学パロ。ロウ←モブの告白現場に遭遇してしまうリンウェルの話。ハピエン。喋るモブがいます。(約8,900字)

17.液体、試験管、スポイト

 ちょうど、今日の課題を終えたところだった。
 ペンを置き、参考書を閉じる。ちらりと見やった時計の針は午後11時を回っていた。これからお風呂に入って髪を乾かして、明日の準備をするとなるとベッドに入るのは日付が変わる頃になりそうだな、なんて考えていた時、机の端に置いてあった端末の画面が光った。
 手に取って、表示された名前に心臓が跳ねる。ひと呼吸置いてから、私は意を決して通話ボタンを押した。
「も、もしもし?」
〈もしもし? リンウェル?〉
 聞こえてきたのは、もう随分と聞き慣れた幼馴染の声だった。
「ロウ? どうしたの?」
〈お、ちゃんと起きてたか。寝てたらどうしようかと思ってたけど、大丈夫だったみたいだな〉
 端末の向こうでけらけらと笑う声がする。
「まだ寝ないよ。課題だってあるし」
〈なんだよ、また勉強してたのか? 相変わらず真面目だよな〉
「ロウが不真面目なだけでしょ。課題くらい、普通みんなやってくるよ」
 言いながら、授業直前の風景を思い出す。私の教室ではいつも、忘れた、やってない、などという声があちこちから聞こえてくるのだった。
「と、ところで、何の用? こんな時間に」
 私が訊ねると、ロウは〈そうだ〉と思い出したように言った。
〈明日、金曜だろ〉
「そうだけど、それがどうかした?」
〈俺、部活の朝練で早く行かなきゃなんねーんだよ。ほら、こないだの試合勝っただろ。あれでなんか火ぃついちまったらしくて、部活の奴ら燃えてるっていうかさ〉
 少し面倒そうな調子でロウは言った。
〈だから、悪い。一緒に登校できない〉
 それを聞いて、私は小さく息を吐いた。
「なあんだ、そんなこと」
〈そんなことって何だよ〉
「それくらい、メッセージで一言送ってくれたらそれで良かったのに」
〈寝坊常習犯のお前が朝にメッセージ確認するか、そっちの方が怪しいだろ〉
「うっ……」
 それについてはまったくもって反論できない。慌ただしく家を出た挙句、端末ごと部屋に忘れてくる、なんていうのは日常茶飯事だからだ。
〈とにかく、そういうわけだ。明日は待ち合わせがどうのとか気にしなくていいからな。道中気を付けて来いよ〉
「はいはい、わかりましたー。ロウも、寝ぼけながら自転車乗らないでよ」
 へいへい、と気のない返事が聞こえて、それから電話は切れた。ツーツーというお決まりの電子音だけが端末から微かに聞こえてくる。
 ふうと息を吐いて、私はベッドに身を投げた。
 いつも通りに話せてたかな。たぶん、大丈夫だったと思うけど。
 ごろりと寝返りを打ちながら再び端末の画面を見つめる。心臓のドキドキはまだ収まってはいなかった。
 
 最近、私の体はなんだかおかしい。ロウを見るだけで胸が騒がしくなるし、どこか落ち着かなくなる。ロウと話をする時も上手く言葉が出てこなくなってしまって、思ってもないことを言ったり、変な相槌を打ったりしてしまうのだ。
 今日は電話だったからまだましな方で、これが直接話そうものならしどろもどろになっていただろう。目も合わせられず、どこか会話の調子がおかしい私にロウも違和感を抱いたに違いない。そういう意味では、明日の朝に顔を合わせないで済むというのは運が良かったかもしれない。毎週金曜の朝は一緒に登校するというのはどちらからともなく始めた習慣ではあったが、今回ばかりはロウの朝練に助けられた。
