まさかこの世に読んではいけない本が存在するなんて、思ってもみなかった。
きっかけはアウテリーナ宮殿の倉庫からとある古書が発見されたことだった。厚み、重みともに立派なそれは真っ赤な表紙をしていて、豪華な装飾も施されていた。細部には何かの紋様が彫られていて、見るからにただの古書ではないと誰もが思ったのだそうだ。
中を開いてみると、そこにはおそらく古代ダナで使われていたと思われる文字がずらりと並んでいた。というのも、その文字の存在は研究員の間ではよく知られていたが、図書の間の司書でその文字を読むことができる人は誰もいなかったのだ。
「それで私に解読をお願いしたい、と」
はい、と司書の女性は申し訳なさそうに言った。
「端から端まですべてとは言いません。せめてどんな分類に入るかだけでも調べていただきたくて……」
それがわからないうちはどこにしまっておくべきかもわからない。書架に並べるにしても、倉庫に保存するにしても、とりあえずの概要がわからなければ今後もずっとこの本の正体は〈不明〉のままだ。
提示された報酬が想像以上だったのもあって、私は二つ返事で了承した。それでなくとも珍しいと明らかにわかる本をみすみす逃す手はない。あるいは報酬がなくたって、ぜひ一度読ませてほしいと強請っていたかもしれない。
そんな本音は隠しつつ、私は平然を取り繕って言った。
「解読には少なくとも3日はかかると思うけど、それでもいい?」
「ええ、問題ありません。今のところこの本の存在は司書の間だけでしか知られていませんから」
1週間でも1か月でも支障は来さないでしょう、と言われて安心した。それなら焦ることなくじっくりこの本と向き合うことができそうだ。
早速本を持ち帰り、寝室にある机の上に置いた。簡素なつくりのこの部屋に、その豪華すぎる装飾の古書はまるで釣り合っていなかった。
いつものように飲み物を用意して椅子に腰かける。何気なく表紙をめくると、一瞬風のような何かが目の前をふわりと駆け抜ける感覚がした。
星霊術かとも思ったがそうではない。その証拠に、部屋には痕跡ひとつ残っていない。
気のせいか、と思って本を読み進める。確かにこの文字は古代ダナでよく使われていたものだったが、文章自体はそれほど難しいつくりではなかった。
序盤の章には国の成り立ちとか、文明の起源とか、そんな内容が記されていた気がする。
それから数分も経たないうち、私はなんだか自分の体が内側からじわじわと熱くなってくるのを感じた。
外は汗ばむような時季でもない。まさか風邪の前兆かと疑ったが、それにしてはほかに不調も見当たらなかった。
ただ、頭の中はみるみるぼやけていった。頭痛とか、そういうのとはまた違う。例えるなら目の前の光景に霞がかかったような、突然視力が悪くなってしまったかのような、そんな感覚だった。
座っているのも辛くなり、そこで一旦本は閉じることにした。ブーツを脱ぎ、そのまま隣にあるベッドへと横になる。
するとどうだろう、気持ちは落ち着いたが、今度は別のところに熱がこみ上げてきた。
――体の中心部。言ってしまえばそれは脚と脚の間の奥底で、つまりは……あそこが鈍く疼き始めたのだ。
どうして、と思う。どうして今、こんなふうになるの。
私はただ、本を読んでいただけだ。内容だっていたってごく普通のもので、こういう気分になるものではなかったはずだ。たぶん。
思考にはもう随分と濃い靄がかかっていた。おかげでその本に何が書かれていたかも思い出せない。自分がその本を開いていたのは、つい数分前のことだというのに。
その疼きの鎮め方くらいは知っていた。この歳になれば自然と体が昂ぶりを覚えてしまう時はある。
微かにわいた罪悪感に蓋をしつつ、そっと指を下着の中に滑り込ませる。茂みの中のさらに奥。普段誰の目にも晒されることのないそこは、溢れた愛液に塗れつつ何かに飢えているかのように内壁をひくつかせていた。
