欲求不満を拗らせたリンウェルがロウの"手"を借りる話。リンウェルソロプレイ+結局イチャラブ。(約11,000字)

☆犬の手も借りたい

 日常の中で、ふと思い出すことがある。
 私を見つめる優しい瞳、耳元で囁かれる甘い吐息。熱を持った指は私の頬を撫で、肩に触れ、やがて胸の膨らみへと辿り着く。思っているよりもずっと肉厚な手のひらはそれをやわやわと揉みしだいた後、先端の尖りを包んで――。
「リンウェルさん、この本はどこへ?」
「あっ、ええと、そっちのテーブルに」
 私が答えると、同僚の彼は「はい、わかりました」と言って去っていった。何の前触れもなく引き戻されてしまった現実に小さく息をつく。でもそれも、ほんの一瞬だ。
 私はまた隙を見て空想の世界に潜り込む。何事もなかったかのような顔をしてその続きを夢想する。
 もうしばらくは訪れないであろう恋人との夜の営みを、過去と、時折願望を織り交ぜながら脳内で再生する。
 そんなことを、もう何度繰り返しただろう。

 こんなふうになってしまったのはつい最近のことだ。具体的なきっかけなどは特に思い当たらない。気が付いたら、頭の中にそういう記憶が呼び起こされるようになっていた。
 きっかけはなくとも、原因には心当たりがある。それはこれといって複雑なものでもなく、ごく単純にロウとしばらくそういうことをしていないからだろう。
 言ってしまえば欲求不満ということだ。無縁だと思っていた言葉が、まさか今こうして自分の身に降りかかってくるなんて。それくらいには愛されている自信はあったし、回数も頻度もその辺の恋人たちよりずっと多かったと思う。
 それがタイミング一つでこうもすれ違ってしまうとは。
 また一つため息を落として、宮殿からの家路を急いだ。空には既に星が瞬いていて、街灯が薄暗い通りを照らしていた。
 家にはまだロウは帰っていなかった。以前ならこの時間であればとっくにロウは帰宅していて、シャワーを浴びたりなんなりしていたはずだ。
 とはいえ今からでも夕飯づくりが間に合うのは正直助かる。急ぐことには変わりないけれど、背後からのプレッシャーを感じずに済む。
 ちょうど料理が完成したところでロウが帰宅した。ドアを開けるなり、ロウは随分とくたびれた様子で深く息をついた。
「お疲れ様。今日も忙しかったんだ?」
「まあな。街道を一体何回往復させられたか」
 荷運びやズーグルの始末など、移動以外のことも含めればその運動量は想像もつかない。よくもまあこうして毎日休まず勤めているものだ。
「ごはん今できたところだよ。食べる?」
「おお、美味そう! じゃあ早速」
「だーめ。まずは手洗いうがいしてきて」
「ちぇー、わぁーったよ」
 軽い調子でロウは笑ったが、そこには間違いなく疲弊の色も滲んでいた。
 夕飯を食べ終えて、寝る支度をする。シャワーを浴び終えて浴室を出ると、ロウはすでに寝室のベッドで寝息を立てていた。手足を広げた豪快な寝相ではあるものの、よほど深い眠りなのか寝返り一つ、身じろぎ一つしない。規則正しく上下する胸は、ただひたすら体力回復のための酸素を肺いっぱいに取り込んでいるように見えた。
 そんなロウの姿を見て、また少し心に陰が落ちる。それはロウに対してではなく、自分の辛抱のなさ、情けなさに対してだ。
 寝室のドアそっと閉めると、私はダイニングに向かった。キッチンでグラスに水を注ぐと、それをひと息に飲み干す。火照った身体の真ん中を冷たいものが一筋通っていく感覚。全身に染み渡るようなそれは、果たして先ほど浴びたシャワーのせいか、あるいは。
 どうしてこんなことばかり考えてしまうのだろう。疚しい疼きが抑えられない。下腹部がずっと、熱い。
 ロウに触れたい、触れられたい。あの熱い指で、舌で、雄の器官で、私の身体中を愛撫してほしい。想像しただけでまた奥から蜜が溢れそうになる。
