巷の噂で怪しい薬が市場に出回っていると聞いた。なんでもそれを飲むと嘘が言えなくなって、本当のことしか口にできなくなってしまうらしい。尋ねられたことに対して、いくら隠そうとしても本心ばかりをペラペラと話してしまうのだとか。
バカバカしい。それを聞いた私はそんなふうに思っていた。一体誰がそんなものを好き好んで買うのだろう。酒の席の余興だとしても質が悪く、友人同士のイタズラにしても度が過ぎている。
そもそもそんな自白剤みたいなものが存在するわけがない。たとえレナの技術がそれを可能にしたとして、それが使われる先は私たち一般市民でなく犯罪者のはずだ。拷問なしに犯罪を自供させられるのならこんなに便利なものはない。
そうはいっても簡単に騙されてしまう人もいるんだろうな。ちょっと考えてみれば分かることなのに、不思議に思わないのだろうか。みんなもうちょっと自分の頭を使った方がいいと思う。
私は忘れていた。自分の身近なところに、その「もうちょっと頭を使った方がいい」人物が存在していることを。
私は家に帰ってみて絶句した。そこでは満面の笑みのロウが、ガラスの瓶を持って待っていた。
その中身がただのジュースであったなら何の問題もなかった。でもそうではないと知ったのは、ロウが得意げにこの瓶の中身について話し始めたからだ。
「これ知ってるか? 今街で流行ってるんだってな。『ウソが言えなくなる薬』だっけ? 面白そうだから、つい買っちまったぜ」
怒ればいいのか泣けばいいのか分からずに、私は大きなため息を吐いた。
「まさかロウまで騙されるとは思わなかったよ」
「え? 騙される?」
ぽかんとした表情でロウは首を傾げた。
「そんなもの、あるはずないでしょ。魔女の薬じゃないんだから。催眠術の方がまだ信憑性あるよ」
私の指摘に、ロウは顔をさあっと青ざめさせた。
「け、けどあのおっさんは、特別な方法で作られた飲み物だって」
「特別って何? 私たちの知らない果物とか? もしそうだとして、ロウはそれ飲めるの?」
うっ、とロウは言葉を詰まらせる。自分がこのヴィスキントを初めて訪れた時のことを忘れたわけではあるまい。得体のしれないものを口にする恐怖は身をもって知っているはずだ。
とはいえこの薬で体調を崩した人が続出したとか、そういう話は聞いていない。人体に悪影響を及ぼすものである可能性は低そうだけれど、口にしないに越したことはない。
「もう、これに懲りたら噂に騙されて変なもの買ってこないでよね。それはあとで処分しておくから、キッチンに置いておいて」
はい、と肩を落としたロウが瓶を流し台のところに置いた。
今思えば、あの時すぐにでもそれを捨てておくべきだったのだ。まさかあれほど警戒していた私自身がそれをうっかり口にしてしまうなんて、大失態にもほどがある。
夜、風呂から上がった私はキッチンに向かった。渇いた喉を何かで潤そうと思って、目についたのはそこに置かれているジュースらしき瓶だった。
私はてっきり、夕飯のオレンジジュースが余っているのだと思った。その辺のグラスを適当に取り、中身を注いで一気に飲み干す。
あれ、と思った。確かに味はオレンジジュースなのに、後味に少し苦みを感じる。
瓶を手に取り、ラベルを見て、
「うそでしょ……!!」
思わず悲鳴を上げた。
「どうした!」
寝室から飛び出してきたロウに身振り手振りでそれを伝える。
「ど、どうしよう。間違って飲んじゃった……!」
私の慌てぶりと持っている瓶を見て、ロウもすぐに状況を飲み込んだらしい。
「はあ? なんでお前が飲むんだよ!」
「だってジュースだと思ったんだもん! 見た目もほとんど同じだし!」
色も匂いも味も、ほぼオレンジジュースだった。後味に苦みがある以外は。
