「海行かねえか?」
誘ってきたのはロウの方からだった。
久々に数日の休みを貰ったらしく、それならば少し遠出でもするかと思い立ったらしい。
「いいけど」
私はそう答えるので精いっぱいだった。
本当は嬉しくてたまらないのに、それを表に出すまいとして必死だったのだ。
ロウから外出に誘ってくれた。食事や買い物にはこれまで何度も行っていたが、街の外に出るのは遺跡調査以外では初めてのことだ。
「いつ行くの? 準備もあるから、早めに日程教えてよ」
できるだけ冷静さを保とうとすれば口調は自然とそっけなくなる。そんな自分に苛立ちを感じながらも、表情は崩さぬようにと気を張った。
「一週間後、朝迎えに来るから。寝坊すんなよ」
にかっと歯を出して笑うロウは、こちらの緊張には何一つ気づいていないようだった。内心ほっとしていると、ロウは何かを思い出したように付け加える。
「そういや、俺の仕事仲間も連れてくから」
「えっ」
「みんな気のいい奴らだぜ。あ、女子もいるから、安心しろよ」
楽しみだな、と無邪気にはしゃぐロウの笑みに、私はもう何も言えなかった。
気の重たい一週間を過ごし、当日を迎えた。体調不良だと言って断ろうとも思ったが、タイミングを逃してしまえば覚悟を決めるほかない。
ロウは宣言通り、朝早くに私を迎えに現れた。
「お、ちゃんと起きてんな」
「……当たり前でしょ」
以前のように取り繕うこともせず感情を露わにしてみるが、ロウは微塵も気に留めていない。どうやらそれも早起きからくるものと思われているらしかった。
「じゃ、行くか。フルルは?」
「連れていかないよ。皆のところに行ってもらった」
本当は付いてきて欲しくてたまらなかったが、フルルはうまれのせいか、暑いところが得意ではない。自分の寂しさを埋めるためだけに敢えて苦しいところへと連れ出すのはどうしても許せなかった。
「知り合いはロウしかいないんだから、ちゃんとフォローしてよ」
「わかってるって。ほら、あっちで待ち合わせしてんだよ」
街の広場の隅。ロウが指した方向には、同年代の男女が数人、輪を作っていた。
「あ、来た来た」
こちらに気付いたポニーテールの活発そうな女の子が手を上げる。それに続いて皆の視線がこちらに集中すると、顔の筋肉がこわばるのを感じた。
「時間通り。全員集合したね」
「馬車の席はとっておいたよ。全部で6枚でいいんだよね」
「おう、助かる」
「うわー海とか久しぶりだな」
「オレなんて初めてだぜ」
男子二人に女子が二人。遠目から見ても賑わっていた集団は、ロウが加わったことで一層盛り上がりを見せる。
思わず小さくなってロウの影に隠れていると、髪の長い女の子がこちらを覗き込んできた。
「あなたがリンウェルさん?」
「え……あ、はい」
はじめまして、と頭を下げてみるが、どうにもぎこちない。初対面の人に挨拶をするのが久々だからだろうか。
「お、例の彼女か?」
「いや、ちが……」
顔の前で手を振って否定するよりも早く、ロウが前に躍り出る。
「ちげえから! 昔からの知り合いだって」
そんな強く否定しなくても。どうせこの空気感で恋人同士でないことくらいわかるだろうに。
焦るロウをよそに、皆はけらけらと笑うだけだった。
小型の馬車は6人乗るだけで席は埋まってしまった。ほとんど貸し切りとなると、休暇を楽しむ若者の間で会話に花が咲く。
ロウの言う通り、仕事仲間と呼ばれた人たちは皆親切だった。積極的に話を振ってくれて、私が孤立しないようにと気を配ってくれた。
それでいてあてつけがましいところもなく、ごく自然にそう振る舞える人たちなのだと分かった。いまだにどこか戸惑っている私とは大違いだ。
やがて馬車が到着したのはメナンシアのとある海岸だった。
長きにわたって人の手が入っていなかった砂浜は、発見された当初からその美しさで話題になっていた。
噂が広まるとそれを一目見ようと訪ねてくる人が増え、今では周りもきちんと整備されてメナンシアの観光地の一つとなっている。
「噂通りだね、すっごくキレイ!」
「結構感動するなあ、これ」
