双世界狼梟目撃談 2025/01/23 Thu 双世界狼梟目撃談④続きを読む「誰にも得意分野はあるもんだな」 おれの作った工芸品を見て、地元の奴らはそんなふうに言う。呆れ6割、感心3割の表情で頷き、最後に同情1割の笑みを見せる。「この熱意がほかにも向けばなあ。引きこもってばっかじゃ、恋人の1人もできないぜ?」「余計なお世話だ。いいんだよ、おれはこれさえ作っていければ」「んなこと言ったって、お前のその性格じゃ商売にも向かないだろ? さっきだって、客に声もかけられなかったじゃねえか」「うぐ……」 口ごもったおれに、友人はまた小さく笑って言った。「まあ、がんばれよ。今度ヴィスキントに行くんだろ」 強気で行けよな。商売も、それ以外も。記憶の中の友人の言葉に、思わず「わかってるよ」と言い返した。わかっている。本当に頭の中ではわかっているのだ。 でもどうしてか、声はかけられないんだよなあ。 広場のど真ん中でひとりため息を吐く。自作のアクセサリーを並べた露店には、見事に閑古鳥が鳴いていた。 人がいないわけじゃなかった。今朝から店を開けてはいるが、広場の周りを歩く人はそれなりにいるし、ほかの露店にはちらほら客が訪れているようだった。向こうの店の店主は若い男女と談笑し、また違う店では新たな商品を並べる作業に入っている。つまりは、自分の店だけが見向きもされていないのだ。 並んでいるものは悪くないと思うんだけどなあ。念願のヴィスキントに行けると決まってから、気合を入れて製作したアクセサリーたち。いつにも増して輝いて見えるのは、もしかしておれだけなのか。 せめて少しくらい、と思う。「ちょっと見ていきませんか?」の一言くらい、気軽に言えたら良かったのに。こういう商売をしていて客に声もかけられないだなんて、あまりに致命的すぎやしないか。 わかっていても、それが実践できたためしはなかった。さっきも通りがかりに一瞥をくれた女性に何も言えずじまい。女性が店の前を通り過ぎるのをぼうっと眺めていただけで、半開きになった口からは薄く息が漏れるだけだった。 結局、あいつの言う通りか。また小さくため息が零れる。こんなんじゃ商売も上手くいかなければ、恋人ができることもないだろう。挨拶ひとつまともにできないおれが、誰かに気の利いた言葉を吐けるなどとは到底考えられない。いつまでもどこまでもひとりきり、ただモノ作りに励むだけ。 今はそれでもいいかと思った。そう思えるほどには、おれはこの工芸品たちを愛していた。 日も高くなり、午前はこれで終わりかと思っていた時だった。「わあ、きれい!」 目を輝かせた少女が、ふと露店の商品を覗き込んできた。少女は世にも珍しい装飾の上着を纏い、そのフードには目をまん丸にくりくりさせた白フクロウを連れていた。「お兄さん。これ、手に取って見てみてもいい?」「あ、ああ、もちろん」 ありがとう、と口にした少女は、早速並んでいた髪飾りに手を伸ばした。装飾を太陽に透かしたり、手のひらで光を反射させたりしながら、色の変わり具合を楽しんでいた。「なんだお前、そういうのが好きなのか」 横から現れたのは、目立つ髪色をした青年だった。それよりも目立つ銀色の狼を肩に乗せ、いかにも親しげに少女に話しかける。「さっきの店にも似たようなの置いてただろ。向こうの方のが宝石もついてて高そうだったし、きれいだったじゃねえか」「まったく、ロウはわかってないなあ。あっちはきれいだけど、こっちは可愛いの。それに宝石よりガラス細工の方が素朴な感じがして、親しみやすいっていうか」 そこまで言ってからおれと目が合った少女は、はっとしたように口元を押さえた。「ごめんなさい。別にそういうつもりじゃ」「いや、気にしなくていい。むしろそう言ってもらった方が、こっちとしても嬉しいよ」 よかった、と少女はほっとしたような顔をしてみせた。安堵しながらも少し照れくさそうに笑った表情が年相応に見えて、とても愛らしい子だなと思った。 