習作や小ネタ 2024/12/26 Thu 習作③続きを読む 私は夜が好き。 真っ暗な静寂の幕が下りて、街も森も、生きとし生けるものすべてただ星に見守られるだけのこの時間が好きだ。 私が生きる世界には、最初からごく当たり前のように夜しかなかった。だから闇は恐ろしいものじゃなく、ただいつもそこにある空気や水と同じような存在で、時には深い悲しみさえも覆ってくれる頼もしい友人のようでもあった。 むしろ、陽の光の方が苦しく感じられるくらい。心に隠してきた影をはっきりと浮き彫りにしてしまうそれは、暗い闇の中を彷徨い続けてきた私にとってはあまりに眩しすぎるものだった。「心に染みひとつない奴なんかいない」 この言葉に、私はどれだけ救われただろう。仲間の皆はおろか、自分とさえも向き合えないでいた当時の私に、不意に放たれたこの言葉は大地に吹きすさぶ風のように響いた。同時に自分の心にある何もかもを赦された気がして、すうっと胸が軽くなったのを覚えている。 その言葉を放った張本人といえば、今は私の隣で何やらむにゃむにゃと寝言混じりになっているけれど。休む準備を終えてベッドの上に転がり込んできたのも束の間、ロウはそれから数分も経たないうち、重たい瞼に抗えなくなってしまった。 夢と現実の狭間、いやもうほとんど夢の側に落ちてしまったロウは、穏やかな寝顔を覗かせていた。「眠いの?」「寝るなら毛布被って」という私の問いかけにも「うん……」「そうかもな……」などと曖昧な返事をして、そのくせ身体を持ち上げようとはしない。 まったくもう、ロウってばいつもこうなんだから。私は呆れ半分に息を吐き、まだ読みかけの本をサイドテーブルに置いた。下敷きになっている毛布を無理やり引っ張り上げ、それをロウの体へと被せてやる。イモムシのように丸まった背中と、お風呂上がりで萎れた前髪が、そのあどけない寝顔をどうにも幼くさせていた。 以前、街で女の子たちがロウの話をしているのを聞いたことがある。基本的にロウの周りにいるのは男性ばかりだが、その分け隔てない親切さゆえか、たまに一部の女の子から密かな人気を集めることがあるのだ。 彼女たちはロウの髪をオシャレだと言っていた。「あの髪って、いつも自分で整えてるのかな」「変わった色してるよね。ほかじゃなかなか見ないっていうか」 ロウの髪に関しては、私もまあまあオシャレなんじゃないかと思っている。色はともかく、毎朝早起きしてきちんと髪型を整えているのを見ると、健気だなあとまるで親のようなことを思わないでもない。元はモテたかったからなどという何の捻りもない理由がきっかけだったらしいが、私という存在がある現在に至ってもその習慣を続けているのは、もはやそうするのが体に染みついてしまっているからのようだ。「身だしなみには気を付けねえとな」 そんなことを鼻を鳴らして言うロウだったが、だったら先にその裾のほつれたズボンをなんとかした方がいいと思う。ついでに言えば、今日穿いている靴下に穴が空きかけていることも私はよく知っていた。 まだまだ脇が甘いロウ。格好のつけ切れないロウ。 夜、お風呂から上がってタオルで髪を拭っているロウを見ると、私はいつも口元が緩みそうになる。ふとした視線にロウは「なんだよ」と首を傾げるが、私はううんと首を振ってみせる。「なんでもない」と口にした唇の端が僅かに持ち上がっているのを、開いた本で覆い隠しながら。 優越感とは違う。だって、別にあの女の子たちはロウのこういう姿を見たいわけでもないだろう。 ただ私は嬉しく思うのだ。外で皆のため、世界のために力を尽くすロウ。そして私の部屋で肩の力を抜き、一日を終えようとしているロウ。ロウが昼と夜で異なる顔を持つということを、この世で私だけが知っている。 へたり込んだ前髪はまるで一日中気を張り続けていたロウそのもののようで、朝にはきっちり整えられていたそれも、夜になった途端こんなふうに萎れてしまうのだと思うと可笑しくて堪らなかった。 それくらい毎日頑張っているんだよね。私はその努力を知っている。できることは全力で、できないことにもできないなりに必死になって手足を動かすロウは、きっと少しずつでも世界を動かしている。「自分にそんな力はない」とよく遠慮がちに言うけれど、そんなことはない。そう思っているのはおそらく私だけじゃなく、周りの皆も同じはずだ。 何故なら、世界を動かす人は言葉通りの力を持っているわけじゃなく、世界のために人を動かす力を持っている人のことだと思うから。 今夜のロウの眠りも深いようだ。私がどれだけ近づこうと、頬にかかった前髪を指で払おうと、その瞼はぴくりとも動かない。案の定、頬に唇を触れさせたって、ロウの寝息は規則正しいままだった。普段外で行動している時は、あんなにも周りの気配に敏いのに。 それくらい、安心して眠ってくれているということかな。あるいはただ本当に、身体の芯から疲れ切っているだけかもしれないけれど。 どっちだって良い。ロウが心も体も休められているのなら。それが私の隣でというなら。 私はやっぱり、夜が好きだ。 フルルと本と、そして傍らで眠るロウ。 星が見守る私の世界は、こんなにも満ちている。 明日が来るのが惜しいと思えるくらい、今日が幸福なのだ。 終わり畳む#ロウリン favorite
