明日は二人揃って休日だからと、夕飯は外で食べることにした。
とはいえあらかじめどこかに予約を入れていたわけでもなければ、とりわけ食べたいものがあるわけでもない。帰り道が長くなるのも億劫なので、近所にある小さな飲み屋でもいいかと問えば、リンウェルは二つ返事で了承してくれた。
店はさほど混んではいなかった。目についた席に適当に腰掛け、メニュー表を手に取る。
「あ、ちょっと待って」
俺の手からそれを奪い取ったリンウェルは一通り目を通すと、店主に声を掛けて料理を注文し始めた。酒が二つとサラダ。あとは適当につまみになりそうなものをいくつか。足りなかったらまた追加する旨を伝えて、メニュー表を置く。
「なんだよ、俺には決定権ナシかよ」
「ロウの好きにさせると全部お肉になっちゃうでしょ。それにここのサラダ美味しいし。まずは野菜から食べてよね」
「へいへい」
気のない返事をしながら頬杖をつく。カウンターの向こうで、見知った顔の店主がにやりと笑った気がした。
運ばれてきたサラダはやけに量が多かった。どうやら気を良くした店主の粋な計らいらしい。余計なことを、と思いつつ、無心でボウルの葉っぱを口の中に押し込む。
「うん、やっぱり美味しい!」
そんな俺のことは気にも留めず、リンウェルはサラダを頬張りながら顔を綻ばせていた。野菜が美味いというのは理解できないが、確かにここの料理は絶品だ。続けて運ばれてきた肉料理の味付けは自分好みでやみつきになる。
「今日すっごい食べるね。お腹空いてたの?」
いくつか皿を空けたところでリンウェルが訊ねてきた。言われてみれば、普段よりも食が進んでいるかもしれない。
「そうかもな。結構あちこち走り回ったし」
「ふうん。でも食べすぎには注意だよ」
そんなありがたい忠告をよこしたリンウェルを眺めながら、俺は心の中でほくそ笑んだ。食事が美味いのは日中懸命に働いたからとか腹が減っているからとか、そういうのだけじゃない。久々にこうして恋人とゆっくり外食できていることだって立派な理由になるのだ。
酒を追加で頼もうとすると、リンウェルが自分も欲しいと言い出した。酒精への耐性はそこそこあるとはいえ、リンウェルがこういった店で酒を欲しがることはあまりない。
「珍しいな。お前が飲みたがるなんて」
「なんかロウと一緒に飲むの楽しいなって」
そんなことをぽつりと零されて思わず面食らった。今日のこの時間を尊いものと感じていたのは自分だけではなかったのだ。
「俺も、すげえ楽しい。けど飲みすぎんなよ」
「私たち似たようなこと言ってる。ロウは食べすぎ、私は飲みすぎに注意って」
それを聞いて俺は「確かに」と笑った。一緒に暮らすようになってから、どうも自分たちはちょっとずつ似てきた部分があるのかもしれない。
食事に話も進み、ついでに酒も進むとあっという間に時間は過ぎた。店を出ると空には星が瞬いている。
道を少し歩いたところで俺はリンウェルの手を掴んだ。指を絡めてぐっと握り込む。
これが恋人同士の甘いやり取りであったなら良かったのに。いや、確かに恋人同士ではあるし、甘さもないわけではないが、一つ違ったのは隣を歩くリンウェルの足取りがどうも覚束ないということだった。
俺は忘れていた。いくらリンウェルに酒精への耐性があるとはいえ、普段から年上連中に揉まれている自分とではその差は歴然で、リンウェルが数杯グラスを空けた時点で止めなければならなかったのだ。
リンウェルは席を立って歩くことはできるものの、会話に対する受け答えもちょっと怪しいところまで来ていた。だからといって具合が悪そうとかそんなことはないのだが、どこかふわふわとした足の運びには見ているこちらがヒヤヒヤしてしまう。
見かねて咄嗟に手を取ったものの、それにもリンウェルは「て、つなぐのひさしぶり」などと明らかにろれつの回らない口調で呟いて、ふにゃりと笑った。くそ、かわいい。できるだけ早く家に連れ帰らねばという使命感も、こんな隙だらけな姿を見せられては揺らいでしまうというものだ。いっそこの場で抱き締めてしまおうか。ダメだダメだ、ここで誘惑に負けて送り狼になるわけにはいかない。恋人同士なら許されるのでは? という甘い囁きにも心を閉ざし、聞こえないふりをした。