指を出し入れしたり、軽く掻き回したりしながら、浅い呼吸を繰り返す。びりびりと走る快感は徐々に大きくなっていき、腰はがくがくと震えた。
こんなにすぐ敏感になるなんて、欲求不満だったのかな。いや別に、そんなことはないと思うんだけど。心の中で独り言ちて思い浮かべたのは、現在は家を空けている恋人の存在だ。
ロウは3日ほど前から仕事でミハグサールの方に行っている。商隊の護衛とかなんとかで、戻るのはいつになるかわからないとのことだった。
「向こうでまた新しい仕事入るかもしんねえし、その辺曖昧なんだよな。まあ1週間はかからないんじゃねえか。船に乗せられたらわかんねえけど」
まるで他人事のように言って、ロウはけらけらと笑っていた。
恋人同士の営みは、出発前夜に1回した。たっぷりと時間をかけて身体中に触れて回るロウに、私は「恥ずかしい」と何度も訴えた。
「でもこっちの方が気持ちいいだろ。お前も良さそうな顔してるし」
「そ、そんなのわかんないよ」
「そうか? けどお前がわかんなくても、俺がわかってるからいいんだよ」
したり顔でそう言って、ロウはなおもしつこいとも言えるほどの愛撫を続けたのだった。
あの夜のことを思い出しつつ、陰核に触れる。自分でもわかるくらいにぷくりと腫れ上がったそれは、痛いほどに敏くなっていた。
ロウはそれを指で転がしたり、押し潰したりしていた。私が感じて、感じすぎてひっきりなしに声を上げても、決してやめることはなかった。
あとは胸。ロウはよく空いた手で胸の突起も弄る。爪で擦ったり、弾いたりしながら、それに合わせて変化する私の反応を見て嬉しそうに笑うのだった。
目を閉じ、まぶたの裏にあの夜のロウを描く。右の手で陰核、左の手で胸を弄り、ロウの幻覚を呼び起こす。単調だった自慰はたちまちロウの愛撫に変わって、口からは吐息が漏れた。
「ロウ、っ、ロ、ウ……っ」
目の前にあるのは幻影だと知りつつも、その手は止まらない。止めることができない。
思い切って2本目の指をナカに挿し入れると、その衝撃で腰が大きく動いた。ぐちゅ、といやらしい音がしたが、もはやなりふり構ってはいられなかった。
まぶたの裏でロウがふっと笑う。その指がいいところを捉えた途端、視界がくらんで全身に力が入った。
「い、イくっ、ああっ、イ、っちゃ、あっ――……!」
下半身を震わせながら達した絶頂は、これまでの自慰とは比べ物にならないほどだった。中心に残る甘い痺れはその余韻で、視界どころか脳内までを霞ませる。しばらく放心しながら、私は木造りの天井をぼうっと見上げていた。
こうしていれば体の熱は収まっていくと思っていた。が、今日は違った。心の熾火は鎮まることなく、むしろさらに燃料を与えられたかのように燃え上がった。
身体の火照りはいっそう高まり、あそこの疼きはますます強くなっていった。中途半端に自分で弄ったからだろうか。それともロウを思い浮かべてシたから……? だって、そうしなければ抑えられそうになかったのだ。自分の拙い刺激だけでは到底満たせそうになかった。
それに、と思う。ロウだったらもっと的確に、それでいて適切に私を気持ちよくさせてくれる。あんなたどたどしい動きじゃなく、もっと無遠慮で、もっと無作法ながらも私を手放しで感じさせてくれる。
「そんなのどこで習ったの」と訊ねるたび、「お前」と笑って答えるロウは、初めの頃より随分その腕を上げた、気がする。というのも、私にはその比較対象が過去の自分しかいない。以前からロウとする時は気持ち良かった気もするし、それがどれだけ違うかなんて到底わかり得ないことだった。