 別に、ロウとの間に何かあったわけじゃない。ただ私の方が一方的に、ロウを意識してしまっているというだけ。
 ――意識。それの意味するところはわかっている。高校生にもなれば、このドキドキが何なのかくらい嫌でも自覚してしまう。
 でも、どうしてこのタイミングだったのかはわからない。ロウとは昔からずっと一緒にいる幼馴染で、今だって家族ぐるみで付き合いがあるくらいなのだ。機会というならいくらでもあったはず。どうして今になってロウのことをこんなふうに考えてしまうのだろう。
 そもそもどうしてロウなのだろう。ロウは能天気で人当たりが良くて、割と誰からも好かれるタイプだけど、ただ一点、勉強は苦手だ。手足を使った運動はなんでもこなすのに、頭だけは使いたがらない。ロウの方が2つ年上とはいえ言葉遣いも言動自体からもまったくそうは感じなくて、大人で知的な男性がタイプ、と豪語してきた自分がどうしてロウに惹かれたのか、まったくもって説明がつかなかった。
 ロウは私の理想とは大きくかけ離れていた。……まあ確かに、先週のロウはちょっとカッコよかったけど。
 というのは、先週末に学校の体育館で行われたバスケットボールの試合でのことだ。友達の一人がバスケ部の先輩のファンで応援に行くので、ついてきてほしいと頼まれたのだった。
 そこでのロウは、普段の姿とはまるで違った。真剣な目をして汗を飛び散らせながら、ただひたすらにボールを追いかけていた。
 詳しいルールはよく知らない。それでもロウがチームの中でも目立った存在であることは明白だった。
 飛び交う黄色い声援の中に、ロウの名前を呼ぶものがいくつもあった。はじめこそ戸惑い、驚いたものの、それも仕方ないかもと思うようになった。
 それくらいロウは輝いていた。私は友達に声を掛けられるまでずっと、その姿に見入ってしまっていた。
 試合後は友達と差し入れを渡しに行って、いくつか言葉を交わしたら、そのあとは逃げるようにして帰ってきた。「お疲れ様」のほかに何と声を掛けたらいいかわからなかったのだ。
 つくづく素直じゃないなと思う。かっこよかった、とまでは言えなくとも、感動した、くらいは言えただろうに。
 悶々とする気持ちは募って、最近は授業にもなかなか身が入らない。今日に至ってはこのままではダメだと自ら先生にお願いして追加の課題を出してもらったのだった。
 それがまたこうしてロウからの電話に繋がってしまって、嬉しいような、複雑なような気持ちになる。急ぎでもなかったのだから、諦めてさっさと寝ていたらこんなふうに心をざわつかせることもなかったのに。
 それでも、と思う。それでも、別に悪い気はしないんだよなあ。
 悩んで迷って、頭の中がごちゃごちゃになるのに、どうしてか私はそれを嫌がっていない。今だって戸惑ってはいるものの、その中にもほのかにあたたかいものがこの胸の内に宿っているのだった。
 こんな気持ちになるのは初めてだ。覚えていないものは別として、自分の記憶にある限りではこれまで誰かをこんなふうに想ったことはなかった。
 ――それって、ロウが私の初恋ってこと?