「体調は? どこかおかしいとこねえか?」
「うーん、今のところ大丈夫だと思うけど……」
しいて言うなら少し身体が熱いくらいか。でもそれは風呂のせいかもしれないし、この薬とは関係ないかもしれない。
瓶のラベルを改めて見てみても対処法などは特に書かれていなかった。
『効果は個人差もありますがおよそ数時間です』
『人によっては効果が表れないこともあります。だからといって多量の摂取はお控えください』
なるほど、こうした注意書きをしておくことによってクレームを防いでいるのかもしれない。改めて狡賢い商売だ。
「とりあえず水飲んで今日は寝とけ。具合悪かったら言えよ」
「うん、ありがと」
ロウに言われるまま休む支度をすると、私は珍しく夜更かしをすることもなくベッドに入ったのだった。
問題はその後だった。目を閉じても眠気がやってこない。頭の中でいくらダナフクロウを数えようと睡魔の影も見えなかった。
むしろ体は熱くなるばかりだ。内側から蝕んでくるような火照り。さすがにこれは湯のせいでないと分かる。
「眠れないのか?」
何度も寝返りを打つうち、隣で眠るロウまでも起こしてしまったらしい。
「うん……なんかあつくて」
段々熱いのか暑いのか判断がつかなくなってきた。寝間着のボタンを一つ外すと、ロウがそれを食い入るように見つめていることに気が付いた。
「……なに?」
「いや、なんかすげえ……エロいなって」
バカじゃないの、と言おうとして、ふいにその唇を塞がれる。逞しいロウのものとは思えないほど柔いそれが私の上唇を食み、下唇を啄んだ。優しくも情熱的なそれは幾度か繰り返されたのち、やがてゆっくりと離れていった。
ロウにされたことといえば、それだけだ。舌を入れられたわけでもなければ、耳など弱いところに触れられたわけでもない。
それなのに私の思考はすっかりどろどろに溶けてしまっていた。続きがないことが酷く惜しい。もう一回、と今にも強請ってしまいそうになる。
きっと全部表情に出てしまっていたのだ。
「ほら、すげえエロい顔してる」
ロウはそう言ってこちらに身を寄せると、毛布を剥いで私に覆いかぶさってきた。
「具合悪かったら言えよ」
「……途中で言ってやめてくれるの?」
ロウは私の問いに少し悩んだ後で、「努力する」と呟いた。
思わず、バカ、と言いかけた言葉はやっぱり声にならなかった。
私たちの夜はキスから始まる。それは互いにそうするのが好きだというのはもちろんあっただろうが、初めのうちにしておかないと後になってタイミングを見失ってしまうというのもあった。
というのも、私はロウの口による愛撫が好きだった。キスも含め、ロウの唇や舌で触れられるのが好きなのだ。
ロウもそれを知っていた。いや、私よりもそのことをよく理解しているロウは、毎回口での愛撫を欠かさなかった。
それはもう丹念とも言えるほど。キスをしながら私の寝間着を馴れた手つきで脱がしたロウは、ずらした下着の隙間から胸の尖りに吸い付いた。
「っ、ひあ、ああっ、ああんっ」
舌先でつつかれ、転がされ、弾かれ、と思うと時折音を立てて強く吸い上げられる。リズムを変え、強さを変え、それでいて自身も楽しむかのようにロウは突起を舐った。
「あっ、あん、あ、ああっ、」
その間、私の口からは甘い吐息が漏れ続けていた。いつもなら恥ずかしさのあまり手で覆ったり枕を使ったりもするのに、今夜は体がだるくて動けそうにない。
つまりは体も声も、すべてを晒した状態だ。隠したいのにそれは叶わず、それでいてこの状況に興奮しているのも事実なのでどうしようもない。
ロウの手が下半身に伸びるのが分かって、思わず身を捩ろうとしたが間に合わなかった。ロウの指が下着の真ん中に触れた途端、じわりとあたたかいものが滲む。
