監視(フルル)の目がないうちにイチャイチャするロウリンの話。(約8,300字)

☆フクロウの居ぬ間に

 実に穏やかな時間だ。
 先ほどまで強く部屋に射しこんでいた西日はすっかりなりを潜め、今は空の低いところで一番星がその光を届けている。リビングには包丁がまな板を叩く音が響いていて、辺りには徐々にスパイスのいい香りが漂うようになっていた。
 それなのに。
「これはどういうことなんだろうな」
 俺はテーブルに肘をつきながら、じっと視線を送り続けてくる奴に問いかけた。
「いつになったら離してくれるんだ?」
 フルルさん、と声を掛けても、フルルは俺の正面に居座ったまま、前髪をくちばしで咥えたまま、微動だにしなかった。
 こんな状況になってから、もうかれこれ20分は経つだろうか。俺がこの部屋に現れた時からフルルは待ってましたとばかりに周囲を飛び回り、頭をつつき始めた。そして隙を狙って毛束を咥えたかと思うと、まるで飼い犬に着けた引き紐のようにして行動を制限したのだった。
 目的はただ1つ。――俺をリンウェルに近づけさせないため。
 おかげで俺は今こうしてダイニングテーブルでただじっとしていることを余儀なくされている。これでは夕飯の準備を手伝うどころか、立ち上がることさえできない。
「なあ、そろそろ喉渇いたんだけど……」
 水を1杯飲ませてはいただけないでしょうか。目いっぱい下手に出てもフルルの反応は変わらない。身じろぎひとつしない格好のまま、訝しげな視線を寄越すだけだ。
 フルルがこんな行動を取るのには心当たりがあった。今日、リンウェルと一緒に遺跡に行った帰り道での出来事だ。フルルが川で水を飲んでくるというので、その間、俺とリンウェルは日の当たらない木陰で休むことにした。その時分は黙っていても汗が滲んでくるくらい、とても日射しが強かったのだ。
 座って話をしているうち、自然とそういう空気になった。そこは恋人同士、ごく当たり前にキスを交わしていると、
「フギャッ! フリュリュリュリャーーーー!」
 突然、辺りに聞き覚えのある悲鳴が響き渡った。何事かと立ち上がった次の瞬間には、俺の頭に白い弾丸が突き刺さっていた。弾丸というにはあまりに丸くふわふわで、それでいて殺意の高すぎる弾丸が。
 そうして今に至るわけだが、フルルの怒りはまだ収まらないらしい。あれからフルルは俺がリンウェルに近づこうとするのを許してはくれず、部屋に戻ってきてからも一定の距離を保たねばならなくなった。その距離およそ半径2メートル。フルルが咄嗟に反応できるぎりぎりのようだ。
 この決して広くはない部屋の中で、その仕打ちはかなり手厳しい。せっかく愛しい恋人に会いに来たはずが、まさかこんなことになるなんて。
 日頃からフルルの目を忍んでいたのが仇になったかもしれない。交際を隠していたわけではないにしろ、キスをする時は必ずフルルも誰もいない場所に限定していたし、街中で手を繋ぐのも躊躇っていたくらいだった。そうしないとリンウェルの方が嫌がるのだ。
「家族の前でそんなことできないよ!」
 まあ、その気持ちはわからないでもない。俺だって恋人とイチャイチャしているところをネアズやガナルに見られたくはない。
 とはいえ今日に限っては本当にタイミングが悪かった。想定よりもフルルが遠くに行っていなかったか、あるいは早く戻ってきてしまったか。あそこでフルルに目撃されるとは、俺もリンウェルも思っていなかった。
 油断していたわけではないが、隙があったのは事実。自戒の気持ちも込めて、俺はあまり抵抗しなかった。リンウェルの方も強く言わず、今もキッチンの方からちらちらと気まずそうな視線を送ってきている。俺たちはこんなにも反省している。だからそろそろ許してはくれませんかね。俺の必死の訴えもむなしく、フルルは前髪を離そうとしない。
 なんなら一歩でも動けばまるまる引き抜いてしまいそうな勢いだ。あーもうこれはダメだな。俺はリンウェルに向かって首を振って合図をした。これはおやつでも動きそうにないぞ。リンウェルもやれやれと肩をすくめて、胸の辺りで小さく手を合わせるのが見えた。