恋しい、と思う。別にこういうことをしたからじゃない。ロウが家を空ける日はいつだって寂しいと思ってしまう。ロウを困らせたくないから、表に出さないようにしているだけだ。
そばにある枕にはまだ数日前までそこに寝転がっていたロウの香りが残っていた。それをぎゅっと胸に抱き締め、大きく息を吸い込む。そうしてゆっくり目を閉じたところで、ふと玄関の錠が回る音がした。
「ただいまー」
壁の向こうから聞こえたのは、ロウの声だった。慌てて枕を元の位置に戻し、急いで身なりを整える。
「お、こっちにいたのか」
寝室のドアが開いて、ロウがひょっこり顔を出した。「ただいま。今戻ったぜ」
「お、おかえり。早かったね」
「まあな。向こうで船に乗せられそうになったんだけど、嵐が来そうだって欠航になったんだよ。そんで早く帰った方が良いって、荷馬車まで用意してもらえてよ」
鞄から使わなかった着替えやら洗濯物を取り出しながらロウは言った。
「街に寄りたかったんだけど、急げって言われちまって。土産買って来れなかった。悪いな」
「ううん、大丈夫」
私が首を振ると、ロウは今度は買ってくるから、と笑った。
「そんで、お前は昼間からベッドの上でどうしたんだ? 昼寝か?」
「あ、いや、えっと……」
私は数秒の逡巡ののち、「ちょっと具合が良くなくて」と言った。
「……は?」
ロウの目つきが一瞬にして変わる。
「なんだよそれ。なんで早く言わねえんだよ。どこがどう具合悪いんだ」
「え、あ、ちょ……っ……!」
ぐいと腕を引かれ、額をぶつけられる。「熱は……ちょっとありそうだな」
「風邪か? さてはまた風呂上がりに髪乾かさないまま本読んでたんじゃねえだろうな」
「ち、ちがうよ。風邪じゃなくって、これは……」
「風邪じゃないなら何なんだよ」
その時、不意にロウの指が肩に触れた。掠めるような、爪先で弾かれたような刺激に、体の芯が反応する。
「ひあ……っ」
上がった声は、甘かった。戯れでも演技でもなく、それはそういう時に出る、本気の嬌声だった。
「な、なんだ……?」
ロウは驚いたように目を丸くしていたが、それ以上に私自身が驚いていた。咄嗟に両手で口を覆い、息を呑む。状態はさっきよりも悪化している。なんで、こんな……。
「お前、本当にどうしたんだよ」
狼狽えながらもこちらを本気で心配するロウを、もはや誤魔化す気にもなれなかった。
私は自分の身に起こったことを正直に話した。本を読んでいたら頭がぼうっとしてきたこと。それで横になっていたら、体が熱くなってきたこと。
「風邪みたいな症状だけど、そうじゃないってことはわかるの……。頭はぼうっとするけど、痛いわけじゃないし。本当に風邪だったら、もっと具合悪いし……」
「ただ本当に、体が熱くてぼうっとするだけなの。今はもう、それだけじゃないみたいだけど……」
言いつつ、顔が赤くなる。触れられただけであんな声が出てしまうなんて、この身体はどこかのネジが外れてしまったのだろうか。
「げ、原因は何なんだ?」
ロウも動揺しつつ、必死に頭を働かせているようだった。
「原因がわかんないんじゃ、対処のしようもないだろ」
「そうなんだけど、特に思い当たることがないんだよね……。昨日も一昨日もなんともなかったし、遺跡に行ったわけでもないし」
逆にそれ以外に理由があるなら、心当たりなんて無限に存在することになる。それくらい毎日と変わらない日常をここ数日は過ごしていた。
「しいて言うなら、あの本なのかな……」
視線を向けた先には、解読を頼まれたあの本があった。真っ赤な表紙の、豪華な本。読んでいる時は気にも留めなかったが、そういえば開いた途端一瞬風が吹いたような気がしたのだった。今思えばそれが何かの仕掛けだったのだろうか。気付いたところで今さら状況は変わらないのだけど。
「別に見た目は普通に見えるけどな」
そう言って本に触れようとするロウを私は慌てて止めた。