なんとか家に辿り着くと、一気に肩の力が抜けた。とりあえず〈おかえり〉と〈ただいま〉の意を込めてリンウェルをぎゅうと強く抱く。リンウェルもその意図に気付いたのか、背に腕を回してきた。夜風に当たったのもあるし、先ほどよりは酔いもマシになっただろう。
脱力すると、俺はそのまま寝室に向かってベッドに寝転がった。普段ならきっと「寝る準備してからにして!」と怒号が飛んでいたに違いないが、今夜はそんな声も聞こえない。だからといってこのまま眠る気も毛頭なく、シャワーを今浴びるか明朝浴びるかで脳内会議をしていた時だった。
寝室のドアが開いたと思うとそこに現れたのはリンウェルだった。じいっとこちらを見つめるその頬はまだ軽く紅潮しているようにも見える。
「なんだ、着替えか?」
俺は上体を起こして訊ねた。
いつもなら着替えをする際、自分は同じ空間にいることを許されない。背を向けているのも目を閉じているのも信用ならないと言われ、例え眠っていたとしても叩き起こされてしまうのだ。
問いにリンウェルからの反応はなかったが、寝室への用事と言われたらそれくらいしか思いつかない。ならば追い出される前に退散するかと立ち上がろうとすると、それを阻むようにリンウェルが覆いかぶさってきた。
「うお、」
見事なまでにベッドに押し倒され、体重をかけられる。リンウェルは馬乗りになりながら、とろんとした瞳をこちらに向けたまま言った。
「キスしたい」
やや強引であるとはいえ、そんな可愛らしい願いが恋人の口から発されて拒む奴がいるだろうか。
沈黙で返事をすると、そのままリンウェルが迫ってくる。やがて重なった唇は互いにやや湿っていて、ほのかに酒精の香りがした。
表面を合わせるだけの軽いキスはなんとも心地が良かった。柔くて温くて、それが何度も付いたり離れたりを繰り返す。時折瞼の隙間から盗み見るリンウェルの表情も、たまらなく可愛かった。キスに夢中で、まるでこちらの様子には気付いていない。酔っているせいもあるだろうが、上気した頬も愛おしかった。
それでいてもどかしいのはそのどこか遠慮がちな舌だ。入口のあたりを覗くだけのそれはなかなかこちらへと侵入してこない。もう少し待ってみるかと薄く唇を開いてはみるものの、リンウェルはそれに対して一度長く口づけただけで、再び啄むだけの軽いキスへと戻ってしまった。
結局我慢ならなくなったのは自分の方だ。それまでリンウェルの髪を撫でるだけだった右手で、その後頭部を強く押さえつける。一瞬の隙をついて舌をねじ込むと、リンウェルは小さく声を漏らした。奥へ奥へと潜り込ませるたび、零れる吐息も増えていく。その甘ったるさは眩暈がしそうなほどで、とうに醒めたはずの自分の頭がもう一度惚けていく感じがした。
ようやく唇が離れた時にはリンウェルの肩は激しく上下していた。口元は唾液でぬらぬらと輝き、頬は店を出た時よりもさらに赤くなっている気がする。
「ロウ、これ……」
視線を落としたリンウェルが何を言いたいのかは大体察しがついた。
自分の中心ですっかり熱くなったものがリンウェルの体を押し上げている。それは服の上からでも分かるほどで、今更誤魔化しなんかきくはずもない。
「お前がエロい声出すから」
「ロウ……」
リンウェルの言いたいことは予想できていた、はずだった。「なんで大きくしてるの!」とか、「スケベ!」「変態!」とかそんな言葉だろうと思っていた。
だが違った。リンウェルが次に発したのは、
「口でしてもいい?」
という予想の斜め上の言葉だった。
「え、」
「ダメ?」
ダメじゃないが。いやむしろ願ってもないことだが。
人は衝撃を受けると言葉に詰まるらしい。大歓迎、と言いたいはずなのに、頭の中ではシャワー浴びてないなとか、今日のパンツなんだったっけとか、恥じらいの乙女みたいなことを考えてしまっている。
「イヤ?」
嫌なわけねえだろ! という魂の叫びは心の中だけに留めておいて、俺は返事の代わりに腰を浮かせた。リンウェルもその意図に気付いて跨る位置を変える。
穿いているものを下着ごと下ろされると、猛ったそれが露わになった。リンウェルの指に触れられた瞬間、思わず身震いしそうになる。
「無理すんなよ」