 今日ばかりは大人しくしておくとして、だ。このフルルの反応は過剰すぎやしないか? 恋人ならキスの1つや2つくらいするもんだろ。それでこんなに腹を立てるなんて。
 実はもっとそれ以上のこともしてるって知ったら、こいつはどうなっちまうんだ? 心配すべきはフルルではなく、俺の方なのかもしれない。次にそんな現場を目撃されたら、今度こそ俺の毛根はことごとく死滅させられてしまうだろう。
 たとえハゲてしまっても、リンウェルは俺を好きでいてくれるだろうか。どこか切ない気持ちになりながら、俺はキッチンに立つリンウェルを見つめた。
「なんか、今日はごめんね」
 夕飯後の宿への帰り際、リンウェルが申し訳なさそうに言った。
「まさかこんなことになるなんて、ちっとも思ってなかった」
 こんな時までフルルは俺たちの間に挟まったまま、俺の前髪を咥えている。
「まあ、今日のは事故だろ」
 俺は頭を掻きながら、できるだけフルルを刺激しないように言った。
「悪気があったわけじゃないんだし、フルルもきちんと話せばわかってくれるんじゃねえか?」
「うん。というかわかってもらわないと。いつまでもこんなふうじゃいられないし。次までにはしっかり話しておく」
 こんな時まで真面目な顔をするリンウェルに、俺の胸には少しばかりイタズラ心が芽生えた。
「何て?」
「え?」
「何てフルルに説明すんだよ」
 俺が問うと、リンウェルは小さく俯いてたちまち耳まで赤くした。
「それは、その……ロウと私は、こ、恋人同士だって」
 僅かに震えた語尾がたまらなくいじらしい。今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるが、こちらを鋭く睨みつけるフルルがそれを許さない。
 俺はぐっと歯を食いしばりながら、それでも大きく頷いた。
「頼んだぜ。この分じゃ、フルルは俺の話は一切聞きそうにないからな」
 けどケンカはすんなよ。できるだけオンビンにな。
 使い慣れない言葉で格好をつけて、リンウェルの家を後にする。
 宿までの帰り道を歩きながら思った。今日はなかなか散々な1日だったが、最後リンウェルの可愛い顔を見られたのはよかった。今思い出してもニヤけてしまう。恋人同士。なんていい響きなんだ。
 次にメナンシアを訪れた時にはきっと事態は好転しているはずだ。リンウェルもフルルを説得しておくと言っていたし、何も心配するようなことはない。
 むしろ、俺の次の仕事について考えておかないと。なるべく早くメナンシアに来られるよう、ネアズに掛け合ってみるか。少し恥ずかしいけど。
 呑気に考えながら、俺は宿の部屋に戻った。この時の俺の心には憂いも不安も、まるでこの日の夜空のように一片の翳りもなかった。

 予想外だったと言わざるを得ない。フルルの監視はもうしばらく続いた。俺が再びメナンシアを訪れ、リンウェルの家の扉を開けた途端、フルルははっと思い出したように攻撃を浴びせてきた。
 これには俺もリンウェルも驚いた。まさかフルルの恨みがこれほど深いものだったとは。
 リンウェル曰く、話は一旦はきちんとついたのだという。
「話したら、フルルもわかってくれたんだ。ロウにむやみに攻撃しないでねって言った時も、大きく何回も頷いてくれたのに……」
 これはむやみのうちに入らないのか。フルルは相変わらず俺たちの距離を保つように間に入っては、隙あらば俺の髪の毛をぶちぶちとまるで草か何かのようにして毟るのだった。
 このままではリンウェルに触れるより先に俺の髪型が変わってしまう。髪型どころか、もう髪自体を整えることもできなくなってしまう。
 俺は自分なりにフルルの説得を試みたが、すべて無に帰した。フルルは俺の話に耳を傾けはするものの、次の瞬間にはそのくちばしは俺の頭を指していた。
 もはやコンパスみたいだ。どこを向いていても、最終的には俺の頭を指し示すコンパス。
「自分でも怒りの抑え方がよくわからなくなってるのかも」
 俺の周りを飛び回るフルルを見て、リンウェルはそんなふうに言った。
「頭では納得してるんだけど、でもそのイライラを抑えきれなくて、ロウに当たっちゃってるんじゃないかな。ある種のサンドバッグ的な」
