目覚めて、ふと思った。
――遺跡が私を呼んでいる!
なんてことない、よく晴れた日の朝のことだ。
別に、何があったわけでもない。近場で新たに遺構が見つかったという話を聞いたわけでもなければ、図書の間で本を開いているうち気になる記述を見つけたというわけでもなかった。
ただ、朝起きて頭に浮かんできたのが、自分が遺跡に佇んでいるというビジョンだった。いつものようにふらりと遺跡内を歩き回り、目についた壁の意匠をスケッチして歩く私。
これはきっと何かのお告げに違いない。言葉では上手く言い表せないけれど、そこにまだ見ぬ新しい発見が待ち受けている予感がした。
思い立ったが吉日。私は早速準備に取り掛かることにした。新しいノートを新調し、筆記用具を揃える。ランプの手入れをして、万が一の時の薬もいつもより多めに用意した。
とはいえ即日出発、というわけにはいかないのが遺跡探索の難しいところだ。何せ外にはズーグルがいるし、たとえそれらに遭遇しなくたって遺跡には仕掛けや罠が張り巡らされている。私が1人きりでフィールドワークに出かけ、その罠にかかったとして、いったい誰が助けに来てくれるだろう。声を上げ喉を枯らしたところで、それに気付くのは腹を空かせたズーグルたちだけなのだ。
そういった理由もあって、私は遺跡探索に向かう際は1人では行かないようにしていた。街の外に出る時もできるだけ友人たちに伝えて、連絡が取れなくなった場合は探しに来てもらえるようになっている。幸いなことに、今のところ私が皆の間で行方不明になったことは一度もない。まあ大抵はフルルも一緒なので、どこかで崖を踏み外すことがあったとしても、誰かに助けを求めることはできるだろう。
私は遺跡探索に行く時、ほとんど毎回ロウに同行をお願いしていた。荷物持ち兼護衛兼私の話し相手だ。
ロウは最初にお願いした時から、快くそれを引き受けてくれた。あまりにもすんなり受け入れてくれるものだから、もしかしてロウも遺跡に興味が湧いたのかと思ったら、別にそういうわけではなかったらしい。曰く「ヒマだから」「時間が空いてたから」というのが理由のほとんどで、「ついでにお前危なっかしいから」などと言われた時には思わず天雷の裁きを下すところだった。
そんなことを言いつつもロウはやっぱりロウだ。お願いしたことはきちんとこなしてくれるし、護衛という役目上、道中の警戒は怠らなかった。
運悪くズーグルの群れに遭遇した時も、ロウは決して慌てることはない。相手の動向を窺い気配を探りつつ、鋭い蹴りと拳を見舞う。その一方で私の詠唱が聞こえると敵を引きつけて、術が発動した途端にその場を飛び退けば、たちまち舞い上がった風が敵を一網打尽にするのだった。
「やっぱ威力半端ねえな。さっすが歴戦の魔法使い」
ロウはそんなふうに言って笑うけれど、私だって当然気付いている。私がこんなふうに術を放てるのはロウのサポートがあってのことで、もしこれが自分1人ならそう上手くはいかない。預けている荷物だって商隊のものとは比べ物にならないだろうけれど、鞄にだって傷ひとつ付けられたことはなかった。
それなのにロウは、
「まあ俺は普段から護衛の仕事やってるしな。慣れの差じゃねえか?」
などと軽口を叩く。どれだけ自分がすごいことをしているか、わかったようなわからないような口調で、ただあっけらかんと笑うのだった。
今回の遺跡調査もロウに同行してもらうつもりだった。ちょうどヴィスキントを訪れていたロウに、私ははやる気持ちを抑えて声を掛けた。
ところがロウの答えは、
「あー……悪い。明日は仕事なんだよな」
どうやら急に護衛の依頼が入ったらしく、朝早くから街を出なければならないのだという。
「そっか……なら仕方ないね」
「悪いな。次は必ず予定空けっから」
うん、よろしく、と言って、私は宿に戻るロウを見送った。
帰り道を歩きながら、私はひとり自分を納得させていた。ロウがたくさん仕事を引き受けるのは今に始まったことじゃない。ズーグルとも戦えて、おまけに各地の情勢にも詳しいのだから、当然あちこちひっぱりだこにもなるだろう。
むしろそんな中でこれまでずっと遺跡についてきてくれていたことの方がすごい。仕事の合間に得られたせっかくの休日なのに、私ときたら何も考えずに外に連れ出して、あろうことか荷物持ちにさせるなんて。ロウもきっと、こんな私に呆れてばかりいるのかもしれない。
萎んでいく気持ちとは裏腹に、募って募ってやまないものがあった。――遺跡に行きたい!
