久々の再会に遺跡で盛り上がっちゃう話。少しですが喋るモブが出てきます。野外/中出しなど(約8,800字)

☆隠し扉の奥

 荒い呼吸に紛れて、水音が響いた。頬にかかった吐息が熱い。
「なあ」
 額をこちらに押しつけたまま、ロウが囁く。
「いいだろ」
 私は微かに首を振って抵抗する。そしてそれをなかったことにするかのように、ロウが再び口づけてくる。
 何度繰り返しても、ロウは諦めてくれない。私から1つの答えを吐き出させるまで、離れようとはしない。
 退きたくても退けない。私の背後には分厚い石の壁が居座っている。固い床に押し付けられた手のひらが痛い。僅かに足を動かせば、砂のざらつく感触がした。
 一瞬の隙に、ロウが私の唇を割る。侵入した舌は鎮まることも緩まることもない。好き勝手暴れて、全部を我が物にしようとする。まるでお伽話に出てくるどこかの国の暴君みたいだ。
 そんな荒々しい口づけにすっかり蕩けてしまう私は、弱い。ぐにゃりと歪んだ背骨は体を支えることができず、必死の思いでロウの首へと縋る。絡み合った視線は何もかもを溶かす熱線のようだった。
「……嫌か?」
 口の中で紡がれたそれはあまりに狡い。
 嫌じゃない、嫌なわけがない。
 でも、ダメだ。
 だってすぐそこに、人がいるかもしれないのに。

 しばらくぶりの晴天に、ロウを遺跡探索に誘ったのが今朝のこと。食事や道具の準備をして街を出ると、その晴れ間はさらに広がった。
 目的地は近場だったが、その手前の休憩ポイントに行ってみて驚いた。何とそこには先客がいたのだ。
「おや、君は……」
 帽子を取ってこちらに近づいてきたのは、自分と同じく宮殿で古代ダナの研究をしている男性だった。同じと言っても仲間内では名の知れた熟年の研究員で、人柄も穏やかで誰もが慕う人物でもあった。優秀な彼は研究においても名を残していて、彼の発見によって進展した研究はいくつもある。
 私も彼とは何度か話をしたことがあったが、親切な人だな、というのが第一印象だった。おまけに何でも知っているのに謙虚で、さらに向上心もあるという驚くべき人格者だ。
「こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね。もしかして、この先の遺跡に行かれるのですか?」
「ええ、そうなんです」
 私は素直に頷いた。彼に護衛について来てもらって、とロウを目線で促し、頭を下げさせる。
「実は私もその予定なんですよ。遺跡調査は好きですが、この年になるとそう遠くまでは行けないもので」
 彼は口元の髭を撫でながら言った。何かと都合が良いからと近頃はこの遺跡に通い詰めているのだという。
「どうでしょう、今日は協力調査といきませんか」
 あまりに突然の提案には、思わず「えっ」と声が出た。
「なに、好きに調べてもらって構いませんよ。あとでその結果を共有したいというだけです」
 いかがですか、と穏やかに微笑まれては引き下がれなかった。
 私は隣から視線を感じながらも、「もちろんいいですよ」と笑顔を作って答えたのだった。

 丸2か月。何がって、ロウと会えずにいた期間だ。
 戦闘の経験を買われたロウは各地で活発になっていたズーグル退治に駆り出されていたらしい。1つ依頼を終えるとすぐに次が舞い込み、まさにあちこちを飛び回っていたのだそうだ。
 ようやく事態も収束し、長い休みをもらってヴィスキントに到着したのが昨晩遅くだった。着くなりすぐにベッドに倒れ込んでいたあたり、本当に忙しい毎日を送っていたのだろう。あまりに深すぎる眠りは、私が立てた物音を少しも感知していないようだった。
 本当なら今日も休ませるべきだったのかもしれない。ところがぐっすり眠ったのが良かったのか、ロウは朝からはつらつとしていた。昨日までの疲労もすっかり吹き飛んだように元気で、「今日はどこか行くのか?」と訊ねてくる始末だ。
 そんなロウを家に閉じ込めておくのは気が引けた。ロウに外に出る気があるのなら、どこかに出かけた方がいいんじゃないか。
 というのは建前で、本当のことを言えば部屋でゆっくり過ごしたい気持ちもあった。だって2か月もの間顔すら合わせられずにいたのだ。2人の時間を楽しみたいと思うのは当然のことで、そこに余計なものは要らないと思った。