気遣って口にしたはずの言葉だったが、それはもうリンウェルには届いていなかった。熱い視線は下半身だけに注がれていて、唇は吐息がかかるくらいのところまで来ていた。
両手でそれを包み込まれると、今度は反応を抑えることができなかった。腰が揺れて、快感が迸る。
リンウェルはお構いなしにそれを下から扱き上げて、先端へと口づけた。ちゅ、と音がしたと思うと一気に厚い粘膜に覆われる。たまらず情けない声が出そうになって、奥歯をぐっと噛み締めた。
リンウェルは普段、あまり口淫はしない。こちらからしてくれとも言わないが、どうも得意でないような節がある。
だから今夜のリンウェルには驚いた。自分から「口でしてもいい?」だなんて、それもこんな積極的にしてくれるなんて、おそらく初めてのことだ。
リンウェルはこの上なく献身的だった。先端には唾液をたっぷり含ませた舌を這わせながら、根元に指での愛撫を忘れない。リズムも単調なものにならないよう心がけているのか、絶妙に焦らされる動きが一層情欲を膨らませた。一体どこでそんなの覚えてきたんだ。あるいは元々隠し持っていた必殺技か。これはいけない。こんなの味わってしまったら、またシて欲しくなるに決まっている。
こんな時、リンウェルはどんな表情をしているのだろう。聞こえてくるのは甘い吐息だけで、その目を、口元を詳しく窺い知ることはできない。それを覆い隠す長い前髪が今この瞬間だけはどうにも恨めしくなる。
「も……イキそ……」
音を上げるのは性分に合わなかったが、しばらくぶりの閨事ともなればそれも致し方なかった。すんでのところまで迫った快楽に身を委ねようとした時、リンウェルの手がふっと離れた。
「まだイっちゃダメ」
そう言ってリンウェルは自分が穿いているものを一気に脱ぎ捨てた。
「イくならこっちにして」
「け、けど」
心配もほんの杞憂だった。大腿に擦り付けられた秘部がぬるりと滑る。確かめるでもなく準備の整ったそこは、今か今かとその時を待ち受けているようだ。
「ね、いいでしょ」
「わ、分かったから、待てって」
取り急ぎ頭の上を探って避妊具を取り出す。それをこれまでの最速、というスピードで装着したはずが、我慢ならなかったリンウェルによってほとんど同時に先端がナカへと迎え入れられた。
「あ、あっ――……」
深く息を吐きながらリンウェルが腰を沈めていく。あたたかくてとろとろと絡みつく内側の感触に、今にも腰が砕けそうだ。
ほとんど反射的に下から突き上げてやると、リンウェルの吐息がさらに甘いものへと変化した。途端にナカもきゅうと締まって、一層強い快感に襲われる。
「ね、気持ちいい?」
体を揺さぶられながらリンウェルが投げかけてきたのは、これまでに何度も聞いたような問いだ。答えは一つしか存在しないのに、どうして自分たちは同じ質問を繰り返してしまうのだろう。
「すげえいい」
これまた何度目か分からない同じ返答をして、腰の動きをより強くする。ついさっきまでギリギリのところで耐えていたのだ、長くは持たない。そう判断してリンウェルの細い腰を掴むと、一気にスパートをかけた。
「あっ、あ、やだあっ、だめ、まだ……っ」
首を振るリンウェルにも構わず、俺は避妊具の中に精を吐いた。霞んでいた頭が一旦は冴え冴えとしていく。
「まだダメって言ったのに……」
リンウェルは分かりやすく拗ねていた。唇を尖らせたままこちらの頬を軽く抓ってくる。
「悪かったって。お前んナカ良すぎて」
そうした俺の称賛はリンウェルには通じなかったらしい。あるいは照れ隠しなのか、抓る力がやや増していく。
「怒るなって。機嫌直してくれよ」
「じゃあ、もう一回」
もう一回最初からして、と強請る彼女は甘すぎる。続きでなく最初、というところが今夜のリンウェルの物足りなさを表していた。
とりあえずと簡単に後始末をして、ついでに上の服も脱いだ。リンウェルがブラウスのボタンを外したところでベッドに押し倒して、改めて上から覆いかぶさる。
「キスして」
瞳を潤ませながらリンウェルが訴えてくる。
強請られるのは好きだ。でもそれを裏切るのも好きだ。
唇を無視して下着をずらし、胸の尖りに口づけるとリンウェルは高く啼いた。
「そっちじゃない……っ」
「じゃあこっちか?」
