ロウリンと魔法使いの儀式装束の話。(約3,600字)

2024-07 お礼SS

「まあ素敵!」
 試着室から出てきた私を見て、歓声を上げたのはシオンだった。
「とてもよく似合ってるわ。リンウェルは白も似合うのね」
「えへへ、そうかな」
 ありがとう、と言って、纏った衣装を改めて見直す。上の服も白、下も白。被った帽子まで白色のそれは、魔法使いの一族に古くから伝わる儀式用の装束を模したものだった。肩や腰に取りつけられている鳥の羽のような装飾は縁が黒色に染め上げられていて、ふわふわの感触とは裏腹にどこか荘厳さを感じさせる。革のベルトはおなかのあたりをきつく締め上げているけれど、そのおかげか背筋が伸びて身が引き締まるような気持ちがした。
 
 キサラから「宮殿に来てくれ。ロウも連れて」と知らせがあったので、何事かと駆け付けてみて驚いた。部屋で私たちを待ち受けていたのは、2つ並んだ装束だった。
 私はそれを見て、まさか、と思った。まさか、残っていた――?
 あの時、アウメドラの襲撃を受けてそれらは失われてしまったと思っていた。家ごと、集落ごと消されてしまったから、もう跡形もないと思っていたのに――。
「いかがかな」
 隣に立ったのはテュオハリムだった。
「なかなかの出来だろう」
 出来、と言われてようやく気が付く。これは複製品だ。
 どうやらアウメドラが遺した資料の中に、この衣装の詳細が記されていたようだった。力に執着していた彼女のことだ、この服に星霊術を強化する仕組みがあるなどと考えたのだろう。アウメドラはご丁寧にも詳しく素材や製法などを調べ上げた上で、この服はただの儀式衣装だと知り、そこで研究を放棄したらしかった。
「復元を提案したのは私だ。後世に伝えおくべき遺産だと思ったのでね」
 テュオハリムは各地から素材を集めさせ、腕の立つ職人たちを呼び寄せると、秘密裏にこの装束を一から作り上げたのだという。
「そうだったんだね……」
「黙っていてすまなかった。本当なら、真っ先にリンウェルに相談すべきだったのに」
 キサラはそう言ったが、私にはその真意が伝わっていた。きっと気を遣ってくれたのだろう。私がこの衣装を見てどんなふうに思うか、何を思い出すか。決して明るいものだけでないと察した上で、それでも私が前を向くと信じてくれた。
「ううん、嬉しいよ。本当に本物そっくり!」
「喜んでいただけて何よりだ」
 そうして和やかなムードになったところで、
「じゃあ本題に入ろうか」キサラが腕を捲った。
「本題?」
「ああ。リンウェルたちには今からこれを着てもらう」
「えっ」
 リンウェルたち。キサラの視線の先では、ロウが同じように「え、俺?」と目を見開いていた。
「サイズもお前たちに合わせて作ってもらったんだ。あとは実際に試着してみて最終調整といこう」
 さあ用意してくれ、と背を押されては抵抗のしようもなかった。
 そういうわけで私はこうして一族に伝わる衣装を纏うことになったのだ。
 
