――リンウェルって、あの狼の人と仲良いよね。恋人なの?
「違うよ! そんなわけないじゃない!」
何気なく訊ねた一言で、リンウェルは真っ赤になって怒ってしまった。
「ロウはただの友達! それ以上でもそれ以下でもなんでもないんだから!」
膨れっ面で文献を捲るリンウェルに、私は「ごめんごめん」と軽く謝罪をしながら菓子の入った缶を取り出す。せめてもの罪滅ぼしにとその中身を勧めれば、細い指がクッキーを一枚すっと掠め取っていった。
――でもほら、あの人よくリンウェルに会いに来るから。宮殿で二人で話してるの、結構見かけるし。
「それはそう、だけど。でもあいつが恋人なんて、ありえないもん」
口を尖らせたリンウェル曰く、ロウさん(という名前だそうだ)は以前一緒に旅をしていた仲間のうちの一人で、年齢が近いことから一緒にいる機会も多かったらしい。その交流は旅を終えた現在も続いていて、買い物に付き合ってもらったり一緒に食事に行ったりするのだとか。
「でも本当にそれだけだよ。ロウってば馬鹿だし、デリカシーもないし」
元仲間なのにそんなふうに言ってしまってもいいのだろうか。陰口の共犯になってしまっている気持ちがして、誰かにこの会話が聞かれてやしないかと肝が冷える。
「こないだだって――」
そんな私の心配などお構いなしにリンウェルの”陰口”は続く。
「私がちょっと待ち合わせに遅れただけで、小言言ってくるんだよ?」
――……それは遅刻したリンウェルが悪いんじゃないの?
「時間通りに来ないと心配するだろ、だって。ほんっと余計なお世話!」
――リンウェルのことを気にかけてくれてるってことだよね。優しいんだね。
「買い物の途中で急にどこかに行っちゃうし。まあ、それは泣いてる女の子を見かけたからだったんだけど」
――へえ、子どもにも優しいんだ。
「木の上に風船が引っ掛かっちゃったみたいで、『じゃあ俺が取ってやる!』って木に登ったのは良かったんだけど、そしたら乗ってた枝が折れて、あいつ風船と一緒に落ちてきたの!」
――えっ、大丈夫だったの?
「擦り傷くらいで大したことなかったよ。風船も無事で良かったけど、どうも格好つかないよね」
――ついた方が良かったの?
「そ、そういうことじゃなくて! 笑いものにされちゃうでしょって話!」
――そう? 泣いてる子供のために木に登るだなんて、それだけでかっこいいけど。
「そんなことないんだってば。あいつ、肉ばっかり食べて野菜食べないし、可愛い子見かけるとすぐ鼻の下伸ばすし。他にも気にいらないところいっぱいあるの」
――いいところはないの?
「いいところ?」
それまでまくしたてるように話していたリンウェルが言葉を詰まらせた。私の問いかけにきょとんとした顔をして、琥珀色の瞳を少しだけ見開く。
ここまでのところ、聞けば聞くほどロウさんは悪い人には思えない。リンウェルのことを気遣っているようだし、誰に対しても優しくて思いやりのある人物だという印象を受ける。話を聞く限りではあるが、リンウェルが挙げるような欠点ばかりの人ではない気がする。
「いいところなんて、あまり考えてなかったな」
――嫌なところは考えてるのに?
どうにも変な話だ。嫌っている人物であるならともかく、昔からの仲間の粗さがしをするなんて。少なくとも旅の間は背中を預け合って戦った仲間だ。私が思っているよりもずっと強い絆とか、信頼で結ばれているに違いない。
リンウェルだって、ロウさんのことを話しているときは愚痴こそ垂れているが、それが嫌悪感から来るものかといえばきっと違う。気心の知れた相手だからこそ言える不満みたいなものかもしれないが、何も本人がいないこの場でも必要以上にこき下ろすことなんてないのに。ここまでくるとまるで――。
――まるで好きじゃなくなる理由探してるみたいだね。
「そんなこと……っ!」
何気なく放った一言は再びリンウェルの顔を赤くさせた。怒声が飛んでくると思いきや、みるみる小さくなっていくその肩に私はリンウェルの本心を知った。本人もたった今気づいたのであろう、その本心。いつか彼に、伝わると良いのだけれど。
終わり