今度は臍に唇を這わせて、ちゅっと音を立てて吸い上げる。その度びくりと体を震わせるのがまたいじらしい。
「ねえ……」
ハの字になる眉が可愛くて可哀そうでたまらない。リンウェルは頬への口づけでももう満足せず、最後にその果実みたいな唇を奪ってやったところでしばらく離してはくれなかった。
そのどさくさに紛れて背中に差し入れた手には、リンウェルもきちんと反応した。浮かせた背から下着のホックを外してやると、その大きな目に一瞬にして熱が宿る。一見羞恥のせいにも思えるが、俺には分かる。これは期待の目だ。
眼前にさらされた無防備な素肌は何度見ても飽きることがない。むしろますます魅入られるばかりで、その美しさはいつまでも眺めていたくなるほどだ。
俺の視線に気が付いたのか、リンウェルが身を捩った。そうはさせまいと腕を掴んで体を開かせると、淡いピンク色の突起が揺れる。いざなわれるままそれにむしゃぶりつくと、リンウェルの高い声が部屋中に響いた。
無意識に伸ばしていた左手はリンウェルの下半身をまさぐっていた。ほんのり湿った茂みの奥は既に洪水を起こしかけている。一度挿入してから時間も経っているのにこれはすごい。思わず緩くなった口元でリンウェルに口づけると、そこではっきり目が合った。
「ロウの、ちょうだい」
兆しつつあったそれが一気に膨らむのが分かる。本日二個目の袋を破いて避妊具を装着すると、俺はリンウェルの脚を大きく開かせた。
押し入ったナカはやっぱりあたたかかった。一度目よりも鮮明に肉の感触が伝わってきて、ナカで自身が硬さを増す。腰を引くたびに絡みつく粘膜が背中まで快感を迸らせた。
「奥、奥来て……っ」
リクエスト通り最奥を抉ってやると、リンウェルは目で見てわかるほどに体を震わせた。嬌声はもはや悲鳴にも似て、それでも残る甘さに自分の呼吸も荒くなる。これほどまでにいやらしさと可愛らしさを兼ね備えるものがあるのかと、思わず目を見張るほどだ。
「きもちい、もっと、うごいて……」
吐息の合間にそんなことを言われて、たまらず腰の動きを速くした。単調にならないようリズムを変えて、それでいて他の部位への愛撫も忘れない。リンウェルがついさっき口でしてくれたように、というのは独りよがりでしかないかもしれないが。
とはいえ奉仕してやりたい気持ちに嘘はない。リンウェルに気持ちよくなってもらいたい、もっと乱れてほしい。もちろん自分の前でだけ。自分の手で乱れているリンウェルを見ることこそが自分の至上の喜びでもあるのだ。
だからそのためなら何だって願いを聞きたい。キスでも奥でももう一回でも、リンウェルが求めるのなら一晩中だって付き合うつもりだ。
ふとリンウェルの手が伸びてきた。下半身を繋げたままキスをするのは心も体も満たされる。熱っぽく湿った口づけを何度か交わしたところで、リンウェルが何か言おうとした。
「ロウ……」
リンウェルの視線が真っすぐ自分へ刺さる。薄く開いた唇から吐息が漏れていた。
「次はなんだ? どうしてほしい?」
「ロウの、好きにしてほしい」
リンウェルはとろんとした目でこちらを見上げながら言った。
「ロウが気持ちいいって思うこと、全部して。ロウが気持ちいいと、私も気持ちいいから。好きなだけ好きにしてほしいの」
好きなだけ、好きにして。
なんて殺し文句だろう。その瞬間、体中の血が沸騰したような気持ちになって、頭が、胸が、下半身が一気に熱を帯びる。
「リンウェル……っ」
愛しい彼女の名前を呼んで、その華奢な体を掻き抱く。抱え込んだ両脚の間に自分の体を強く押し付けると、リンウェルの腰が浮いた。
真上から楔を穿つと、リンウェルはこれまでになく大きな声を上げた。それも響いたのはほんの一瞬で、漏れた甘い吐息は互いの唇の間に消えていった。
腰を打ち付けるたび弾ける水音もさらに粘度が増していく。伝った体液がシーツを汚す。でももう、そんなこと気にもならない。気にしていられない。
リンウェルしか目に入らなかった。自分の下で嬌声を上げるリンウェルが可愛くて愛おしくて、自分たちを隔てる薄皮一枚すら恨めしくなるほど。
ひとつになれたら、なんて考えないこともない。触れ合って溶け合って、心も体も完全に一緒になれたらすごく気持ちがいいだろう。
