ふとした瞬間にあの子のことを考えちゃってるロウの話。ロウ→モブみたいな表現がありますがちゃんとロウリンです。※しゃべるモブがいます(約4,500字)

2024-02 お礼SS

 最近リンウェルがなんだか可愛く見える、ような気がする。
 もちろん四六時中というわけじゃない。シオンと話して笑っている時とか、甘いものを食べて嬉しそうにしている時とか、ふとした瞬間にそう思うことがあるというだけだ。日常の大半はそんなこと思わない。いたって普通だと思う、普通。
 だって相手はあのリンウェルだ。いつも俺のことをバカだのなんだの罵っては容赦なく魔法をぶっ放してくる。何の本を読んでいるのか聞いただけなのに「ロウにはちょーっと難しいかなー」なんてフルルとくすくす笑い合ったり、戦闘で空振りした時も「ちゃーんと見てたよ!」などとわざわざこちらに駆け寄ってきてまで口にする始末だ。どちらかと言うと小憎たらしい部類に入るかもしれない。言わなくてもいいことを敢えて言いに来るなんて。
 それでもまあ、あいつは努力家だとは思う。自分の出来ることを考えて、それに対する研鑽を欠かさない。「みんなの足を引っ張らないように」とあいつは言うが、その実力は並大抵の兵士では敵わないだろう。たとえ数人がかりで取り囲んだとして、魔法で一網打尽にされるのがオチだ。
 でもそれとこれとは話が別だ。そりゃあ頑張っているところを見ると褒めてやりたくもなるが、それで俺をバカ扱いすることを許すわけにはいかない。これまでの俺に対するぞんざいな態度を、一瞬の輝く笑顔で帳消しにするなんてことはあってはならないのだ。
 じゃあどうしてこうもリンウェルから目が離せないのか。それはあれだ、たぶん一緒にいる時間が長いからとかそういうありきたりな理由だろう。あいつは唯一の年下だし、それで気にかけていた部分が残っているのかもしれない。
 あるいはあいつが俺に向かって頻繁に魔法を打ってくるから、一瞬も気が抜けずに緊張しているのかもしれない。釣り針効果? 釣竿効果? とかそういうやつだ。
 つまりリンウェルが可愛く見えるのはほんの気の迷いで、一時的なものだろう。そもそも俺の好みはもっと大人で、スタイルが良くて、とにかくあいつみたいなお転婆では決してないのだ。