 勘弁してくれ。俺は憤った。そこに入ってるのは砂じゃない。足りないながらも必死に働き、生きている俺の脳だ。
 フルルのガードは休暇中ずっと続いた。つまり俺はネアズとの交渉でなんとか勝ち取った休みの間、リンウェルに指一本すら触れられなかった。
 失意に打ちひしがれながら、だからといってめげるわけにはいかない。再び休暇をもらうため、俺は汗水たらして懸命に働いた。休暇のためならとシスロディアの雪山やガナスハロスの密林にも向かった。途中、リンウェルの好きそうな古書を見つけては買い取ったり、骨董屋との値引き交渉の末に珍しい遺物を手に入れたりもした。大変だったが、苦ではなかった。リンウェルの笑った顔を思えば、いくらでも頑張れそうな気がした。
 ようやくヴィスキント行きを許されたのは、その数週間後のことだった。リンウェルの家の扉が開いて、堪らず再会の抱擁を交わそうと駆け寄った時、やはり白い弾丸がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。間一髪避けはしたが、密かに抱いていた一縷の望みはその瞬間、儚くもむなしく砕け散った。
 だがこんなことでへこたれる俺ではない。俺はこの日のために、肉体も精神も鍛え上げてきたのだ。ちょっとやそっとじゃ折れないし、諦めない。何のために毎日働いて、眉間に海溝より深いシワを寄せたネアズと交渉してきたのか。
「なあフルル、そろそろ許してくれよ」
 俺はフルルにお伺いを立てた。
「俺もリンウェルも反省してる。リンウェルなんて、落ち込みが過ぎてしょんぼりしてるぞ。お前だって、リンウェルが悲しんでるのは見たくないだろ?」
「フル……」
 フルルは以前よりかは話を聞くようになっていた。とはいえその怒りの矛先の変え方も知らなければ、曲げ方もわからずに、ほとんど反射的に俺を攻撃してしまっているらしい。パン屋でトングをカチカチするように、噴水を見たら小銭を投げ入れてしまうように、そこに俺がいたらとりあえず挨拶代わりに攻撃しておく。随分血の気の多い、穏やかでない挨拶だ。
 話しているうちになんとなくわかったことだが、フルルはキスをしたこと自体に怒っているわけでもないようだった。フルル的には「隠すな。やましいことがないなら堂々としていろ」ということらしい。
「んなこと言ったってなあ」
 俺は頭を掻く。やましいことがないどころか、やましさしかないから隠してんだよなあ。
 真心がまったくないとはいわないが、下心を多分に含んだそれを第三者、しかも恋人の家族の前で晒すのはどうかと思う。こういうことは誰だって秘密に、密やかにしておきたいもののはずだ。
 あるいは、そういう概念はダナフクロウの中には存在しないのかもしれない。仲が良いならそれを隠すことはない。杜の王様と王妃様のように、みんなの中心でにこやかに笑っているべきと、そういうふうに考えられているのかもしれない。
 互いの常識が異なるとわかりあうのは難しい。これにどうやって対処しようか頭を悩ませている時だった。リンウェルの部屋の窓をコンコンと小さく叩く音がした。
「フゥル!」
 すぐに気が付いたのは、フルルだった。リンウェルがカーテンを開けると、そこにはオレンジ色の体色をしたダナフクロウが1匹、ふわふわと羽をはばたかせていた。
「あ、この子!」
「なんだ、知ってるのか?」
 リンウェルはにこやかに頷いた。
「この前街道に出かけた時、ズーグルに襲われかけてたのを追い払ってあげたんだ。それからフルルと意気投合したみたいで」
 その後もフルルを誘いに来ては、よく一緒に遊びに行っているのだという。
 体躯は少しだけフルルよりも大きいだろうか。それでも出会ってきた中ではまだ小さいダナフクロウは、窓を開けると嬉しそうに部屋の中に飛び込んできた。
「フゥル! フル!」
「フル……!」
 窓の外を指し示すフクロウと、目を大きく見開いているフルル。どうやら遊びに行こうと誘われているらしいが、フルルの方は躊躇しているようだ。
「フル? フルル?」
「フル……! フルル……!」
 フルルは頭を抱え始めた。行くべきか断るべきか、相当迷っているのが見て取れる。
