セフレのロウリン。久々に再会したロウと一線を越えてしまったリンウェル。

 一つ目の鞄には着替えや歯ブラシ、タオルを詰めた。下着は四日分、タオルは五枚。たったの三日程度、行先はカラグリアなのだから、もっと気楽でも良いのだと思う。宿に備え付けのものがあるかもしれないし、足りなかったら現地で調達すればいいだけのこと。持っていく荷物が少ないに越したことはない。
 それでも久々の遠出ともなると気持ちが昂る。そこで待つのがロマン溢れる古代の遺跡と、親しい友人との再会という二重、いや三重の楽しみであればこそなおさら。おそらく荷物の重さなんて気にならない。日常に戻るメナンシアへの帰り道はちょっと心配だけれど。
 二つ目の鞄にノートと筆記用具、あとはこの日のためにまとめた資料の束を入れていく。予備のインクはちょっと多めに。これも足りなければあっちで買えばいいのに、どうにもこうしておかないと気が済まない。瓶が割れないよう、布でくるんで鞄の奥へそれを置くと、底の方で何かざらついた感触がした。指先には砂がついている。赤っぽいそれは粒が大きくて、中には透明のものも混ざっている。
 そういえば、前回カラグリアに行った時もこの鞄を使った。あれは二年くらい前だっただろうか。あの時は遺跡調査でも何でもなく、ふらっと友人に会いに行ったのだった。
 ロウは元気かな。あれからどうしているだろう。身体の丈夫さについてはよく知っているのであまり心配はしていないけれど、話が何も聞こえてこないのはそれはそれで気になる。私が知っているロウの噂といえば向こうで彼女が出来たとか、仲良くやっているらしいとかその程度で、それもずっと前に誰かのまた聞きのまた聞きとして聞いた話だ。ロウに会うのは楽しみではあるけれど、最近の状況が分からない分ちょっと不安にもなったりもする。旅の道中あれだけ仲良くしていたのだし、今さらよそよそしくもならないだろうけれど、どうにも縁が切れるのだけは怖いのだ。
 そんな心配も杞憂だった。実際ロウと会ったらあの人懐こさは健在で、食事をしながら話に花が咲いた。とはいえ話すのは私の方ばかりだったような気もする。遺跡とか研究の話を始めると止まらなくなってしまうのが自分の悪い癖だ。
 カラグリアの食事も美味しくて、お酒もたくさん飲んでしまった。そこまで弱いわけでもないけれど、普段飲まない分、回るのが早かったらしい。私の記憶では酔いが回って気持ち良くなってきて、うとうととしているところで何か浮遊感に包まれた。ふわふわとした心地の中で、ロウの匂いがした気がする。しばらく会っていなかったのに、それがロウのものであると分かったのはどうしてだろう。
 そうして目が覚めると、私は裸になっていた。見知らぬ部屋の中で毛布一枚を羽織り、目の前には明らかにまずい、という表情をしたロウが同じく裸でベッドの上にいた。
 私は叫びかけた。というか実際に叫んだ。ロウに手で口を塞がれて、声は響かなかった。
 なんで、どうして。何が起こったのか分からなかった。いや、本当は分かっていた。こんな状況を見て考えられることなんて一つしかないからだ。
「あ、あんた、私に何かした……?」
 分かっていても問わずにはいられない。何かの正体は、私の下半身がよく知っている。
「あー……まあ、その、やったな」
「やったって……」
「ヤりました」
 項垂れてそう白状するロウに、私は気が付けば傍にあった枕でその頭を強く叩いていた。
「バカ! なんで⁉ なんでそうなったの!」
 ばふ、ばふ、と迫力のない間の抜けた音がする。光が差すロウの部屋に埃が舞うのが見える。
 こっちはそれどころではなかった。どうしてこんなことになったの。カラグリアに来てロウと再会するはずが。いや、それは確かに達成されたのだけど、こんな展開になるなんて考えてもいなかった。
 ロウは最初からそのつもりだったのだろうか。私にたくさんお酒を飲ませて、酔わせて、意識が混濁したところで事に及ぶつもりだったのだろうか。