「開いちゃダメ! 私みたいになったらどうするの!」
「けど、開いてみないことには何もわかんねえだろ」
「わかんないからこそ、被害を広げちゃダメでしょ。治し方もわかんないのに」
ロウは不満そうに口を歪めたが、「じゃあ、お前はどうすんだよ」と言った。
「……え?」
「お前はいいのかよ、そのままで」
「いいわけ、ないけど……っ……」
呟きながら、また身体の熱が一段階上がっていくのを感じる。
「お、おい、」
「だ、大丈夫だから。自分で、なんとか……するから」
「なんとかって、どうやって」
「そ、それは……わかるでしょ」
言わせないで、と口にすれば、ロウは気まずそうに頭を掻いた。
「だからしばらく一人にして。放っておいて」
お願い、と言ったのに、ロウはなかなか部屋を出て行かなかった。
それどころか靴を脱ぎベッドに上がり込んできたかと思うと、私を押し倒して覆いかぶさってくる。
「な、なんっ……」
「思ったんだけどよ、それを鎮めるのって俺が適任じゃねえか?」
その目はいつの間にか笑っていた。穏やかでいて、こちらを真っすぐとらえて離さない目。
「で、でも、万が一感染ったりでもしたら……!」
「そん時はそん時だ。まあ風邪とは違うんなら、平気だと思うけど」
なんて理屈だろう、と思っていると、深く口づけられた。一瞬の間に舌が唇を割り、奥へと侵入してくる。
たったそれだけのことで、それまで考えていたことはすべて無に帰した。頭の中はものの見事に空っぽになって、そこにロウの存在だけが浮かび上がる。
ちゅく、という音とともに唾液が絡めとられた。されるがまま身を委ねていると、不意にロウの体が離れていく。唇と唇の間には太く短く、銀の糸が引いた。
「遠慮も手加減もいらねえからな」
上衣を脱いだロウが改めて跨ってきた。
私は息を呑みつつも、身体の深いところが期待に震えるのを感じていた。
ロウの舌はよく動く。どこを這う時も、まさぐる時も、まるで遠慮というものを知らない。
初めて大人の、深いキスをした時からそうだった。おずおずと躊躇っていたのはほんの最初だけで、私が抵抗しないのを知るや否や、ロウは私の咥内を好き勝手掻き回した。
気持ちいいとか、そういうのはよくわからなかった。ただロウにそうされていると頭の中がぼやけてきて、物事を深く考えられなくなる。置いていかれないよう縋りつくのに必死で、呼吸の仕方とか自分がどんな顔をしているとか、そういうのに気を割いている余裕はまったくなくなってしまうのだった。
今日もそれは変わらなかった。ロウの肉厚な舌が、私の中で我が物顔をして暴れ回っている。
好き放題されているのに、私といえば必死で口を開けてそれに応えようとしていた。ロウを受け入れ、逆に自分もとロウを求める。絡まった舌先に夢中になっていれば、喉の奥から短い声が何度も漏れた。
しがみついた首からは、普段よりも強いロウの匂いがしていた。「もしかして結構急いだ?」と訊ねると、ロウが少したじろいだのがわかった。
「悪い、汗臭かったか」
ううん、と私は首を振った。
「この匂い、嫌いじゃないよ。むしろ結構好きかも」
変な奴、とロウは言ったが、きっと照れ隠しだったのだろう。ロウはまた深い口づけを寄越したにも関わらず、なかなかその目を合わせてはくれなかった。
下を脱がせてほしいと言ったのは私の方だ。濡れた下着の感触がどうにも不快だったのだ。
隠すものが何もなくなった私の下半身を見てロウは一言、「なんか、既にすげえ濡れてねえか?」と言った。
「まだキスしかしてねえのに」
「だ、だって、それは……」
私は言葉を濁した後で、
「さっき、一人でシたから……」と言った。
「さっきって、いつ」
「ロ、ロウが帰ってくるちょっと前……」
ロウは大きく息を吐いた後で、「もっと急げばよかった」と呟いた。
