普通のデートが気になるリンウェルが、ロウと一緒に偵察に出かける話。魔法使いの一族についての捏造がいっぱい/ちょっと喋るモブカップル(約6,200字)

普通の女の子

「普通って何だろうね?」
「へ?」
 私はデザートのケーキをつつきながら、目の前で大きなハンバーガーにかぶりついているロウに訊ねた。
「普通の女の子って、どんな感じかな」
「別に、お前も普通だろ」
「あ、ありがと……ってそうじゃなくて」
 目線の先には、仲睦まじそうに並んで歩く男の子と女の子がいた。年齢は私たちとそう変わらないくらいか、あるいは少し上か。腕を絡め合って何か話をしながら、2人は通りの向こうへと歩いていった。
「ほら私って、ああいうのとは縁遠かったから」
「ああいうのって?」
「その……普通のデートとか」
 もちろん、そういうのはダナの人たちにとっても馴染みがないものだったと思う。レナの支配下にあった時は毎日を生き延びるのに必死で、それ以外のことなど到底考えられなかっただろうから。
 でも、それとはまた違う意味で、私には〈普通のデート〉というものが自分とは程遠いところにあるもののように感じていた。
「私って、魔法使いの一族だったでしょ」
「おう」
「一族で大切なのは、〈血〉なの。できるだけ長く〈血〉を存続させて、魔法使いを途絶えさせないようにする」
 これは人間やほかの動物にも同じことが言えるけれど、私たちの場合はもっと特殊だった。〈血〉はすなわち〈力〉。どれだけ強い星霊術が使えるかは、ほとんど〈血〉で決まる。勉強や訓練で多少成長はしても、大きな変化を与えるまでとはいかない。
「私たちはね、結婚相手が決められてたんだ」
 え、とロウが気の抜けた声を出す。同時にハンバーガーに挟まっていたレタスが、ぽろりと転がり落ちた。
「だからデートとか必要ないの。そうやって親睦を深める必要がないから。相手のことをどう思ってようが、逆に相手が自分をどんなふうに感じてようが、その人と結婚することは変えられないの」
 すべては〈血〉のため。一族の繁栄、存続のため。
 文句など言えないし、そもそも誰も何も言わなかった。だって私たちにとっては、それが〈普通〉だったのだ。
「じゃ、じゃあ」
 ロウがあからさまに慌てた様子で言う。
「お前も、その、け、結婚相手が決まってたってことか……?」
「たぶんね」
 私はため息を吐きながら答えた。
「まだ誰かは知らされてなかったけど。大人たちの間では決まってたんじゃないかな。結婚して、早いうちに子供産まないといけないしね」
「子供!?」
 当然でしょ、と呟く。私たちにとって結婚は形式的なものでしかない。大事なのはその後、できるだけ多くの子孫を迎えることであり、そのためにもできるだけ年齢は若い方が良い。
 そういう意味では、私のそれももう間近に迫っていたはずだ。集落の誰かと結婚して、新しい家庭を築く。子供を産んで、知識を与え、再び命を紡いでいく。とはいえ今となってはそれらもすべて失われてしまったけれど。
「そういうわけだから、〈普通〉って何だろうなーって」
 自分の常識は多少ズレている。みんなと一緒に旅をしたことで自分の感覚もある程度は通用することも、あるいは自分よりもさらにズレている人もいることもわかったけれど、それにしたって大多数の人からしたら変わっているのだと思われてもおかしくない。
 それは私が魔法使いとして生まれてきた証でもあり、今は跡形もない一族の存在証明でもある。だから別に疎んでいるわけでも、今さら生まれ変わりたいとも思ってはいないけれど――。
「デートくらい、〈普通〉にしたいって思うじゃない?」
 シオンたちみたいに。あるいは街で見かける恋人たちみたいに。
 結婚だのその相手だのが決まろうとしていたということは、つまりはそういう年頃になったということでもある。ならばちょっとくらい、憧れを抱いたっていいはずだ。
「こんなこと、ロウに言ったってどうしようもないんだけど」