 そうじゃない。ロウはそんなことしない。ロウと過ごした時間がそう言っている。私も概ねそれには同意だ。ロウはそんなことする人じゃないし、そうする勇気もない、と思う。時間の経過で変わってしまった可能性もあるけれど、昨夜話したロウはあの頃のロウのままだった。
 それならどうしてこんなことに。ロウを責め、ロウの頭を叩くごとに昨夜の記憶が蘇ってくる。
 どんな経緯でそうなったのかは分からないけれど、ロウに抱かれた私はあられもない声を上げていた。肌に触れられて、愛撫されてはその快感に身悶えていた、ような気がする。ぼんやりとしたものではあるけれども、確かに私は悦んでいた。それは間違いない。
 そう思うと、私の中の怒りが一瞬にして羞恥へと変わった。ロウをバカだのなんだの口汚く罵っておきながら、よがっていたのは自分の方ではないか。バカは私だ。裸ばかりかあんな姿までも晒してしまって、穴があるなら入りたい。できれば大きな墓標も付けて欲しい。
 一旦手を下ろすと、再度振り上げる力は残っていなかった。単純に疲れたのだ。
 ずずっと洟をすすると、滲んだ視界の中でロウが言った。 
「もう、俺と会うのは嫌か?」
 真剣な声で何を言い出すのだろうと思った。
「お前が顔も見たくないってんなら、もう会わない。……けどできれば、もう一回、確かめたい」
 初め、ロウが何を言っているのか分からなかった。
「確かめたいって、何を」
 そう問うと、ロウはほんの数秒視線を宙に浮かせた後で、
「……相性、とか」と答えた。
 相性というのは、夜の、というか身体の、ということ? 
「バカじゃないの」
 咄嗟にそう吐き捨てつつも頬には熱が上る。普通こんなことをされたら誰だって相手を憎らしく思うはずなのに、もう二度と会いたくないと思うはずなのに、なぜか私はそんなことは微塵も考えていなかった。
 むしろちょっと上ずってさえいる。昨夜のことを思い出すたび胸が熱くなるのは、きっと自分だけではなかったのだ。
「……まあ、いいけど」
 気が付けば私はそんなことを口走っていた。
「へっ?」
「今度は最初からそのつもりってことでしょ?」
 一応お伺いを立ててはみるが、その顔を真っ直ぐ見つめることはできない。羞恥心がぎゅんっと音を立てて最大値に達した瞬間、窓の外から鳥の鳴く声が聞こえた。引き戻されるようにふっと我に返る。そこでようやく私は世界が朝を迎えていたことと、午前に入れた約束のことを思い出して、大きな声を上げたのだった。
 街での別れ際、明日の夜また会おうと言ったのは私の方だった。明後日の朝メナンシアに戻るので、もう一度会うならそこしかチャンスはない。
 当初使う予定だった宿の部屋に戻ってシャワーを浴びながら、自分は随分と大胆なことを言ったのではないかと思い始めた。もう一度会うと言って、それが明日だなんて。急にもほどがある。でも仕方ない。そうしたいと思ってしまったのだから。それに今は彼氏もいない。そういう近しい相手もいない。何も問題はないはずだ。
 そこではたと思い出した。ロウには彼女がいたと聞いたことがあったけれど、それはどうなったのだろう。ロウの方からもう一度と言ってきたのだから、もう別れているのかもしれない。そうだとしたら、私はロウと付き合うことになるのだろうか。ロウは相性を確かめたいと言ったけれど、それには性格とかそういう相性も含まれているのかもしれない。
 そう思うと、急に心臓がどきりと跳ねて鼓動が早くなる。もし、もしそういうことを言われたらどうしよう。別に嫌なわけじゃないけれど、きっかけがきっかけなだけに戸惑ってしまいそうだ。湯を被ってぶんぶんと頭を振る。ダメだ、そういう期待はしちゃいけない。
 妄想を繰り広げているうちに打ち合わせの時刻は迫ってきていた。結局教えてもらった美味しい朝食は食べ損ねた。

 遺跡調査は来月の初めから本格的に始まる予定になっていた。今は発掘作業をしてくれる現場の人との打ち合わせが主な仕事で、あとは遺跡周辺を見て回ったり、街からの距離など立地についても調べたりしている。他にも自分の場合は星霊力の変化なども記録するようにしていて、そのほとんどが屋外での作業だった。