「すげえ濡れてんな」
びっしょびしょ、と付け加えられて、誰のせいよと詰りたくなった。そう口にしたところでロウはきっと満足そうにニヤニヤと笑うだけなのだろうけれど。
下の寝間着も下着ごと脱がされて、本当の意味で隠すものはなくなってしまった。それでもと摺り寄せた膝をいとも簡単にロウが暴いていく。
「体調は?」
そのタイミングでそんなことを聞かれて、私は一瞬呆気にとられた。
「だ、だいじょうぶだけど……」
「そうか」
なら良かった、と言って、ロウは私の脚の間に顔を埋めた。
「あっ、やっ、まって、ねえっ」
「なら良かった」じゃない。良くない、それはダメだ。ダメじゃないけど、ダメなのだ。
ロウの舌が秘部に触れた途端、私の腰は大きく跳ねあがった。それを逃すまいとロウの両腕が大腿をしっかりと捕らえ、離さない。
「あっああっ、あっ、ひああっああんっ」
じゅるじゅるといやらしい水音が響いて、おなかの下のあたりがじんじんと疼いた。どこがどうなってしまっているのか想像もつかない。ただ分かるのは、ロウが私の秘部に舌を這わせていて、それに私は身悶えているということだけ。こんな恥ずかしいことをされているのに、今すぐどこかに隠れたいほどなのに、その奥底にある快楽からは逃れられない。だめ、まって。そう言いたいのに、口から出るのはあられもない嬌声だけだ。
陰核を摘ままれると、もう堪えられなかった。
「もうイく、イっちゃう、から……!」
離して、と願ったはずなのに、ロウはふっと笑って、
「いいぜ、イっても」
と、その舌と指の動きを一層激しくした。
「イく、イく……! イっちゃ、あ、ああっ――――!」
最後の方はもう、声にならなかった。チカチカと目の前が明滅して、同時に頭の中がくらくらする。思考に靄がかかったみたいになって、できることといえば浅い呼吸を繰り返すことだけだ。
そんなおぼろげな意識の中でも私の体ははっきりと訴えていた。――足りない。
ロウが欲しい。ロウので今すぐこの体を貫いて、足りない部分を埋めてほしい。
「ねえ……挿入れて」
ついて出たのは、そんな言葉だ。小さな声ではあったものの、それはしっかりとロウの耳にも届いていた。
「なんだ、今日はやけに素直だな」
小さく笑って、ロウは私の額にキスを落とす。
「もしかして、あの薬の効果ってやつか?」
そう言われてはっとした。すっかり今の今まで忘れていたけれど、自分は今夜、あの得体の知れない薬を口にしてしまって早々に床に就いたのだった。
とはいえやっぱり体調に変化はない。たとえあったとしてもこの呆けた頭ではきっとそれに気づけない。
それよりも今の私にはもっと大事なことがあった。ロウが欲しい。ただそれだけが私の衝動を突き動かしていた。
「ねえ、はやく挿入れて」
私は重たい腕を持ち上げると、それをロウの首へと巻き付ける。
「ま、待てって。避妊具は?」
「いい、いらない」
大丈夫な日だからとは言ったものの、正直どうだったかはよく覚えていない。そんなことより、服の上からでも分かるくらいに猛ったそれが欲しくて欲しくてたまらない。待ちきれずに自分から下穿きを脱がしてやると、ロウは一瞬迷ったような顔を見せつつも最後には観念してくれた。
いざロウに押し倒されると、胸がどきどきと高鳴った。きゅうっとお腹の下のあたりが疼いてじわりとあたたかいものが再びナカに滲み始める。私の心も体も、全身がその訪れを期待しているのだ。
秘部にそれを押し当てながら、ロウが言った。
「どうしてほしい?」
分かっているくせに、と思いながら、私は腰を揺らして答える。
「……挿入れて、奥まで」
はやく、と懇願する前に、それが私のナカを割って侵入してきた。そのまま最奥を突かれ、たまらず吐息が漏れる。