 ダメだと言い聞かせる。ロウは今仕事が忙しいのだ。疲れている。「おやすみ」という言葉も交わせないほどに。
 それもいつまでも続くわけじゃない。まだ見通しは立たないとはいえ、こんな生活が一生続くわけはない。それは分かっている。頭の中では分かっているけれど――。
 こんなことを考えてばかりいる自分は、どこかおかしいんじゃないかと思ったこともあった。頭のどこかのネジが外れてしまって、それで抑制が効かなくなっている。
 もしくは狂ってしまったか。私が日々、至るところでみだらな妄想に耽っていると知ったら、ロウはどう思うだろう。
 結局恐怖に負けてしまう私は、今夜も何も言えないままベッドに入るのだった。そっと、隣で憎らしいほど穏やかな寝顔を見せるロウを起こさないように。

 翌朝、目が覚めるとベッドにロウの姿はなかった。代わりにバタバタと慌ただしい足音が聞こえて、寝室のドアが開く。
「お、起きたか。俺もう行くな」
「うん……帰りは?」
「多分だけど、また遅くなるんじゃねえか。我慢できなくなったら、メシ先食ってていいぜ」
 私は、我慢してるのは食欲じゃないんだけどな、と思いながら、家のドアが閉まる音を聞いていた。
 その日はいつも通り宮殿に向かったもののなんだか気が進まず、早めに帰宅することにした。代わりに夕飯に気合を入れようということで、市場に寄って帰る。
 今夜のメインはビーフシチューにした。煮込むのに時間がかかるため、普段ならあまり選ばないメニューだ。
 切った材料を鍋に入れて煮る。具材が柔らかくなったところで味付けをして、再び弱火で煮込んでやると部屋中に良い香りが漂った。味もなかなかだ。これならロウも喜んでくれるに違いない。
 パンは直前に焼くとして、サラダも準備するにはまだ早い。ロウが帰宅するまではどのくらいだろう、と時計に目をやるが、それはまだまだ先のことになりそうだった。
 昼寝でもしようかと思い、寝室に向かう。靴を脱いでベッドに横たわると、木製のそれがぎしりと音を立てた。
 天井をぼうっと見つめていると、吐いた息が静かな部屋に響いた。そっと目を閉じ、手、脚、身体と順々に力を抜いていく。そこでとろりとまどろみに襲われるのを期待したのだが、込み上げてきたのは眠気なんかではなくじわじわと身体を蝕むような熱だった。
 一瞬躊躇った後で、私は息を潜めて耳を澄ませた。周囲に誰の気配もないことを確認すると、忍ばせるようにして自分の胸に手を這わせる。服を捲って下着をずらし、突起を露わにすると、背がぞくりと震えた。意を決して、外気に触れて硬くなり始めたそれを親指と人差し指で強く摘まむ。
「あっ……!」
 漏れた声は確かに自分のもので、思わず耳を塞ぎたくなった。恥ずかしさに身を捩るとシーツが擦れる音がする。
 こうした自慰行為に耽るのはもう何度目だろう。ここ最近でその回数がぐっと増えたのは言うまでもないが、それでも経験値としてはかなり少ない方だと思う。何せそれまではほとんど必要のないものだったのだから。
 以前はほんの好奇心であったり、それこそ安眠のための導入剤という形で行うことが多かった。こんなふうに持て余した性欲をぶつけるために自慰をするなんて、これまではなかったことだ。
 指を動かし続けると下腹部がじんわり熱くなってきた。奥の深いところから何かが染み出してきて秘部が潤うのが分かる。このままでは下着が汚れてしまう。
 分かっていても抑えられない。結局よくなりたい気持ちが勝って、突起を弄る指を離すことができない。
 摘まんだ後は、指で弾いたり押しつぶしてみたりした。気持ちいい。爪先でひっかくようにすると、背が弓なりに反る。人の体は先っぽと先っぽを擦り合わせると気持ちよくなるようにできているのだろうか。
 左手で胸の突起を弄りながら、右手を下半身に伸ばす。もう一つの敏感な先っぽは、その訪れを今か今かと待ち望んでいた。
 軽く指が触れただけで全身に痺れが走った。電流のように鋭く、それでいて甘ったるい余韻を残すそれは、私の指を狂奔させるのに充分だった。