 双世界の融合後、世界はいくらか穏やかな気候になりつつあるとはいえ、カラグリアではその変化もなかなか感じ取るのが難しい。強い日差しはただ外に立っているというだけでも体力を奪っていくのに、ここでは砂埃も酷い。熱風も夜通しで、一年中過ごしやすいメナンシアとはまるで違った。この環境下で仕事をする人たちの精神力には凄まじいものがある。自分ならちょっと心が折れてしまうかもしれない。
 一通りの仕事を済ませて夕方になると、一旦宿へ戻った。もうすぐ日も暮れそうな時刻になっていたが、少なくともこのまとわりついた汗を流してからでないとロウには会えそうにない。
 鞄の中から下着とタオルを取り出す。まさか予備として持ってきた下着が役に立つなんて、準備をしていたあの時は思いもしなかった。とはいえきちんと上下でセットになったものを用意しているあたり、自分は何かを期待していたのだろうか。いやそんなはずはない。ないと、思う。ぐるぐると渦巻く考えを振り払うようにシャワーを浴びた。
 宿を出て、ロウの家はどっちだっけと辺りを見回していると、向こうの道からロウがやって来るのが見えた。ロウも私の姿を捉えたのか、こちらに駆け寄ってくる。
「よお、仕事はいいのか?」
「うん、今日のは終わり。それよりどうしたの? これから行こうと思ってたのに」
「お前が迷うかと思ってよ。迎えに来た」
 ついでに夕飯の調達もかねてのことらしい。自炊などロクにしていないのだろうなと思って、一昨日酒を飲んだ店で適当に食事を買うと、二人でロウの家へと向かった。
 家までの道はなかなかに荒れていた。昨日の朝も通ったがやっぱり人気はあまりなく、表面もかなりデコボコだ。その道をロウは一昨日の夜、私を背負って歩いたのだ。重くなかったとはいうものの(気を遣ったのかもしれないが)、申し訳ないことをしたなと反省する。
 部屋に着いて、買った食事を二人でつついた。酔わない程度にお酒をちびちび飲んで、今日見てきた遺跡の話をした。遺跡はロウの仕事場とはそれなりに距離があるらしい。荒地方面に行く機会自体も少ないようで、カラグリアのことなのに私の方が詳しい気がしてなんだかおかしかった。
 自分たちの間に沈黙が走ったのは食事を終えた頃だった。会話の間のふわりとした静寂ではない。互いの呼吸音を響かせるような、そんな張り詰めた空気感だった。緊張、と言ってもいいかもしれない。
 私はそこでようやく今夜の目的を思い出した。忘れていたというわけではないけれど、また遺跡の話に夢中になってしまっていた。そんな話をするためにロウの家を訪れたわけではないのに。
 気恥ずかしさがみるみる増してきて、何を話したらいいのか分からない。だからといって黙っているのも苦しい。
「お皿、片付けちゃうね」
 私は逃れるように席を立った。キッチンに立って蛇口を捻ろうとした瞬間、自分の手に追ってきたロウの手が重なる。
「後でいい」
 肩を掴まれて振り向かされたと思うと、私の身体はいつの間にかロウの腕の中にあった。頬が胸にぴったりとくっつく。ロウの鼓動が聞こえる。
 意を決してロウの背中に腕を回すと、分厚い筋肉に触れた。力を込めてもロウはびくともしない。代わりにロウの腕にも力が入るのが分かって、その胸に埋まってしまうのではないかと思うくらいに引き寄せられた。目を閉じると心音がよりはっきり聞こえる。伝わってくる高めの体温も心地良い。
 顔を上げて視線を合わせると、心臓がどきどきと鳴った。うるさいくらいのそれはロウに聞こえてしまっているかもしれない。恥ずかしいけれど、逃げ場なんかとうになくなってしまっていた。
 近づいてきた顔に目を閉じると、唇同士が重なる感触がした。表面と表面が合わさるだけの、ごく優しいキスだ。
 目を開けた瞬間、かあっと耳まで熱くなるのが分かった。
 ロウと、キスしてしまった。あのロウと。
 数日前まで友人だと思っていたのに、今となってはもう諸々全部飛び越えて身体の関係まで持ってしまった。何をどうしたらこんな急展開になるのだろう。