丘の上から海岸を一望すると、太陽の光がきらきらと反射して見えた。
透き通った空とはまた違う、深く吸い込まれそうな海の青色がどこまでも広がっている。
「すごいね、ここ」
胸打たれる光景に頬を緩ませたが、声を掛けた先の当人からは返事がない。
「ロウ?」
「あ、ああ、そうだな、すごいな」
慌ててそう返答するロウは全く別の方に視線を向けていたようだった。
海岸に唯一ある木造りの小屋は、主に海水浴客のためにと開放されている。
簡素ではあるが男女別に更衣室やシャワールームなどが用意されていて、自由に利用できるようになっているのだ。
「おまたせー」
「ごめんね、ちょっと時間かかっちゃった」
着替えを終えて女子三人で外へ出ると、男子は既に準備を終えていた。
「おおー! 待ってました!」
「三人とも可愛いね。やっぱ水着はいいなあ」
赤茶の髪をした男子が、決して下卑た笑顔でなく爽やかにそう褒めてくれる。
「えへへ、今日のために買ってきたんだよ」
「へえ、リンウェルちゃんは?」
「えと、私のは、少し前に買ったやつなんだけど」
アルフェンたちと海に行った時に、シオンから選んでもらったものだ。セパレートタイプでちょっと勇気が要ったが、大人過ぎないグリーンが気に入って買ったものだった。
「いい色だね、よく似合ってるよ」
ロウもそう思うだろ? と肩を叩かれて初めてロウはこちらに視線を寄越した。「そうだな」と口にした声はほとんど聞こえなかった。
砂浜には自分たちの他にも海水浴を楽しむ客が十数組ほどいた。
大人気、という割には拍子抜けした光景だったが、閑古鳥が鳴くほどでもない。海岸を広々と使えるという点では特に文句もなかった。
「これで遊ぼうぜー!」
私たちを待っている間に膨らませておいたのだろう、金色の髪をした男子がスイカほどの大きさのボールを持って手を振っていた。
「いいね! リンちゃんも行こ!」
「砂熱いね、気を付けて」
「え、あ、うん!」
女の子二人に手を引かれ、その輪に入る。
照れくさい反面、受け入れてくれる皆の優しさが素直に嬉しかった。
私は同年代の友人が少ない。普段は宮殿で歴史の研究をしているのもあって、話が弾むのは年上であることが多い。
それを嫌だとか疎ましいとか思ったことはないが、こうして同じ年頃の皆と一緒にいると少しだけ気が楽だ。
大人ぶらなくていい、ありのままの自分でいられる気がする。
じりじりと焼けつくような日差しに体力を奪われ、少し休憩しようという話になると私はロウに声を掛けた。
「みんないい人たちだね」
「そうだろ? カラグリアで知り合ったんだよ」
皆〈紅の鴉〉で仕事をしている人らしい。
ロウは正規メンバーというわけではないが、メナンシアとカラグリアの間の仕事には大体絡んでいるので、ほとんど一緒に仕事をしているといっていいのだろう。
「初対面の私にもみんな優しいし」
「人見知りとかしない奴らだからな」
「女の子も可愛いし」
「……そう、だな」
ほんとにもう、わかりやすい。もう少し隠す気はないのだろうか。
できれば一生隠していて欲しかった、というのは単なる私のわがままだが。
私が今口を尖らせたことにも、ロウはまるで気づいていない。
視線を海の方へ向けながら、意識はあの子に向いている。
髪がきれいな子、好きだもんね。街で追いかけるのもそんな子ばかり。
でも今のロウの視線は、その時の視線と違う熱を持っている。
私にはわかる。だって私もロウのことばかり見てきたから。
胸が熱くなるのを太陽のせいにして、私は立ち上がるとロウの手を引いた。
「ねえ、泳ごうよ」
パラソルの下に放られた浮き輪をひっつかんで、ロウの手もひっつかんで、視界いっぱいに広がる海へと駆け出す。
「お、おい」
「ロウが私のこと誘ったんじゃない。ほら、向こうまで連れてって」
ざぶざぶと波に足を踏み入れれば、火照った体と相まって冷たい感触が気持ちいい。
それが腰まで到達したところでロウも諦めがついたのか、浮き輪の紐を手に取り沖の方へと泳ぎ出した。
「どこまで行けばいいんだ?」
「もっと奥まで」