 とうとう答えを出したフルルは、羽を広げてその場に飛び上がった。
「フル!! フリュリュ、フギャーフリュリュ!!!!」
 鬼のような形相でこちらに向かって何かを口走る。何を言っているかはわからなかったが、何を言いたいかはよくわかった。まあ、その言いつけは到底守れそうにないけどな。
 フルルたちは2人揃って仲良く外へと飛び去って行った。青く高い空にたちまちその影は消え、あっという間に姿も追えなくなる。
 そこでようやく俺はリンウェルと目を合わせると、深く息を吐いてその肩口に倒れ込んだ。
「はあ……死ぬかと思った」
「もう、大げさだなあ」
 リンウェルは軽い調子で笑いながら、俺の頭を優しく撫でた。
 背中に回る腕が温かい。ここまで長かった。やっとたどり着いた、この温もり。
「それでなくとも、顔は合わせてたじゃない。そんなに寂しかったの?」
「当たり前だろ。一緒にいたって触れもしないんじゃ、別々の部屋に離されたのと同じだ」
 拗ねたような声になったのは自分でもわかったが、隠す余裕もなければ、その必要性も感じなかった。それほど俺は餓えていたのだ。リンウェルと、リンウェルに触れられるという俺だけの特権に。
「そういうお前は余裕そうだな。そんなに寂しくもならなかったか?」
「別に、そういうわけじゃないけど……」
 視線で合図を交わして、触れるだけのキスをする。これもおよそひと月ぶり。気恥ずかしさに、リンウェルが胸元に顔を埋めてくるのもひと月ぶりだ。
「やっぱりちょっと、寂しかったかも」
 声をくぐもらせたままで、リンウェルは言った。
「キスしてみて初めて気付いた」
 愛おしさに叫び出したい気持ちだったが、そこはぐっとこらえて腕を回すだけにとどめた。細い肩を抱き締めて、今度は長く、深く口づける。逃げ回る舌を追っているうち、あっという間にリンウェルは呼吸を荒くした。
 一旦唇を離して上目遣いで見つめてきたのは、リンウェルなりのアピールだったのだろう。ロケーションに問題がある、というささやかでいじらしいアピール。
 だがその間さえ惜しい俺は、リンウェルの訴えを受け流した。再び唇を重ね、ブラウスの隙間からリンウェルの胸をまさぐる。
「やっ……! ね、ねえ」
「……なんだ」
「ベッド、行かないの……?」
 途切れ途切れにリンウェルが訊ねてくる。俺は手を止めることなく、唇を耳元に寄せて囁いた。
「我慢できねえ。ここで許してくれ」
 悪いけど、とは呟いたものの、そんなことまったく思っていない。ここまで焦らされてしまったのだ。その勢いは引き絞った弓矢と同じで、一度放たれてしまったら頂点に達するまで衰えることはない。
 リンウェルは戸惑ったような顔をしたが、それもほんの一瞬のことだった。俺が既に大きくなりつつあるそれを大腿に押し付けた途端、リンウェルはその肩を大きく震わせた。
 隙を逃さず首筋に舌を這わせる。上になぞり上げ、耳たぶの裏から耳殻を食むようにしてやると、リンウェルは甘い悲鳴を上げた。たちまち膝は頽れそうになって、俺の体にしがみつくようにして腕を回してくる。
「やっぱここ弱いんだな。何がそんなに良いんだ?」
「そ、そんなの、知らな……あっ……! やだ……っ……!」
 ふるふると首を振りながらも、目線は今にもとろけるようだった。薄く張った涙の膜さえ蜜のようで、それに誘われる俺はさしずめ羽虫といったところか。
 布地の上から剥き出しにした胸の突起は、外見からでもわかるほどに主張していた。それを爪の先で執拗に擦り上げると、都度リンウェルは高い声を上げて体を震わせた。頬はすでに上気してやや赤らんでいる。いつも感度のいい身体ではあるが、今日はいっそう感じやすいようだ。
 俺はリンウェルの肩を掴んで向きを変えさせると、そこにあったダイニングテーブルに手をつかせた。そのまま穿いていたスカートを捲り上げ、下着を下までひと息に摺り下ろす。
「ほ、ほんとにここでするの……?」
 リンウェルは最後まで戸惑っていたが、俺は躊躇しなかった。痛いほどに膨れ上がったそれを取り出すと、リンウェルの腰を掴んで一気に奥まで挿入した。
「……~~~~っ!」
