久々に会ったリンウェルに追っかけ(?)が付いていて、ロウが嫉妬する話。ロウが少し意地悪で無理やりっぽく見えるかもしれないですが、愛はあります。ご都合遺物(本)/フ〇ラ/生挿入など(約8,800字)

☆ひとり相撲

 広い宮殿にもこんな小さい部屋があるんだな。
 薄暗い空間に窓はなく、壁にランプがひとつかかっているだけ。それでも独房よりははるかにマシだが、こんな部屋、倉庫以外に使い道はないだろう。
 ロウがここを訪れたのはひとえに探してほしいものがあると依頼を受けたからだった。聞き込みを続けるうちに「宮殿で見た気がする」という噂を聞き、とうとうここまでたどり着いたのだ。
 事情を説明すると、宮殿の兵士は倉庫の前まで案内してくれた。
「おそらくこの中にあると思うのですが……」
 これが一般市民であれば兵士の監視も付いただろう。だが世界を救った英雄の仲間かつ、メナンシアでいまだ敬愛されるテュオハリム様のご友人ともなれば話は別だ。
「お好きにご覧下さい。終わりましたらまたご一報いただけると幸いです」
 兵士はそれだけ言うと、それでは、とまた元の持ち場へと戻って行ってしまった。
 考えが甘かったなとロウは反省する。ひょっとしたら兵士が探し物の在り処を知っている、なんてのはあまりに都合の良すぎる展開だったかもしれない。せめて一緒に探してくれやしないかとも思ったが、あの様子を見るにそれは難しいだろうし、そもそも既に彼が立ち去った後では手遅れだ。
 とはいえ自分はこれから目の前に並ぶおびただしい数の収蔵品の中から目当てのものを探さなければならないのか。たった一人で。そう思うと今にもため息が落ちそうになる。
 いやいや、今日こそはこの依頼を終わらせると決めたはずだ。終わらせて、気持ちをすっきりさせてあいつに会いに行く。長い間会えていなかった恋人に。
 そう思って気合を入れ直してからほんの十数分。まさかその恋人の方から姿を見せてくれるなんて、誰が予想していただろう。
 突然開いた扉の音に、ロウの心臓は飛び上がった。
 中に飛び込んできたのはリンウェルだった。リンウェルもこちらの姿を見て一瞬驚いたような素振りを見せたが、すぐさま意識をドアの方へと向ける。
「な、なんだ?」
「しーっ! ちょっと静かにして!」
 声を潜めるリンウェルに首を傾げながらも、ロウは言われた通りにする。
 リンウェルはしばし倉庫の扉の隙間から外の様子を窺っていた。ばたばたと廊下を駆ける数人の足音がする。「リンウェルさーん」と誰か男の声で呼ぶ声もした。
 ますます疑問は増える。なんだこの状況。一体何が起きている。
 やがて足音は過ぎ去り、声も聞こえなくなった。辺りの気配がなくなったことを確認して、リンウェルはようやくこちらに向き直った。
「ロウ、久しぶり! 元気してた?」
「おう久しぶり……ってそうじゃねえだろ! なんだよ今のは」
 再会を喜びたい気持ちは山々だが、それより気になることがありすぎる。どうしてリンウェルは隠れている? どうして追われているみたいになっているんだ?