「この羽、ふわふわね。本物かしら」
「本物のような気がするよ。テュオハリムなら素材にもこだわりそうだし」
 新衣装のお披露目ということでシオンとアルフェンが宮殿に到着したのがついさっき。私はまだ着替えの途中だったけれど、外の声でそれはすぐに分かった。
「帽子もふわふわね。これは……梟の意匠かしら」
「〈知恵〉の象徴なのかも。こっちにも似たようなのがついてるよ」
 あら本当ね、と言いながら、シオンが私の体をまじまじと見つめる。見ているのは衣装なのだろうけれど、こんなに近くで見つめられると緊張してしまう。
「へえ、似合うじゃないか」
 声が聞こえて振り返ると、ちょうどロウが試着室から出てきたところだった。
「なんというか……もこもこだな」
「アルフェン、それって褒めてるのか? まあ確かにもこもこしてっけど」
 ロウは言いながら、私同様自分の体をあちこち見回していた。
 私はそれを見て、へえ、と思った。けっこう様になってるじゃない。
「2人とも、よく似合ってるじゃないか」
 キサラに促され部屋の中央に集められると、私とロウはそこで初めてきちんと互いの姿を目の当たりにした。
「へえ。お前が白とか、なんか新鮮な感じがするな」
 何の気なしにそんなことを言うロウの傍ら、私の心臓は早鐘を打っていた。この衣装がいつ、どんな時に着られるものか分かっているからこそ。
 キサラやテュオハリムだって本当はそれに薄々気が付いているんじゃないか。それなのにこの衣装を私たちに着せるなんて、ちょっと意地悪だ。
 心の中でむくれる私を知ってか知らずか、キサラたちはいつもと変わらない様子で穏やかに微笑んでいた。
「実は、今度はシオンたちにも新しい衣装をと思っていてな」
「あら、いいの? 嬉しいわ」
「とりあえず採寸させてくれないか。アルフェンも」
「俺も? いいけど、なんだか恥ずかしいな」
「では、君の分は私が担当しよう」
 二人は少し待っていてくれ、と言われればただ頷くことしかできず、その場には私たちだけが取り残された。
 漂う緊張感を感じ取っていたのは私の方だけだったのかもしれない。ロウは私の衣装を再び一通り眺めたと思うと、あっけらかんとした口調で訊ねてくる。
「お前はこの服、前にも着たことあったのか?」
「ううん、ないよ。これが初めて」
 それはそうだ。これは、特別も特別な儀式でしか着られないものなのだから。
 私がいつこれを着ることになっていたかは今となってはもうわからない。もうすぐにまで迫っていたかもしれないし、もっとずっと後だったかもしれない。
 私の返答にロウは「へえ」とこれまた呑気な声を出すと、「けどこれ、かっこいいよな」と言った。
「見た目の割に動きやすいし、あったかいし、なかなか気に入ったぜ」
「そう? お気に召したなら何より」
 私は小さく肩をすくめてみせた。
 するとロウはまるで子供みたいに笑いながら言った。
「もし俺が魔法使いだったら、これ着られたわけだろ? いいよな、外でも寒くなさそうだし、気に入ってずっと着てそうだな」
 そんな頻繁に着られるものじゃないけど。たぶん一生に一回くらい……。
 そこでふと考えてみる。もしロウが魔法使いの一族だったら――。ロウが私と同じ集落で暮らしていたとしたら――。
 想像してみようとする。何度も何度も考えてはみるけれど、頭の中はこんがらがるばかりだった。ロウがそこにいる姿をイメージしようとしてみても、さっぱり思い浮かばないのだ。机に向かって勉強する姿はもちろん、集落でひっそりと生活するロウも想像がつかない。
 どうやっても私の思い描く光景にロウはいないのだった。どの場面でも、繰り返し試してみても、ロウはいない。
「おいおい、大丈夫か?」
 ロウの声ではっとする。
「そんな顔すんなって」
 気が付けば、ロウが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「え、私どんな顔してた?」
「すげえ悲しそうな顔」
 何か思い出したのかと問われて、私はううんと首を振った。
「ロウがね、もし魔法使いの一族だったらって考えてたの。同じ集落でどんな生活してたかなって考えたんだけど、ロウがそこにいること自体が全然想像できなくて……」
 ロウが私の世界にいなかったかもしれないと思うと少し寂しくなった。あるいは同じ世界に生きていたとしても、その存在を知らないまま過ごしていた可能性だってあるのだ。
 するとロウは、可笑しそうに笑って言った。
「なんだよ、そんなの当たり前だろ。俺は魔法使いじゃねえし、なれるとも思わねえよ」
 さっきのはあくまでたとえ話だとロウは言った。
「それに、俺が魔法使いなら、今度はお前が違ったかもしれないだろ。俺たちが出会ったのはこういう形だったからじゃねえのか」
 ロウはカラグリア生まれの〈蛇の目〉、私はシスロディアの魔法使い。スタートが違っていたら、きっと自分たちは出会うこともなく、互いを知らないまま生きていた。
「まあ今更なかったことを考えたってどうしようもねえけどな。出会っちまったもんは仕方ねえし」
「仕方ないって、何が」
「そ、それは……」
 色々だよ、色々、と視線を宙に浮かせて、ロウが頭を掻く。
 それを見て、私は思わずふふっと笑った。確かに、私たちはこういう形でなければ出会わなかった。出会えなかった。
 考えてみれば不思議なことだ。家族も仲間もうしなったあの頃は絶望していたけれど、それからアルフェンやシオンに出会って、ジルファに出会って、ロウに出会って、キサラやテュオハリムにも出会えた。どれか一つでも欠けていたら、今の私はないのだ。ひとつひとつ積み木のパーツを組み上げていくみたいに、あらゆる物事の積み重ねが今の私を形作っている。
 良くも悪くも、それ以上でもそれ以下でもない。私が今、ここにいることがすべて。そして幸いなことに、そういう自分を私はなかなか愛せている気がする。
「なんだよ今度は、急に笑いだして。何か良いことでも思いついたのか?」
「別に。あの時ロウを消し飛ばなさなくて良かったなって改めて思ってるだけだよ」
 ひっとロウが声を上げたので、私はまた笑った。
 じゃなきゃこの瞬間は得られなかった。何にも代えがたい、この瞬間。
 並んで言葉を交わすこと。笑い合うこと。そして、こうして一緒にこの衣装を着ることも。

 終わり