ロウに断られるなどつゆほども思っていなかった私の心は、もうすでにすっかりその気になっていたのだ。家の保存庫には明日の朝食はもちろん、ロウとフルルと一緒に食べようと思っていた昼食までもが用意されていた。
それなのに今さら延期だなんて、とてもじゃないが耐えられそうになかった。浮ついた気持ちはこの身体を抜け出して、すぐにでもどこかの遺跡へと飛んで行ってしまいそうだ。
こうなったら仕方ない。今まではあまり考えてこなかった選択肢を使う時だ。
私はひとつ決心を固めると、踵を返して宮殿の方へと向かったのだった。
翌朝、城門前に現れたのはロウ、ではなく、自分よりも幾分小柄な男の子だった。
「おはようございます、リンウェルさん! 今日はよろしくお願いします!」
元気いっぱいのはつらつとした声が響き渡る。ぴしっと決まった敬礼に合わせて、彼の身に着けた鎧がガチャリと音を立てた。
昨日、あれから宮殿にいるキサラの元に向かった私は、誰かフィールドワークの護衛ができるような人はいないか訊ねてみた。翌日の出発ということで半分はダメ元だったが、意外にもキサラはすぐに見習いの兵士を紹介してくれた。
「はじめまして! リンウェルさんのことは教官より伺っております!」
身体を90度へし折って頭を下げた彼は、自分が言うのも何だが、とても若いように見えた。聞くところによると最近入隊したばかりで、普段は主に修練場で訓練をしているのだとか。
「ここに来て日は浅いんだが、センスがあってな。武器の扱いについてはなかなかのものだ」
ただ、実践の機会に恵まれないらしく、キサラはその経験を1つでも多く積ませたいようだった。
「話を聞く限り、そう遠くまでは行かないのだろう? どうか将来の兵士を1人鍛えると思って、彼を護衛として連れていってはくれないだろうか」
願ってもないことに私はすぐさまその場で頷いた。さらに、通常ならかかるであろう護衛の依頼料も今回は必要ないという。
「こちらからお願いしたことだからな。だからといってもちろん、手を抜かせたりはしない。これはれっきとした護衛であり、訓練だ。思う存分学んでくるように!」
「はい!」
と彼がお手本のような敬礼をした。キサラも随分教官の肩書が板についてきたなと思った。
話の通り、彼はなかなか高い戦闘能力を持っていた。得物はキサラと同じ大盾とメイスで、敵の注意を引きつつその攻撃を防ぐのが大きな役目だ。彼の場合はそれに加えて素早い反撃に出られる機動力も兼ね備えていた。
「自分はチビなので、大きい相手には力では敵わないんです。だから少なくともスピードでは上回らないと」
もちろん、将来的にはでっかくなって、相手を吹き飛ばしてやりたいですけどね! 教官のように!