「え?」
「いや、別に、なんでもねえよ」
そう言ってロウは私の両脚に手を掛け、さらに大きく開かせる。と思うとその間に顔を埋め、ちゅっと音を立てて秘部を吸い上げた。
「ああっ……!」
何するの、と視線を投げたが、ロウは目で笑うだけだった。わずかに細められた目は、その後私の恥ずかしいところだけに向けられる。舌先があそこを這う感覚。そこは熱くて麻痺しそうなほどなのに、どうしてかその感覚だけはびりびりと鋭かった。
こんな感覚だったっけ。ここを舐められると、こんなあちこちに電流が走るみたいになるんだっけ。
そうされるのが久しぶりだったからか、あるいは身体の調子がおかしいからか、いつも以上に敏感になっている気がする。必死に口を閉じ、声を堪えようとするが、そうすればするほど内にこもる快楽は大きくなっていった。
やがて限界を迎えた自分の口からは、あられもない声が次々に上がった。耳を塞ぎたいのに、口を覆いたいのに、それは叶わない。
私の両手は無意識にロウの頭を押さえつけていた。必死に指先に力を込め、汗ばむ髪を握りこむ。離してほしいのか、続けてほしいのか、それすらもわからなくなっていた。
「やぁっ、やだ、ぁ、っ、ああっ、だめ、ねえっ」
吸われ、舐められ、突かれ、絶え間ない快楽が波のように押し寄せる。跳ねる腰はロウの腕によって抑えられ、逃げ場などどこにもなかった。だめ。いや。おねがい。おかしくなっちゃう。そんなことを何度も呟いたような気がする。
ロウが陰核を唇で食み、同時にナカに指を挿し入れられると、もう堪えられなかった。
イく、イく、となかばすすり泣きのような声を上げながら、私は達した。きゅう、とロウの指を締め付け、それがまたたまらなく気持ちよくて、私は長いこと達し続けた。
全身から力が抜け落ちた後も、しばらく視界はちかちかと明滅していた。肩で大きく呼吸を繰り返していると、ロウがこちらを覗き込んできて「大丈夫か?」と笑った。
「すげえイったな。ちょっと心配になったぜ」
「だれの、せいよ……」
「なんだよ、やめてほしかったのか? そうは見えなかったけどな」
私はむくれつつ、ロウの首に腕を回して縋りついた。バカ、と呟くと、ロウが小さく笑ったのがわかった。
「挿入れるぞ」との言葉には、すぐに頷いた。これほど深く達してもこの身体はまだ満たされない。むしろもっともっとと飢えは強まっているようにも感じた。
汗で張り付いたブラウスを脱ぎ、下着を外す。火照った体に汗がひんやり冷えていく感覚が心地良いくらいだった。
避妊具を着けたロウが覆いかぶさってくると、胸がどきどきと高鳴るのがわかった。開いた脚の間にロウが迫って、お腹の下のところが熱く疼き始める。
ロウのそれが秘部に触れた瞬間、思わず目を閉じ息を呑んだが、待ち望んだ瞬間はなかなか訪れなかった。それは確かにそこにあるのに、私に触れているのに、ナカに入ってこようとはしない。どうして、と思って目を開けると、そこには愉しそうに薄い笑みを浮かべるロウの姿があった。
「な、なんで……」
視線で訴えてはみるが、ロウは知らぬふりを決め込むだけだった。ただその腰を軽く揺らし、秘部にその先端を擦りつけるだけ。
「ねえ、っ、はや、く……っ」
逆に自分が腰を動かせば、じれったい中途半端な刺激に襲われる。一刻もはやくロウのそれが欲しいのに。そこをロウのそれで埋めてほしいのに。
今にも泣き出しそうになる私に、ロウは口元を歪めて言った。
「欲しいなら、どこに何が欲しいか言ってくれよ」
腫れ上がった陰核が、先端に突かれる。
「欲しいんだろ? どうして欲しいか言わないと、ずっとこのままだぞ」
なんてひどい意地悪を言うのだろう。ロウのバカ、ケチ、紙防御、と罵ってやりたいのに、残念ながら私にはもうそんな気力は残っていなかった。