似たような問答を繰り返しているうち、気付けば随分海岸から離れたところまで来てしまった。
さっきまで足裏に感じていた藻の感触もなくなって、つま先が僅かにそれを捉えるばかりとなっている。ほとんど浮いた状態で頼れるのはこの浮き輪と、それを先導するロウだけだ。
不安な気持ち半分に、ほっとする気持ちが半分。
ぷかりと浮いただけの身体は心許なくもあるが、それと引き換えにロウとあの子を引き離すことができた。これだけの距離があれば、いくらロウといえど熱い視線を送ったりはしないだろう。
「戻れなくなったらどうすんだよ」
「そこは、ロウが何とかして」
「おいおい、勝手だな」
そう口にしながらもその口調は愉快そうだ。どうやらこのまま私に付き合ってくれるらしい。
ロウが再びこちらに背を向け沖へと進みだした時だった。
ふと、足先にぬるりとした感覚が走る。
「……え?」
流れてきた藻や何かが触れたのかとも思ったが、それにしては随分長いことそこへ留まっている。
脚を捩って払おうとしてみるが、なかなかそれは離れてくれない。寧ろそうすればそうするほど、足先から足首、ふくらはぎの方へとせり上がってくる。
「ちょっとロウ、やめてよ」
これはロウによるイタズラに違いないと、その背中に声を掛ける。
「やめてって、何がだ?」
「何がじゃないよ、この手」
すっかり膝を超え大腿を撫で始めたそれはもう冗談では済まされない。
「いい加減にして!」
大きい声に立ち止まってこちらを振り返ったロウは、いまだに不思議そうな顔をしていた。
よく見るとロウの手には変わらず浮き輪の紐が握られている。もう片方も海面に浮かんでいて、こちらに手を伸ばせる状況ではない。
「ど、どういうこと……?」
「だから何がだよ」
呆れたようなロウの表情が見えた瞬間、がくんと視界が揺れた。
「えっ? ――きゃあああっ!」
悲鳴はすぐさま泡と消え、最後に映ったのは真っ青な空だった。
突然の衝撃になすすべもなく、そのまま海へと引きずり込まれる。
「リンウェル!」
ロウの声が半分ほどで途切れ、ごぼごぼと音にならない音で辺りが包まれた。
鼻も目も水圧で痛い。肺の中の空気も吐き出してしまって、もう息が持たない。
わけが分からない、何が起きているんだろう。
苦しさに藻掻く中で、僅かに開いた瞼の隙間から私はその正体を垣間見た。
人の指よりもやや太いくらいのそれらは足元の方からいくつも伸びていて、そのどれもが自分を逃がすまいと脚や腹に巻き付いている。ぶよぶよとしているくせにその力は結構なものだ。
なにこれ、何なの――!
咄嗟に身を捩ると、艶めかしい桃色の先端が反応する。にゅるりと背筋を撫でたそれはすぐさま胸へ巻き付き、ぐん、と私の身体ごと底へと手繰った。
いやだ、いやだ、このままでは連れていかれる。
振り切るように伸ばした首の先に、海面から差し込む光が見えた。徐々に遠くなっていくそれに思わず手を伸ばすと、不意に影が過る。
リンウェル、とそのとき確かに聞こえた。
こちらに手を伸ばしていた影は、ロウだった。
縋るようにしてその手を掴めば、ぐいと上に引き上げられる。
体に纏わりつく何かは当然それを許さない。きゅうと全身を締め上げられ残りの酸素を吐かされると、苦しさで視界が霞む。
ロウの手が肩に回る。ロウは懸命に私の身体からそれらを引き剥がそうとしているようだった。
だがどれだけ手を動かそうと、それらは何度だって身体に巻き付いて離れようとしない。
次第にロウの身体にもにゅるにゅると先端が絡み付いていく。
駄目だ、このままでは二人とも助からない。
水面はもうすぐそこだというのに、どうして――。
歯痒い気持ちを強く噛み締める。
その様子を嘲笑うかのように桃色の先端がうねうねと目の前をうち過ぎていった。
あんたのせいで――。
ぎり、と音がしたのは自分の口元からだった。
頭に血が上るまま首元に巻き付いた桃色に歯を立てると、思い切り顎に力を入れる。
ぐに、と嫌な感触がしたが、なりふり構ってはいられない。
そのまま深く牙を食い込ませると、身体に巻き付いていたその力が弱くなるのを感じた。
今――!