 咄嗟に口を手で塞いだのだろう。リンウェルの上げた声は声とならずに部屋中に響き渡った。
 先ほどフルルたちが飛び去った窓は半開きになったままだ。耳を澄ますと、広場の喧騒がここまで届いてくるようだった。
 そんなことはお構いなしに、俺は何度も腰を打ち付ける。思った通りリンウェルのナカはぐずぐずに蕩けていて、俺を奥まで受け入れた今も次々と愛液を溢れさせていた。ぬるぬるとしたそれが先っぽから根元まで絡みついて離れない。包まれているようで食われるような感覚に、今にも腰が砕けそうになる。
「あっ、ま、まって……っ……! もっと、ゆっくり……!」
「いいのか? フルルたちがいつ戻って来るかもわかんねえぞ」
 その名前を出した途端、リンウェルのナカはきゅうっと狭くなった。狭くてきついのに、とろとろ溶けだしそうに熱い。
 堪らず声が漏れて、下半身にも力が入った。一度動きを止めて呼吸を整えたところで、再び律動を開始する。
 リンウェルとのセックスはいつも気持ちいいが、今日は特別に格別に感じた。久々だというのもあるだろうが、状況がまたそれを加速させている。悪いことなどひとつもしていないのに、何故か胸の隅にじわじわ滲む背徳感。ちりちりと焦げ付くようなそれが心臓を焚きつけて、鼓動と一緒に快感を全身に送り届けていた。
 一度奥を突くたび、先端でイイところを擦り上げるたび、小さく跳ねるリンウェルの身体がかわいくて愛おしくてならなかった。指の間から漏れ出る嬌声に本人は気付いているだろうか。「ダメ」と反射的に零しながらも、その腰を自ら揺り動かしていることも。
 ぐちゅぐちゅと卑猥な音がする結合部からは、どちらともつかない体液が溢れていた。それが大腿を伝って床を汚そうとした時、リンウェルがふとこちらへと向き直った。
 首に腕が回って至近距離で見つめられる。ほんの一瞬の間の後に降ってきたキスはこの上なく甘くて、頭がくらくらしそうだった。自ら膝を持ち上げ、腰を摺り寄せてきたところで、リンウェルが俺の口の中で呟いた。
「…………もっとして」
 それからは時間を忘れて没頭した。寝室に移って1回、一緒に入った浴室の中でさらにもう1回。キスは……もう数えきれない。
 引き離された時間を考えれば足りないくらいだったが、それでも半日の間にこうも勤しんでしまうとは、恋とは本当に恐ろしい。盲目とはよく言ったものだが、はっとして2人で慌てて時計を見やった時は本当に肝が冷えた。
 結局フルルが部屋に帰ってきたのは、夕方になってからだった。フルルは帰るなりこちらにじっとり疑わしげな視線を寄越したものの、表立った行動といえばそれだけだった。
「あの子に言い含められたんじゃない? 昼間と随分態度が違うもん」
 確かに、フルルは何かを言いたそうにはしていたが、だからといって何をしてくるというわけでもなかった。髪も引っ張らないし、頭皮をつついてもこない。俺とリンウェルの距離が近づいても、ぐっと堪える素振りを見せるだけ。
 この長い苦難を味わった俺としては、胸にこみ上げるものがあった。そうか、フルル。ようやくわかってくれたか。
 思わず感涙に咽び泣きそうになるが、まだ油断はできない。フルルの沸点が思いのほか低いというのは、今回の一件でよくわかったことだ。簡単に気を許してはいけない。
 それでもひとつ試したいことがあった。俺は部屋を後にする帰り際、扉の前でふとリンウェルの腕を取った。
「えっ、何?」
「いいから」
 そのまま体ごと引き寄せ、顔に唇を寄せる、ふりをする。それでもリンウェルの背後から白い弾丸が飛んでくることはなかった。
 安堵したのは俺もリンウェルも同じだった。本当に今度こそ、フルルは思い直してくれたらしい。
 そうして向こうに視線を向けてみて驚いた。フルルはテーブルの上に佇んだまま、その両目を自分の翼で覆い隠していた。まるで「見ていないのでどうぞ続けて」とでもいわんばかりに。
 いやあ、さすがにそれはどうかと思うぜ。
 むしろそっちの方が恥ずかしい。俺は苦笑いで頭を掻きながら、リンウェルとイチャイチャする時はもうしばらくは隠れていようと心に決めたのだった。

 終わり