私は大きく息を吸い込むと、「わたしの、」と声を振り絞る。
「……わたしの……おま〇こに、ロウの……、それ……っ」
「それって?」
「……お、おち〇ちん、いれて……」
おねがい、と乞う前にそれは叶えられる。薄膜越しでもわかるほどに熱いそれが、ナカを割って入ってくる。
「――――あああぁっ!」
堪らず大きな声が出た。
「挿入れるだけでいいのか? その後は?」
私はロウの首にしがみつき、「おく、おくっ」と言った。
「おくまでいれて、ついて……っ! いっぱい、何回も、ぐちゅぐちゅってしてほしいの……!」
もうほとんど何も考えていなかった。ほとんど脊髄反射で言葉が出て、その通りロウを受け入れる身体になっていく。
「ああっ、やあっ、あ、あ、ぁ、あんっ、もっと、そこ、いい、っ、きもち、いい、っ、」
奥を突かれるたび、口端からは声が漏れ出た。同時に頭のネジやら部品も外れていく気がして、このままでは治るどころか悪化してしまう。
それなのに、それでもいいかな、などと思ってしまう自分もいる。そのくらいには気持ち良かったし、もっとずっとこうしていたいとも思った。こんな状態で欲求不満じゃないだなんて二度と言えない。たとえあの本がなくたって、身体が火照っていなくたって、同じようにロウに煽られていたら、私はきっと同じセリフを吐いたに違いないのだ。
ロウが一度ナカで精を吐き出す。ずるりと引き抜かれたそれは僅かに項垂れていたものの、いまだ主張を続けているようにも見えた。
避妊具が外されたそれに思わずそっと指を這わせる。
「お、おい」
ロウはややたじろいだが、私は躊躇うことなく先端に軽く口づけた。
「……舐めたい」ほとんどこれも反射で出た言葉だ。
どうしてそう思ったかはわからない。普段私はあまり口淫をしないし、得意でもない。
でも今この一時だけは、そうしたいと心から思った。ロウの身体の一部分であり、自分と深く繋がるそれがたまらなく愛おしく思えた。
「やらせて。ダメ?」
ダメじゃない、と言う代わりに、ロウは私の髪を優しく撫でた。許しを得た私は満を持してロウのそれを口に含む。
ロウの吐き出したものに塗れたそれは、ちょっと青臭かった。避妊具の匂いも残っていたけれど、それほど気にならない。それより今はロウのそれが愛おしくて、触れていたくてたまらない。精液を拭い、代わりに唾液を纏うようにして舌を這わせれば、ロウがため息のような声を漏らすのが聞こえた。
下から舐め上げつつ視線を上げると、ロウは優しく、それでいて熱っぽい瞳でこちらを見下ろしていた。ロウが毎朝丁寧にセットする前髪も、今はすっかり汗で乱れてしまっていて、その姿にまた少しドキドキする。こんなロウを見ることができるのはこの世界でたった一人、私だけ。そう思うと嬉しくて、胸がきゅっと締め付けられる思いがした。
口の中でロウのが大きくなっていくと、私の下半身もまた甘く疼き始めた。こんなに愛されてもまだ足りないなんて、今日の私はやっぱりどこか壊れてしまっている。
それでも遠慮も手加減も要らないと言ったのはロウだ。私は後ろを向いてベッドに這う格好になると、わざとらしく腰を揺らして見せた。
「ロウの、ちょうだい」
カサカサと音がしたのはたぶん、避妊具を着ける音だったのだと思う。律儀だなと思っているとベッドが軋み、腰が乱暴に掴まれた。刹那、肉を割って入ってくるそれの衝撃に言葉を失う。ひと息に最奥まで達したそれはやっぱり大きくて、何より熱かった。
律動はすぐに勢いを増した。肉の弾ける音に粘度の高い水音が混じって、それをさらにかき消す嬌声が響く。それを出しているのはほかでもない自分だと思うと、恥ずかしくていやらしくてひどく興奮した。
後ろからされるのは嫌いじゃない。むしろかなり好きな部類で、動物的な交わりをしていると日常とは別世界にいるかのように感じられた。