続いて少女は装飾のついたバレッタを手に取った。こちらもいろいろな角度に傾けながら、宝石顔負けの輝かしい瞳でそれを見つめている。「さっきのもいいけど、これも可愛いなあ。あ、でも、これだともう少し髪の長さが必要かも」 うーんと顎に手をやり、数秒考えたところで、少女は背後でぼうっと立ちすくんでいた青年に問いかけた。「ねえ、ロウ。ロウは、どっちがいいと思う?」「どっちって?」「これと、さっきの。さっきのは今も着けられるけど、こっちはもうちょっと髪が長くないと着けられなさそうなんだよね」 少女は自身の前髪を指先で弄りながら言った。「ロウは髪が長いのと短いの、どっちが好き?」 すると青年は、「俺にそれを聞いて、お前はどうすんだよ」 と言った。「え?」「もし俺が、長いのがいいって言ったら?」 少女は指先に絡まった髪と、手元の髪飾りを交互に見ながら、「……伸ばそっかな」 と呟いた。「ふーん。ま、俺はどっちも似合うと思うけどな」 ってことで、両方くれ。青年が髪飾りと紙幣を差し出してきたのを見て、ようやくおれはそれが自分に向けられた言葉だと気が付いた。「あ、ああ。まいどあり」 摘まみ損ねた釣銭を改めて数え直し、青年の手のひらに乗せる。 一連の流れに少女は呆気に取られていたが、「ほらよ」「えっ、ちょ、ちょっと!」 青年から2つの髪飾りを受け取るなり、慌てた様子で青年の後を追って行った。2人の背中はすぐに遠ざかり、通りの向こうへと消えていった。 呆然としながら、おれはやっと肩の力を抜いた。なんだかすごいものを見てしまった、そんな気がした。 世界は広いんだな。あんな若くても、あんな言葉が言えるんだ。 おれはまたヴィスキントに商売しに来ようと思った。懲りずに工芸品を作って、懲りずに売りに来よう。そうしていつかは客に声を掛けられるようになりたいと、強くそう思った。 終わり畳む※付き合ってない #ロウリン #モブ視点 favorite
「誰にも得意分野はあるもんだな」
おれの作った工芸品を見て、地元の奴らはそんなふうに言う。呆れ6割、感心3割の表情で頷き、最後に同情1割の笑みを見せる。
「この熱意がほかにも向けばなあ。引きこもってばっかじゃ、恋人の1人もできないぜ?」
「余計なお世話だ。いいんだよ、おれはこれさえ作っていければ」
「んなこと言ったって、お前のその性格じゃ商売にも向かないだろ? さっきだって、客に声もかけられなかったじゃねえか」
「うぐ……」
口ごもったおれに、友人はまた小さく笑って言った。
「まあ、がんばれよ。今度ヴィスキントに行くんだろ」
強気で行けよな。商売も、それ以外も。記憶の中の友人の言葉に、思わず「わかってるよ」と言い返した。わかっている。本当に頭の中ではわかっているのだ。
でもどうしてか、声はかけられないんだよなあ。
広場のど真ん中でひとりため息を吐く。自作のアクセサリーを並べた露店には、見事に閑古鳥が鳴いていた。
人がいないわけじゃなかった。今朝から店を開けてはいるが、広場の周りを歩く人はそれなりにいるし、ほかの露店にはちらほら客が訪れているようだった。向こうの店の店主は若い男女と談笑し、また違う店では新たな商品を並べる作業に入っている。つまりは、自分の店だけが見向きもされていないのだ。
並んでいるものは悪くないと思うんだけどなあ。念願のヴィスキントに行けると決まってから、気合を入れて製作したアクセサリーたち。いつにも増して輝いて見えるのは、もしかしておれだけなのか。
せめて少しくらい、と思う。「ちょっと見ていきませんか?」の一言くらい、気軽に言えたら良かったのに。こういう商売をしていて客に声もかけられないだなんて、あまりに致命的すぎやしないか。
わかっていても、それが実践できたためしはなかった。さっきも通りがかりに一瞥をくれた女性に何も言えずじまい。女性が店の前を通り過ぎるのをぼうっと眺めていただけで、半開きになった口からは薄く息が漏れるだけだった。