 ロウの問いに、リンウェルは「ちょっとややこしいことになっちゃって……」と息を吐いた。
 リンウェルが手元に抱えていたのは、一冊の古書だった。
「封印がかかってたんだけど、私が解いちゃったんだ」
 もちろん頼まれて解いたんだからね! と付け足してリンウェルは本を開く。そこには細々とした文字が虫みたいにうじゃうじゃ並んでいた。
「本によると、封印を解いた時に近くの人に影響が出ちゃうみたいなんだよね。気分を高揚させるとか、気持ちを増幅させるとか」
「それであいつら、お前を追いかけてたのか? なんのために?」
「それが……」
 リンウェルは少し言いづらそうにしながら、「私のファン? みたいで……」と呟いた。
「ファン?」
「みんなよく〈図書の間〉に来る人たちなんだけどね。珍しい古書を見つけたって今日も知らせに来てくれたんだ。封印が解けた時、様子が変だなって思ってたら、急に『好きです』とか『デートに行きましょう』とか言ってきて……怖くなって逃げてたの。そしたら追いかけてくるから、隠れられる場所ないかって探してて、倉庫の鍵が開いててラッキー、と思って」
 それでこの部屋に飛び込んできたわけか、とロウは納得する。納得しかけて、ふと思う。いや待て、その前に聞き捨てならない部分があった気がする。好きです? デートに行きましょう? それはもはやファンの域を超えているだろう。封印を解いた影響で気持ちが増幅されているなら、そいつらは元々リンウェルのことが好きで、今の今まで気持ちを隠していただけじゃないのか。
 その辺をどうやらリンウェルはよく理解できていないようだった。いつも部屋でそうしているように、古書を眺めてはうんうんと唸っているだけ。相変わらずの様子にはどうにも危機感が足りていない。
 今ここでリンウェルを外に出すのは危険だ。ロウはそう判断した。俺がここで匿って、こいつを守ってやらないと。
「その影響ってのはどのくらい続くんだ?」
「えーと、たぶん数時間から、長くても半日くらいだと思う。そんなに強い封印じゃなかったし」
「だったら、それまでずっとここにいろよ。もしあいつらが来ても俺が何とかする」
 えっ、とリンウェルが目を見開いた。
「怖いんだろ。なら、ここで隠れとけ。ひとりであちこち逃げ隠れするよりマシだろ」
 そうだね、と言って、リンウェルは頷いた。それに続いた「ありがとう」には安堵の表情が見て取れた。
「ところでロウはこんなところで何してたの?」
 お仕事? と首を傾げるリンウェルに、ロウは本来の目的を思い出す。
「そういやそうだった。お偉いさんの依頼だよ。前言ってただろ」
 ロウの言葉に、リンウェルはああ、と思い出したような顔をした。この依頼のことは、リンウェルには依頼を受けた当初に話したことがあった。
「あれからあちこち回りながら情報集めてて、やっとそれらしい話が聞けたんだよ。んで、目撃情報のあった宮殿に探しに来てたってわけだ」
 自分の中の計画では、スムーズに依頼をこなしつつ、夜にはこっそり家に行ってリンウェルを驚かすつもりだった。どこか美味しいレストランにでも誘って、久々の再会の夜をちょっと贅沢に過ごそうと思っていたのに。
 探し物はなかなか見つからない。この部屋に入ってもう20分ほどが経過しているが、それらしい影すら見当たらなかった。これまでに得た手がかりはここだけだ。ここで見つからなければまた振り出しに戻ってしまう。
 ロウが吐いたため息に気付いたのか、リンウェルは覗き込むようにして言った。
「私も手伝おっか?」
 え、と思わず声が漏れる。
「その様子じゃ、まだ見つかってないんでしょ? 一人より二人の方が早いよ。それに私、普段から探し物ばっかりしてるから得意だと思う」
