ジルファが死んでしまい、アルフェンたちがその仇を討ってくれたけどどこか複雑な胸中のネアズの独白。ジルファがシスロディアに行くのを最後まで反対していたので、死んだと聞いた時は結構ショックを受けてそうだなと思いました。
またひとつ夜が明けた。地平の彼方から昇ってきた太陽が沈み、また昇る。何度も何度も、それこそレナの支配なんかごく最近のことになってしまうくらい大昔から繰り返されてきたこの星の決まり事だ。
それにしても今朝の空はまた一段と燃えている。煌々とした光は雲まで焼き尽くしてしまいそうだなと思いながら、ネアズはひとり坂道を上った。
訪れていたのはシスロディアとの国境にほど近い、元は炎の門と呼ばれる趣味の悪い建造物があった場所だった。今は跡形もないそれを思い出すこともできない。そもそも自分たちをこの300年間この地へと閉じ込めた檻の扉なんか思い出したくもない。
確かに強大だった。燃え盛るその門も。力で自分たちを押さえつけていたレナも。
それらを打ち破ることができたのは、ひとえに彼らがこの地に現れたからだろう。それまで長らく活動を続けてきた自分たちが無力だったとは思わないが、それでもあの二人がいなければ到底成しえなかったことだ。
こんなふうに燃え盛る朝焼けを見ているとその面影をふと思い出す。ほんのひと時の間ではあったが、この地を解放するという志を同じくした、彼らのことを。
鉄仮面――アルフェンたちは元気でやっているだろうか。シスロディアを抜けたとは聞いたが、その後はどこへ向かったのやら。地図すら持たない自分たちには想像もつかない世界なのだろうが、いずれにしたって彼らは今日もまたどこかで苦しむ奴隷のために力を尽くしているに違いない。そう確信できるのは、ほかでもないあの人が認めた男だからなのかもしれない。
ジルファの亡骸がカラグリアに到着したのは今からひと月前ほどのことだ。知らせは先に受けていた。道の安全を確保するという名目で遣わされた先遣隊が教えてくれた。シスロディアの解放に至る経緯、生き延びていたロウのこと。そしてジルファの身に何が起こったのかも。
覚悟ならとうにできていた、はずだった。
それでも実際目の当たりにしてみると思わず深いため息がついて出た。足のつま先に力を入れていないと今にも揺らいでしまいそうだった。それくらいには衝撃だった。ジルファという男の死は。
それは誰にも責められるものではない。ジルファは最期まで戦士として戦い、逝ったのだ。その仇もアルフェンたちが打ち倒してくれた。それに感謝し、称え、誇るべきだろう。
皆が口にすることも同様だった。「炎の剣が仇を討ってくれた」「まごうことなきダナの英雄だ」俺だってそう思う。そう誇ってやりたい。
ただ、心のどこかでそうできない自分も確かに存在した。アルフェンやあのレナの女――シオンは凄まじい力を持っている。自分たちには扱うどころか触れることさえできない強すぎる力を。
その力で彼らはビエゾやシスロディアの領将を討った。300年間ダナの誰一人として敵わなかったレナの壁を二つも破ったのだ。偉業と言って間違いない。彼らは余すことなく力を振るい、立ちはだかる壁を壊してみせた。
――ならば何故、そんな力を持っていながら、ジルファを救えなかったのだ。
そんなふうに俺は考えてしまう。カラグリアやシスロディアの住民を何百、何千人と救っておいて、どうしてジルファひとりだけ救えなかったのか。
こんなのは言いがかりであると分かっている。実際ジルファの死の前にも自分たちは何人も仲間を、家族を亡くしてきた。ここまで来るのに犠牲が少なかったわけがない。ジルファ一人の死をそれと比べるのはおかしい。
それでも、どうしてジルファだったのかと思えてならない。あの時自分は反対したのだ。アルフェンを、炎の剣をカラグリアから出すことも、ジルファをシスロディアに行かせることも。
自分が付いていくと決めた男はそんなことでは揺るがないことも分かっていた。それこそがジルファであることも。
だからこれは俺の恨み言で、弱音で、言いがかりで、後悔だ。憎しみをどこかにぶつけないと気が済まないなんて、それこそ憂さ晴らしを奴隷に向けるレナの兵士と同じじゃないか。
力を持たない者は搾取される。それは奴隷として、ダナに生まれた者として嫌というほど味わってきた。
だがあの時ほど自分の非力さを呪ったことはない。ジルファを止めるなら、守るならそれ相応の力が必要だった。それを持たなかったから、また奪われてしまったのだ。
灰になって空に溶けていくジルファに、俺は何も言うことができなかった。出来の悪い部下で悪かったなどと冗談でも言えはしないが、だからと言ってより良い明日を誓うこともできなかった。
自信なんかないのだ。道しるべになるものもなければ、導いてくれる人もいない。真っ暗闇を手探りで進むしかないのだから、不安がないわけはない。
それでもやるしかない。できるかできないかじゃない、やるんだと教わったのもジルファからだった。
そんな同じ志を受け継いだ炎の剣一行もまた奴隷のため、世界のために戦っている。誰より真っすぐな瞳を持つアルフェンのことだ、誰一人としてその悲鳴を聞き逃したりはしないはずだ。
いつの日か、ダナがレナから解放される日も来るかもしれない。まずは信じてみろと、ジルファ、あんたならそう言うんだろう。
だがそれを誰より信じ、願っていたのはあんたじゃなかったのか。そこにあんた自身がいなくてどうする。
「この先の景色を一緒に見て、皆で笑うんじゃなかったのか」
そんな声ももう、届きはしない。
空いた穴は大きい。とてつもなく。感じる空しさだって相当なものだが、日々に忙殺されているおかげで忘れられているだけだ。
この穴はあんたが空けたんだ。せいぜいあの世で詫びてくれ。
――そんなのは些末なもんだ。この世界の大きさに比べたら。
やがて明ける空の彼方から、そんな声が聞こえた気がした。
終わり