 そんな俺にも近頃気になる子ができた。相手はヴィスキントの花屋で働いていて、切りそろえられた黒髪がきれいな子だ。
 彼女は遠目で見ているだけでも分かるほど接客がとても丁寧だった。見送りの際の笑顔が可愛くて、花なんかには興味がないがそれだけで店に行ってみたくなる。
 ヴィスキントを訪れるたび、闘技場に向かう途中で俺はその子を目で追っていた。店先に立つ彼女は真剣なまなざしで花と向き合い、不意に何かに気付いたような表情をするとノートを取り出しては何か書きつけていた。小さな鈍器みたいな本を開いては、それをじいっと食い入るように見つめていることもあった。
 勉強家なのかな。花が好きなんだろうな。彼女を見るたび俺はひとりそんなことを考え、お近づきになるチャンスはやってこないものかと妄想、いや空想を膨らませるのだった。
 まさかそれが実現するとは思いもしなかった。ある時ヴィスキントを訪れた際、俺は一人ボグデル爺さんのところへ顔を出しに行ったのだが、その帰り道の街道でズーグルに襲われていた女の子がいた。すぐさまそいつらを追い払い、その子の無事を確認しようとすると、なんとそれが例の彼女だったのだ。
 俺はやや緊張しながらも訊ねた。
「だ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
 礼儀正しく頭を下げた彼女は安心からか、ほっとした笑みを見せた。どうやら大事には至らなかったらしく、ケガもなかったようだ。
 俺の見立て通り、彼女はやはり可愛らしい雰囲気の子だった。さらに「あなたにケガはありませんか? 大丈夫ですか?」などと気遣ってくれる。なんて優しい子なんだ。
「俺の方も平気だ。こういうのには慣れてるからな」
「良かった……本当に助かりました。あなたには感謝してもしきれません」
 こんなふうに面と向かって気持ちを伝えられると照れくさい反面、素直に嬉しくなる。俺は「いいって」と言いながらも、すっかり機嫌を良くしていた。
「あの、これから街に向かわれるんですか?」
「あ、ああ、まあな」
「なら、ぜひお礼をさせてください」
 真っすぐこちらを見つめて彼女が言う。大人しい雰囲気を醸しながらも、その視線には芯の強さがあった。
 気になっている女の子にそんなことを言われて喜ばない男はいない。俺はできるだけ平然を装って「そこまでいうなら……」と承諾した。
 街を歩きながら彼女と話をした。話し口調や態度からとてもしっかり者に思えたが、それでいて年は俺と同じらしい。
「私、向こうの花屋で働いてるんです。まだ見習いですけどね」
 初めて会ったような素振りをした手前、知っているとは言えなかった。そもそも「前からずっと見ていました」なんて口にしてみたところで思い切り引かれてしまうに決まっている。
「へ、へえ、そうなんだな」
「はい。それで今日は仕入れの件で農家の方とお話をしに行ったんですけど……」
 どうやらその帰りにズーグルに遭遇してしまったということらしかった。兵士もちょうど交代の時間帯で、発見が遅れてしまったのだろう。
「ロウさんが通りがかってくれてよかったです。あのままだったら私、どうなっていたことか」
「別に、俺はできることをしただけだ。ケガがなかったのは運も良かったんだと思うぜ」
 俺がそう言うと、彼女はにっこり微笑んで「そうですね」と言った。
「正直、それが一番助かりました。お仕事ができなくなってしまうのは困るというか、嫌なので」
「嫌?」
「仕事が好きなんです。仕事というか、お花が好きで。花に関してなら結構自信あるんですよ」
 すると彼女は街のいたるところに咲く花を指さしては、その名前らしきものを次々と口にした。俺には全部色が違うだけで同じに見えるが、どうやらそうではないらしい。
「へえ、すごいもんだな」
「むしろ特技と呼べるものもこれしかないんですけどね。毎日お花を観察して気付いたことをまとめたり、お店が暇なときは図鑑を眺めたりしてます」
 それを聞いて俺はすぐに合点がいった。これまで見てきた彼女の店先での行動はそういうことだったのだ。
「花は可愛くて可憐で、いつまで見ていても飽きません。たくさん調べても、もっともっと知りたいと思ってしまいます」
 そう口にした彼女の目は輝いていた。好きなものに対する愛情と、飽くなき好奇心。
 そういえばあいつもそうだった。リンウェルも本が好きで、歴史が好きで、好きなことに対してはとことん深いところまで知りたがる。夜更かしと分かっていても本を読むのをやめられない、とこれはリンウェル本人の言葉だ。
「変わってるってよく言われるんですけどね。そんなことして何になるのって」
「いや、俺はそんなことないと思うぜ」
 気が付けば、そんなことを口にしていた。
「好きなもんに夢中になれるっていいことだと思うし、どこまでも努力を続けられるのは単純にすごいだろ。毎日本とかノートに向き合って、頭うんうん唸らせて、そうやって頑張ってるの見ると俺は応援してやりたくなるけどな」
 焚火を明かりに本に向き合う誰かの後ろ姿が頭に浮かぶ。俺が近づいても気が付かないほどの集中力には驚きを超えて感心してしまうほどだ。
「だからもっと自信もっていいと思うぜ。好きなことはどこまでだって続けていいんだ」
 俺の言葉に彼女は目を見開いた後で、
「ロウさんって、いい人ですね」
 と今日一番の笑顔を見せてくれた。
 その後、彼女の提案で一緒にレストランに行った。おすすめだというメニューをごちそうになり、それがまたとても美味くて気に入った。
「デザートはいりませんか? アイスクリームが美味しいって評判なんですよ」
「いや、俺はいい。この後夕飯もあるし」
「いわれてみればそうですね」
「まあこれから体動かしに行くから、満腹だと困るってのもあるんだけどな」
 そうだったんですね、と彼女は笑った。その瞬間頬にできる小さなえくぼがまたたまらなく可愛らしい。
 ああ楽しい。恋人が出来たらこんな感じになるのだろうか。こんなふうに可愛くて優しい恋人と一緒に食事デート。想像しただけで最高だと分かる。今日はこうして彼女とお近づきになれたことだし、いずれはもしかすると――。なんて、今にも表に出てしまいそうなニヤケ顔を俺は必死で堪えた。
 と同時に浮かんだのは別のことだ。
 アイスクリームが人気だというならリンウェルにこの店のことを教えてやろうか。三度の飯より甘いものが好きなあいつならきっと喜ぶに違いない。それも大好物のアイスクリームだ、シオンやキサラを引っ張ってでも食べに来るんじゃないだろうか。
 その場面を想像して、ふっと口元が緩みそうになる。そこでハッとした。
 ちょっと待てよ。俺は今誰のことを考えた?
 今だけじゃない。せっかく憧れの子とこんなふうに二人きりで話しているのに、さっきから誰を彼女と重ねている?
 誰と比べている? 「そういやあいつもそうだった」なんて思い出している?
 思えばあちこちに共通点はあった。黒髪だとか、勉強家っぽいところとか。たまに見せる笑顔まで似ていたかもしれない。
 似ている人を追っていたのかもしれない。無意識のうちに? それってつまり――?
 正面に座る彼女の顔を盗み見る。ドキドキはするが、この体のこわばるような感じは緊張に近かった。リンウェルの笑顔を見た時みたいに胸の真ん中が熱くなるような、射貫かれる感じではない。
 それが何を意味するのかくらい俺でも分かる。そうした気持ちを何と呼ぶのかも。
「……まじか」
 ついて出たのはそんな言葉だ。
 はあ、と彼女には聞こえないような小さなため息を吐くと、俺はそこでようやく観念したのだった。