そんなふうに語る彼の目はきらきらと輝いて、希望に満ち溢れているようだった。
道中、何度かズーグルに出くわしたが、彼はどんな相手にも怖気づくことはなかった。むしろ果敢に立ち向かい、前線に出て注意を引きつけてくれる。
ただ、それが連携に絡むとなると話は別だ。私の詠唱と彼の反撃のタイミングが重なり、危うく巻き込んでしまいそうになる、ということが何回かあった。
「す、すみません! そこまで気が回ってなくて……!」
「ううん、私こそごめんね。はじめから説明しておくべきだったね」
詠唱が終わると術が発動するので、そのタイミングで敵と距離を取ってほしいこと。基本的に詠唱が長いほど強く、広い範囲の術になるので、その距離にも注意してほしいこと。
そんなようなことをおおまかに説明すると、彼はふむふむと頷きつつ、小さいノートにメモを取っていた。
「なるほど。星霊術を使う方とはまだ一緒に訓練をしたことがなかったので、大変勉強になります」
ほかにも注意すべきことがあれば教えてください! と意気込む彼の瞳はやっぱり眩しかった。
その後も私たちは遭遇したズーグルを追い払ったり、あるいは群れの気配を感じると木々の影に隠れてやり過ごしたりした。
彼は私の言ったことをすぐに理解して、行動に移してくれた。星霊術にうっかり彼を巻き込みそうになるということも減り、その辺は安心して詠唱に専念できるようになった。
でもなんかちょっと……。
「フル?」
心配そうにフルルがこちらを覗き込んでくる。
「ううん、大丈夫」
そう口にしながらも、心にはうっすらともやもやしたものが覆っていく。
なんかちょっと、気を遣っちゃうんだよな……。
例えば、次に放つ星霊術は彼の知らないものじゃない方がいいかなと、何度か見せた術を選んだり、敵をまとめて処理できる術もあるけどそれを使うと彼が動きづらくなるかな、などと考えて下級のものを発動したりすることもあった。
これがロウならまるで遠慮なんかしない。相手の弱点に合わせて術を選び、素早く敵を処理することに全力を注ぐ。
ロウもそれに対応した動きを取ってくれるし、そうするのに私たちの間にひとつの言葉も必要なかった。
逆に言えば、私はそれだけロウに甘えていたのかもしれない。ロウならわかってくれるはずと好き勝手術を発動させて、それに合わせるよう無意識に促していた。それでいて失敗していたら「何やってんの!」などとロウを責め立てていたのだろう。自分の気遣いのなさはすっかり棚に上げたままで。
今回、兵士見習いの彼を護衛として雇ったことは良い機会だったのかもしれない。これから仲間以外の人と戦闘をする時にどんなことに気を付ければいいか学ぶことができたし、これまでどれだけ自分が恵まれていたかも知ることができた。
これからはもうちょっと、ロウにも優しくできるかも、なんて。
「フゥル!」
私の考えを読み取ったように、フルルが可笑しそうに笑うのが見えた。
やがて辿り着いた遺跡は、街道をずっと進んだ先にあった。街からは遠すぎず近すぎず、日帰りするならぎりぎりといったところだ。
「はあー、これが例の遺跡ですか!」
彼は荘厳なつくりの入り口を見て声を上げた。いかついですねえ、という言葉は果たして褒め言葉なのだろうか。
「じゃあ私、中見て回るね。周りのズーグルだけ確認してきてもらっていいかな」
「了解です! ついでに、周辺も少し歩かせてもらっていいですか? 初めて来る場所なので、地図にしておきたくて」
どこまでも真面目だなと思いながら、私は「もちろんいいよ」と返事をした。「ありがとうございます!」と敬礼をした彼が颯爽と去って行く。
「じゃあ、私たちも行こっか」
「フル!」
フードに潜り込んで準備を整えたフルルがきりりと声を上げた。中に入ってランプを灯すと、私たちの影がぼんやり遺跡の壁に映し出された。