 とはいえ「部屋にいようよ」と言うのも何かを期待しているようで提案しづらい。そうして悩んだ先に出したひとつの答えが遺跡探索だった。遺跡なら外出しつつ、他の誰かに邪魔されることもない。外にいながら2人きりの時間を心置きなく過ごせると思っていたのに――。
「今日はいいお天気ですね」
 老年の研究員は朗らかに言った。先を行くのは彼が護衛に雇った2名の兵士で、レナの武装ほどではないがそれぞれ強固そうな槍を抱えていた。
 横目でちらりと覗いたロウの表情はいかにも不機嫌そうだった。一見しただけではわからないかもしれないが、私にはわかる。普段、ロウがこういう顔をめったにしないからこそなおさら。
 ロウもきっと私と2人で過ごしたいと思っていたに違いない。「今日はどこかに行くのか?」なんて口にしておきながら、その本心は私と同じだったのだ。だったらはじめからそう言ってくれれば、今ごろ部屋でゆっくりしていたのに。
 あるいはその言い訳についても同じことを考えていたのかもしれない。「今日は部屋にいようぜ」なんて下心を晒しているも同然だと、そう考えたのかもしれなかった。
 遺跡に着くと、老年の研究員はふうと息を吐いた。次いで鞄からメモ帳を取り出し、帽子を深くかぶり直す。
「私はこの辺の身近な場所を見て回ります。君は奥の方を調べるといい。あっちは狭いですが、まだまだ未発見のものが溢れているでしょう」
 そう言って彼は護衛の1人を連れ、手前の通路へと入っていった。残されたもう1人はここで周囲の警戒にあたるようだ。
 私も同様に道具の準備をすると、言われるまま奥の通路へと向かった。この遺跡はなかなか広い。これまで何組もの研究員が調査に入っているが、まだその全貌は明らかになっていない。彼が言ったように奥の通路の先は狭い上に足元も悪く、あまり調査が進んでいない箇所の1つでもあった。別に今日はそこまで真剣に調べに来たわけではないものの、ああ言われてしまっては進まないわけにもいかない。何かあってもロウがいると思えばその足取りも軽くなった。
「ごめんね」
 辺りに気配がなくなったところで、私は呟いた。
「こんなはずじゃなかったんだけど、つい断り切れなくて」
 私の言葉にロウは小さく息を吐いて言う。
「別に、お前のせいじゃねえだろ。あんなの、俺だって断れる気しないぜ」
 だから気にすんな、とロウは私の髪を優しく撫でた。そんな仕草ひとつにも心臓がどきどきして、今にもその胸に飛び込みたいくらいなのに、いつそこの角から彼が現れるかわからないこの状況では難しい。私は衝動をぐっとこらえると、壁に印された意匠のスケッチをとり始めたのだった。
 そのうち何か所目かで気になる紋章を見つけた。それは今まで壁に印されていたものと似ていたが、よく見ると細かな部分が違っていた。
 そっと指を這わせてみると、なんだか壁の素材そのものが違うもののように思えた。まとわりつく粒子の大きさが違う。色も周りの壁とよく似てはいたが、少しくすんでいるように見える。
「どうした?」
 私の様子に気付いたロウが後ろから声を掛けてきた。近づこうとするその影を手で制する。
「ここの壁、ちょっと変なんだ」
「変?」
「罠か仕掛けかも」
 その言葉にロウは咄嗟に身構える。床や天井を見回し、その気配がないかと辺りの様子を詳しく探る。
 以前にもこうした状況に遭遇したことがあった。あの時は私の知識も浅く、好奇心のまま壁を探っていたところ、何かのトリガーが発動して危うく落とし穴に落ちかけた。あの時ロウがいなかったら、私は深い穴の底でいつ来るかもわからない助けを待ち続けることになっていただろう。
 その経験が私たちの警戒心を強くした。とはいえ今のところ何か矢が飛んできたり床が抜けたり、そういった危険は薄いように思えた。ならいったい、この壁の違和感はどこからきているのか。
 私はロウに合図を送ったところで、その壁を強く押し込んでみた。足元に注意しつつ、体重を腕にのせる。
 するとどうだろう、目の前の壁が重い音を立てて動き始めた。軸があるのだろうか、それを中心としてまるで板が回転するかのようだった。
 現れたのは、どこかに繋がるこれまた古い通路だった。外のものと違って風雨に晒されていないため、保存状態はすこぶる良い。薄暗い壁に松明を点すと、壁に印された数々の文字がぼんやり浮かび上がった。
「すごい……」