 それでも嫌な気持ちは少しもなかった。むしろもっとしたい、してほしいと思う自分がいる。
 強請るような目をしてしまったと思う。ロウはもう何度か口づけた後で私をベッドへと転がすと、上着と靴を脱いだ。
 覆いかぶさってきたロウの目は、いつになく真っ直ぐだった。こんな目は知らない。いつもはとぼけていたり、優しく細めていたりする目が、今は私を貫くような、縫い留めるようなものになっている。それだけでも心臓が痛いほどなのに、どうしてかその目から視線を逸らせない。
 明かりを消して欲しいと言ったのはその視線から逃れるためでもあった。それなのに暗がりの中のロウは一層情熱を増した。視覚では捉えきれないものを指や舌の触覚で探り、私の反応を聴覚で愉しんだ。自分ばっかり恥ずかしい、という抗議も、キスをひとつ落とされるとあとはどうでも良くなってしまった。「いい匂いすんな」とロウがあちこちを嗅ぎ回るたび、シャワーを浴びてきて良かったと思った。
 脱いだ服は丸めてベッドの下に置いた。胸元を腕で隠しても、ロウの力にはまるで敵わない。するりと入ってきた指に先端を摘ままれて、ひと際高い声が出る。思わず口を覆うと、その手もすぐに捕らえられた。
「聞かせろよ」
 意地悪く笑うロウはやっぱり知らない人みたいだった。でも怖くはない。胸の先端を執拗に責められて、私はまた情けない声を出した。
 ロウの舌が胸から臍、臍からその先に向かうと、下半身が熱を持つのが分かった。とろりと何かが溢れたのは気のせいではなくて、私の下着は自分でも分かるくらいにすっかり濡れてしまっていた。
 指を挿入れられても、切なさは消えなかった。とうとう我慢ができなくなってロウの手を掴むと、私はロウのが欲しいと強請った。指なんかでは埋まらない。もっと大きいもので栓をしてほしい。
 ロウは満足そうに笑った後ですぐに表情を変えた。小さく「あ、」と声を上げる。
「……どうかした?」
「避妊具切らしてた」
 何だそんなこと、と思った私はどうかしていたのだと思う。
「いいよ、そのままでいいから。はやく」
「え、いや、でも」
 大丈夫な日だから、と言ってロウの腕を引く。お願い、と首に手を回せばロウはもう何も言わなかった。
 秘部にそれがあてがわれると、私の身体は期待に震えた。衝撃はほんの一瞬で、あとは全てが甘い痺れに変わった。
 これだ、と思った。私とロウの間がぴったりと埋まっていく感覚。寸分の狂いもない。あの時もそう感じていた。身体が覚えているのだ。
 これを相性というのなら、もう間違いはない。ロウと視線がかち合う。熱を孕んだそれに、ロウも同じことを考えているのだと分かった。
 ロウは合わせて二度達した。一度目は私の中で、二度目はお腹の上で。私はもう、何度果てたか分からない。ベッドの上でロウと抱き合いながら、帰ったら薬を飲み始めようかとぼんやり考えていた。
 さすがにこのまま眠るのは良くないと思って、シャワーを借りることにした。眠たそうなロウの声は曖昧でタオルの場所も分からなかったけれど、その辺の棚を漁って適当なものを使うことにした。
 ちょっと彼女みたいかも、とほんの一瞬でも思った自分が憎い。脱衣所に入って一番に目に飛び込んできたのは、洗面台の横に並んだ二本の歯ブラシだった。
 心臓が耳元でどくんと鳴った。〈どうして〉という衝撃と〈やっぱり〉という落胆。ほんの数秒ではあったけれど、私はその場に立ち尽くしてしまった。
 シャワーを浴びながらぼんやり考えた。きっとロウには彼女がいる。いつか聞いた噂と、すぐそこで並んだ歯ブラシがそれを物語っている。でも、例えロウに彼女がいたとして、どうして私を誘ったのだろう。一昨晩家に連れ込んだのは私が潰れていたからだとしても、今夜のことはどう説明をつける気だったのか。浮気? それともそういうお友達が欲しかった? そもそも彼女がいるのにそういう相手が必要か。要らないと思う、普通は。