久々に吸い込んだ遺跡の空気は、それはもう胸に染み渡った。新鮮なような、懐かしいような、なんとなく落ち着く匂い。土やらカビやら塵が混ざりこんでいるはずなのに、まるで不快でないから不思議だ。
やっとだ。やっと、この地にたどり着いた。
ふと思い立ってからまだ数日しか経っていないはずなのに、もう随分と待った気がした。遺跡に来たというだけで、こんな感慨深い気持ちになれるなんて。
この遺跡には以前1度だけ訪れたことがあった。周辺の集落の人がたまたま発見したという噂を聞きつけて調査に来たのだ。
それ以来、あまり人の手は入っていないように思えた。この辺りにズーグルは多くないが、きっと足場の悪さが原因だろう。木々の間を掻き分けて進み、ようやく抜けたと思ったら、今度は泥だらけの地面が待っているのだから調査員の足が遠のくのも頷けた。
ただ、ここの遺跡には得も言われぬ独特の雰囲気がある気がする。ダナのものにしては大仰ともいえる壁やら柱やらの装飾の割には、どこかほっとするような温かみが感じられた。何か重要な儀式でも行われていそうなのに、それにしては質素な食器や壺の破片が多いのだ。
様々な人が多く集まる場所だったのかな。あるいは大きな一族で、固まって暮らしていたのかもしれない。それが大きな儀式を執り行う一族だったとしたら、壁や柱の装飾が豪華なのも納得がいく。
そんなふうにあれこれ考えながらあちこちを眺めて歩いた。時折おもしろい意匠を見つけては、新調したばかりのノートにそれをスケッチした。
気が付くと、見覚えのある通路に来ていた。碁盤の目状に入り組んだそこはそれぞれが細い通路に繋がっていた。
そういえば、前回ここに来た時にこの先で隠し部屋を見つけたのだった。周りとは異なるタイルを押し込むと入り口の現れるそれは、ロウがたまたまつまずいて壁に手をついた時に発見できたものだった。
あの時は時間がなくてほとんど見ることができなかったけれど、今日ならゆっくり観察できるかもしれない。私はいっそう胸がはやるのがわかって、それをなんとか抑えつつ、細い通路へと足を踏み入れた。
おおよその場所には見当がついていた、はずだった。それなのに、なかなかあの壁のタイルが見つからない。確か、よく見ると周囲のものと少しだけ色が違って見えるのだ。
辺りを照らすものといえば自分が手にしているランプしかなく、それだけを頼りにただ1枚のタイルを探し当てるのはなかなか根気のいることだった。外の日はまだ高いとはいえ、その光を採り入れられる窓らしきものも近くには見当たらない。私はランプをタイルにかざしつつ、目を凝らしてその色合いを1枚ずつ確認していった。
壁ばかりに夢中になっていたせいだろう。私は自分の足元の床がぐらぐら傾いていることに気付けなかった。
あ、と思った時には遅かった。
音を立てて崩れ落ちた床の瓦礫と共に、私は1つ下の階層へと落ちてしまった。
「いたた……」
目を開けると、真上の天井にはぽっかり穴が空いていた。高さはどれだけあるだろう。少なくとも、私が2人は並びそうだ。
鞄が腰の位置にあったことは幸いだった。それが衝撃を受け止めるクッションとなって、体を強く地面に打ち付けずに済んだらしい。
ただ、落下した際に右の足首を挫いてしまったようだった。立ち上がろうにも力が入らず、情けなく瓦礫の上にへたり込んだ私は天井の穴を見上げるばかりだった。
途方に暮れつつ、必死で声を上げてみる。
「誰かー! いませんかー!」
護衛の彼の名も呼んでみたものの、反応はない。返ってくるのは虚しい反響と、それに続く沈黙だけだった。
それもそうか。ここは森の遺跡の中で、しかもそのさらに奥深く。護衛の彼だって、まさか私が床の下に落っこちているなど想像もつかないだろう。
このままでは自力で這い上がることも、助けを呼ぶこともできない。――助けを呼ぶ?