「これでいいか?」
口元だけで笑うロウに、私は必死になって訴える。
「もっと、おく、っ、おくっ、いっぱいついて、っ、」
おく、すき、と言えば、ロウはそれに応えるように奥を何度も突いてくれた。
それなのに、要求に応じてもらっているのに、私の中の飢えは一向にやまない。今度は角度を変えてと言わんばかりに上体を軽く起こそうとすると、その反動がナカにも及んだ。ロウのがいいところに当たる感触。思わず「そこ、」と声が漏れる。
「ここか?」
そういった機微をロウは逃さない。普段の姿からは想像もつかないほどの洞察力ですぐさま対応を変えてくる。
ぎりぎりまで引き抜かれたそれが私のすぐ内側を擦り上げる。ロウの雄を強く感じる瞬間。今にも病みつきになりそうな感覚に、自然と腰も揺れる。
「浅いところも、すき、っ、ロウの、こすれて、きもちい、から、」
頭に浮かんだことがほとんどそのまま声となっていて、もはやそれを止めることも脳内で審議に諮ることもできない。
ああ、これはあの薬のせいだと思った。噂は本当だったのだ。それを飲むと嘘が言えなくなって、本当のことばかり吐き出してしまう。
だって、そうでなきゃこんな恥ずかしいこと、私が口にするはずがない。もっともっとだなんてそんな強請るようなこと、今まで一度も言えなかったのに。
「むねも、さわって、っ、なめられるの、すき……っ」
「ああ、知ってる」
ロウが私の注文に応えて胸の突起にむしゃぶりつく。途端に強く吸い上げられ、全身に甘い痺れが走った。
「すっげ、しまる」
自分でも分かった。今この体の中にロウがいる。自分の唯一欠けた部分にぴったり収まる最後のピース。それを離すまいと私の体は必死だ。
「あー、もう、イきそう……」
ロウが苦しそうに眉根を寄せて、そんなことを言った。
「いいよ。おくで、びゅーびゅーってして」
「ったくそんなん、どこで覚えてきたんだよ……!」
ちょっと苛立ったように言いながら、ロウは私の両脚を抱え込む。奥を深く強く穿たれ、その衝撃でナカからはとろりと蜜が溢れた。
「ああっ、きもちい、そこ、すき、っ」
「イけそうか?」
イく、イく、と何度も首を振って、私は腕を伸ばす。
「ね、ロウ、キスして、」
もはや律動の合間に表面を触れ合わせるだけの唇が、どうにも愛おしくて堪らなかった。
「すき、ロウ、だいすき」
「俺も、好きだぜ。リンウェル……っ」
名を呼ばれて、一気にスパートがかかる。ロウの呼吸が激しくなるのと同時に、私のナカもきゅうとそれを締め付けた。
その後のことはうろ覚えだ。ロウが私のナカに精を吐き出して、しばらくは抱き合っていたが、それでも離れがたくて何度もキスをしたような気がする。そのまま寝てしまいたかったが、さすがにまずいだろとロウに無理やり浴室に連れられて体を流し、服を着て――。と、私の記憶にあるのはここまでだ。
翌朝、ロウに話を聞くと、私はベッドにたどり着くや否や気絶するように寝落ちてしまったらしい。一瞬倒れたのかと思ったが、すやすやと規則正しい呼吸音が聞こえてひと安心したのだそうだ。
「それにしてもあの薬、効果てきめんだったな!」
嬉しそうにロウは言い、また見つけたら買うと言って聞かなかった。
私はそれをもちろん断固拒否するつもりでいたが、その一方でまさか本物だったとは、と少し感心してもいた。
一体どんな成分なんだろう。材料は何を使っているのだろう。あるいは本当に魔女の薬だったり? もう飲む気はないけれど、その商人に製法を聞きに行ってもいいかもな、なんて思っていた。
後日、例の薬はただのオレンジジュースに酒精を混ぜたものだと判明して、私がしばらく布団から出られなくなったのはまた別の話だ。
終わり