 探すのは本ばかりだけど、とリンウェルは笑った。その笑顔ほど心強いことはない。恋人に仕事を手伝わせるのは多少気が引けたが、それでも早く終わらせるべきことには変わりない。この仕事のせいで何度メナンシアに来る機会を逃したか。
「そうか? じゃあ頼む」
 ロウの言葉にリンウェルは「任せて」と胸を張ると、棚の引き出しを片っ端から開け始めた。どうやらしらみつぶしにすべて探し尽くすのがリンウェル流らしい。
「お前、いつもあの〈図書の間〉で本探してんのか?」
 辺りを探りつつロウが訊ねると、リンウェルは「うん」と返事をした。
「どうしても手が足りない時とか、司書さんが手伝ってほしいって。みんなに本好きになってもらいたいし、喜んでOKするよ」
「じゃあそれは、たとえばその、外のあいつらにもか?」
 もごもごとしたロウの問いには、リンウェルも首を傾げる。
「当たり前じゃない。本は誰に対しても平等だよ」
「そ、そうか、そうだよな」
 なんでもないふうを装いつつ、ロウはどこか釈然としない気持ちを隅に追いやろうとする。追いやろうとはするが、どうしても苛立ちが先に立つ。
 きっとあいつらはリンウェルが親切であることをいいことにあれやこれやと本探しを手伝ってもらっているに違いない。向けられた笑顔が外向きのものであることにも気が付かず、だらしなく鼻の下を伸ばしているのだ。それで好意を寄せようだなんていい度胸だ。そういうのはこいつの寝起きの悪さを知ってからにするといい。
 リンウェルもリンウェルであいつらの下心には気付いていないのだろう。週に何度も本を借りに来ても、本が好きな人なんだな、くらいにしか思っていない。むしろ喜ばしいことだと思って笑顔を振りまいている可能性さえある。気付け、あいつらの狙いは本じゃない。お前なのだ。そう忠告したところでどうせリンウェルは「何言ってるの? そんなわけないでしょ」と呆れるだけなのだろうが。ロウが背中を向けて吐いたため息には、今度はリンウェルも気が付かなかった。
 手数が倍になったとはいえ、探し物はやはり難航した。小さい倉庫とはいえ収蔵品の数は膨大だ。壁際には天井まで木箱が積み重なり、棚からは今にも物が雪崩れそうになっている。そこからお目当てのものを探し出すのは至難の業とも言えた。おまけにできるだけ物音は立てたくない。リンウェルを探している外の奴らが集まってきては困る。
 木箱を全部開けたところで、ロウは白旗を上げた。
「だめだ、いったん休憩」
 集中力が切れた。気を遣いながらの作業はなかなか骨が折れる。
 ロウはぐぐっと腕を伸ばして背伸びすると、そのまま部屋の隅に腰を下ろした。
「だめ。こっちも全然見つからない」
 肩を落としたリンウェルが眉をハの字にする。
「ここで見つからなかったらどうするの?」
「そん時はまた一から情報集めだな」
 とはいえ大体各地で話は聞いた。これ以上の情報はおそらく得られないだろう。
「できれば今日中に片付けちまいたいけど、まあこればっかりは分かんねえからな。なるようにしかならねえだろ」
「そっか……」
 声を潜めたままのリンウェルがロウの隣に腰を下ろす。そうしてロウに倣い、リンウェルもまた伸びをした。
 リンウェルからは石鹸のような、花のような、いい匂いがした。愛らしい横顔も相まって、不意に衝動に駆られる。
「リンウェル」
 なに? と、振り向いたリンウェルに、ロウは軽く口づけた。見開かれた琥珀色の瞳は吸い込まれそうなほどに大きい。
 数秒のキスの後で唇を離すと、リンウェルはちょっとむくれていた。
「……ここ宮殿なのに」
 もしかして嫌だったかと思い、慌てて謝ろうとするが、どうやら違った。リンウェルは辺りの気配を窺ったと思うと、今度は自分から距離を詰めてきた。
「でも、誰も見てないからいっか」
 ふふっと小さく笑って細められた瞳は、寄せてきた唇が触れあう直前で完全に閉じた。
 