「そうだ、フルル!」
上着を脱いで確認すると、フルルはフードの中ですっかり目を回していたのだった。
何とか正気を取り戻してもらい、水筒の水を飲ませると、フルルはすぐに元気を取り戻した。目立った外傷もなく、羽も問題なく動かせるようだ。
「護衛の彼が近くにいるはずだから、呼んできてほしいの。床が崩れかかってるから、気を付けながらね」
「フル!」
フルルは元気よく返事をすると、そのふわふわの白い羽をはばたかせて天井の穴を抜けていった。数秒もしないうちに羽音も遠くに消え、辺りには再び静寂が戻った。
これできっと大丈夫だ。少なくともここで誰にも気付かれずに遭難、ということにはならないだろう。
私はほっと息をつきつつ、その時をひたすら待った。いつもはやたらと目を射してくる陽の光が、今はほんの少しだけ恋しかった。
どれだけ時間が経っただろう。いつも身に着けているはずの時計も今日に限っては持ち合わせておらず、詳しい時刻を知ることもできない。
フルルを見送ってから、かなり長い時間を過ごした気がした。でもそれは私の錯覚で、本当は数分しか経っていないのかもしれない。
あるいは本当に長い時間が経過していて、フルルがまだ彼を見つけられていない可能性だってある。フルルは私が思っている以上にしっかりしているし、身の危険を回避することにも長けているけれど、それと心配しないことはまた別だ。フルルが危険な目に遭うくらいなら、この場から逃げてくれたっていい。姿を見せない私を不審に思って、いつか護衛の彼が探しに来てくれるだろう。とはいえ、それまでずっとここに1人きりでいるのは少し寂しいけれど。
私は暗い場所に1人取り残されて、随分と心細くなっていたらしい。お腹が空いて鞄から昼食用のサンドイッチを取り出した時、思わず涙が零れそうになった。
自分の意思でここに来たのに。こうなる危険性だって少なからずあると、何度も言い聞かせてきたはずだ。
潰れたサンドイッチはあまり味がしなかった。キサラに教えてもらったレシピに間違いがあるはずがないのに、そんなふうに思ってしまうのはきっと、一緒に食べる誰かがいないからなのだろうと思った。
とその時、
「おーい!」
上から大きな声が聞こえた。
え、と思って頭上を見上げると、そこにはここにいるはずのない人物の姿があった。
「ロウ!? なんで……!」
「話は後だ。ほら、手ぇ貸せ」
ロウはそう言って手を差し伸べてきたが、私は首を横に振った。
「ごめん、立てないの。足を痛めたみたいで……」
「足?」
ロウは一瞬怪訝そうな顔をしたと思うと、「ちょっと待ってろ」と言って何の躊躇いもなく下へと下りてきた。
「ちょ、ちょっと……! ロウまで下りてきてどうするの!」
私はたじろいだが、ロウは呑気な様子で「別にこのくらいの高さ、すぐ上れるだろ」などと言う。
確かにロウならそうかもしれない。妙に納得させられてしまった私は、それ以降は黙り込むしかなかった。
ロウは私のブーツを脱がせると、その下の靴下までもを剥ぎ取った。
「あー、ちょっと腫れてるな。折れてはなさそうだけど、歩くのもしんどそうだな」
「だから立てないって言ってるでしょ」
「包帯とか持ってるか? 軽く固定するぜ」
ロウは私の足をその辺にあった木片ごと包帯で固定した。その手慣れた様子といったら、まるで普段からそういう仕事に就いている人のようだった。
「俺も仕事仲間も、頻繁にこういうケガするからな。医者に診てもらうまで動かすなって、何度怒られたことか」
いつものように軽い調子で言ってロウは笑った。
私は「ありがと……」と呟いた後で、すぐにはっとした。「って、なんでロウがここにいるの!」
「フルルは? 護衛の彼は? 2人ともどこに行ったの!」
