気まぐれ文章

短いのとかそうでないのとか

習作②

 どちらかと言えば、朝が好きだ。
 確かに、カーテンを突き抜けて目を刺してくる光や、どこかから聞こえてくる甲高い鳥の声には思わず顔をしかめたこともあった。今だってもう少し毛布に包まっていたいと思う日がないわけでもないが、それでもやっぱり身体の重たくなる夜よりはすっきり目覚めて疲れの取れた朝の方が好ましい。
 そんなふうに思うのは、もしかしたら幼い頃の習慣によるものかもしれない。朝は新しい1日の始まり。1日の始まりは新しい鍛錬の始まり。親父の振るう拳に憧れ、1日でも早くそれに近づきたかった俺は、朝起きてから夜眠るまでのほとんどの時間を体を鍛えることに費やしていた。本当は眠る暇さえ惜しかったが、それではいけない、成長出来ないと親父に言われ、渋々寝床で目を瞑っていた。とはいえ疲れ切った体が夢に落ちるまでに、そう時間もかからなかったが。
 早朝に目を覚ましては日差しを浴びながら親父と一緒に体を動かす。前日に教えてもらったことができていないと容赦なく拳が飛んできた。今思えばなかなかに理不尽かつ厳しい毎日だったが、それでも口元が緩みそうになるのは、決してそれが辛い思い出ではなかったということだ。あのカラグリアの燃える朝日に貫かれながら突き出した拳は、今も確実に自分の中に息づいていた。
 そういう意味では、この地――シスロディアの朝はちょっと違うかもしれない。カーテンを開けて射しこんでくる光は、どちらかと言えば、太陽の光が雪に反射したものだ。
 その眩しすぎる光に目を焼かれながら、俺は今朝もそっと寝室を抜け出した。洗面台で顔を洗い、用意されている服に着替えを済ませる。
 リビングの暖炉の火がくすぶっているのを見て、俺はまたその上に新たな薪を組んで火を点した。たちまち、パチパチという音と共に小さな炎が上がる。真っ赤に染まるそれはかつて故郷で見た太陽の色にも似ている気がした。
 暖炉など生まれ故郷ではほとんど馴染みがないものだった。当然使い方も知らなかったが、ここで暮らし始めた時に同居人にみっちり扱かれることになった。
「きちんと覚えてね。本当に命にかかわることだから」
 明るい調子で言うものの、それが大げさでないということはすぐにわかった。何せここの寒さは尋常ではない。薪を切らそうものなら部屋どころか、そこで過ごす自分たちまで凍えて動けなくなってしまうだろう。
 それでいて手入れにもなかなか手間がかかってしまうのも難点だ。掃除を怠れば逆に煙が充満して、それこそ命が危ないのだという。
 なんてものを使わせるんだ、これならレナの技術でなんとかした方がいいんじゃないか、などと思いながら、それでも温かみのある炎にはつい見入ってしまう。暖炉の揺らめく炎の前で本を読むのが好きだというあいつの主張が、ここに住むようになってなんとなくわかった気がした。
 点きたての暖炉の火が消えないよう目を配りながら、キッチンで朝食用のパンを切り分けた。コンロで卵とベーコンを端がカリカリになるまで焼き、カットしたトマトや果物を皿に一緒に盛り付ける。
 それをテーブルに2人分用意した後で、小皿には専用の餌を入れてやった。ビスケットのような見た目をしたそれは思った以上にカロリーが高いらしく、与える量には気を付けるよう言われていたが、それを口にする本人は皿の中身を覗いてはいつもどこか不満そうにしているのだった。
 あとはミルクを温めるだけという段階に来たところで、俺はもう一度寝室に向かった。こんもりと盛り上がった毛布の中。表面を覆うそれを1枚めくり上げれば、いまだすやすやと穏やかな寝息を立てる彼女の寝顔が覗いた。
「リンウェル、朝だぞ」
 名前を呼ばれたことに一瞬だけ反応を見せたと思ったのも束の間。リンウェルは眉間の辺りにしわを寄せた後で、またすぐに毛布の中へと引っ込んでいってしまう。
 こんな小動物どこかにいたよなと思いつつ、俺はさらにその毛布を剥ぎ取った。たちまち険しい顔をしたリンウェルだったが、その目はまだ開かれない。それと同時に伸びてきた手は普段よりもずっと強い力が込められていて、全力で俺から毛布を奪い返そうとしてくる。
 朝のリンウェルはいつもこうだ。拒否、拒絶。絶対にベッドから出てやらないという強い意思を持って、親切にも起こしに来た俺に必死の抵抗を見せる。具合が悪いわけでもなければ、結果として一日中そこに居るわけでもないのに。
「もう5分……」
「んなこと言って、起きたためしねえだろ」
「今日は起きるもん……」
「5分も今も同じだ。なら今起きろ」
 それでも俺は根気よく交渉を続ける。時には厳しく毛布を剥ぎ取り、時には優しく声を掛けては、リンウェルが起き上がるのを辛抱強く待ち続ける。
「うー……まだ寒いじゃん……」
「暖炉ならつけたぞ。部屋もあったまってきてる」
「ご飯だって……」
「それももうできた。あとは飲み物だけだ」
 望むものはすべて用意してやったというのに、それでもリンウェルは「うーん……」だの「もうちょっと待って……」だの駄々をこねる。今朝はどうやら厄介なパターンに入ったらしい。だったら――。
「なら仕方ないか。俺先食うな。お前の分はちゃんと残しといてやるから、安心しろよ」
 その言葉を聞いた途端、
「それは、嫌……」
 リンウェルがむくりと起き上がった。
「一緒に食べる……」
 半分寝ぼけながらも口はへの字に曲がっていた。と思うと、腕を伸ばして俺の首へと巻き付けてくる。
「……このまま向こうの部屋に連れてって」
 無茶言うなあ、と思わず笑った。これではまるで幼子だ。とはいえ俺が子供の時よりも随分と質が悪い気もするが。
 こんなこと言うくせに、本当に連れていったら怒るんだよなあ。照れ隠しなのか何なのかは知らないが、運びながら腕やら背中やらを抓られたこともあった。痛くはないが、その後のリンウェルがどうにも不機嫌なので苦労した。
 それでもこみ上げてくる気持ちは暖炉に負けず劣らず温かい。俺は首にしがみついたままのリンウェルを一度強く抱き締めると、その額にひとつキスを落とした。
「――!」
 たちまちリンウェルの目が見開かれ、その指は戸惑ったように額を撫で始める。どうやらここに来てようやく覚醒したようだ。
「やっと起きたな。早く顔洗って、着替えて来いよ」
「う、うん……」
 わかった、と寝室を出たリンウェルの背中を追って、俺も再度キッチンへと向かう。先にテーブルについていたフルルにミルクを出し、自分たちの分をコンロの鍋に掛けた。
 いつも通りの朝。明日も繰り返されるであろう朝。
 俺はどちらかと言えば、朝が好きだ。
 太陽の光が眩しいから。昔のことを思い出せるから。かわいい彼女の無防備な姿を見ることができるから。
 大切なものに囲まれて1日を迎えられることがどれだけ幸福か、知ったから。

 終わり畳む

#ロウリン