 思わず感嘆の声が漏れた。ここはきっと今まで調査に入った研究員たちの誰も見つけていない場所だ。そんな場所を自分たちが見つけられたこと、そして目の前に広がる貴重な史料に胸が打ち震えた。
「すげえな、ここ」
 ロウにもそれは伝わったらしかった。ロウは普段、遺跡や遺物を目にしても特に興味を示さない。何が面白いのかと首を傾げていることがほとんどだ。
「なんつーか、呑まれそうになるな」
 それでも今回は違った。あちこちを見回しては「へえー」「すげー」などと声を上げ、その緻密なつくりに感心しているようだった。あるいはこれまでとまるで異なる様相の光景に新鮮さを覚えているのかもしれない。
 本当なら私自身も今すぐ壁に飛びついて、それを隅々まで眺めていたい気持ちはあった。だが規模が規模だけに、どうしても冷静でいなければという理性が働いてしまう。これだけ価値があるものを下手に動いて傷つけるわけにはいかなかった。
 私はとりあえず奥まで通路を歩くと入口まで引き返し、すぐそばの小部屋に入った。隅の瓦礫に腰掛けノートを開き、簡単に見取り図を描く。通路から入れる部屋は大小合わせて6つほどあった。その大きさから調査に必要な人員、期間を計算していく。通路の壁も合わせると、そこそこ大規模なものになりそうだ。
「なあ、何やってんだ?」
 同じく隣に腰を下ろしたロウがこちらを覗き込んでくる。
「何って、調査の計画。これだけ広いと私1人じゃ調べ切れないから、手伝ってもらおうと思って」
 この場所を独り占めしたい気持ちがないと言ったら嘘になるが、それでも調査には骨が折れそうだ。ならばここは一旦効率を取った方が自分のためにも、周りの研究ためにもなる。
 とはいえこの場所まで辿り着ける研究員はどれだけいるだろう。道の悪さや安全面の確保のことも考えると、まずは小規模な隊でもう一度ここを訪れた方がいいのかもしれない。あるいは別の入口を探すのもひとつか。もし他にここへと繋がる経路が見つかれば、より安全に調査を行えるかもしれない。そうすれば人員も増やせて期間も短くできて――。
 アイデアを書き留め、ノートに並べていく。こういった考え事をしている間はついつい時間を忘れてしまいがちだ。
「なあ」
 ふと肩を抱かれ、顔を上げると同時に迫ったのはロウの顔だった。唇に柔いものが一瞬だけ触れる。
「いつ終わんだよ、それ」
 いかにも不満そうにロウが言った。
「も、もうちょっとだから」
「もうちょっとって、どんくらい」
「それは……」
 答える前にもう一度唇を塞がれる。先ほどよりも強く、深いそれに心拍が急上昇した。
 指からペンが零れ落ち、それを拾おうとした腕をロウが引き留める。
「もう散々待ったんだけどな」
 低い声で囁くロウは、ただ私の目だけを見つめていた。その目はまるで獲物を捉えた時のような、狩りをする時のような目をしていた。
 その迫力に気圧され咄嗟に後ずさるが、背後には分厚い石の壁が迫っていた。背中に硬くひんやりとした感触がする。逃げ場はない。伸びてきたロウの手が顎に掛かる。
 そこからはもう、惜しみない口づけが降ってきた。会えずにいた2か月を埋めるような、優しく、それでいて熱いキス。舌と舌が絡み合うと、頭の中身も一緒にどろどろに溶け落ちるようだった。
 これほどまでにロウは自分を求めてくれていたんだ。そう思うと思わず涙が溢れそうだった。必死に舌を差し出し、拙いながらもそれに応える。そのくらいには私もロウを欲していた。
 ロウのキスを受け入れながら、縋りながら、それでは到底満たされないということもわかっていた。
 会えなかった時間で私たちの心にはぽっかり穴が空いていた。それを埋めるにはキスだけでは足りない。もっと深いところで繋がらないと――。
 ロウの手が胸に触れた時、
「だ、だめ……っ!」
 私は咄嗟に首を横に振った。
「……なんでだよ」
「だ、だって、ここは……!」
 野外で、遺跡で、それも未知の領域で、おまけに近くには人もいる。今のところ気配は感じ取れないが、いつそこにある隠し扉に気付かれるかはわからない。
「大丈夫だって、バレねえよ」
「そういう問題じゃなくて……!」
「だったら、どういう問題なんだよ」
 ロウはなおも食い下がる。
「考えてることは同じだろ。これ以上まだ我慢しろっていうのかよ」
 そんな顔しといて、とロウは再び深く口づけてきた。顎を捉えていた指は首筋から耳へと上っていき、外郭を柔く擦り上げる。
「ひあっ、ああっ……!」