瓦礫の上に座り込んだまま、ロウの上衣を引っ張ってまくし立てる。
「お、落ち着けって。俺はあいつらに呼ばれて来たんだよ」
ロウの話によると、突然焦った様子の兵士が近くの集落に助けを求めて駆けこんで来たらしい。護衛の仕事中、たまたまそこで休憩を取っていたロウは、兵士の傍らにフルルがいることに気付き、それに私が絡んでいると確信したようだ。
「『護衛していた人の姿が見えない』って兵士が言うから、そいつは知り合いだって言ったんだよ。そしたらすぐ遺跡の場所を教えてくれて……」
兵士の描いた地図通りの場所に遺跡はあった。中に入り奥へと進むうち、不自然に開いた床の穴に気付いたのだという。
「覗き込んだらやっぱりお前だし、おまけに足まで挫いてるわで、ほんっと肝が冷えたぜ」
「ごめん……。それにしても、ここだってよくわかったね。他にも通路はいっぱいあったのに」
私の言葉に、ロウは「ああそれなら、」と笑った。
「歩きながら思い出したけど、ここ、前も来たことあっただろ。その時俺が隠し部屋だかなんだかを見つけて、お前が悔しそうにしてたこと思い出したんだよ。あんまり時間なくて中もよく見れなくて、残念がってたなって」
だからこそ次に来た時はここの通路に入るだろうなと思った。今度こそ満足するまで観察するに違いないと思った。
「それがまっさか隠し部屋じゃなくて、床下に落ちてるとは思わねえけど」
「う、うるさいなあ……!」
憎まれ口を叩きながらも、私は内心嬉しくてたまらなかった。まさかロウが、そんなことまで覚えていてくれたなんて。そしてそれでこうして私を助けてくれるなんて。
さっきまで胸の中で膨らみ続けていた寂しさが、いつの間にか風船が割れたかのように弾け飛んでいた。今私の心を満たすのは、スープのように温かくて安心する、やたらとぽかぽかしたものだった。
「護衛の兵士なら、応援呼んでから来るって言ってたぜ。きっとお前が大ケガしてるって思ってんだろ」
フルルはきっと道案内役として護衛の彼についていったのだろう。私の「彼を呼んできてほしい」という言葉を忠実に守っているに違いない。あるいはただ、ロウとは一緒に行動したくないと思っただけかもしれないけれど。
とにかく、これで本当の本当にひと安心だ。どっと押し寄せた疲れが今さら一気に吹き出るようだった。
大好きな遺跡に来ているのに、どうしてこんなふうに思ってしまうのだろう。今までは家に帰ってから疲れを感じることはあっても、途中で息切れを起こすことなんかなかったのに。それの本当の理由にも、私は気が付いている気がした。
深い安堵は人の心だけでなく、口までも緩めてしまうらしい。
「私、ロウじゃないとダメみたい」
ついて出た言葉にロウの目が大きく見開かれる。わずかに沈黙が流れた後で、そこでようやく気が付いた。あれ、もしかして私、今とんでもないことを口にしたんじゃ――。
たちまち顔が燃えそうなほど熱くなる。
「ち、ちがうの……! いや、ちがうくはないんだけど……!」
そういう意味じゃなくて、と必死に取り繕ってももう遅い。一度口に出してしまった以上、そしてそれを聞かれてしまった以上、なかったことにはできない。
ああもう、どうしよう……!
次の言葉をどう紡ごうか頭をフル回転させている時だった。不意にロウの手が私の手に触れた。
「俺も、お前じゃないと嫌だ」
「え……」
顔を上げると、そこには自分同様、顔を真っ赤に染め上げたロウがいた。
ただ、そこにいつものおちゃらけた雰囲気はない。ただ真っすぐに私の瞳を見つめるロウは、今までに見たことがないくらい真剣な表情をしていた。
今、ロウは何て言ったの?
「ダメ」じゃなくて、「嫌」?