 これが普通なのか普通じゃないのか分からない。だって実際に私たちはとんでもない過程を経て身体を繋げてしまった。今さら何が普通でそうでないのか、判断のつけようがない。誰かに判断してもらいたいけれど、こんなこと誰にも打ち明けられそうにない。
 汗を流してみてもさっぱり心の淀みは晴れなかった。むしろ先ほどよりもずっと暗い、もやもやとしたものが頭の中を覆っている。
 浴室を出ると、ロウは既に眠ってしまっていた。ベッドに私が入る分のスペースを開けているあたり、それは私の知るところのロウだった。
 そんなロウをよそに部屋の様子を窺ってみれば、そこには微かにロウ以外の誰かの存在があるような気がした。二枚の皿、二つのグラス、二セットのカトラリー。女物の着替えなどは見当たらないけれど、ロウが使いそうにない調理器具が引き出しにしまってあった。でもそれだけでは今ロウに彼女がいるかどうかは分からない。昔の彼女の私物だということも充分あり得る。捨てずにおくロウもロウだとは思うけれど。
 あとは、と部屋をぐるりと見渡してみる。こうして忍び足でロウの部屋を探っているのはなんだか泥棒みたいだと思った。それも仕方のないことだ。脱衣所であんなものを見せられてしまっては、悪いことをしているような気にもなる。
 こんなことしていないで、ロウに直接聞けばいいのだ。彼女がいるのか、別れたのか。いるのならそれこそ何もなかったことにして逃げればいい。見つかる前に退散して、何事もなかったように日常に戻る。私はカラグリアでロウと再会して、話をしただけ。
 もし別れているのなら、何も問題はない。こうして会うことにも、身体の関係を持つことにも後ろめたさを感じなくていい。できればもっと直接的に、そういう関係になることをロウの方から告げてくれないかなと思わないこともないけれど。
 ロウは今夜何も言ってくれなかった。やっぱりそういうつもりはないのかもしれない。本当にただ相性を確かめて、相性のままに行為をしたいだけなのかもしれない。
 考えているうちに、なんだか面倒になってきた。ロウに彼女がいるとかいないとか、私の立場は何なのかとか、どうでも良くなってきた。もういい。ロウが何か言ってくるまでは今のような関係でもいい。そう思った自分はやはり今夜、どうかしている。
 音を立てないようそっとベッドに入った。こんな時までロウが起こさないようにと気遣っている自分が可笑しかった。
 ふと隣で寝息を立てるロウを見やる。ロウの寝顔をまじまじと眺めるのは随分と久しぶりのような気がした。いや、もしかしたら初めてのことかもしれない。皆で旅をしていた時でさえ起きるのが早いロウの寝顔を窺う機会はほとんどなくて、見張りの最中にうたた寝する姿を目撃するくらいだった。それを今こうしてロウの部屋で見ることになるなんて。
 穏やかな寝顔は幼くも感じられて、あの頃と何も変わっていないように思えた。意外と長い睫毛も、昼間とは違う垂れた前髪も、ほとんど見たことは無かったはずなのに、どこか懐かしくもある。ずっと以前から知っていたような気持ちになって、心が休まる気がするのだった。
 ロウといると楽だ。それは昔からずっと同じで、あの頃も私たちはかなりの時間を一緒に過ごした。歳が近いのももちろんあると思う。とはいえ趣味も好きな食べ物もまるで違うのに、これだけ一緒にいても苦しくないのはどうしてだろう。もはや疑問を超えて感心すらしてしまう。
 ロウは昔、私のことを好きだったんじゃないか。そんなふうに思ってしまうのは私の自惚れだろうか。あるいは自分の方がそうだったのかもしれない。そうだったら良いなと、願っていたのかもしれない。
 結局何も言えないまま離れてしまったけれど。ロウがカラグリアに行くと聞いて寂しく思わなかったと言ったら嘘になる。
 ふと思う。ロウはこの五年をどう生きてきたのだろう。この故郷で何を考えて、何をして、誰と一緒にどんなことをして過ごしてきたのだろう。
 ロウの隣には誰かいたのだろうか。私よりも気の合う、一緒に長い時間を過ごしても苦しくない人が。