「ひ、あっ、ああっ」
 ぷくりと腫れ上がった陰核を右手の中指が擦り上げる。合間に愛液を塗りたくってやると、それだけで呼吸が激しく乱れた。
 下半身がじんじんと熱を持っていく。ぎしぎしとベッドの軋む音に混じって、自分の荒い吐息が聞こえた。快感が溢れ出すまでは、あとほんの少し。
「ロウっ、ロウ……っ」
 瞼の裏には愛しい恋人の姿を映していた。荒々しい雄の表情で自分に跨るロウの瞳には熱が宿る。――宿っている、はず。
 まるで遠い記憶のようなそれはどうも映像がはっきりしない。思い出そうとしてもすぐには浮かび上がらず、もやがかかっているみたいだ。集中してもなかなかロウの表情が思い出せない。みるみるうちにその輪郭がぼやけていく。幻覚が薄れていく。
 待って、と言おうとして目を開けた途端、映ったのは見慣れた部屋の天井だった。
 虚しさに覆われた私は手を止め、身なりを整えた。汚れた指を塵紙で拭っていると、ふと視界が滲む。零れた涙の理由は自分にもよく分からなかった。

 数日後の昼間、私は宮殿の〈図書の間〉にいた。いつもならほかの研究員たちと一緒に文献を漁っているところだが、今日は少し違った。
 なんでも古くなった書架の入れ替えがあるということで、本の整理を手伝っていた。本来であればそれは当然ここを管理する司書たちの仕事ではあるが、人手不足も相まってどうか助けていただけないかとそれはそれは丁寧に頼まれてしまったのだった。
 そこまでされて断るわけにもいかず、私は依頼を承諾した。山のように積み上がった本たちを新しくなった書架にせっせと並べていく。新しい家具のにおいは好きだ。木造りならなお良い。
 本を並べているうち、予期せぬことが起きた。新品の書架は以前のものより背が高く作られていたようで、どうにも一番上の棚にだけ手が届かないのだ。ぐっと背伸びをしてみても、高さが本半分くらい足りない。
 とはいえ踏み台を借りに行くのは面倒だった。ここは〈図書の間〉の最奥で、入り口にも遠い。午前中に依頼された書架はここだけなので、それだけのために重い踏み台を持ってくるのはどうにも億劫だ。
 なんとか爪先立ちならいけないかなと奮闘しているところに、ふっと右手が軽くなるのを感じた。
「なーにやってんだよ」
 すぐ後ろから聞こえた声はロウのものだった。ふと顔を上げると、自分のよりも長くて太い指が分厚い古書を掠め取っていく。
「ここでいいのか?」
「う、うん」
 ロウはそれを一番上の棚に並べると「次」と言った。
「え?」
「他にもあんだろ。俺がやるから、貸してみろよ」
 私は頷いて、積み上がった本を上からロウに渡していった。役割分担をした作業はあっという間に終わり、きれいに整った書架を眺めつつ二人でふうと息をつく。
「ありがと、助かっちゃった。でもなんでここに?」
 私がそう訊ねると、ロウは思い出したように言った。
「昼休憩が長くとれそうなんだよ。だから久しぶりにメシでも行かねーかと思って」
「行く!」
 思わず飛び出た声は〈図書の間〉中に響き渡ってしまった。慌てて口を押さえ、辺りを見回す。
「待ってて、鞄取ってくるから」
「おう、急ぎすぎて転ぶなよ」
 大丈夫! と出した声は自分でも分かるほどに弾んでいた。
 二人で外で食事をするなんていつぶりだろう。最近のロウは朝が早ければ夜も遅いのでなかなかそういった機会がなかった。
 入ったレストランは昼食のピークこそ過ぎていたが、それでも客の入りはまだ収まっていないようだった。メニューにあらかた目を通し、私はフルーツサンドを、ロウはハンバーガーを頼んだ。
「どう? 仕事は順調?」
「そうだな。別にこれといって問題もねーけど、そろそろ休みが欲しいぜ」
 ロウはここのところ働きづめだ。人手不足や人材不足というのは宮殿の中も外も同様らしい。