 たまらず声を上げる私を見て、ロウは満足そうに笑った。
「そんな声出してたら、すぐ気付かれちまうかもな」
 耳元で囁かれると、もう口をつぐむしかなかった。ロウの首に腕を回し、首を振ってその意思を示すだけ。
 それもほんのわずかで終わった。すっかり蕩けた私の頭は深く思考することを放棄して、ロウの指から与えられる快楽にただ身を躍らせるようになっていた。
 2か月ぶりの接触、しかも場所は遺跡内の一画とはいえ、ロウは私の弱いところを的確に探り当ててきた。瓦礫の上ではまともに服を脱ぐことすらままならないのに、シャツの上から器用に下着をずらし、胸の突起を爪先で擦り上げる。布の摩擦も相まって、私の口からは次々とあられもない声が漏れた。それこそ隠し通路一帯に響いてしまうような嬌声で、ダメだと頭の中ではわかっているのに、どうしても抑えることができない。口を閉じようとすればするほど、大きく零れてしまうのだ。
「なんだ、やっぱりお前も我慢できなかったんじゃねえか」
 からかうようにロウは言ったが、反論は出来なかった。本当のことを言えば今朝目覚めた時から、いや、昨日の夜ロウと再会した時から体は疼き始めていたのだ。そうと知られたくなくて必死で押し隠してきたのをこうして暴かれてしまって、もう歯止めがきかなくなってしまった。ロウが欲しくて堪らないと体中が叫ぶ。身の内からどくどくと溢れる渇望はもはや誰にも止めることはできない。
 私は訴えるようにキスをしたが、ロウは「そう焦るなって」と笑った。
「久しぶりだから、一応な」
 そう言ってショートパンツの隙間から指を挿し入れ、下着の上からそこをなぞった。
「っ、あ、んっ……」
「すげえびしょびしょ」
 誰のせいよ、と思いながら腰を揺らす。下着をずらして直接触れたロウの指は長くて太くて、やっぱり男の人の指だなと思った。
 くちゅくちゅとナカを掻き回されると、鼻から抜けるような声が漏れた。甘い声からやや艶っぽいものに変わったのが自分でもわかって恥ずかしくなったが、それもすぐに気が逸れた。蠢くロウの指はそれ自体が意思を持った生き物のようで、決して広くはない私のナカをあちこち探り回った。何を探しているの? それともただ、弄んでいるだけ? そんなふうに考えているとロウの指先がいいところを擦り上げるので反射的に声が出た。もうほとんどそういう装置みたいだ。ロウが指を動かす強弱に合わせて声を出す装置。
 いつの間にか指が増えていたことにも気が付かなかった。ロウは指を引き抜き「こんなもんだろ」と笑うと、愛液に塗れたその指をひと舐めしてみせた。糸を引くそれがいやらしくて恥ずかしくて堪らないのに、どうしてか目が離せない。ロウはいじわるだ。それを見た私の反応を愉しむなんて。
「本当はもっと可愛がってやりたいんだけどな。さすがにちょっと無理そうだ」
 その場に立ち上がったロウの下腹部に目をやると、それが服を押し上げるほどはっきり主張しているのが見て取れた。
 いわばそれはロウの分身であり、私を求める欲望そのもの。そう思うと歓喜で胸がどうにかなりそうだった。
 震える膝をなんとかこらえ、立ち上がる。下着ごと穿いているものを摺り下ろし、片足をブーツから引き抜いた。
 足首に引っかかっている下着やらショートパンツやらを気にしている余裕はなかった。私は片足を自ら持ち上げ、ロウの首に腕を回した。
「すげえエロい」と笑ったロウは腰のベルトを素早く外すと、穿いているものを脱ぐのもそこそこに私のナカに押し入ってきた。
「……――~~っ……!」
 ロウの肩口に唇を押し当て、必死に声を押し隠す。声にならない声が口端から漏れ、大きすぎる衝撃が背中を伝った。
「すげぇ……キツ……」
 ロウが苦しそうに息を吐くのがわかった。首筋に流れる汗で腕が滑る。離すまいと力を込めると、一房垂れ下がった髪からロウの匂いがした。
 事前に解したとはいえ、久々の訪れには快楽よりも衝撃が勝った。下半身に重たい痺れが走るが、これこそ自分が求めていたロウとの繋がり。体の奥底でロウとひとつになることなのだと思うと、感動で打ち震えそうになる。
「初めてのときみたいだな」
 まるで同じ感想を思い浮かべていたが、こんな場所が初めてになるのはかなわない。そうした少しの抗議の意味も含めて、私はロウにキスをした。昔よりは少し手馴れた、深めのキスだった。