 気付いた途端、顔に熱が上る。恋。初恋。縁遠いと思っていたその言葉が、今こうして自分に振りかかるなんて。
 たまらずわあっと声を上げたくなった。枕にでも顔を埋めて発散してしまおうかと思った時、ふと端末が震えた。メッセージはロウからのものだった。
〈さっき言い忘れたけど、こないだの試合の差し入れ美味かった。ありがとな〉
 ぶわりと熱いものが今度は顔から胸に広がっていく。私は思わず端末を抱え込みながらベッドの上を転がり回った。
 もう、いったいなんなの。
 恋ってもどかしくて面倒くさくて、それでいてこんなにも、――嬉しい。

 翌朝、家を出るとロウの自転車はなかった。どうやら宣言通り早くに家を出たらしい。
 それを横目に私も学校へと向かった。よく晴れて日射しの強まりつつある、初夏の朝だった。
 学校に着いて早々、私はがっくり項垂れた。そういえば、今日は日直だった。
 日直が嫌いなわけではない。仕事といえば黒板を消したり、日誌を適当に書いたりするだけなのでそこまで面倒でもない。
 ただ、今日は違った。今日の午後には化学の授業がある。化学担当の先生は人遣い、いや、日直遣いが荒いことで有名なのだ。
 嫌な予感は的中した。昼休みに入った直後、隣のクラスから出てきたと思われる例の化学教師が「おーい、日直」と私を呼んだ。
「はい、何ですか?」
「午後軽く実験やるから。化学室と準備室開けておけ。ついでに器具も必要な分揃ってるか確認しておいてなー」
 足りなかったら準備室から出しとけー、などと鍵ごとすべてを私に丸投げして、教師は去って行った。
 私は愕然とした。いつもならノート配っとけーだの、プリント配っとけーだの言うのに、この日に限って最も面倒なことを頼まれてしまった。
 遠い目をした私に、友人たちは「手伝おっか?」と声を掛けてくれたが、私は「大丈夫」と笑って見せた。
「図書室に行く用事もあるし、ついでにちゃっちゃと終わらせてくるよ」
「そう? 困ったことあったら言ってね」
 いつでも呼んで、と見送ってくれる友人たちに手を振って、私は1階にある教室を出た。
 化学室は2階の東側にある。図書室は2階の北側なので、近いといえばそうだ。
 図書室で借りた本を返し、その後向かった化学室の辺りはしんと静まり返っていた。
 預かった鍵を使って化学室を開ける。ツンとする匂いは戸棚の中の薬品が発しているのだろうか。本音を言えばあまり好きではない匂いだ。
 器具は、既にほかのクラスが使ったのか、ある程度は外に出ていた。班の分だけあるか数を確認し、足りない分を隣の準備室から補充する。ガラス器具はどうも扱いづらいのでこれも好きじゃない。壊れやすくてもろい上に、それでいて高価なので持ち上げるだけでも緊張した。
 ひと仕事終え、準備室から出ようとした時だった。
「あ、開いてる」
 よかった、と声が聞こえて、誰かが化学室に入っていく足音がした。
 それは一人分ではなかった。もう一人、それに続く音が聞こえた。
 聞こえてきた声に、私は息を呑んだ。
「うわ、すげえ匂い」
 ロウの声だった。昨日、電話で聞いたあの声と一緒。
 そういえば2階は3年生の教室があるフロアでもあった。でも教室からここまではそれなりに距離があるはず。どうしてこんなところに――。
「そんで、話って何だ?」
「えっとね、その……」
 ロウが問いかけた先の声は、女の子のものだった。戸惑うような、何か言い淀んでいる声に、私は次に続く言葉を察した。
「わたし、ロウくんが好きなの」
 ずきりと心が痛む。一瞬で押し潰されたようなそれのはずみか、思わず私は半開きになったドアから廊下へと飛び出した。
 足音や物音など気にしている余裕はなかった。ただ、すぐにでもそこを離れなければと思った。
 2階から1階へ階段を駆け下りる。そこでようやく足を止め、肩で呼吸をする私に訝しげな目線を寄越す人もいた。