「まあ来週には一旦落ち着くんじゃねえか。でかい商隊が来るのももう少し先だしな」
「そっか。それで油断してケガしたりしないでよ」
「おう、任せろって」
 気があるのかないのか分からない返事をしながら、ロウは運ばれてきたハンバーガーに手を伸ばした。バンズに食い込んだ指は、当然と言えばそうだが自分のよりも長くて太い。
 視線に気づいたロウが「どうかしたか?」と訊ねてくる。私は「なんでもない」と首を振って、目の前の皿に手を付けた。その合間にこっそり気付かれないようロウの手元を盗み見ながら。
 これまで何度も目にしてきたはずのそれから何故か目が離せなかった。戦闘で負った傷もあって、際立って美しいわけでもなければ目を引くようなものでもないのに、それでもどうしてか気になって仕方ない。心が惹かれるというのは、こういうことなのかもしれない。
 ロウと宮殿の前で別れてからも午後の間も、私はロウのことを、ロウの手を思い出していた。本を並べていた時のロウの指。ごつごつしていて、骨ばっていて、自分のものとはまるで違った。あの指が私の肌を撫でたのはもうずっと前のことだ。本を扱うよりも優しく、それでいて時折情熱に満ちた指は幾度も私の奥を探った。一番よくなれるところを探しつつも焦らすような動きをするそれに私は何度翻弄されたことか。たまらず腰を動かして、それでも口では何も言えない私にロウは意地悪く笑うこともあった。それでも最後にはきちんと導いてくれる優しさにも当然気付いている。耳元で囁かれる甘い睦言は愛情の証だ。
 そんなことを考えていれば午後の作業もいつの間にか終わっていた。摺り寄せた大腿の中心が熱く潤っている。私は下着を汚さないようにと注意しながら家までの帰り道を歩いた。
 その夜もロウは帰りが遅かった。食事を摂っている時からすでに眠たそうにしていた。
 浴室を出て寝室を覗くと、やはりロウは眠ってしまっていた。うっかり寝落ちてしまったのか、毛布すら掛けていない。
 私はロウに近づいて、上からそっと毛布を掛けた。それにもまるで気付かず、ロウはいつも通り整った寝息を立てていた。もう随分と深い眠りに入ってしまったようだ。
 ふと視界に入ったのはロウの右手だった。その長い指を見た途端、身体がじわりと熱を帯び始める。日中頭の中で繰り広げていた妄想が急に現実と近づいた気がして、鼓動が僅かに早まるのを感じた。
 そこで何を思ったか私は次の瞬間、ロウの指を自分の指で握っていた。おずおずと忍ばせるそれはまるで悪いことでもしているかのようだ。
 触れたロウの指はやっぱり長くて逞しかった。骨や筋肉の付き方が自分とは全く違う。男の人だ、と思うと同時に、雄、という言葉も思い浮かぶ。それだけでまた胸が熱くなり、ますます鼓動は早まった。
 そんなことをしていてもやっぱりロウは何も気付かなかった。ぴくりとも動かず、少しの反応も見せない。聞こえてくるのは穏やかな寝息だけだ。
 だからという言い方はおかしいが、そんなロウを見てつい、魔が差した。
 私はベッドに横になると、ロウへと詰め寄った。正しくはロウの右手へ。
 そうして位置を調整すると、自分の寝間着の裾を捲った。外気に触れてすうすうするお腹からさらに上へ上へとたくし上げる。
 露わになった下着を指でずらすと、胸の突起が晒された。ロウの手を取り、その先端へと導く。力なく萎れたままの指が突起を捉える。
「……っあ……!」
 途端、大きな声が出そうになった。必死で堪えるものの、続けて吐息が零れそうになるほど余韻が凄まじい。
 もう一度同じようにしてロウの指を這わせる。先端同士が擦れ、合わさるたびに快感が迸った。それはもう、自分で触れた時とは比べ物にならないほど。
 なんで、どうしてこんなに感じるの。
 この指にロウの意思はない。言ってしまえばほとんど道具みたいなものなのに、それがロウのもの、ロウの体の一部であるというだけでこんなにも違う。
