く唇は唾液でぬらぬらと光っていた。
 キスをしている時、いつも自分はこんな顔をしているのだろうか。うっとりとして三日月の形に細めた目はもっともっとと強請っているようにも見える。やっぱり恥ずかしい。こんなの、心の内を全て晒してしまっているも同じだ。
「髪、外の匂いすんな」
 鼻を蠢かせながらロウが言う。
「それと、かびの匂い」
 それが指し示すのはあの部屋のことだとすぐに分かった。ロウは〈図書の間〉の古びた本を開いては「黴臭い」と揶揄やゆすることが度々あった。そんな表現をするのはきっと、あの部屋に対してあまりいい印象を持っていないからなのだろう。薄暗くて静かで、ロウにとっては堅苦しい空間であるのは間違いない。
「帰るまでずっと、あそこにいたから」
 今日は朝から夜まで、昼食の時間を除いてはずっと〈図書の間〉にいた。研究に使う資料を探したり、過去に読んだ文献をもう一度確認したりしていたのだ。夢中になっているうち、時間はあっという間に過ぎて夕方になってしまっていた。それで帰る支度をして宮殿を出たのだった。そういう話を、夕飯の時にロウに聞かせた。
「そう言ってたな」
 そんな納得したようなことを言ってなお、ロウは匂いを探るのを止めなかった。髪から首筋、肩に下りてきて背に回る。ブラウスを剥がしながらすんすんとあらゆるところを文字通り嗅ぎ回り、逐一何かを確認しているようだった。
 吐息が掛かるたび背筋がぞくりと震える。ブラウスから袖を抜かれた私は、いつの間にか下着一枚の格好で後ろからロウに抱きすくめられていた。
 恥ずかしい。でも嫌じゃない。どくりと心臓が送り出した血液で、全身に熱が宿るのが分かる。
「お前の話には出てこなかったけど」
 ふとロウが呟く。
「昼間、誰かと話してたよな」
 それまでと異なる低い声に思わず顔を上げた。鏡の中のロウと目が合う。あ、と思った。
「あいつ、誰だよ」
 あいつ、と言われて思い当たるのは一人だけだった。同じ古代ダナの研究をしている同僚の彼。私は遺物、彼は遺跡の調査をしている。話すこともよくある。遺物と遺跡は切っても切れない関係にあるからだ。
「同じ、研究員の人」
「何話してたんだ」
「資料、どこに置いたのか聞いてたの。私も彼も、同じ本読んでるから」
 それだけ、と私は言った。ロウの吐息が耳に掛かって、語尾が跳ねる。
「へえ。なんでさっき言わなかったんだ」
 言うようなことじゃないと思った。本当に、本の在り処を聞いて、雑談を交わしただけだったのだ。
「……ごめん、なさい」
「別に責めてはねえよ。ただ、隠し事されたらちょっと心配になるだろ」
 そう言ってまたロウは首筋に顔を埋めた。甘く歯を立てられて、堪らず高い声が出る。
「けど、この匂いがすんのは気に食わねえな」
 目線だけを上げてロウが言う。まただ、この目。この目には覚えがある。
 ロウが下着のホックを外した。ぱちんという音に続いて肩が軽くなったと思うと、下着がはらりと滑り落ちる。
「えっ、ちょ、ちょっと……!」
「下も脱げ」
 ロウはそう言って自分も服を脱ぎだした。そのまま浴室に引き込まれて、シャワーから降り注ぐ湯を被る。薄目を開ければロウは満足そうに笑っていた。
 腕の中に収まりながら、私はされるがままになっていた。石鹸で立てた泡を身体中に塗りたくられて、恥ずかしさとくすぐったさで身を捩った。ロウはもちろん逃れることを許さなかった。
 後ろから胸の先端を摘ままれると、思わず声を上げてしまった。浴室ということもあって、それがいつもよりも大きく聞こえる。気を良くしたのか、ロウは何度も何度も胸を弄った。ぬるぬるとした感覚と奔放な指の動きが絶え間ない快感を迸らせる。
 指が脚の間に入ってくると、くちゅ、とはっきり音が聞こえた。私はそれを泡のせいだと言い張ったけれど、ロウは違うだろと言って笑った。ロウが見せつけるようにして開いた指には、いやらしい透明な糸が引いていた。
「挿入れたい」
 耳元で囁かれると同時に、大腿に熱いものが押し付けられる。どくんとナカが疼き、私はキスで返事をした。