 それすら気にしていられなかった。頭の中にはあの女の子の声だけが何度もこだましていた。

「はい。じゃあ用意ができたらそれぞれ実験始めてー」
 目の前に並んだ試験管の中に液体が滴下されていく。ぽたぽたっと数滴が入ったところで、試験管の中の液体はたちまちその色を変えた。
「おおー、きれーい」
「結構発色いいね。じゃあ次はこっち」
「あたしもやりたい! やらせて!」
 班の皆がわあわあ声を上げる中で、私はひとり重たい心を振り払えずにいた。
 それもそのはず、昼休みにあんな場面に遭遇してしまったのだ。それも他人ならいざ知らず、相手がロウだったのだからひとたまりもない。
 しょぼくれた気持ちを持ち直すにはさすがに時間が足りなかった。友達には「ちょっと体調が良くなくて」と誤魔化し、今は大人しく端の方から実験を見守っている。
 はああ。心の中で吐いたため息は深く重たい。何に落ち込んでいるのかと問われたら、それはもうあらゆること、すべてに対してだ。
 相手はどんな子だったのだろう。ロウとは普段から話をするのかな。仲がいいのかな。顔は見ていないけれど、可愛らしい声をしていた。ロウの口ぶりからまったくの初対面とかそういうわけではなさそうだったけれど、その辺どうなのだろう。
 まさかバスケの試合を見て好きになった、とか? それもあり得ない話ではない。バスケットをしている時のロウは贔屓目なしにかっこいいと思うし、女子の目を引くのもわかる。普段のおちゃらけた姿を知る私がそう思うのだ。体育館でロウを見た人は少なからず惹かれてしまうだろう。とはいえそれだけじゃ告白するにまで至らないような気もする。あの子はいったい、ロウのどこを好きになったのだろう。
 ――ロウは、何て返事をしたのかな。
 そこが一番重要なのに、私はそれを聞く間もなくあそこから逃げ出してきてしまった。
 そんな勇気はこれっぽっちもなかった。息を潜めてその場に留まる度胸も、この気持ちに決着をつける覚悟も、今の自分は到底持ち合わせていなかった。
 昨日の夜はあんなに胸をときめかせていたのに。今は暗い暗いどん底にいる気分だ。
「わあ、また色変わった!」
「ほらほら、喜んでないでちゃんと記録して」
 まるでこの心は試験管の中の液体みたいだ。ロウの一言であっちにもこっちにもころころ色を変える。
 喜んだり落ち込んだり、ロウの言動によって上にも下にも向く。浮いて沈んで、せわしないことこの上ない。
 厄介なこの心のおりを、誰か消してくれないかな。スポイトか何かで、シュッと吸い込んでくれたらいいのに。
 そんなことをしたって根本は変わらない。そんなの自分でもとっくにわかっている。
 この心を落ち着かせるための方法はひとつしかない。それは最近の自分の悩みをまるっと解決できてしまう方法でもあった。
 ――でもそんなの、言えるわけない……!
 だってまだ気づいたばかりなのだ。とうとう自覚して、これからどうしようと思っていたところにもう告白だなんて……!
「そんなの無理! もうわかんない!」
 つい上げてしまった声に、班の皆の視線が一斉にこちらを向く。
「リ、リンウェル、どうしたの?」
「ご、ごめんね。実験進めるの、早すぎたよね」
「あ、いや、違うの」
「どこがわかんない? うちらが教えてあげるからさ」
「違うんだって! ごめん! なんでもないの!」
 その後は皆の誤解を解くのに一苦労した。今後は公共の場で脳内会議を開くのはやめておこうと思った。

 放課後、帰り道をひとり歩きながらぼんやり考えた。これから、ロウに会ったらどんな顔をしたらいいのだろう。
 もともと上手く顔を合わせられないでいたのに、さらに追い打ちをかけるような出来事に遭遇してしまった。これではますますどんな態度を取ったらいいかわからない。とはいえロウはそのことを知らないわけで――。