 一度覚えた快楽はそう簡単には手放せない。ロウの指先を突起に擦り付け、身体を揺すった。自分はなんてことをしてしまっているのだろうという自覚はありながらも、それを止めることもできなかった。それほどには飢えていた。ロウから与えられる快楽にも、その体温にも。
 一方で自分の右手は自ずと下半身へと向かう。触れなくても分かるほどに潤ったそこはすでに、先ほど浴室で替えたはずの下着をも汚していた。
 もうこうなれば同じだと、下着の上から秘部を探る。ますます広がる染みなど気にも留めず、ひたすら快楽に耽った。
「あっ……!」
 ふいに触れてしまったのは膨れ上がった陰核だった。興奮と刺激で大きさを増したそれは布の上からでも分かるくらいになっていた。
 本来ならここで留まっておくべきだったのだろう。ロウの”手”を借りて胸を弄り、自分は自らの陰核を慰める。そうして快楽を得るだけでも充分だったはずだ。
 それでも欲が出てしまうのが人間というもので、私はロウの手を自分の胸に引き続き、下半身にも導いた。
 穿いているものを全て脱ぎ去り、脚を僅かに開く。ベッドをあまり揺らさぬよう配慮しながら位置を変え、ロウの手が秘部に当たるよう調整した。
 もう夢中だった。この時点で自分が何をしているかなど分かっていない。考えようともしていない。
 ただロウからの刺激が欲しい。その一心で詰め寄る。
 ロウの指が秘部に触れただけで、軽く達してしまいそうになった。血が沸き立ったようにも感じられて、思考がぼやけていく。
 おそるおそるながらもロウの手を動かすと、押し寄せる快楽は想像以上だった。絶妙に折れ曲がった指が敏感なところを捉え、なぞりあげる。手のひらが陰核を擦る感覚も堪らなかった。
「……ふ……っ、ん……ぁ……っ」
 嬌声を毛布に隠そうとするが、それも限界に近い。ロウの手はそのままに動いているのは自分のはずだ。なのに与えられる快感はまるで予測できず、あらぬ声がつい漏れてしまう。
 その速度を僅かに早めるとそれだけで快感は増した。もう少しで達する、達してしまう、と思ったところでロウの指がぴくりと動いた。
 あ、と思う暇もなかった。今度は完全に指が曲がり、ナカへと侵入を許す。
「ひあっ、ああっ!」
 強すぎる刺激に一瞬視界がかすむ。その先に見えたのは、こちらを見つめて意地悪く笑うロウの姿だった。
「随分楽しそうなことしてるな」
 目が合ったと思うとロウはすぐさま起き上がり、こちらへと覆いかぶさってきた。
「いつからそんなエロいこと覚えたんだよ」
 その間も指はナカに留まったままで、引き抜くどころかさらにと押し広げてきた。ロウが本数を増やしたのだ。
 そんな圧迫感も今の自分にとっては快楽にも等しいらしい。腰が跳ねて下腹部が引き攣れる。ナカがきゅうと収縮するのが分かる。
「すげえ締め付け……」
 それも当然だ。誰しも焦がれていたものを離したくないと思うのは当たり前のことだろう。
 私は何も言わなかった。弁解も謝罪の言葉も何も吐かなかった。
 代わりにロウの腕を掴み、秘部に強く押し当てた。身体を揺すって、ただ目の前の快楽を貪る。はしたなく上がる声だってもう隠そうともしなかった。
 ロウは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに目つきを変えて私に応えてくれた。指の動きを一層激しくさせ、ナカを掻き回す。その目には明らかに欲情が見て取れた。
「あっ……!」
 ある一点をロウの指が掠めた時、大きく背が仰け反った。
「ここだな」
 にやりと笑ったロウがそこを執拗に責める。私の声が大きくなろうと、脚が暴れようと構わず、そこだけを刺激する。
「ああっ、だめ、イくっ、イ、く……っ!」
「イっていいぜ」
「あっ、ああっ、っ――――!」
 思わず伸ばした両の手にロウを強く抱き締めると、それが引き金になったように私は達した。ぎゅっと瞑った瞼の裏に闇とも光ともつかないものが爆ぜる。