 そうして時は流れて今に至る。新しく生まれ変わった世界での新しい生活。リンウェルはメナンシアに暮らし、俺はカラグリアで〈紅の鴉〉メンバーとして働く。顔を合わせる時は俺が仕事の合間にヴィスキントを訪れるという形だ。
 今日もそうだった。商人の護衛を終えて疲れ切った俺を労ってくれるのかと思いきや、リンウェルは「買い出し付き合って!」と構わず俺を街へ引っ張り出した。なに、いつものことだ。もう慣れている。
 荷物持ち上等! と意気込んだはいいが、今回も相当の量を持たせられた。両手に米、小麦粉。肩にはフルル。文句の一つも言わない俺は誰よりも健気だと思う。
 それなのにリンウェルは、
「ロウって仕事のついでだとか言って結構こっち来てるよね。仕事は嘘とか? もしかしてヒマなの?」
 などととんでもなく失礼なことを言ってきた。仕事は仕事だ。嘘じゃない。
 それにヒマでもない。俺はどうでもいいことに時間を割く余裕なんかない。
「ヒマじゃねーよ」
「ヒマじゃないのに荷物持ちしてるの?」
「そうなるな」
「なんで?」
「なんでだと思う?」
「……わかんない」
 拗ねたように言うリンウェルはきっと何かを待っている。視線を逸らしつつも、何か言いたげな、言われたげな空気を醸していることを俺は知っている。
 まったく、面倒な奴を好きになったもんだよなあ。そう思わないこともない。
 でも悪い気分でもない。
 仕方ない。好きになってしまったんだから。悔しいが、恋はそういうものなのだ。
 俺はとうに諦めたのだ。自分の気持ちを知ってしまったあの日から。

終わり