今日は特にそうだ。背後から胸を鷲掴みにされ、強く腰を打ち付けられると、あまりの興奮と快楽で全身がどろどろに溶け落ちそうだった。もうほとんどうわごとみたいに「きもちいい」と呟く私を、ロウは容赦なく何度も貫いた。
「……大丈夫か?」
再びベッドに転がされ、惚けているとそんな声が聞こえた。
うん、と頷いたのも束の間、ロウは三度私の上に覆いかぶさってきた。まだまだ余裕のありそうなその表情を見て、さっきの言葉は別に心配から出たわけではないのだと知った。あれはロウの言葉で「まだついてこれるか」という確認にすぎなかったのだ。
ロウは軽いキスをひとつ落とした後で、舌を私の耳へと這わせた。細く尖らせた先端で中をこれでもかと犯し、空いた手の指先はいまだ敏感になっているナカへと潜り込んできた。
上も下も弱いところをまさぐられ、私の口からは悲鳴にも似た声がひっきりなしに上がった。ロウは「手加減は要らない」と言ったし、私もそのつもりでいたけれど、あれはもしかして私でなくロウ自身への言葉だったのだろうか。
耳を中、外郭、中、と責められて、私はすっかりくたくたになってしまっていた。耳は私の数ある弱点の中でも一番敏感な部分といってもいい。触れられただけで変な声が出てしまいそうになるし、それを舌先で転がされようものなら、全身から力が抜けてすっかり腰が立たなくなってしまうのだった。
そうしたのはもちろんロウだ。耳が弱いところと知るなり、それを執拗にいじくり回した。嫌だと言ってもやめてくれず、時にはそこへの刺激だけで濡れてしまうこともあった。ほとんど達してしまっていたかもしれない。ロウによって新たな性感帯を開発されてしまった私は、日常ではできるだけそれを隠すようにしなければならなくなった。
今日はそれに加えて下も弄られ、もう何が何だかわからない。自分がどの部分への刺激で感じているのか、それすらも区別がつかなくなっていた。
それなのに決定打がない。イきそうなのにイけない。絶頂はもうすぐそこにまで迫っているのに、そこに到達できない。
ねえ、とロウの腕を掴む。「イかせて。おねがい」と素直に訴えれば、ロウは小さく笑った。
両脚を折りたたまれ、挿し込まれたロウのそれは今日一番熱かった。思わず大きく息が漏れ、そこを中心に甘い痺れが走る。
たちまち早まった律動にキスを強請れば、ロウはすぐに応えてくれた。かわいい、と何度も口の中に囁いては、絡めた指に力を込めてくる。荒々しく痛いほどのそれはようやくロウに余裕がなくなったことを示していた。
たまらない、と思う。ぶわりと胸に広がるこれは興奮や快楽によるものでなくて、幸福そのものだ。ロウに求められる幸せ。ロウを求める幸せ。
ロウと抱き合っていると、複雑なことは考えられなくなる。それは逆に、難しいことは何も要らないということなのかもしれない。
ロウが好き。気持ちいい。あとは……もっと欲しい、とか。
そんな単純なことで気持ちが繋がっているのがわかる。繋いだ指先からロウの気持ちが伝わってくる。
胸の熱いものは全身に広がって、頭の中までをすっぽり覆った。そうしてまたロウが好きだなと思って、背に回した腕に力を込めた。
「あぁ、っ、もう、イく、イく……っ」
「いいぜ、俺も、イきそう……」
いいか、と問われ、何度も頷いた。その瞬間、大きく奥を穿たれると同時に陰核を擦られ、視界が真っ白になった。
腰が跳ね、背中が弓なりに反る。声にならない声を上げて達すると、次いでロウのそれがナカで震えるのがわかった。ロウの私を抱く腕がいっそう強まり、その後でどさりと私の方に倒れ込んできた。
息を吐きながら、こちらに向き直ってロウは言った。
「どうだ……?」
「………どうって、なにが?」
「身体だよ。満足したか?」