結局、あいつの言う通りか。また小さくため息が零れる。こんなんじゃ商売も上手くいかなければ、恋人ができることもないだろう。挨拶ひとつまともにできないおれが、誰かに気の利いた言葉を吐けるなどとは到底考えられない。いつまでもどこまでもひとりきり、ただモノ作りに励むだけ。
今はそれでもいいかと思った。そう思えるほどには、おれはこの工芸品たちを愛していた。
日も高くなり、午前はこれで終わりかと思っていた時だった。
「わあ、きれい!」
目を輝かせた少女が、ふと露店の商品を覗き込んできた。少女は世にも珍しい装飾の上着を纏い、そのフードには目をまん丸にくりくりさせた白フクロウを連れていた。
「お兄さん。これ、手に取って見てみてもいい?」
「あ、ああ、もちろん」
ありがとう、と口にした少女は、早速並んでいた髪飾りに手を伸ばした。装飾を太陽に透かしたり、手のひらで光を反射させたりしながら、色の変わり具合を楽しんでいた。
「なんだお前、そういうのが好きなのか」
横から現れたのは、目立つ髪色をした青年だった。それよりも目立つ銀色の狼を肩に乗せ、いかにも親しげに少女に話しかける。
「さっきの店にも似たようなの置いてただろ。向こうの方のが宝石もついてて高そうだったし、きれいだったじゃねえか」
「まったく、ロウはわかってないなあ。あっちはきれいだけど、こっちは可愛いの。それに宝石よりガラス細工の方が素朴な感じがして、親しみやすいっていうか」
そこまで言ってからおれと目が合った少女は、はっとしたように口元を押さえた。
「ごめんなさい。別にそういうつもりじゃ」
「いや、気にしなくていい。むしろそう言ってもらった方が、こっちとしても嬉しいよ」
よかった、と少女はほっとしたような顔をしてみせた。安堵しながらも少し照れくさそうに笑った表情が年相応に見えて、とても愛らしい子だなと思った。
続いて少女は装飾のついたバレッタを手に取った。こちらもいろいろな角度に傾けながら、宝石顔負けの輝かしい瞳でそれを見つめている。
「さっきのもいいけど、これも可愛いなあ。あ、でも、これだともう少し髪の長さが必要かも」
うーんと顎に手をやり、数秒考えたところで、少女は背後でぼうっと立ちすくんでいた青年に問いかけた。
「ねえ、ロウ。ロウは、どっちがいいと思う?」
「どっちって?」
「これと、さっきの。さっきのは今も着けられるけど、こっちはもうちょっと髪が長くないと着けられなさそうなんだよね」
少女は自身の前髪を指先で弄りながら言った。
「ロウは髪が長いのと短いの、どっちが好き?」
すると青年は、
「俺にそれを聞いて、お前はどうすんだよ」
と言った。
「え?」
「もし俺が、長いのがいいって言ったら?」
少女は指先に絡まった髪と、手元の髪飾りを交互に見ながら、
「……伸ばそっかな」
と呟いた。
「ふーん。ま、俺はどっちも似合うと思うけどな」
ってことで、両方くれ。青年が髪飾りと紙幣を差し出してきたのを見て、ようやくおれはそれが自分に向けられた言葉だと気が付いた。
「あ、ああ。まいどあり」
摘まみ損ねた釣銭を改めて数え直し、青年の手のひらに乗せる。
一連の流れに少女は呆気に取られていたが、
「ほらよ」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
青年から2つの髪飾りを受け取るなり、慌てた様子で青年の後を追って行った。2人の背中はすぐに遠ざかり、通りの向こうへと消えていった。
呆然としながら、おれはやっと肩の力を抜いた。なんだかすごいものを見てしまった、そんな気がした。
世界は広いんだな。あんな若くても、あんな言葉が言えるんだ。
おれはまたヴィスキントに商売しに来ようと思った。懲りずに工芸品を作って、懲りずに売りに来よう。そうしていつかは客に声を掛けられるようになりたいと、強くそう思った。
終わり畳む
※付き合ってない
#ロウリン #モブ視点