 今朝はたまたまロウの朝練があったけれど、今後はそうもいかない。そもそも同じ学校に通っているのだし、家だって近所なわけで、今夜家に帰ったら、「これ、親父から。おすそわけだってよ」などと言ってロウが突然訪ねてくる可能性だってあるのだ。それまでに自分が気持ちを整えられているかどうか、素知らぬふりをして普段通りに会話できるのかと言われたら、正直なところ、自信はない。だからと言ってしばらく距離を置くというのもあからさまに不自然だし……。
 あれこれ考えていると、キキッという自転車のブレーキ音がした。顔を上げるとそこには、学生服姿にちょっと髪の毛を乱したロウの姿があった。
「……よお、今帰りか」
「え! あ、うん……っていうか、ロウはどうしたの? 部活は?」
「今日は休み。だから朝練だったんだよ」
 そっか、と私は頷いた。ロウが自転車を降り、いつものように隣を歩き始める。
「お前は? 少し遅いんじゃねえの」
「わ、私は今日日直だったから。日誌書いて提出して、図書室寄ってたらこの時間になったの」
「へえ。なるほどな」
 必死に平静を装いながら、私は心臓をバクバクさせていた。
 何この展開は。まだ何の準備もできていないのに、あまりにも急すぎる。
 どんな顔で、どんな話をしたらいいの。どんな話をしても、今日のことをぽろっと零してしまいそうで怖かった。できればそれは、それだけは、あまり話題にしたくなかった。
 私が口ごもる一方で、何故かロウも口数が少なかった。いや、もうほとんどなかったに等しい。あのおしゃべりのロウが、こんなに何も話さないだなんておかしい。
 不思議に思いつつ、それを問う勇気もなかった。私たちは黙ったまま、互いの家までの道をただ並んで歩いた。
 交差点の信号に差し掛かったところで、
「お前さ、」
 突然ロウが口を開いた。
「今日の昼、化学室にいただろ」
「へっ」
 驚きのあまり、私の口からは素っ頓狂な声が出た。
「え、えーと、それは……」
「隠さなくていいぜ。つーかあんな足音バタバタ立てて、気づかれないわけねーだろ」
 呆れたような口調でロウは言った。
 ロウはどうやらあの時、物音に驚いて咄嗟に廊下の方を覗いたらしい。
「俺がお前の後ろ姿見間違うかっての。お前の方は、俺が見てたことにまったく気づいてなかったみたいだけどな」
 当然だ。後ろを振り返る余裕なんかなかったのだから。一秒でも早くその場から遠ざかることで必死だった。
「……話、聞いてたか?」
 ロウの問いには、素直に頷いた。
「ごめん……盗み聞きするつもりはなかったの。授業の準備してたら誰かが入ってくるのがわかって、それがロウだって気づいて、それで……」
「そういうことだったのか」
 すげえタイミングだったな、とロウは笑った。
「断った」
「……え?」
「告白だよ。ちゃんと断ったから、心配すんな」
「そ、そうなの……」
 ロウの言葉を聞いた途端、胸につかえていたものがほろりと取れた気がした。そっか、断ったんだ。ちょっとほっとする。あの女の子には申し訳ないけれど。
「って、なんで私がロウの心配しなきゃいけないの!」
「だって、お前気にしてるかと思って」
「気にしてるって……まあ確かに、あんな話を聞いちゃったら気にならないわけないけど……」
 それは客観的に見てもそうだろう。友人が告白されている場面に遭遇したら、誰だってつい聞き耳を立ててしまうと思う。とはいえ今回に限っては理由はそれだけじゃなかったわけだけど。
「でも告白にどう返事しようが、それはロウ自身の問題でしょ。どうしてわざわざ報告してくるの」
「そ、それは……」
 するとロウは、またさっきのように黙りこくってしまった。
 でも単なる沈黙じゃない。ロウは何か必死に考え、珍しく頭を働かせているようだった。
 やがて口を開いたロウは、いつもよりもずっと小さな声で呟いた。
「お前には、誤解されたくなかったんだよ」
 え、とまた気の抜けた声が出る。
「誤解……?」
 それに今、「お前には」って――。
「言ってる意味、わかるだろ」