その隙を見逃さず、ロウは私を抱いたまま浮上する。
大きな水しぶきを上げて海面に出ると、再びあの透き通った青が視界いっぱいに広がった。
「はあっ、はっ……!」
大きく息を吸って肺に酸素を取り込む。全身に行きわたるよう、何度も何度もそれを繰り返した。
「はっ……、っ、だい、じょぶか」
「うん……なんとか」
ロウも苦しそうにしてはいたものの、少しすると落ち着きを取り戻したようだった。
ロウは私を浮き輪へと掴まらせると、萎びた髪を掻き上げ、同様に浮き輪の端に手を掛ける。いつの間にか、二人とも足のつかない水域まで来てしまっていたらしい。
「何だったんだ、あれ……」
「さあ……わかんない」
今はとても考える余裕がない。一気に疲れが押し寄せ脱力するが、身体にはまだあの気味の悪い感触が残っている。シャワーでも浴びれば多少はマシになるだろうか。
「……戻るか、あいつらのとこ」
うん、と頷こうとして突如視界が明滅した。
浮き輪を掴む手がずるりと滑って再び海の底へと沈もうとしたのを、間一髪のところでロウの手が阻止する。
「おい、大丈夫か!」
腕を掴むロウの手がひんやりとして気持ちがいい。
そこで初めて、自分の身体がひどく火照っていることに気が付いた。
「あつ、い」
熱は次第に脳を侵食し、物事を考えるのもままならない。
くらくらと頭が揺れ、体は水の中だというのにちっとも冷えてくれない。
「これ、どうしたんだよ」
ロウが示したのは、掴んでいた自分の手首だった。
手の甲が真っ赤に腫れている。真ん中には何かに刺されたような痕跡もあった。
「もしかして、あいつになんかされたのか?」
「わ、かんない……」
今はひどく体が熱い。それだけはわかる。
「このまま戻るってわけにもいかねえよな……」
皆のところに戻って休むのが賢明な判断だろうが、そこまで浮き輪にしがみついていられるかは分からない。振り落とされたって声も上げられそうになかった。
辺りをきょろきょろと見回したロウは何かを決心すると、浮き輪を私へと被せる。
「どこ行くの……?」
「あっちに岩場あんだろ。このまま海ん中にいても、またさっきみたいなのに襲われたらどうしようもねえし」
確かにあそこならば海岸よりは近い。
しっかり掴まってろよ、とロウは浮き輪の紐を握ると、向こうの岩壁に向かって泳ぎ出した。
岩場に着くと、ロウは海から這い上がって周囲の様子を確認した。
「ズーグルはいねえな」
浮き輪ごと私を陸に引っ張り上げると、身体を支えて陰へと導いてくれる。
「ほら、ちょっとここで休め」
岩でできたトンネルは静かで人気もない。
日差しも当たらず、ひんやりとした岩肌が心地よい。
「ここで待ってろ。着替えとか持ってくる」
「え……」
それは、ロウは戻ってしまうということだろうか。
「そのままだといずれ身体も冷えちまうだろ。ここなら誰も来ねえし、着替えも――」
「嫌! いかないで!」
ロウが背を向けた瞬間、思わずその手を掴んでいた。
手のひらに汗が滲む。高まる鼓動が喉を鳴らす。
「嫌って、お前」
風邪ひくぞ、とにべもなく言い放ったロウはどう見ても呆れていた。
当たり前だ、自分でも身勝手なことを口にしたと自覚している。
それでもこの腕を離すわけにはいかない。
「もう少しでいいから、ここにいてよ」
「もう少しってなあ……」
ため息混じりに頭を掻くロウにもう一歩近づこうとしたとき、再び視界が揺らいだ。
ふらついて倒れそうになった私を、背に回ったロウの手が引き留めた。ただそれだけだったのだが。
「ひ、あッ」