 呟きつつ、はあと大きく息を吐く。ふと視線を投げた先の空は私の気分とは裏腹にどこまでも透き通っていて、漂う空気も穏やかなぽかぽか陽気だった。
 私の憂いの一方で、ロウの表情はといえばぽかんとしていた。私の言葉がまるで理解できなかったというよりは、まだ理解が追いついていないようだった。
 その焦点がようやく合ったのか、やがてロウは何か考えを巡らせ始めた。「デート……デートか……」とぶつぶつ呟きながら、眉間には僅かにシワを寄せている。右手に持ったハンバーガーからソースがこぼれかかっているのにも気付かないまま、珍しくも必死に頭を捻っているようだった。
 しばらくして、何か思いついたようにロウは言った。
「じゃあ、俺と偵察に行くか」
「偵察?」
 私は思わず首を傾げた。「偵察って、どこに、誰を」
「決まってんだろ。さっきの奴らだよ」
 ロウはどうやら、私がさっき目で追っていた男女をこっそりつけようと提案したいらしい。
「え、そんなのダメじゃない? 万が一気付かれたら」
「大丈夫だって。知ってるだろ、俺はこういうの得意なんだぜ」
 イラズラっぽく笑うロウを見て私は驚いた。あれだけ〈蛇の目〉を忌み嫌っていたのに、今ではすっかりそれも「得意技」と称して笑えるようになった姿に感心したのだ。
「それに、別に悪いことに使うわけじゃねえだろ。ただ、〈普通のデート〉ってのが知りたいだけなんだから」
 もし怪しまれたら正直に話せば許してくれるだろ、とロウはけらけら笑った。楽観的なような気もするけれど、悪用する気は微塵もないことは確かだ。
 それに正直、ロウの提案にわくわくしている自分もいた。彼らの動向ももちろんだが、そうやって誰かの後をこっそりつけるという非日常に胸が昂ぶっていたのだ。
 気が付けばロウの提案に乗っていた。私たちは皿の残りをきれいに平らげてレストランを出ると、速やかに行動を開始したのだった。

 例の2人は通りから一本入った路地にいた。後ろ姿を見かけたロウが物陰に隠れながら、こっちに来いと私に合図を送る。
 どうやら2人はアクセサリーのお店を覗いているようだった。最近ではこういったお店がヴィスキントにどんどん増えてきている。カラグリア産の鉱石を使ったものや、シスロディアの木彫りをあしらったものなど、その種類は豊富で思わず目移りしてしまうほどだ。
「どう? これ似合うかしら?」
「いいと思うよ。こっちの色も素敵だ」
 にこやかに話す男女は疑う余地もなくデート中だろう。その距離の近さで恋人でもなんでもないと言われても、まったく説得力はない。へえ、なるほど。ああいう距離感が〈普通のデート〉なんだ。
「そういえばお前もこの間、髪留めがどうのって悩んでたよな」
 ロウに言われて思い出す。あれはつい先日、街の広場で市が開かれていた時のことだ。
 たまたま目に入った髪留めが、それはきれいな装飾をしていた。あしらわれた青い石がきらきら光に反射して、星みたく輝いて見えたのだ。
 その隣に置かれていたのもこれまた可愛らしかった。こちらは赤色の小さな石をいくつも散りばめてあって、他ではあまり見られないようなデザインをしていた。
 どちらがいいかと真剣に悩んでいたのに、ロウときたら「どっちでもいい」などと言う。
「いっそどっちも買って、両方一緒に付けたらいいんじゃねえか?」
 無責任かつ無粋な発言に腹を立てた私は、もう本当に両方買ってしまおうと思った。
 そうして覗いた値札の先。書かれていた数字の桁数を見て、私はロウと2人、その場で思わずひっくり返るところだった。
「……そんなこともあったね」
「やっぱ女子ってみんなアクセサリーで悩むんだな。なんで『どっちがいい?』って聞くんだ?」
 ロウは向こうで話し込む2人を見つめながら、ぼんやり呟いた。
「どっちも似合ってたら、どっちもって答えるしかないのにな」