 そう言ったロウの顔は、背後に迫る夕日に負けないくらい赤く染まっていた。
 それを見てようやく理解する。そしてたちまち私の顔も、自分でわかるくらいにまで熱くなった。
「……うそ」
「嘘じゃねえよ。嘘でこんなこと言わねえだろ」
 そんなに器用じゃねえよ、とロウが言う。確かに、と私は頷く。
「で、でも、そんな素振り見せなかったじゃん!」
「見せられるかよ! ずっと幼馴染で過ごしてきて、今さら好きだなんて言えるわけねえだろ!」
「……!」
 ロウの口から出た「好き」の一言に、心臓がドキドキと音を立てる。嘘じゃないんだ。ロウは私を、好きなんだ。
「卒業までに言えたらいいか、くらいの気でいたんだよ。けど、お前が今日走って逃げてくの見たら、早く伝えないとって思って」
 家に帰ったら改めて呼び出す気だったのだとロウは言った。
「そしたら帰りにお前のこと見かけたから。急いで追っかけてきたってのに、いざ言うとなったらなかなか切り出せなくてよ」
 こんな形になるとは思わなかった、とロウは小さくため息を吐いた。「もっとかっこつけたかったんだけど、上手くいかねえな」
「そんで、返事は?」
「えっ」
 何かが吹っ切れたのか、ロウは開き直ったように訊ねてきた。
「俺と付き合ってほしいんだけど」
 言葉の割に相変わらず顔は真っ赤なので、やっぱり格好はつかない。それでも私の答えは決まっていた。
「……いいよ。っていうか、私もロウのこと好きだったから」
「まじか」
「まじ。気づいたのは最近だけど」
 私は正直に、ここ数日のことをロウに打ち明けた。上手く顔を合わせられなかったこと。話し方もわからず、ひとりでぎくしゃくしてしまっていたこと。
「だから今日、あの女の子の告白を聞いて怖かったの。ロウがOKしちゃったらどうしようって」
「それで逃げたってか。なるほどな、お前らしいっつーか、なんていうか」
「だって仕方ないでしょ。は、初めて人を好きになったんだもん。どうしていいかわかんなかったの!」
 私の言葉にロウはふっと笑った。いつも通りの減らず口に呆れたような、でもそれも全部ゆるしてくれるような、そんな笑顔だった。
「そういうとこ、すげえ可愛いよな」
「……っ!」
「これも、ずっと言いたかったんだぜ」
 やっと言えた、とロウは得意げに言った。
「それにしても、お前の初恋は俺かあ」
「な、なによ。悪い?」
「いや別に。俺の初恋も、多分お前だし」
 しれっとそんなことを言うロウに、私は思わず息を呑む。
 もう、ロウってばそんなドキドキさせるようなこと言って。関係が変わったのはつい数分前だというのに、その態度の変わりようも見事だ。
 ならこの際私も開き直ってしまおう。そう、私の初恋の相手はロウだ。長いこと一緒にいたけれど、今日から私たちは恋人同士になった。
 この気持ちに気づいたのは最近とはいえ、きっと想いは少しずつ溜められていたのだろう。それはまるで試験管に滴下される液体のように。一滴一滴、私は確実にロウへの想いを募らせていった。
 だから、「どうして今さら」というのは正しくない。突然ロウに惹かれたわけじゃなくて、もっとずっと前から予兆はあったのだ。それが今になって、ほんの少し色を変えただけ。
 そうして実った初恋は奇跡にも近い。視界に映るすべてが見違えるようで、まるで世界ががらりと景色を変えたようにも思えた。
 きっかけはすぐそこにあった。私は自分の胸が驚きとドキドキに満ちるのを感じながら、1メートル隣に並ぶ影を見つめた。
 もうすぐ家に着くというところで、ふとロウが言った。
「なあ、ちょっと遠回りしてこうぜ」
「? なんで?」
「なんでってなあ」
 首を傾げる私に、ロウはちょっと呆れたような顔をする。
「もうちょっとお前といたいからに決まってんだろ」
「!」
 照れながらも真っすぐそう伝えてくれるロウが、私は好きだ。
 ぽたり。ぽたり。
 またひとつ、恋に落ちる音がした。

 終わり