反射的に上がった声は確かに熱を孕んでいて、その衝撃に思わず口を手で覆う。
「ど、どうしたんだよ」
動揺したのはロウも同じだった。
わからない、というふうに私が頭を横に振ると、ロウも口ごもってしまう。
気まずい沈黙の中で混乱と恥ずかしさが込み上げ、かあっと顔が熱くなった。
「具合悪いなら、こっちで――」
「ひうっ、ん……ッ!」
ロウは気を遣ってくれたのだろうが、肩口に不用意に触れたのが良くなかった。
そこから再び電流が走ると、甘い声が上がってしまう。
抑えようにもその原因がわからない。口を封じる以外に対処の仕様がない。
ふと目に入ったのは赤く腫れあがった手の甲だった。身体と同様の熱をもったそこは鼓動に合わせて疼いているようにも思える。
「まさか……」
あの時、海の中で何かを体内に取り込んでしまったのだろうか。
いや、そうとしか考えられない。こんな内側から湧き上がる熱を私は知らない。
岩陰でそのことを聞いたロウはあからさまに狼狽えた。
「じゃ、じゃあ、お前が今こうなってんのは」
「たぶん、あのときの……」
確証はないが、他に思い当たる節もない。病にしては他に症状が無いのも不自然だ。
「なら、なおさら戻らねえと」
「こんなの、誰かに見られたくないよ……」
治癒術を使える人もいない。
収まるのを待つにしても、今日知り合った人にこんな姿を晒せるほど太くもない。
「だからロウ……」
ここにいて、と可愛い台詞を言えたら良かった。
心細いから落ち着くまでそばにいてと言えば、ロウもきっと渋々ながら承諾してくれたに違いない。
「ロウが鎮めてよ」
こんなどす黒い、欲に塗れた言葉を吐く私は本当に狡くて厭らしい。
「は……?」
見開かれたロウの瞳には、今は私だけが映っていた。
「な、何言って――」
上ずった声は隙だらけだ。
もう少し押せばいいということは、この惚けた頭でもわかる。
「治るかはわかんないけど……」
わざと呼吸を荒げ、あたかも苦しそうに振る舞う。
「――楽にはなれると思う」
悪魔の言葉を耳にしてしまったロウはその場に立ちつくしていた。
まるで何かに縛られたように、こちらから目を離せないでいる。
「私にはロウしかいないの……」
潤んだ瞳をこれ見よがしに見せつけ、縋るようにロウへと迫る。
「おねがい……」
そのまま腕を引くと、もうロウは抵抗しなかった。
それをいいことに私はロウの首に手を回し、すかさず唇を奪う。
啄むように上唇を食んでわざとらしく音を立ててやれば、徐々にロウの舌も動き始める。それに気を良くして奥まで舌を挿し込んでやると、ずっと深いところで唾液が絡み合った。
行き場なく彷徨うロウの手にはしっとりと汗が滲んでいた。
それを肩へと導くと、熱を持った指先が肌に触れる。身を捩って促してやれば、ロウの指が肩紐を滑らせるように引き摺り下ろした。
「あ……っ」
露になった乳房にロウの手が掛かると、鼻から甘い吐息が抜ける。
指で先端を転がされると自然と腰が揺れた。疼く秘部からは次々に愛液が溢れ、今にも大腿を伝いそうだ。
「もっとさわって……」
背を反らせて胸を差し出すと、ロウはそれにしゃぶりついた。舌で片方の先端を押し潰しながら、もう片方を手のひら全体で揉みしだいている。
そんな光景を眼前にして自然と腕が伸びる。ロウの頭を抱き胸に抱えるとそれだけでもう、どうにかなりそうだった。
ふと目に入ったロウのそれは外目でもわかるほどに大きくなっていて、履いているものを押し上げていた。
私によって解放されたそれはすっかり熱の塊と化し、腹につきそうなほどに天を仰いでいる。