そう言われてようやく思い出した。そういえば自分たちがこうしていたのは、元々は私の体の火照りを鎮めるためだった。
つい没頭していて忘れていた。実は今は真っ昼間であることも、ロウは仕事から帰ってきたばかりだということも。
疲れているロウになんてことをさせてしまったのだろう。それも往来に人が行き交うこんな時間から。
呆れられたかな、という心配は杞憂だった。ロウは私の髪を優しく撫でては指先でくるくると弄んでいた。さすがにエネルギー切れを起こしたのか「腹減った」と呟いてはお腹を鳴らす音も聞こえていた。
そんなロウを見てほっと心が緩まる。同時に、体の不調もいつの間にかすっかり消え去っていることに気が付いた。
「もう大丈夫みたい。今のところはなんともないよ」
その証拠に、ロウがいくら私に触れようと変な声を上げることもない。過剰なまでの火照りは収まって、今は汗で体が冷えつつあった。
「なーんだ」
ロウはあっけらかんと言った。
「もう少し愉しんでも良かったんだけどな」
その割に疲れているように見えるけど、というのは言わないことにしておいた。そういうことを言うと体力自慢のロウはムキになって、再び覆いかぶさってくるかもしれない。さすがにそれはちょっと困る。既に喉だって嗄れかけているのに。
「まあなんにせよ、体調が戻ったなら良かったぜ」
他にしてほしいこととかないか、とロウは訊ねてきた。私は少し考えてから、ロウの胸に自分の鼻を擦りつけた。
「じゃあ、もう少しぎゅっとしてて。あとキスもしたい」
わかったとも言わず、ロウは言った通りにしてくれた。汗ばんだ腕から汗と体臭が混ざったような匂いがする。なんとも言い難いようなそれが、やっぱり好きだなと思う。
今度は私からキスをして、ロウの身体にひっついた。毛布を引っ張り上げて、二人で1枚の中に包まる。
「へへ、あったかい」
そう言って笑う私に、ロウは口をへの字に曲げて言った。
「お前、あんまり可愛いことすんなよな」
「なんで?」
「また勃っちまうだろ」
バカ、と言ってその鼻を摘まんだ。まあもしそうなったとして、どうしてもというなら付き合ってあげないこともないけれど。
言わない代わりに身を寄せる。毛布の中で色濃くなっていくロウの体温が、この上なく愛おしく感じられた。
◇
「そういうわけだから、この本は絶対開かないように」
私は口を酸っぱくして司書に言い聞かせた。解読を頼まれてから約1週間後のことだ。
あの日、私があんなふうになった原因がこの本にあるかはいまだ定かではない。あれ以来この表紙は開いていない。
さすがにもう一度試すのは怖かった。自分の体ももちろん、ロウにも負担があると思うと開けなかったのだ。ロウは「別に俺はいいけど」と楽観的だったけれど。
それでも疑いがある以上、軽率な判断で被害を増やすわけにはいかないと思った。私は本の表紙に大きく『禁書』の札を貼り、依頼人の司書に事情をかいつまんで説明したのだった。
「どうやら読むと具合が悪くなるらしい」
「実際に読んだ人は三日三晩寝込んだらしい」
「読み続けるといずれ呪われて、呪い殺されてしまうらしい」
あれから数週間たったが、噂はいい具合に広まっているようだ。今あの本は図書の間の倉庫の奥深くに眠っているらしいが、これなら誰かが悪ふざけで開いてしまうということもないだろう。
とはいえいつか、あの本の謎を知りたがる人も出てくるんだろうな。噂の真相を確かめたくなる、というのは人間に好奇心が備わっている以上、いつだって起こり得ることだ。
それを止めることはしない。いや、できない。私も好奇心を抑えられない人間のひとりだから。
でも、1つだけ知っておいてほしい。世の中には読むのを控えた方がいい本もある。呪いを受ける覚悟がないのなら、決して近づくべきではないのだ。
終わり