 何回、何秒。どれだけ重ねても飽きないから、キスというものは不思議だなといつもロウは思う。
 今日も今日とて、交わした言葉よりもキスの方が多いんじゃないだろうか。数えたわけではないから、正確なことは知らないが。
 それも致し方ない。今日に限っては状況が状況だ。およそひと月ぶりの再会に、あまり物音を立ててはいけない条件。募った気持ちをぶつけ合うにはこうするのが一番手っ取り早い。
 礼儀正しく上唇と下唇を合わせるキスも嫌いではないが、それだけではどうにも物足りなくなってしまうのは自分もリンウェルも同じだった。相手を食み、温度も感触も一緒くたに味わえるような口づけでないと満たされない。そうして隙を見ては相手の内部に侵入し、もっと深いところで交じり合うというのがお決まりの流れでもあった。
 でも今日はなぜかふと悪戯心が芽生えた。ロウはリンウェルの腰に回していた腕をそっと持ち上げると、そのままそれをリンウェルの耳へと這わせる。
「……あっ……!」
 途端に上がるのは甘く、可愛らしい嬌声だ。久しく聞けていなかったその声に胸が熱くなるのを感じた。今にも溢れそうな愛おしさを、さらに指先へと込める。
 リンウェルの肩が小刻みに震えるのを感じながら、ロウは何度も何度もその外郭を擦り上げた。相手の弱点を攻めるのは戦いの基本。都度漏れる甘い吐息はこの戦法が効果的である証拠だ。
 合間に盗み見たリンウェルは、それはもう蕩け切っていた。小さな舌を必死に動かし、口端からはどちらのともつかない唾液が溢れている。耳への刺激で跳ねる体はまるで情事を思わせた。かわいい。このままここに閉じ込めておきたいほどに。
 こんな姿、外のあいつらが見たら卒倒するだろうな。自分の中でほくそ笑む悪魔を足蹴にしつつ、ロウはなおも激しいキスを絶えることなく見舞った。もちろん、指は弱いところに這わせたままで。
 とうとうリンウェルが音を上げた時には、リンウェルは肩で呼吸をしていた。すっかり赤らんだ頬はこの上なく扇情的で、乱れた前髪がそれに拍車をかけていた。
「……ロウのバカ」
 唇を尖らせて、リンウェルが言う。
「さすがにやりすぎでしょ」
「悪い、お前がすげえかわいいから」
 理由になってない! とむくれるリンウェルは次の瞬間、何かに気付いた。
「……ねえ、まさかとは思うけど」
 その視線の先に映るもの。その先端をおそるおそる指でつついて、リンウェルは叫んだ。
「なんでおっきくしてるの!」
 声を潜めて、それでいて精いっぱいの大声だった。
「いやなんでって、そりゃあお前がすげえかわいいから」
 目の前でかわいい恋人があんなふうに乱れているのを見て興奮しない男などいない。当然だろ、というふうにロウは言った。
「ど、どうするの、それ」
「さあ。ほっとけばおさまるだろ」
 別に大したことではない。男はそうして生きてきたし、これからも生きていくのだ。
 でも、どうやらリンウェルにとっては違ったらしい。天に向かって主張するそれを一度視界に入れてしまうと、どうにも気になって仕方がなくなってしまうらしかった。
 できるだけ気にしないふりをしようとしているのか、身体をあっちに向けたりこっちに向けたり、リンウェルは試行錯誤していた。視線を逸らしてはみるものの、結局はちらりとそこに目が行く。どこを見ていても意識がそこに向いていることは分かった。リンウェルは純情そうに見えて、案外こういう面がある。
 しかしリンウェルの次の発言には、まさに度肝を抜かれた。
 唇を離して数分、リンウェルはロウの服の裾を掴んで言った。
「口で、してあげよっか……?」
 驚いて、思わず声を上げてしまいそうになった。
 何を、なんて問う必要はなかった。リンウェルのそれまでの挙動と、こちらを見つめる羞恥に潤んだ瞳を見れば一目瞭然。
「い、嫌ならいいんだけど」
「そんなわけないだろ」