 目を開けると、すぐそばでロウと視線が交わった。どちらからともなくキスをしてひたすらに唇を合わせる。柔いもの同士が触れ合う感覚は、下半身とはまた違った快楽をもたらした。
 思えばキスをするのも随分と久しぶりだ。単にそうする機会を見失っていたのか、あるいは無意識に避けていたのかもしれない。それこそ我慢できなくなると心のどこかで分かっていたのだ。
「気持ち良かったか?」
 うん、と頷いて、私はそのままロウに強請った。
「ロウのが欲しい」
 ロウが私の髪を撫でながら「けど、」と呟く。
「私が動くから。ねえ、お願い」
「そうじゃなくて、だってお前イったばっかで」
「いいの。ねえ、早く」
 ロウのが既に猛っていることは分かっていた。服の上からそれをなぞってやると、ロウが生唾を飲んで喉を鳴らしたのが分かった。
 何かに負けたような顔をして、ロウがヘッドボードに手を伸ばした。それさえも制して、
「いいから、すぐ挿入れて」
 と私は強請った。その間さえ惜しかったのだ。早くロウのもので掻き回されたくて、一番奥まで埋めてほしくて堪らない。
 腕を引くと、ロウはようやく全てを諦めてくれた。服を脱ぎ捨て、改めて私の脚を暴く。
 あてがわれたものの熱さに私は震えた。次の瞬間、一気に押し込まれたそれの衝撃に視界が明滅する。
「あ、ああっ……――!」
 鼻から抜けるような声が漏れて、それと同時に私の身体は歓喜に打ち震えた。
 待っていた。この瞬間をずっと私は、私の身体は待ち続けていたのだ。
 それでも、誰でも良かったわけじゃない。誰でなければいけなかったかなんていまさら、自明の理だ。
 キスを強請ると、ロウは唇を強く押し付けてきた。そこから見て取れるロウの飢えだって相当なものだ。唇も舌も、境がなくなるほどに溶け合わせる。
「ずっと、こうしたかった」
 吐き出すように、零すように私は言った。
「ロウとエッチしたくて、でも我慢してたの。ロウのことばっかり考えちゃって、一人でもたくさんしたけどやっぱりダメで、ロウじゃないとダメだったの」
 ごめんなさい、と言おうとした唇をロウが塞ぐ。深く押し潰されそうなそれに、言葉も全部持っていかれる。
「ごめんな、我慢させちまって」
 背に回った腕が苦しいほど私を締め付けた。
「構ってやれなくて悪かった。余裕なくて、すぐ寝ちまってたし。でもそれもお前に甘えてたんだよな」
 本当にごめん、と言ってロウはまた腕に力を込める。
「でももう我慢しなくていいからな。そういうの、俺には隠さなくていい。お前が欲しいっていうなら、手でもなんでもくれてやるよ」
「ロウが疲れてても?」
「そりゃ毎日とか、二度も三度もってのは難しいかもしんねえけど」
 そこまで欲しがりじゃない、と言おうとして、この状況では説得力も何もないなと思った。
「けど、お前が欲しがってるってだけで興奮するから、結構いけるかもな」
 ロウが軽い調子で言うので、私は真剣になって言う。
「欲しいよ。ロウが欲しい」
 どれだけ待ったと思ってるの、と腰を揺すると、ロウが情けない声を出した。
「待てって、俺もすげえ久しぶりだから……」
 イきそう、と漏らした声にはちょっと嬉しくなる。
「いいよ、イっても。でも、」
「もう一回、だろ。安心しろよ、さすがにまだ収まんねえ」
 お前のあんなとこ見せられちゃあな、とロウが笑った。さすがにあれは恥ずかしくて顔から火が出そうだが、それでも後悔はない。だって、ああしなければ私は本当にどうかしてしまっていたと思うから。
 再びキスに没頭し始めると、また身体が熱を帯びてきた。それは自分か、あるいはロウか。
 どっちだっていい。今夜はこれからもう一度、それを二人で分け合うのだから。
「ねえ、もっとして。もっとロウが欲しい」
 腕も脚も巻き付けて、どこもかしこもロウを離さないでいると、ロウが肩越しに苦しそうな声を出した。