 壁に手をついて、小さく脚を開く。背後に何かが迫ったと思った瞬間、ロウのものが肉を割って入ってくる感覚がした。
「あっ、ああっ――!」
 堪らず声が漏れて、背が反る。間を空けず最奥を突かれて腰ががくがくと震えた。皮膚と皮膚の弾ける音がする。爆ぜる水音も次第に粘度が高くなっていく。
 今にも膝がくずおれそうだった。それでもロウの動きは止まない。私の腰を掴んで、ひたすらに自身を打ち付けている。荒くなった吐息が聞こえて、胸の辺りがまた熱くなるのを感じた。
 私はロウに突かれながら、あの瞳のことを思い出していた。鏡の中のロウが見せた、物憂げでどこか昏い目。私はあの目を知っている。
 以前二人で街に出かけた時だった。通りを歩いていて、たまたま研究員の友人と出くわした。会うのが久々だったということもあって少し話し込んでしまった。もちろんロウのことを紹介して、彼のことも紹介した。後ろめたいものは何一つなかった。
 その夜ロウは私を激しく抱いた。あいつは誰だ、随分仲が良いんだなと言って、私の意識が飛ぶまで何度も抱いた。普段はとても優しく私に触れるロウが初めて見せた激情だった。それはきっと嫉妬の感情ではあったとは思うけれど、怒りとはまた違うような気がした。むしろ怯えにも近いような、そんな表情だった。
 その時見せた目と、今日のロウの目はとてもよく似ている気がする。この激しい律動もあの夜にそっくりだ。今振り返ったら、ロウはどんな顔で、どんな目をしているのだろう。
 そんなことを考えているうち、ロウがスパートをかけるのが分かった。背中からきつく抱き締められて、自分のナカがきゅうと収縮した。ロウは苦しそうに息を吐いたと思うと、自身をずるりと引き抜いた。尻に何か温かいものがかかる感覚がした。
 ロウはほとんど脱力してしまった私を立たせながら湯で身体を流し、タオルでまとわりつく水滴を拭ってくれた。ぼうっとした頭でなんとかロウにしがみつき、支えられながら向かった先は寝室のベッドだった。濡れた髪の毛が冷たかったが、覆いかぶさってきたロウに口づけられるとそれもすぐに忘れた。
 身体に巻き付けられていたタオルを解かれて、隠すものが何もない状態でロウと見つめ合う。その目が言っている。これで終わらない。まだ寝かさない。瞬きした瞬間にはまたロウの唇で塞がれてしまっていた。
 さっきは指で散々弄んだ胸の先端を、ロウは今度は舌で嬲った。石鹸の代わりとなったのは唾液で、より粘度が高くて温度を持つそれに私の身体は情けなくも大きく震えた。音を立てて吸い上げられると背がシーツから浮いた。反射みたいなものなのに、まるで胸を自ら差し出しているようで恥ずかしい。
「こっちも弄ってやんねえとな」
 ロウはそう言って交互に、平等に左右の胸を愛した。片方を弄っているときはもう片方を指で摘まんだり弾いたりした。短く、それでいて何度も声を上げながらロウの頭に手をやると、濡れた髪がしっとりと私の指に吸い付いた。込み上げてくる愛おしさに抱き寄せる力を強めると、ロウがまた強く胸を吸った。
 ロウの唇はそれから下へと下りて行った。腹、臍とキスを落としていって、そこで目が合った。ふっと一瞬ロウが笑ったような気がして、熱いものが込み上げる。それは胸でなくて下半身の、自分の中心で、その気恥ずかしさに思わず脚を閉じた。
 それを知ってか知らずか、ロウは大腿の方へと手を這わせた。真っ直ぐ点線を描くように小刻みにキスをして、膝のところで一旦顔を上げる。その間にも私の内側はロウを待つ何かがじわじわと溢れていて、このままでは本当に流れ出てしまうのではないかと思った。
「ねえ……」
「なんだ」
 はやく、と目で訴えてみるがロウは何も言わない。そこに手を這わせようともしない。
 とうとう辛抱できなくなって、私は「さわって」とロウの手を自ら秘部へと導いた。満足げなロウの表情が憎らしい。とはいえそれに拗ねて身を捩るほどの余裕もなかった。
 ロウの指がナカに挿し入れられる。まさにそれを飲み込むように迎え入れているのが自分でも分かる。
 中で指を曲げられただけで、電流みたいに快感が迸った。腰が揺れる。浮いたり押し付けたりして、それを深く貪ろうとしている。