 いいのか、ともう一度問うと、リンウェルはおずおずと頷いた。
 ロウがそれを取り出すと、リンウェルの目が大きく見開かれた。ごくりと喉が鳴るのが分かる。微かに紅潮した頬だって、気のせいではないだろう。
 それでも躊躇う様子は一切なかった。グローブを外した指が、竿の部分に触れる。
 互いに息を呑むと、リンウェルの指が動いた。上下にそれを扱きつつ、唇をつける。隙間から差し出された舌の動きがたまらなかった。熱くて、まだ遠慮がちに這うそれが裏筋をなぞっていく。
 下から上に。根元から雁首まで。往復しながら時折こちらに視線を送ってくるリンウェルは、この上なくいやらしかった。あまりのいやらしさに興奮が収まらず、吐息が掛かっただけでも心臓がどくどくと脈打つ。自身もいっそう硬さを増した。
 唾液をたっぷり含ませた咥内で先端を銜えられると、声が抑えられなかった。しばらくひとりでそういうことをしていなかったというのも大きい。感覚がいつになく鋭くなっている気がする。
 絡みついてくる分厚い粘膜の感触に今にも腰が揺れそうになった。本当はこのまま幾度となく突き上げ、その小さな口を犯してやりたい気もしたが、懸命に奉仕するリンウェルを見ているとそんな気持ちも徐々に薄れた。
 ふとリンウェルが視線を上げる。その愛くるしい瞳には似つかわしくないものを手の中に収めたまま。
「気持ちいい?」
 問われて、ロウは頷く。
「すげえいい」
 そう言って、再びそれを銜えこむリンウェルの髪を撫でた。大きく垂れ下がった前髪を耳の方へと流してやる。
 リンウェルは嬉しそうに目を細めていた。口の中の舌の動きが活発になって、敏感なところに触れる。気持ちいい。一瞬でも気を抜けば、達してしまいそうなくらい。
「こんなところ、他の人に見られたら大変だね」
 ふとリンウェルがそんなことを言った。
 その言葉に、どうして頭に血が上ったのか分からない。情事の最中にほかの男の話題を出されたからか、あるいはまだそんなことを考える余裕があったのかと問い詰めたい気持ちからか。
 ロウは立ち上がると、次の瞬間にはリンウェルの腕を引っ張り上げ、その下半身に纏っているものを無理やり脱がせていた。
「ちょ、ちょっと、ロウ……!」
 壁に手を突かせて秘部に手をやる。ぬらぬらと輝きを放つそこは、何の抵抗もなくロウの指を受け入れた。
「随分濡らしてるな。俺の舐めて興奮してたのか?」
「だ、だって……っ」
 背中越しにリンウェルが声を震わせたのが分かった。その動揺から見るに、どうやら図星らしい。
「こんだけ濡れてんなら、いいよな」
「え、ま、待って、ダメ……!」
 リンウェルの制止も聞かず、ロウはその細い腰を掴むと自身をそこにあてがった。先端が秘部を捉えた瞬間、一気に最奥まで貫く。
「――~~っ……!!」
 上がりかけた悲鳴を、リンウェルは手のひらで抑え込んだようだった。それがまた気に食わない。そんなに外の奴らが気になるのか。
 心の中で舌打ちをしつつ、ロウは容赦なく腰を打ち付けた。それこそ苛立ちをぶつけるかのように。
 皮膚同士の弾ける音に水音が混じる。狭い倉庫が一瞬にして淫猥な空間へと化す。
「すげえ締まってるぜ」
 いつもより感じてんだろ? と耳元で囁くと、リンウェルは強く首を振った。ちがう、とでも言いたげだ。
 強情な奴だと右手を腹に這わせると、リンウェルの身体がびくりと跳ねた。察しがいい。それが向かう先がどこか、きちんと分かっているようだ。
 じりじりと指を下へ動かす。茂みの中を探り、勃起した陰核に触れた途端、リンウェルのナカがひと際締まった。
「……っ……!!」
 ぐり、と指先で摘まんでやると、リンウェルの口元を抑えていた手が緩む。ロウはそれをすかさず捕らえ、両腕を後ろへと引いた。
 心の中でロウはせせら笑った。これでその声を抑えられるものはない。悲鳴でも嬌声でも、いくらでも上げてしまえばいい。