 とうとう女の子が気に入ったアクセサリーを見つけたが、どうもサイズが合わないようだった。店を出た2人が次に向かったのは、街の中央にある市場だった。
「〈普通のデート〉で市場に行くの?」
「まあ待てよ。何か他に目的があるかもしれないだろ」
 それもそうだ、とロウの後ろをついていく。が、道が狭いのと混雑で思うように前に進めない。この人混みでは追跡にも気付かれないだろうが、そもそもあの2人を見失ってしまいそうだ。
「おい、離れんなよ」
「う、うん」
 腕を引かれ、ロウの匂いがするくらいまで接近する。とはいえこのままではすぐに引き離されてしまいそうだ。
 咄嗟に腕を伸ばして掴んだのはロウの上衣の裾だった。あまり強く引っ張ると破けちゃうかななどと心配しつつ、でももしそうなったら繕ってあげればいいかとひとり納得し、指先に力を込めてそれをしっかりと握り込んだ。
 人波に揉まれはしたが、かろうじて2人の動向は掴むことができた。彼女たちが寄った先で購入していたのは小麦粉と砂糖、あとは新鮮な卵と牛乳。
「そんで最後は果物か」
「これから帰ってケーキでも焼くのかな?」
 それはそれでとても良いなと思った。お家デートというのも素敵だが、2人で料理ができる関係なんて素晴らしい。
「女の子の中には、キッチンを見せたがらない人もいるからね」
「へえ。でもお前はいつでもオープンだよな」
「だって今さら何を隠すことがあるの」
 それも、ずっと一緒に旅をしてきたロウに。味付けの好みだけでなく、好き嫌いや空腹時のお腹の音色まで知られている間柄なのに、今さら何を恥じらうことがあるだろう。
「それに、キッチン見せないとお皿洗ってもらえないじゃん」
「そういう目的かよ」
 ロウは呆れたように息を吐いた。
「まあ別にいいけどよ。お前にはしょっちゅう飯作ってもらってるし」
 皿洗いくらいはしねえとな、という言葉はきっと「そのくらいはやって当然!」というキサラの教えに違いなかった。
 ふと視線を戻すと、先ほどまで追っていた2人の姿がなくなっていることに気が付いた。
「あれ、どこ行っちゃったんだろ」
 きょろきょろと辺りを見回し、少し探し回ったところで、
「おい、リンウェル」ロウが小さく声を上げた。
 2人は大きな通りから、奥の細い通りへと進んでいくところだった。この辺りにカップルが立ち寄るような店はほとんどなく、喧騒もどこか遠く感じられるほど静かな場所だ。こんなところで2人はいったい何をするつもりなのだろう。
 もしかして、と思った。彼らは恋人同士なのだ。人気のないところに行ってすることといったら、それは――。
 途端にどきどきと鼓動が速くなる。ここまでにしない? とロウを止めようか迷っていた時だった。通りの向こうで2人が急に足を止めた。
 男の子が声を掛けたのは、路地でグラニードーナツを売っている商人だった。彼らは商人からドーナツを受け取ったと思うと、やっぱり仲睦まじそうに何かを語らいながら、それをその場で食べ始めたのだった。
「なんだ……」
 思わず息を吐いた。「びっくりした」
「びっくりって、何が」
「別に、なんでもない」
 私はほっとしたような、ちょっと残念なような気持ちで首を振った。
 成果というなら充分だろうということで、彼らの追跡はそこで終えることにした。なんだか気疲れしたのもあって、そのまま2人で広場に向かう。
 露店で買ったアイスクリームを並んで食べながら、ロウが訊ねてきた。
「どうだった?」
「どうって?」
「〈普通のデート〉、想像ついたか?」
 うーん、と少し考えてから、私は答えた。
「なんか、思ったのと違った」
 正直なところ、拍子抜けしたというか。
「多少語弊はあるかもだけど、あれって、いつも私たちがやってることじゃない?」
 はじめのアクセサリー選びも、この間広場の市で似たようなことをした。市場で買い出しをして家で夕飯を作って食べるなんてことは私たちの間ではよくあることだし、最後に食べていたドーナツだって、それをアイスクリームに持ち替えたら今とまったく同じ状況になる。あの2人が毎回あのようなデートをしているかはさておき、今日のコースではほとんどいつもの自分たちと変わらないのだ。