「ま、待てって、ほんとお前、可愛すぎ……」
 耐えられなくなったロウが不意にスパートをかけて一気に上り詰める。ナカで爆ぜたそれがどくどくと脈打つのを感じて、その余韻に浸っていると、
「ひ、あっ!」
 突然胸の尖りを吸われて背が仰け反る。
「まだ終わりじゃないんだろ」
 いつの間にかホックの外された下着をロウは丁寧に剥ぎ取ると、ベッドの下へと放った。
 再び胸へと顔を埋めたロウは丹念に突起を舐め上げる。右も左も平等に、それでいて単調ではない動きは、自分が脳内で描いていたロウとまるで違った。
 それよりももっとずっと激しくて、熱い。指も舌も、瞳の中にだって滾るような熱が宿っている。
 それに溶かされた私の心はもうどろどろで、呼吸も上手くできなくなっていた。炙られて浮かされて、もうロウの熱なしでは生きていけない。縋った首にまた唇が合わさる。吐息も唾液もどちらのものか区別がつかない。
 ナカでロウのが再び質量を持ち始めるのが分かった。少し身体を揺すっただけでも粘度の高い水音が聞こえる。ナカで二人の体液が混ざり合っているのだ。
 そう思うとまた身体の芯から甘い痺れが走っていく。人の身体は先っぽ同士が触れ合うと気持ちいいが、粘膜と粘膜が擦れ合うのも気持ちいいらしい。
「動くぞ」
 頷く前に奥を突かれて、私の口からはひと際高い声が上がった。背を反らせた瞬間にロウがまた胸の突起を口に含む。自然と胸を押しつけるような形になってしまって、まるで自分からそれを差し出しているみたいだ。
 するとロウは突然自身を引き抜くと、私をうつぶせに転がした。
「好きだろ、後ろからするの」
 好きだ。一番好きかもしれない。そう口にしたことはなかったはずだが、やっぱりロウはよく私を知っているなと思った。
 腰を掴まれ一気に挿入されると、その衝撃に身体が震えた。続けて繋がったところから波紋みたいにして快感が広がっていく。
 ロウが覆いかぶさってきて背中に熱を感じる。後ろからする時の、この瞬間が一番好きなのだ。獣の交尾みたいで興奮する。そう言えばまたロウはちょっと喜びそうな気がした。
 最後は抱き合ったままがいい、という私のリクエストに応えて、ロウが再び正面から向き直った。キスをして、好き、気持ちいいと伝えて、またキスをする。
 身体はくたくたに疲れ切っていても、それでもこの時間が終わるのは嫌だった。ようやく抱き合えたのだ、惜しい気持ちがないわけがない。
 とはいえロウは明日も明後日も仕事で、朝が早い。私のわがままに付き合って寝坊させるなんて言語道断だ。
「何考えてるんだ」
 ぐり、と良いところに先端を押し付けられ、たまらず声を上げる。
「心配しなくても、ちゃんと寝るから安心しろって。寝坊もしねえよ。早起きには自信あるからな」
 それに、と言ってロウがにやりと笑う。
「可愛い彼女が欲しいって言うんだ。今頑張らねーでどうすんだよ」
 そう言うとロウは、再び腰の動きを大きくした。身体を揺さぶられるたび、強い快感が全身に迸る。
「欲しいよ、ロウが欲しい」
 欲しい。この言葉がずっと言えずに苦しんでいたはずなのに、今はもうするすると言えてしまう。それは私の心が軽くなったからか、あるいはロウが引き出してくれているのか。
「また欲しがってもいい? ロウが好きなの。だからまたきっと、欲しくなっちゃう」
「いくらでも欲しがれよ。エロいし可愛いし、最高」
 手のひらが合わさり、指が絡まる。同じ熱を分け合うそれが、今何よりも心地良い。
 空想も妄想ももう要らない。頭の中に誰かとの何かを思い描く必要もない。
 私にはこの手があればいい。困ったときは誰より温かくて馴染みのあるそれを頼りにすればいいだけの話だ。
 ロウがもう一度唇に優しく口づけた。そんなふうに愛されて甘やかされて、私はとろりと夜に溶けていく。短すぎるそれに物足りないとほんの少し口を尖らせると、ロウが瞼の向こうで小さく笑ったのが分かった。

終わり