「ぁ、……っ、あっ、あっ、んっ、……っ……!」
 ついにリンウェルから淫らな声が零れ始めた。抑えこもうと必死に堪えているようだがそれは叶わず、口端からは淫靡な嬌声が溢れ出す。
 気分が良かった。こんな時に頭の中に自分でない誰かが居座ったままなんて御免だ。ロウは腰の動きをいっそう大きくする。その反応がより大きくなるように。
 艶やかな声を漏らすリンウェルに、ロウは言った。
「いいのか? 声出すとあいつらに聞かれちまうぜ?」
 とうとう顔を出したのは、それまで隅に追いやっていたはずの悪魔だった。まるで憑りつかれたかのように口が動く。どの口がそれを言うのだ。そうさせているのはほかでもない自分だというのに。
「あいつら、こんなお前を見たらどう思うだろうな。宮殿の中だってのにはしたなく喘いで、悦んでるお前のこと、どんな目で見るだろうな」
 悪たれ口は止まらない、止められない。まるで溜まった鬱憤が一気に解放されたかのようだった。
 そうだ、俺は妬いていたのだ。ロウは思う。
 恋人でも何でもないあいつらが毎日リンウェルの笑顔を拝んでいるかと思うと腹立たしくてならなかった。それを一番近くで見られるのは、本来ならこの自分であるはずなのに。
 リンウェルだって、あいつらに慕われることをもしかしたら嬉しく思っていたかもしれない。たとえそこに下心が滲んでいたのに気付いたとして、それすら気分良く思っていたんじゃないか。
 あいつらはリンウェルに手助けを求めるふりをして近づき、リンウェルも笑顔でそれに応える。メナンシアの〈図書の間〉という、自分からはごく遠い場所で。
 まるで自分は蚊帳の外みたいで腹が立った。自分の知らないリンウェルがいるというだけで、はらわたが煮えくり返りそうだ。
 腰をもう何度か打ち付けたところで、リンウェルが微かに身じろぎをした。
「……関係、ないよ」
 そうして、それまで頑なに口をつぐんでいたリンウェルが唐突に言った。
「あの人たちがどう思うとか、関係ない。だって、私が好きなのはロウだけだもん」
 リンウェルはロウに向き直ると、その首に腕を回してゆっくりと微笑む。
「私は、ロウが好き。だから、」
 キスして、とリンウェルが言い終える前にロウがその唇を奪う。隙間を埋め合うようなキスは今日一番長いものだった。

 それから続きをしたが、ロウが達するまでそう時間はかからなかった。後始末を終えた後で、ロウはリンウェルに詫びた。
「悪かったよ。意地の悪いこと言ったな、俺」
 小さく俯くロウに、リンウェルはふふっと笑った。
「いいよ。意地悪言っちゃうくらい、私が好きってことでしょ」
「そりゃあまあ、そうだけど」
「なら、いいよ。でもやきもちはやめてよね。私にそういう気はまったくないんだから」
 リンウェルはふんと鼻を鳴らす。そうしてちらりとロウを見やった後で、
「でもまあ、それなりに傷ついたなあ。ロウにあんなひどいこと言われちゃって」と言った。
「わ、悪かったって。晩飯は俺が奢るから」
 そうロウが口にした途端、リンウェルはぱあっと表情を明るくする。
「ほんと? やったあ! この間、いいお店見つけたんだよね」
 顔をほころばせてはしゃぐリンウェルは見るからに上機嫌だった。
 そんなところが敵わないなとロウは思う。明日も明後日もその先も、おそらくこの先一生、リンウェルには敵わない。
 リンウェルには敵わないとして、ならば自分が戦うべき相手は。ロウは倉庫の外に強い視線を送る。
「……ぜってー負けねえ」
 ひとり呟き、ロウは改めて木箱の大群と向き直った。奴らと戦う前に、まずは手元の依頼を片付けねば。
 依頼を終わらせて、またメナンシアにいつでも来られるようになる。そうして初めて、自分は同じ土俵に立てるのだから。

終わり