「……やっぱ、お前もそう思ったか」
 ロウが気まずそうに頭を掻く。
「俺も途中から、そうなんじゃねえかって思ってた」
 もしかしたら恋人同士で露店でアクセサリーを見ることも、お家でまったり過ごすことも今の流行りなのかもしれない。でも流行りというならそれは世間では一般的であるという意味で、私たちの普段の行動はそういった一般的デートに含まれているということでもある。
 つまり、
「……私って、もう〈普通のデート〉してたんだね」
 そこが今日一番の発見で驚きだった。憧れ、焦がれていたものは既に手中にあったのだ。
「だから言ったろ。お前は普通だって」
 ロウはため息混じりに言った。呆れ半分、もう半分はどこか得意げなような、そんな物言いだった。
「いやまあ、俺はそういうつもりはなかったんだけどよ」
「私だってそうだよ。買い出しの延長とか、そのくらいの気持ちだった」
 もはやこうなってはその境目なんて存在しないのかもしれない。仲睦まじい2人が出掛けたならそれはもうデートと呼べてしまって、それは外目からも同様に見えてしまうのだろう。だからアクセサリー店の店主は並んで商品を見定める2人に「恋人に贈るのはどうだい?」なんて目配せをしつつ声を掛ける。その本当の関係がどんなものであるかも知らずに。
 それは逆に言えば、真相は2人だけの秘密ということでもある。恋人同士なのかそうでないのか、あるいはその一歩手前なのか。もしくはまったくそういう感情は持ち合わせていない友人同士なのか。
 今日私たちが追った2人だって、本当はどんな関係なのかはわからない。
 どれだけ〈普通のデート〉をしているように見えていても、真実を知るのは2人だけなのだ。
「それにしても、ちょっともったいないよね」
 私はカップの中のアイスクリームを掬いながら言った。
「ううん。ちょっとじゃなくて、かなりもったいないかも」
「もったいないって、何が」
「だって知らないうちにデートしてただなんて。それじゃあ初めてのデートがいつだったかもわかんないでしょ」
〈普通のデート〉も大事だけれど、それ以上に〈初めてのデート〉も重要だ。初めてというのは何もかもが思い出になって、記憶にずっと残っていくものなのだから。
 それが思い起こせないというのは、まるでショートケーキのイチゴが奪われているも同然。将来、おばあさんになって人生を振り返った時、そこだけすっぽり抜け落ちていることに気付いたら。私はきっとがっくり落胆し、同時に深い後悔に襲われるだろう。
「というわけで、提案なんだけど」
 私は食べ終わったカップをゴミ箱に捨て、ロウに向き直って言った。
「今までのは全部ナシにしない?」
「ナシ?」
「うん、ナシ。今までのは全部チャラにしよう」
 つまりね、と私は含みを持たせて付け加えた。「私たちはまだデートしてないってこと」
 私の言葉に、ロウはまたぽかんとした表情で言った。
「まだ?」
「うん、まだ」
「まだ……?」
 疑問符を浮かべて首を傾げるロウにはやっぱり伝わらないかもしれない。でもできれば、女の子に催促させないでほしいんだけどな。
 期待と祈りを込めながら、私はロウの目をじっと強く見つめてみる。ロウが私の意図に気付いて投げかける次の言葉を待っている。
 自分から言わないのはちょっと狡いのかもしれない。
 それでも、ロウが言ったのだ。私は〈普通の女の子〉。
 初めてのデートは好きな人の方から誘われたい。その日のためにおしゃれも頑張ってみたい。ああでも、できれば今度はフルルも一緒がいい。もちろんデートコースには本屋巡りと、骨とう品探しも含めてほしい。
 そんなふうにわがままにも似た憧れを抱く、あなたにとっての〈普通の女の子〉なのだ。

 終わり