それでもふたつがひとつになる快感には敵わないとも思う。いつもは別々だからこそ、それが合わさった時に一層心が昂るのだ。
この先いつだって俺がひとつになりたいと思うのはリンウェルとだけだろう。こんなふうに満ちたい、満たしたいと思う相手はリンウェルだけだ。根拠も何もないが、それだけは確信が持てる。
「好きだ、リンウェル」
「私も、すき。ロウがすき」
願わくば、今持ち合わせるこの気持ちが明日も明後日もこの先もずっと同じであってほしい。不確かな未来の中に揺るがないものが一つあるだけで、それがどんなに心強いか。
少なくとも今、自分の中の想いは揺るがない。ならばそれをリンウェルに伝え続けるだけだ。言葉で、目線で、仕草で伝え続けて、それに対する返答を待つのみ。
大丈夫、きっとリンウェルも同じ気持ちでいてくれる、と思う。これにもやっぱり根拠はないのだが、ひとつ挙げるなら自分たちは似てきているから、同じようなことを考えているのではないかと思ったのだった。
◇
翌朝ベッドで目を覚ますと、日はもうすっかり高く昇っていた。カーテンの隙間から零れる光は眩しくて、外からは鳥の声も聞こえてくる。
隣ではリンウェルがまだ寝息を立てていた。掛かった前髪を指で払ってやると、瞼がぴくりと動き、それがゆっくり持ち上がる。何度か目をしばたたかせてもいまいち覚醒しきらないのは、リンウェルが朝に極端に弱いせいもあるだろう。
「おはよう」
俺がそう言うと、リンウェルも小さな声で「おはよう」と言った。
「大丈夫か。体辛くないか」
「からだ……?」
「結構長くしたから、無理させちまったかもって思ったんだけど」
そこまで言って初めて、リンウェルは昨夜のことを思い出したようだった。頬がみるみる赤く染まっていき、毛布を口元まで引き上げる。
「すげえ可愛かった」
髪を撫でながら思い出すのは昨夜のリンウェルの甘い台詞だ。リンウェルの放つ言葉はどれもこれも甘いことには変わりないのだが、中でも終盤のあれは極上だった。それまで持っていた奉仕の心が一瞬にして情欲に様変わりしてしまうほどには強烈で、あれから自分たちはもうしばらく手を変え品を変え、濃く深く体を交わらせたのだった。
「好きにしてって、あんなこと言われたら止まんねえよ」
「知らない知らない! 覚えてない!」
それなのにリンウェルは首を振ってそんなことを言い張る。
「昨日は酔ってたもん! 私は何も覚えてないから!」
「知らないって顔じゃねえけどな」
耳まで真っ赤になったその顔で今更何を否定しようというのだろう。むしろ強い否定は逆効果にも思えるのに。
「うるさいうるさい! お酒飲んだところまでは覚えてるけど、そのあとは何も知らない! 何も言ってない!」
「キスしてって強請ってきたことも?」
「し、知らないもん」
「口でしていい? って聞いてきたのも?」
「しらない……」
「もう一回とか、ロウのちょうだいとか」
「わあーーっ! やめて! っていうかなんで全部覚えてるの!」
墓穴だな、と笑ってやると、リンウェルはとうとう観念したのか一瞬渋い顔をした後で、こちらの胸に強く顔を埋めてきた。
「もうやだ……」
「いいだろ別に。可愛かったって言ってんだから」
「やだ、恥ずかしい。全部忘れて、今すぐ」
それはできない要望だ。昨日のあれは強く自分の中に刻み込まれてしまった。
「またやってくれていいんだぜ。なんなら毎日でも」
「するわけないでしょ、」
バカ、と付け加えて、リンウェルはそっぽを向いてしまった。後ろから覗いた頬は心なしか少し膨れているようにも見える。
なるほど、俺の可愛い彼女は酒の力がないと上手く甘えられないらしい。つまり昨夜のあれは酒精の魔法で、その効果はすでに切れてしまったということか。
可愛い。可愛いの上塗りだ。普段なかなか表にできない欲求を酔いのせいにして示そうとするなんて、可愛いが過ぎる。たまらず後ろから腕を回して、リンウェルの体をぎゅっと抱きしめる。
「ロウのバカ! 暑い! 離して!」
たとえ翌朝どれだけそっけなかろうと、罵声を浴びせられようと、昨夜のあれで充分お釣りが出るんだよな。それを口にしてしまったら今度こそ鉄拳ならぬ雷が飛んできそうなので、おとなしくここは腕の力を強めるだけに留めておくことにした。
終わり