指を這わせ根元からゆっくり撫で上げると、それがびくりと反応する。
震える先端からはぬるぬるとした先走りの液が溢れてきていて、ロウも興奮しているのだと分かった。
それがたまらなく愛おしくなって、気が付けば自然とロウの足元へと跪いていた。
「リンウェ…ル…、おま……」
何も言わずに下からそれを舐め上げると、ロウが小さく呻いた。
唾液を垂らし先端を口に含む。竿の部分を指で擦りながら、口端から零れた唾液を絡ませていく。
一層硬さを増すそれからは、先ほどまで身を躍らせていた潮の香りがした。
「も……でちまう、から……」
ロウの腰が引けていくと、名残惜しそうに糸が引いた。繋がった先の私の唇を見て、ロウが息を呑む。
「ねえ」
身体を密着させ、ロウのそれを指でなぞる。
「これ、ちょうだい」
すでに濡れそぼった秘部は疼きを抑えられない。
腰を揺らして誘う私に、ロウはようやくその手を下半身へと伸ばした。
下ろされた水着を足首に引っ掛けたまま、私はロウへと身を寄せる。
「……いいんだな」
再び首に手を回し、ちゅ、と音を立てて口づけた。返事なんてそれで充分だ。
脚を軽く持ち上げると、その隙間からロウのそれが押し当てられる。くち、と僅かに響いた体液の音が合図だった。
「あ……っ、ああ……ッ!」
腰を進めたロウのそれが自分の中に押し入ってくる。内壁を掻き分けてくるそれを離すまいと、ナカがすぐさま絡みつく。
全部全部満たされていく。ロウのそれで自分がいっぱいになる。
「……くっ、……は……」
眉根を寄せたロウの顔を見て血が沸いた。
腹を撫でると確かにそこにロウがいる。
ロウが今自分の中にいる。そして快感に打ち震えている。
そんな独りよがりの喜びに何より心が満たされた。
「動くぞ」
頷くより早くロウが律動を始める。
「ひっ、あ……っ、あ、はあっ……んッ……!」
最奥を何度も突かれるとあられもない声が上がった。
もう隠すことも抑えることもしないそれが岩壁で反響して、それ以外に聞こえるものと言えば淫猥な水音とロウの漏らす吐息くらいのものだ。
そんな空間に酔いしれていると、この世界にはもう自分とロウ以外存在しないのではないかとすら思えてくる。
そうなればどんなにいいか。そうしたらロウの視線の先に誰が居るかなんて考えなくて済む。
「後ろ向け」
壁に手を付いた瞬間、ロウのそれが無遠慮に挿し込まれる。
私は声にならない声を上げて軽く達してしまったが、そんなことはお構いなしにロウは腰を強く打ちつけ続けた。
決して優しいとは言えない、そんな行為に涙が出そうなほど震えた。痛みなどない、この胸以外には。
「あ、つい……あ、つ……いの……っ」
「たり、な……あっ……! もっ、と、……きて……っ……!」
そんな私の声にロウは何度も応えてくれた。
私の中の熱を鎮めようと、強く強く抱き締めてくれた。
優しさに付け込んでこんなことをする私は狡い。こんな真似をする私をロウが好きになるわけがない。
だからこそこうして『可哀そう』な私を演じるしかなかった。
同情だってなんだって良かった。ただ一時、ロウが手に入るなら。
「は、……また、イ、く……!」
三度目の射精を迎えようとするロウの身体を私は脚で引き留めた。
「まて……っ、だめ、だ…って!」
同時にナカをぎゅっと締め付け、すべてをそのまま吐き出させる。
直前で引き抜かれてばかりいた私の最後の抵抗だった。
意識が飛んだふりをして、私は目を閉じる。
注がれた熱いものを確かに感じながら、心の中でひとり微笑んだ。
終わり