私は夜が好き。
真っ暗な静寂の幕が下りて、街も森も、生きとし生けるものすべてただ星に見守られるだけのこの時間が好きだ。
私が生きる世界には、最初からごく当たり前のように夜しかなかった。だから闇は恐ろしいものじゃなく、ただいつもそこにある空気や水と同じような存在で、時には深い悲しみさえも覆ってくれる頼もしい友人のようでもあった。
むしろ、陽の光の方が苦しく感じられるくらい。心に隠してきた影をはっきりと浮き彫りにしてしまうそれは、暗い闇の中を彷徨い続けてきた私にとってはあまりに眩しすぎるものだった。
「心に染みひとつない奴なんかいない」
この言葉に、私はどれだけ救われただろう。仲間の皆はおろか、自分とさえも向き合えないでいた当時の私に、不意に放たれたこの言葉は大地に吹きすさぶ風のように響いた。同時に自分の心にある何もかもを赦された気がして、すうっと胸が軽くなったのを覚えている。
その言葉を放った張本人といえば、今は私の隣で何やらむにゃむにゃと寝言混じりになっているけれど。休む準備を終えてベッドの上に転がり込んできたのも束の間、ロウはそれから数分も経たないうち、重たい瞼に抗えなくなってしまった。
夢と現実の狭間、いやもうほとんど夢の側に落ちてしまったロウは、穏やかな寝顔を覗かせていた。「眠いの?」「寝るなら毛布被って」という私の問いかけにも「うん……」「そうかもな……」などと曖昧な返事をして、そのくせ身体を持ち上げようとはしない。
まったくもう、ロウってばいつもこうなんだから。私は呆れ半分に息を吐き、まだ読みかけの本をサイドテーブルに置いた。下敷きになっている毛布を無理やり引っ張り上げ、それをロウの体へと被せてやる。イモムシのように丸まった背中と、お風呂上がりで萎れた前髪が、そのあどけない寝顔をどうにも幼くさせていた。
以前、街で女の子たちがロウの話をしているのを聞いたことがある。基本的にロウの周りにいるのは男性ばかりだが、その分け隔てない親切さゆえか、たまに一部の女の子から密かな人気を集めることがあるのだ。
彼女たちはロウの髪をオシャレだと言っていた。
「あの髪って、いつも自分で整えてるのかな」
「変わった色してるよね。ほかじゃなかなか見ないっていうか」
ロウの髪に関しては、私もまあまあオシャレなんじゃないかと思っている。色はともかく、毎朝早起きしてきちんと髪型を整えているのを見ると、健気だなあとまるで親のようなことを思わないでもない。元はモテたかったからなどという何の捻りもない理由がきっかけだったらしいが、私という存在がある現在に至ってもその習慣を続けているのは、もはやそうするのが体に染みついてしまっているからのようだ。
「身だしなみには気を付けねえとな」
そんなことを鼻を鳴らして言うロウだったが、だったら先にその裾のほつれたズボンをなんとかした方がいいと思う。ついでに言えば、今日穿いている靴下に穴が空きかけていることも私はよく知っていた。
まだまだ脇が甘いロウ。格好のつけ切れないロウ。
夜、お風呂から上がってタオルで髪を拭っているロウを見ると、私はいつも口元が緩みそうになる。ふとした視線にロウは「なんだよ」と首を傾げるが、私はううんと首を振ってみせる。「なんでもない」と口にした唇の端が僅かに持ち上がっているのを、開いた本で覆い隠しながら。
優越感とは違う。だって、別にあの女の子たちはロウのこういう姿を見たいわけでもないだろう。
ただ私は嬉しく思うのだ。外で皆のため、世界のために力を尽くすロウ。そして私の部屋で肩の力を抜き、一日を終えようとしているロウ。ロウが昼と夜で異なる顔を持つということを、この世で私だけが知っている。
へたり込んだ前髪はまるで一日中気を張り続けていたロウそのもののようで、朝にはきっちり整えられていたそれも、夜になった途端こんなふうに萎れてしまうのだと思うと可笑しくて堪らなかった。
それくらい毎日頑張っているんだよね。私はその努力を知っている。できることは全力で、できないことにもできないなりに必死になって手足を動かすロウは、きっと少しずつでも世界を動かしている。「自分にそんな力はない」とよく遠慮がちに言うけれど、そんなことはない。そう思っているのはおそらく私だけじゃなく、周りの皆も同じはずだ。
何故なら、世界を動かす人は言葉通りの力を持っているわけじゃなく、世界のために人を動かす力を持っている人のことだと思うから。
今夜のロウの眠りも深いようだ。私がどれだけ近づこうと、頬にかかった前髪を指で払おうと、その瞼はぴくりとも動かない。案の定、頬に唇を触れさせたって、ロウの寝息は規則正しいままだった。普段外で行動している時は、あんなにも周りの気配に敏いのに。
それくらい、安心して眠ってくれているということかな。あるいはただ本当に、身体の芯から疲れ切っているだけかもしれないけれど。
どっちだって良い。ロウが心も体も休められているのなら。それが私の隣でというなら。
私はやっぱり、夜が好きだ。
フルルと本と、そして傍らで眠るロウ。
星が見守る私の世界は、こんなにも満ちている。
明日が来るのが惜しいと思えるくらい、今日が幸福なのだ。
終わり畳む
#ロウリン