 馴染んでくると、ロウが少しずつ腰を揺さぶり始めた。少しの律動だけでも電流みたいに全身に快感が流れ、声が出る。ナカを少しずつ押し広げられながら、それでいて内壁はロウのそれをぎゅっと捉えて離さない。戯れに下腹部に力を込めてみると、ロウが「うあっ」と小さく呻いたのがわかった。
「ふふ、かわいい」
「バカにしてんのか」
 してないよ、でもかわいい、という声はキスの中に飲み込まれた。ロウが悔しそうに「ったく、あぶねえな」などと悪態をつくのが聞こえる。
 ロウは私に後ろを向かせると、背後から抱きかかえるようにして自身を潜り込ませてきた。先ほどよりも深く、遠慮のない挿入。
「悪ぃ、もう限界」
 突然始まった激しい律動は、かろうじて残っていた私の理性をどこかへ追いやるのに充分だった。抑えなければならない声は垂れ流しで、おまけに「いい、きもちいい」なんて言葉まで零れてしまう。
 何よりロウに求められているこの感覚が、一番気持ち良かった。ロウが私の体で興奮している。欲しくて堪らないと腰を揺さぶる。ひとつひとつ頭の中で再確認するたび、脳汁が耳から溢れ出そうになった。人間の幸せは、本当は、誰かに必要とされることなのかもしれない。それが自分の必要としている人からならなおさら。
「あー、イく……っ」
 ため息のような声と同時に最奥が突かれた。ロウが私の背中を抱き、そのままどこか体の深いところで温かいものが溢れる感覚がした。
 やがてそれが引き抜かれた時には、どうにも物足りなさを感じた。まるで自分の体の一部を失ったような喪失感。ロウは既に私の体の一部なのかもしれない。
 私はロウに何度かキスを強請った後で、身の回りの片付けを始めた。身なりを整え、荷物を全て鞄に詰め込む。
 ロウはそんな私を見て目を丸くしつつ、ややたじろいでいた。どうしたらいいかわからない、というような表情で私を見つめていた。
 隠し扉から通路に出ようとする私を見て、ようやくロウが口を開いた。
「も、もういいのか?」
 明らかに動揺した声だった。
「いいって?」
「遺跡の調査だよ。まだ全部見終わってないだろ」
 私は間を置かず、「うん。けど今日はもういい」と答えた。
「なんで」
「なんでって、満足したから。いや、満足はしてないけど」
 わけがわからない、というふうに首を傾げるにロウに向き直って私は言った。
「もしかして、私が怒ってると思ってる? こんなとこでシたから」
「あー、いや……えっと……」
「別に、怒ってないよ。そりゃあまあ、神聖な遺跡で何やってんの! っていうのはあるけど、それは私も同罪だし」
 結局は本気で抵抗しなかった自分も悪いのだ。それよりも欲を優先させた罪は重い。
「だから、とりあえずはここは見なかったことにする。隠し扉もその中身も、一旦保留」
 しばらくは見て見ぬふり、気付いていないふりをする。本当はこの扉も通路の中も調べたくてたまらないけれど、今はひとつ呼吸を置いてぐっと我慢をする。
 これは罰だ。貴重な遺跡内でロウと良からぬことをしてしまった自分への、誘惑に負けてしまった自分への罰。そしてもう二度とこんなことがないようにという戒めでもあった。
 とはいえ反省はしていても、必ずしも後悔しているわけではない。
「それにね、気付いたの。報告とか調査計画とかより、今はもっと大事なものがあるって」
「大事なもの?」
 うん、と私は頷く。
 大事なもの。それは大事な人と一緒に過ごす時間。
 ロウと抱き合って身にしみた。私が今何より考えるべきは、ロウと過ごす休暇をいかに充実させるかなのだ。
「だから、あの人にももう今日は帰るって挨拶してくる。情報交換はまた今度にしましょうって」
 私がそう言うと、ロウはちょっと気まずそうに「いいのかよ」と言った。
「せっかくお前が見つけたのに。誰かに手柄取られるかもしんねえぞ」
「いいのいいの、その時はその時。私はそこまで心狭くないよ。それに――」
 今日このまま終わる方が許せないし。
 わざとらしくむくれて言ってみれば、ロウにもその意は伝わったらしい。だってロウ1人だけすっきりしておしまい、なんてずる過ぎる。
 続きは部屋で。そこにたどり着くまでは真面目な研究員と護衛を演じ切る。
 重たい扉を押して外へと出た。再び閉じられたそれが次に開くのはいつになるだろう。
 それまでこの秘密は胸に秘めておく。できればもうしばらくは誰にも暴かれませんようにと願いながら。

 終わり