私の言葉は遺跡探索の相方としてと取れるけれど、ロウのそれはいったい――。
「ねえ、それってどういう――」
問いかけようとした時、
「リンウェルさーん! ご無事ですかー!」
聞き覚えのある声が聞こえて、それに反応したロウがその場に立ち上がった。
「おーい、こっちだ!」
ロウの呼びかけに応えたのはやはり護衛の彼で、ロウの予想通り、集落から応援を何人か呼んできたようだった。
私の足のケガのことも考えて、上に上るのには梯子を使うことになった。ところが集落には固定式のものがなかったらしく、下りてきたのはちょっと太めの縄梯子だった。
「今からロープも下ろしますので、ロウさんはリンウェルさんをよろしくお願いします」
その場で理解していなかったのは私だけだったらしい。ロウはちょっと気まずそうな顔をした後で、私の前に背中を向けてしゃがみこんだ。
「え、何? どういうこと?」
「俺がお前を背負って上るんだよ」
悲鳴を上げている暇などなかった。何せ上では護衛の彼や、応援に来てくれた人までもが待ち受けているのだ。
それにフルルにだって早く元気な顔を見せてあげなければ。私は意を決してロウの肩に手を掛けると、その背中に体を預けた。
ロウは受け取ったロープで自分と私の体をきつく結んだ。ぴったりお腹と背中がくっついて、それこそ恥ずかしくて燃え上がりそうだった。
「絶対手ぇ離すなよ」
「うん……」
ロウの首に絡ませた腕に力を込め、あとはぎゅっと目を閉じた。すぐ近くでロウの匂いがして、心臓がどきどきと鳴り止まなかった。
それもほんの数分のことだ。あっという間に上まで上り終えたロウはロープを解き、私を背負ったまま遺跡の外へと出た。
皆の力を借りながら足元の悪い道を抜けると、待ち受けていたのはいくつか荷物を載せた荷馬車だった。
「ちょうど集落に来ていたのを見て、待っていてもらったんです。行先もどうやらヴィスキントのようだったので」
ロウの背中から荷馬車に乗せられた私はその手を離すと「ありがとう」と言った。ロウは何事もなかったかのように「おう」と呟いたが、その目をなかなか合わせてはくれなかった。
「いやあ、なんだかんだ大事にならなくて良かった」
「お嬢さんは運が良いね。いや、運は悪かったんだが、最終的には良かったのかな」
応援に来てくれた人たちはそんなふうに言い、私もそれに同調した。あの高さから落ちてこのくらいのケガで済んだことは本当に幸運だった。
その一方で、護衛の彼は頭が地面に触れんばかりの勢いで頭を下げた。
「そもそも自分がリンウェルさんをお守りしなければならないのに、本当にすみません……!」
いやいや、と私はすぐさま首を振った。
「私があちこち歩き回って勝手に落ちたんだから、気にしないで。それにあなたが人を呼んでくれたから助かったんだよ」
どうやら彼曰く、フルルが呼びに来た時に私に異変があったことにはすぐに気付いたらしい。
ただ、彼にはフルルの言いたいことが伝わらなかったようだ。私を探そうにも道がわからず、これは誰かに助けを求めた方がいいと判断して集落に向かった。
「自分が無力なばかりに、すみませんフルルさん……」
「フル……」
フルルも少し落ち込んでいた。動揺と焦燥でしどろもどろになっていた自分を恥じているようだった。
「けどまあ、助かったんだから良かったじゃねえか。こいつの足だって、街に戻って医者に診てもらえば治るだろうし、そんな気に病むことねえって」
「そうだよ。むしろ、こういう事例があったって広めてくれる方が助かるな。今後の護衛に役立つかもしれないし」
「お2人とも……ありがとうございます!」
精進します! と彼は美しく整った敬礼を見せてくれた。これが彼の訓練とは言わずとも1つの経験となったのなら、これほど嬉しいことはないなと思った。
「じゃあ俺は仕事に戻るけど、こいつのことは任せていいんだよな?」
「はい! 自分が今度こそ責任を持って、リンウェルさんを送り届けます!」
大げさだなあ、と思っていると、ロウが「そうだ」と何か思いついたような顔をしてこちらに近づいてきた。
「仕事終わったら、お前ん家行くからな」
こっそり耳打ちをされて、心臓が飛び跳ねた。ロウがその場を離れた途端、タイミングを見計らったかのように荷馬車が動き出す。
ゆったりと進む荷馬車の上で、護衛の彼がこちらを覗き込んできた。
「あれ、リンウェルさん。顔が赤いですよ」
大丈夫ですか? もしかして風邪でも引かれました? と彼は大慌てでどこかからかブランケットを引っ張り出してきた。
それに対して私はいったいどう答えるべきだろう。頷けばいいのか、それとも首を振ればいいのか。
どうしよう。これから私、どうなっちゃうんだろう。
今までそんな素振り、全然見せてこなかったのに。突然こんなどきどきを預けてくるなんて、ロウは本当にずるい。
心の中で恨み言を吐きながら、必死で顔の熱を誤魔化した。これまでとはまるで違う日々が始まりそうな、そんな予感がした。
終わり