 快感に惚けていて、ロウの顔が秘部に迫っていることに気が付かなかった。指をナカに押し込んだまま、ロウの舌が陰核をとらえる。
「ひあっ、あぁっ……! ああっ、……あん、あっ……や、あっ……!」
 その瞬間、先ほどよりもずっと強い快感が全身に走った。ねぶられるたび、吸いあげられるたびに高い声が出る。腫れ上がったそれは痛いほどに敏くなっていて、ロウの舌がそれを掠めただけで恐ろしいほどの快楽をもたらした。
「い、イきたい……、おねがい、イかせて……」
 ほとんど泣き声みたいになったそれに、ロウは何も言わずに応えた。ナカから指が引き抜かれたと思うと、大腿に腕が回る。ロウが脚の間の茂みの中で目を伏せた。
「――っ!!」
 ぢゅ、と強く陰核を吸われた。たまらず跳ね上げそうになった腰をロウが腕で押さえ込む。続けてそれを舌先でまさぐられて、つつかれて、また吸い上げられて、押し寄せる快感の波に私の身体はのたうち回った。
「い、やあっ、だ、だめっ、あっ、あぁっ!」
 これまで感じたことのない強烈な快楽には甘美を超えて恐怖すら感じた。逃れたくとも逃れられない。迫りくる波を痴態を晒してただ受け入れるだけ。
「ああっ……あっ、やあぁっ……! そこ、こわれちゃ……!」
 腹の下の方から湧き上がってくるものを留める方法はなかった。脚の先端、つま先までぴんと張り詰めたようになり、そこに一気に快感が流れ込む。
「あああぁっ……――――!!」
 達した衝撃で上げた声は声にならなかった。呼吸が止まっていたことも忘れた。それほどに深く、長く達して、達し続けて、全身から力が抜けたと思ったときには、ロウが秘部に猛った自身を押し当てていた。
「……も……ゆるして……」
 ロウが入ってくる。全身の神経がそこに移ったのではと思うほど敏感になった秘部が、その侵入を阻もうとする。そうすればそうするほど一層摩擦は激しくなって、ロウのそれがナカを擦り上げるたび、私は嬌声を上げた。
 脚にも腰にももう力は入らない。ロウに抱え込まれ、がくがくと揺さぶられているだけなのに、どうしてか時折甘い痺れが走る。覆いかぶさってきたロウが胸の尖りに吸い付く。さっきまで下半身にあった神経の集まりが胸へと戻ってくる。鋭い痺れが走る。痛い。痛いくらいに感じてしまう。
 どこもかしこも辛いのに、離して欲しくない。やめないでと思ってしまう。そうしてまた背を反らせる。胸を差し出す。ロウに吸い上げられるのを待っている自分がいる。
「あんまり心配させんなよ」
 激しい律動に似つかわしくない穏やかな声で、ロウが呟いた。
「優しくしてやれなくなる」
 その声はどことなく自嘲気味であるようにも思えた。
 ああやっぱり、ロウは嫉妬したのだ。私と彼が話していたのを見て苛立ち、私に話しかけることもせずその場を立ち去った。そうして午後の仕事をどうにかして終わらせて、私に会いに来た。
 ロウは私を想っている。想いすぎて、それを今こうした形でぶつけている。ロウはこれほど強く自分を想ってくれているのに――。
 ロウが再び覆いかぶさってくる。ほとんど真上から楔を打つように、奥を何度も抉ってくる。そのあまりの深さに私は啼いた。両手で枕にしがみつき、髪を乱して首を振った。 
 ゆるして。ごめんなさい。声にならない声で何度も叫んだ。ゆるして。ゆるして。
 彼を〈図書の間〉に呼んだのは私だった。資料の場所が分からないと言って話しかけた。本当は、そんな本の場所なんてどうでもよかった。
 ロウが今日宮殿に来ることも知っていた。夜会えそうにない日は何とかして時間を作って昼間会いに来ることも、訪れる時間帯も、全部知っていた。
 全部知っていて、彼と話した。それをロウに見せた。あの目が忘れられなかったから。あの夜が忘れられなかったから。意識がなくなるまで私を愛してくれるロウに、また会いたかったから。
 ゆるして。こんなに自分勝手な私を。
 ゆるして。こんなふうにロウに愛されて歓喜に啼きむせぶ私を。
「……ゆる、して…………」
 腕を伸ばして口づけを強請る。唇の間に想いを乗せれば、瞼の裏でロウが小さく笑った気がした。

終わり